僕のヒーロー(4)
そうしてマサキの決意が実を結ぶ日が来た。
夜中に部屋で着るだけが精一杯だったところから、廊下に出たところで、あとはこのままいつも通り応接室に行けばいいだけだと、ようやく割り切ることができたのだ。
ヒーロースーツを受け取ってから数日後の朝、マサキは勇気を振り絞り、気合を入れてヒーロー姿のまま応接室に入ることにした。
応接室の前まで人に会うことはなかったけれど、さすがにこの中にはエカテリーナとせbスちゃんがいるはずだ。
マサキは緊張しながら挨拶の言葉がすぐに出てくるよう構えてからドアを開けた。
「おはようございます」
どうにかそう声を振り絞ると、エカテリーナがマサキを見て、足をパタパタとさせた。
「マサキ、今日はヒーロー姿なのね」
楽しそうにそう口にしたエカテリーナの言葉に動揺しながらどうにかマサキは答えた。
「え、エカテリーナ様、あ、はい……」
改めてその格好をしていることを指摘されると気恥ずかしさが出てくるが、エカテリーナは少しうれしそうにしているもののいつも通りだ。
「動きにくかったら着替えても構わないけれど、着るだけではなくて、そのまま過ごしたら、人形の気持ちがわかるかもしれないわね」
「そうでしょうか?」
人形やぬいぐるみはもともとその姿を与えられているから、その姿に対してはそういうものだと判断している。
だから恥ずかしいという感情を持っていることはあまりない。
ただ、動きにくいとか、見えにくい、聞こえにくいなど、動作の制限を感じていることは多い。
感情を理解するにはまず外側からというのは、同じ感情をいきなり持つのは難しいだろうから、同じように動きの制限を受けることで、彼らが不自由していることなどを拾えればいいのではないかと、そういう話である。
「何事もやってみないとわからないものよ」
エカテリーナが言うと、マサキは目を泳がせた。
「そうなのですが、外にヒーローを纏っても、自分は自分で変わった気がしないんです」
何日もヒーロースーツを着た自分を眺めては考えた。
けれど答えは見つからないままだ。
自分の羞恥心などを押し殺して頑張ったのにと、少しがっかりしている部分がある。
マサキが自分では無理なのかとそんなことを口にすると、エカテリーナは首を傾げた。
「それはそうでしょう。マサキはマサキだもの」
頭が傾いたことでうさぎの耳も一緒にそちらに動く。
頭が重たいからか、エカテリーナは大きく頭を動かして体をとりあえずまっすぐになるよう戻した。
「でもそれだと相手の気持ちなんて……」
理解できないのではないかと言いかけたマサキに、エカテリーナ派言った。
「それを着て、相手に同化したり、精神を乗っ取られたりしろと言っているわけではないわ。体験することでみえるものもあるのではないかとそういう話だもの。そもそもマサキは理解者になりたいのであって、その子になりたいわけではないのでしょう?」
「はい」
言われてみれば確かにそうだ。
別に自分は人形になりたいわけではない。
エカテリーナやセバスチャンのように迷える人形の役に立ちたいだけだ。
そしてそれが自分の悩みの解決の糸口になればと思っている。
マサキが目からうろこが落ちたように目を見開くと、エカテリーナは体をゆさゆさとゆすりながら言った。
「じゃあ、何も問題ないわ」
「それならいいんですけど……」
エカテリーナがあまりに普通に話をするので、徐々に自分の服装が気にならなくなった。
そして、ヒーローになり切る必要もないのだと思ったら力も抜ける。
マサキがいつも通りに戻ったところでエカテリーナは奥で朝食の準備をしているセバスチャンに声をかけた。
「聞いてちょうだい!セバスチャン、マサキがヒーローになったわ!」
エカテリーナがそう言うと、手を止めたのか、すぐにセバスチャンがキッチンから出てきた。
「おはようございます、マサキ様。ついにお召しになられたのですね」
「はい、何とか……」
着るだけなら毎日していたが、彼らに見せたのは初めてだ。
しかしいちいち指摘することでもない。
見せてのは今日が初めてなのだから、その認識でいいのだ。
むしろ、これまで毎晩部屋で来ていたのにと言われた方が答えに困る。
なのでそれなりの返事をしたのだが、セバスチャンもエカテリーナ同様、あまりこの格好であることを気にしていない様子で続ける。
「本日はそのままお掃除を一緒になさいますか?ああ、その前に朝食はいかがいたしましょう」
セバスチャンに寄れば、ちょうど準備していたところで、マサキの分もあるという。
「せっかく準備してくれているのだもの、朝食を先に、三人でとってしまいましょう。その間にマサキは、セバスチャンから仕事を教わる前に着替えるかを決めればいいと思うわ」
エカテリーナの言葉に、すぐ反応したのはセバスチャンだ。
「さようでございますね。ではお出しいたします」
そう言って奥に向かったセバスチャンに、我に返ったマサキが慌てて声をかける。
「あ、お手伝いします!」
そう言って追いかけていこうとしたところでセバスチャンがそれを止めた。
「いえいえ、マサキ様はお席でお待ちください。もうワゴンに乗せてございますので、本当に持ってくるだけですから」
「わかりました……」
セバスチャンがそういうのでマサキはソファーに座り直した。
するとすぐ、ワゴンを押してセバスチャンが戻ってくる。
そして温かい食事がマサキの前に置かれ、エカテリーナとセバスチャンの分も各席に用意された。
「いただきます」
そのタイミングで三人は声を合わせてそう言うと食事に手を伸ばす。
ぬいぐるみのエカテリーナもなぜか食事ができるらしく、指のない丸い手でフォークを握って食事を口に運んでいく。
これまでクッキーのような手づかみのものを持っているのは見たことがあったが、こうしてカトラリーを使っている姿を見るのは初めてかもしれない。
少なくともこれまでエカテリーナが食べ物を口にしていても違和感すら覚えていなかったが、そもそもうさぎのぬいぐるみが、食事をしているのは不思議な光景だ。
これも自分の中の意識の変化かもしれない。
マサキはそんなことを思いながら、セバスチャンの用意してくれた温かい朝食を平らげたのだった。




