僕のヒーロー(2)
「人形の中に、そんなことできるんですか?」
マサキが非現実的すぎて想像できないというと、エカテリーナは体を横に傾けてしばらく固まった後、何か思いついたように言った。
「マサキは大きいから、そうね、そういうのがあったと思うのだけれど……、セバスチャン」
「お呼びでしょうか」
マサキが食事中のため黙って控えていたセバスチャンは呼ばれてそれにすぐ反応する。
「マサキを人形に入れたいのだけれど何かいい案はないかしら?人形の気持ちを理解できるようになりたいというの」
差も普通のことのようにエカテリーナはセバスチャンに相談を持ち掛ける。
セバスチャンの方もそれに動じることなく、すぐに答えた。
「さようでございますね、マサキ様はエカテリーナ様とは違いますので、とりあえず着ぐるみというのはいかがでしょう?それでもなお、人形の方がよいというお話になれば、その時に次を考えればよろしいかと思います」
「そうね。とりあえず、二階の人形部屋を見てみるのはどうかしら?」
人形部屋という言葉にマサキが思わず反応する。
「人形部屋ですか?」
言われてみれば人形がたくさん居候しているというが彼らを見かけたことがない。
お客様として来ている人とか、それに関係する人形を遠巻きに見ることはあったけれど、それだけだ。
自分だけではなく、当然他の人形も部屋を与えられているのだろう。
食後はどうやらそこに案内してくれるらしい。
「まあ、見た方が早いわ。食事が終わったら一緒に行きましょう」
「はい」
その中に自分が役に立てる子が一人でもいればいい。
マサキはそんなことを思いながら夕食を終え、きちんと食器を洗うところまで済ませて応接室に戻ると、セバスチャンに先導されて二階の人形部屋へと案内されるのだった。
人形部屋に案内されたマサキは、山積みの人形に圧倒された。
確かにこれは数が多い。
これでは全ての持ち主を探すのは至難の業だろう。
マサキが入口で唖然としていると、すでに中で動いていたセバスチャンが何かを手にこちらに戻ってきた。
そしてそれをマサキに手渡す。
マサキはとりあえず片手に抱えていたエカテリーナをセバスチャンに渡して、渡されたものを広げてみることにした。
渡された時点で畳まれているのだから人形ではないことはわかっていた。
しかし空気で膨らむものでもなく、むしろ自分のサイズに近い奇抜な服のようなものだった。
「これは、ぬいぐるみというより、着ぐるみ、いや、ヒーロースーツでしょうか?」
ここに迷い込んでくるものの気持ちを知れば自分がどうしてここにたどり着いたのかわかるかもしれない。
そして彼らの悩みが理解できれば、自分の悩みも解決できるかもしれない。
ここにたどり着く者たちには共通点があるらしいので、そこから自分の感情を整理できたら、再び元の場所で自分の人生と向き合うこともできるだろう。
マサキはそう考えて申し出たのだが、エカテリーナが選んだのはぬいぐるみというより着ぐるみだった。
「そうよ。マサキもいきなり自分の視界が変わったり小さい中に入れられるより、こういうものを使った方が馴染めると思うわ。残されている彼らの気持ちを知りたい、寄り添おうという気持ちが大切なのであって、すべてを同じにしなくても、得るものはあるでしょう。マサキはここに来る子たちは基本的に自分よりサイズが小さいと思っているかもしれないけれど、大きい子が来る可能性だってあるわ。でも、皆、未練や悩みを抱えていてそれに変わりはないのよ」
見せられたマサキが複雑な表情をしているため、エカテリーナが選んだ理由を伝えると、自分の世界に入ってしまったマサキにセバスチャンが声をかける。
「マサキ様、いかがでしょう」
セバスチャンの声で我に返ったマサキは、静かにうなずいた。
「そうですね、小さくなるとかいうのはちょっとわからないですが、確かにこの着ぐるみであれば、服を着るのと同じような感覚で外見を変えることができますから、これで済むのならその方が」
いきなり高度なことをする必要はない。
少しずつ彼らに近づけばいい。
その一歩がこれというのなら、それも悪くないかもしれない。
何より、これならエカテリーナのようにずっとぬいぐるみである必要はなく、好きな時に着脱できる。
まずはこれを試して、もっと深く知りたいと思ったら、その時また相談してもいいだろう。
「じゃあ決まりね、気が向いたら着てみてちょうだい」
エカテリーナの賞薬にマサキは首を傾げた。
「今じゃなくてもいいんですか」
気が向いたらということは、気が向かなかったら着なくてもいいということだ。
もし要なかったとしても、せっかく用意したのに何で着ないのか、自分から言い出したことだろうと責められるわけでもないらしい。
これまでの生活からは考えられない言葉にマサキが戸惑っていると、エカテリーナが体を大きく縦にゆすった。
「それだけ困惑しているのだもの。きっとその格好で私たちの前に出てくるのは恥ずかしいのでしょう。まずは着てみて、もし出てこられるなら出てきてくれたらいいわ。それにセバスチャンから色々教わるにしてもその格好は不便でしょうし」
マサキは館で生活するにあたってセバスチャンから色々教わっている。
すでに教えたことであっても、執事の雑用は着ぐるみではやりにくいだろうし、新しいことを覚えるのに、それを着ていては視界が狭まっては不便だ。
そこに先に同意したのはセバスチャンだった。
「それはその通りでございますね」
セバスチャンも同じように言うのなら、その方がいいのだろう。
こちらとしてはその方が気が楽なので、彼らのお言葉に甘えることにする。
そしてマサキはエカテリーナが選んだヒーロースーツを受け取って腕に抱えた。
「じゃあ、まずは夜に部屋で試してみたいと思います。その格好に、歩くのに慣れたらお見せしますね」
自分の部屋なら誰かに見られることもない。
それが夜なら二人とも寝ているはずだし、二人が寝ているかもしれないところに押しかけてくることはないだろう。
こそこそとする必要はないのだが、着替えていきなり人前に出るのはそれなりの勇気が必要になる。
ここで約束して、出ていけなかったら、それこそ恥ずかしい。
だからできるように頑張りますとあいまいに返事をするとエカテリーナは満足そうにうなずいた。
「ええ、時間はたくさんあるのだもの、急がないからいつでも構わないわ。抵抗があるのならそう言ってくれたら強制するつもりもないから、そのまま返してくれて問題ないわ」
「ありがとうございます」
エカテリーナが先んじて強要するつもりはないと言葉をかけてくれたため、マサキはお礼を伝えた。
そして、これを部屋に置いてきますと伝えて、先に人形部屋を出るのだった。




