僕のヒーロー(8)
そうして日中はエカテリーナたちと過ごし、夜はヒーローの人形と部屋で会話をする日々が続いた。
その結果、若干睡眠不足になったマサキだが、人形になっているため、家事などの手伝いができず、座っているだけの時間が増えたため、そこで堂々と居眠りをしている。
ちなみに家のことはマサキが来る前に戻ったかのようにセバスチャンが取り仕切っていた。
マサキはそこに感謝しつつも、この体で無理をして主にセバスチャンの迷惑にならないよう努めることにした。
そうしてマサキがヒーローと体を共有し共存を始めてから数週間が過ぎた。
彼らは一つの体しかないにもかかわらず、二人として存在できるまでになっていた。
それは互いが互いの存在を認めているからできることでもあり、四六時中一緒に過ごし、会話を積み重ねてできた信頼関係から成立しているものでもある。
そうしてエカテリーナとセバスチャンを含めた四つの人格は、一つの館で共生を続けていたのだが、その生活は突如終わりを迎えることとなった。
ヒーローの、人形の持ち主が彼を探してここにたどり着いたのだ。
セバスチャンに抱えられたエカテリーナとヒーローが二階から見下ろすと、見知らぬ客人がロビーにいた。
本人もどうしてここにいるのかわからない様子なので、おそらく何かのはずみで迷い込んだのだろう。
セバスチャンがいつものように出迎えるべく階段を降りようとしたところで、ヒーローがつぶやいた。
「あの子……」
「知り合いか?」
その声を拾ったマサキが聞き返すと、ヒーローが答えた。
「僕の持ち主だよ」
「そうか」
マサキの声に反応してすでに足を止めていたセバスチャンにエカテリーナは言った。
「悪いけれど、一度マサキの部屋に戻ってちょうだい」
「その方がようございますね」
セバスチャンも考えは同じだったらしく、客人に気付かれないよう、静かにマサキの部屋へと入っていった。
「あのお客様があなたの持ち主というのはわかったわ。悪いようにはしないけれど、先に私とセバスチャンで話を聞くわ。その上で本人と面会させるか決めるわね。でもそのままだと良くないから、とりあえずこの部屋にいてちょうだい。迎えに来るから」
エカテリーナがそう言うと、セバスチャンはヒーローだけをベッドの上に座らせ、エカテリーナを連れて部屋を出て行った。
そしていつも通りエカテリーナとセバスチャンでお客様を出迎え、彼を応接室に案内して話を聞くこととなった。
持ち主はどうやら現在小学生らしい。
一人で遊んでいたら偶然ここにたどり着いたそうだ。
遊んでいる時、何かの拍子でヒーローのぬいぐるみのことを思い出して、あの子はどうしているのかなと、そんなことを考えながら歩いていたということなので、自然とここに引き寄せられたのだろう。
彼の話によると、ヒーローのぬいぐるみは幼稚園に入る前に買ってもらって、ずっと一緒にいたのに、いつの間にか手放していたという。
自分で捨てた記憶はないけれど、親がもう必要ないと処分してしまったのかもしれないと、エカテリーナにそう話してくれた。
いつも通り応接室に案内し、話を聞いたエカテリーナは、戻ってきてほしいという意思を確認したため、彼とヒーローを対面させることにした。
しかし、マサキが中にいる状態というわけにはいかない。
そのため、とりあえずマサキは一旦彼の中から出て、共有していた体を本来の持ち主に返してもらうことにした。
そしてマサキは久々に人間の、いつもの自分の姿に戻された。
どうなっているかわからないが、エカテリーナに言われた通り目を閉じてじっとして、目を開けていいと言われた途端、身体が重たくなっていた。
それでもベッドの上だったので、バランスを崩して倒れこむくらいで済んだが、しばらく人形の身体で動いていたせいか、自分の体なのにうまく動ける気がしない。
それをすぐに察したのかエカテリーナは言った。
「元の体で動けるようになるのは少し時間がかかりそうね。とりあえずこの子は連れて行くわ。お客様を待たせているから」
「わかりました」
そうして久々に人間に戻ったマサキは、ベッドに横になって天井を見つめた形で一人、客室に残されることとなった。
そして彼との突然の別れに困惑するのだった。
ヒーローのぬいぐるみとエカテリーナを抱えたセバスチャンは、応接室に戻りエカテリーナをいつもの椅子に座らせてから、その隣にぬいぐるみを置くと、エカテリーナの後ろに控えた。
そしてエカテリーナが彼に尋ねる。
「あなたの教えてくれたヒーローってこの子のことかしら?」
エカテリーナが短い腕で隣を指すと、彼は目を見開いた。
「そうです。まさかこんなところにいたなんて……」
自分はこんなところに来たことはない。
だからここに忘れていったというわけではないだろう。
だから彼がどうしてここにいるのかわからない。
不思議そうにしている彼にエカテリーナは言った。
「ここはこの子のように持ち主に忘れられてしまった子が、行き場をなくして時々こうして滞在するのよ。ここにいる間だけはこの子もお話しすることができるけれど、お互いをどう思っているのか、二人でお話して、それからどうするか決めてはどう?」
少なくとも館が受け入れたのだから、彼に悪意がないのはわかっている。
そしてこの子のことを考えていたから、彼がこの館に呼ばれたこともだ。
けれどそれは単なる偶然という可能性もある。
思い出してから、たまたまそのことを強く考えていたからここにたどり着いただけで、もしこの子が彼のことをもう必要としていないのなら、この子を彼の元に帰す必要はない。
通常なら持ち主の元に帰らなかった場合、またたくさんの人形たちの部屋に戻ってもらって、いつ現れるかわからない新しい持ち主を探すことになるけれど、今回に限ってはこの館に引き取り手になれる可能性の高い適任者がすでにいる。
だからこの話を無理にまとめる必要はないのだ。
ただそれはエカテリーナの一存で決めていい話ではない。
持ち主はまだ小学生と幼いが、本気になれば彼を充分大切に扱える年齢だ。
互いに話をして、彼がこの子を引き取りたいなら、この子が彼のところに戻りたいのなら、それを叶えるのがエカテリーナの仕事だ。
だからエカテリーナは、とりあえずとっかかりとして、二人が離れてからの生活について話すことを勧めたのだった。




