僕のヒーロー(3)
夕食までエカテリーナたちと応接室で過ごしたマサキは、二人と別れて与えられた部屋に戻った。
話をしている間はすっかり忘れていたが、ベッドに横になろうとそちらに目を向けたところで、そこに無造作に広げておかれたものが目に入った。
「あ、忘れてた……」
ずっと喋りに花を咲かせていたためすっかり忘れていたが、これを着たら人形の気持ちがわかるかもしれないとわざわざ準備してくれたものだ。
ただ、一人になって改めて見ても、どうにも着用したいという意欲が湧かない。
しかしこれは借り物だから粗雑に扱うわけにはいかない。
とりあえずすぐに着ることはないと判断したマサキは、預かったヒーロースーツを備え付けのクローゼットにあるハンガーにかけてしまった。
これで着る前に汚すこともなくすこともないだろう。
そう確信して、今度こそとマサキはベッドにもぐりこんだ。
気軽にこんなことができるのも、先にエカテリーナが、いつでもいいし着ないで返してもいいと伝えてくれたおかげだ。
もしその一言がなく、これを渡されてしまったら、ベッドにあるものを見つけた時点から、着られるまでヒーロースーツとにらめっこし、最悪夜を明かしてしまっていたかもしれない。
それもまた人形の気持ちを知るための一環かもしれないが、それで寝坊してセバスチャンの仕事を教えてもらえなくなるのは自分としては不本意だ。
家のことをさせられている時は、自分なんて利用されているだけなのだとあれだけ気持ちが重たかったのに、今は似たようなことをしなければならないのに率先してやっている。
お世話になっているからというのもあるが、感謝してくれる彼らのために、自分にできることはしたいと純粋に思っているからだ。
同じことをするのでも気持ち一つでこんなに違うのかと、つくづく思う。
そしてエカテリーナがこれを着ることを強要しないのも、自ら着たいと思って着なければ、人形の気持ちを理解するに至らないと、そう判断してのことなのかもしれないとマサキは考えた。
嫌々やったら、その気持ちに支配されて、本来知りたかったことに意識が向かなそうだ。
それでは意味がない。
マサキはそう自分を納得させると、そのまま眠りについた。
そうしてあまりヒーロースーツのことを考えることなく数日が過ぎた。
エカテリーナもセバスチャンも、あれからヒーロースーツについて何かを言ってくることはなかった。
気にされていないだけかもしれないが、その件に触れないでくれるのはありがたい。
そうして過ごすうちに、ふと、一人の時なら来てみてもいいかなと、そういう気持ちが湧いてきた。
そしてマサキは、部屋で一人になり、周囲が寝静まった頃、こっそりと起きて、少しだけと自分に言い聞かせながらヒーロースーツに袖を通してみた。
一度その気になれば、あとは勢いでできるもので、気が付けばマサキは部屋で一人ヒーロースーツの着用を完了していた。
その行動に自分でも驚きながら、せっかく着たのだからと鏡を探す。
途中で、クローゼットの内扉に大きめの鏡が付いていたことを思い出し、マサキはクローゼットを開け放った。
そして全身を鏡に映して、それをじっと見る。
「一応目や鼻や口は呼吸できるように開いているけど、見えてるわけじゃないんだな」
マサキはそう言いながら体の角度を変えながら鏡に映る自分の姿を眺めた。
これまでイベントで行われる子供向けのヒーローショーなどを見ても、中の人の顔なんて気にしたことはなかった。
でもそれは自分たちが気にしていないからだと思っていた。
だから自分が来たら、自分の顔をした人間がヒーローのまねごとをしているように見えるのではないかと危惧していたのだが、こうしてみる限り、それは杞憂だったようだ。
顔のマスクはぴったりくっついていてもマサキの顔をかたどったりはしていないし、ちゃんと外見は自分の思い描いているヒーローそのものだった。
一度袖を通した日を境に、抵抗感がかなり薄くなったこともあって、夜になるとマサキは、毎日ヒーロースーツを身に着けるようになった。
着用したからと言って他人に見せる必要がないので、夜中に一人ファッションショーをやっている。
最初は着るのも抵抗があったのに、数日間続けていくと、気が付けばすんなりと着用できるようになって、着る行為に対する抵抗はなくなっていた。
そして鏡に映った自分を見るのも、最初は物珍しく気恥ずかしいところもあったが、何度も着用しているうちに、ただ見るばかりではなく、何となくポージングまで試すようになっていった。
うまく着用できているかを見るところから、よりヒーローらしくあるためにはどうしたらいいかという研究をするようになったのだ。
そんなことを鏡の前で繰り返していくうち、徐々にその行動に関しても羞恥心が消えていく。
今の段階では人形の気持ちを理解するというよりも、自分がヒーローになり切っているという方が近いが、それでもヒーローに近づいた自分なら、よどんだ思考の自分ではなく、ヒーローとして第三者の話を聞くことができる気がする。
アドバイスがうまくできるかとか導いてあげられるのか聞かれたら、エカテリーナやセバスチャンのようにはいかないと思うけど、このヒーロースーツを身に着けた自分は、ここに逃げ込んだマサキではなく、誰かの味方になれるヒーローで在れるかもしれない。
ただ、そのためには、二人の前にこの姿をさらさねばならない。
部屋の中という一人しかいない空間で、できるかもしれないという妄想を抱けるようになったのは大きな前進のように思えるが、実際に彼らの役に立つにはまだ時間がかかりそうだ。
そうして徐々に前進したある日、マサキは意を決してヒーロースーツのまま寝室のドアを外に向けて静かに開いた。
夜中なのでそこには誰もいないが、マサキにとって、これが初めてのヒーロースーツ姿を外に向けてお披露目した瞬間だ。
誰もいない静かな廊下に出て、そこから窓の外を見る。
すると部屋の明かりを反射して外の様子を背景にうっすらと自分の姿が窓に写った。
そこには卑屈な自分ではなく、堂々としたヒーローの姿がある。
それを見て、これなら大丈夫だろうと判断し、近日中にこの姿を二人に見せようと、マサキは心に決めたのだった。




