僕のヒーロー(1)
「エカテリーナ様は最近マサキ様がお気に入りなのでございますね」
エカテリーナを定位置に座らせるとセバスチャンが言った。
「そうね。でもね、マサキに移動のお手伝いを頼むのは、マサキに仕事を与えるためよ。だって本当は全部セバスチャンができてしまうから何も問題ないけれど、マサキもお仕事を与えないと、この子の居心地が悪いでしょう?」
利用されて苦しいから逃げてきたと言っていたマサキだが、必要とされないのも不安だろう。
この館に迷い込む大半は必要とされなくなった、そこでの役目を終えたことにされてしまった子たちなのだ。
だからマサキにもここでできることがあるし、必要とされているという、大義名分を与えておいた方がいいだろうとエカテリーナは言う。
「確かにそうでございますね。私のすることが減ってしまって手持無沙汰の度合いは増してしましますが」
基本的に館は暇だ。
だからセバスチャンとしてはこれまで通り動いている方が気がまぎれるのだが、マサキは迷い込んだ人間なので、ここを出るために何かしらの要件を満たさなければならない。
少なくとも本人があちらに戻る決意ができるよう、こちらとしてはできることをしなければならないのだ。
もちろんそれをセバスチャンも理解しているので、この件に不満があるわけではない。
これもただ言ってみただけである。
エカテリーナもそれを理解した上で、話を続けた。
「マサキがいなくなってしまったら、また二人になるのだから、セバスチャンには休めるうちに休んでもらいたいわ。ああ、でも、お買い物もお願いしないといけないわね」
「そうでございますね」
休むというのは存外難しい。
少なくともこの館には今のところ悠久の時間が残されている感じなので、休むと退屈になってしまう。
なので休みと言った言葉を取り消して、エカテリーナはセバスチャンに仕事を頼んだ。
自分だけなら急ぎではないがここにはマサキがいる。
その分の食料などは仕入れてこなければならない。
そしてついでに、外の情報を仕入れてきてほしいとそこまでがエカテリーナの注文だ。
これならセバスチャンも退屈しないだろう。
ちょっとお使いという内容なので、数時間で終わることだけれど、それでもやることがないよりいい。
もともと買い物であった出来事を聞かせてもらうのは、エカテリーナの楽しみの一つでもある。
マサキがいるからと言ってセバスチャンからの話が不要なわけではない。
エカテリーナは楽しみが増えたと、嬉しそうに体をゆすった。
「彼らの、人形たちの気持ちを理解することなんて、私にできるんでしょうか」
夕食に呼ばれたマサキが食事の最中にそうつぶやいた。
これはマサキが部屋で一人悩んでいたことだ。
エカテリーナは自分の明るくもない人生の話を聞いて、考える時間を与えてくれている。
そして彼らの話を聞いたら何か活路が見いだせるのではないかと、そう考えてくれているのも理解している。
でも自分がいてもエカテリーナと同じようにはできない。
今回だって、したことと言えば、ただ黙ってエカテリーナを抱えていただけだった。
マサキがそんなことを口にすると、エカテリーナは言う。
「そうねぇ。人生は色々とかいうくらいだし、場所も事態も環境も違うところで生きてきたのだから、そもそも理解なんて無理ではないかしら?」
予想外の答えにマサキは目を丸くする。
「でも、皆さん、満足してここを出て行かれますよね?」
エカテリーナが理解して、彼らの問題を解決に導いているから、彼らは満足しているのではないのか。
ここから出て行けるようになったのではないのか。
てっきりここはそういう場所だと思っていたマサキが首を傾げると、エカテリーナは足をぷらぷらしながら答えた。
「聞いてあげただけですっきりしてしまう子もいるもの。私は聞いただけだし、理解したわけではないけれど、本人が納得できるのなら、こちらが無理にすべてを理解する必要はないと思っているわ。お話をした結果自分で勝手に解決してしまう子も多いのよ?」
彼らは忘れられた存在であることが多い。
だから話し相手がおらずずっと一人でいることになる。
しかし改めて第三者に出会って自分のことを話してみると、それによって自分の中で自然と整理され、勝手に消化されることも多い。
そういうものはここに聞き手を求めてきているので、こちらが理解できるまで深く追及する必要はない。
それで解決しなければその時掘り下げればいいのだ。
誰しも触れられたくない感情の部分にまで土足で踏み入ってほしくはないだろう。
「難しいですね」
相手を理解するということは、相手に深く入り込むということだ。
そして相手に理解されるということは自分が踏み入られるということで、ここの居心地がいいのは、自分が話さないことを無理矢理聞き出そうとされないからなのだろうなと、マサキは改めて認識した。
「マサキはどうしてそんなことを思ったの?」
エカテリーナが尋ねると、マサキは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ここにきて、ここから出ていく人形は、ここにきて幸せそうに去っていくようなので、それが理解できたら、自分も何か変われるんじゃないかって思ってしまったんです……」
そしたらここに厄介をかける必要はなくなる。
彼らのことは好きだし、ここにいるのが嫌なわけではない。
むしろ分かれることになったら悲しいくらいだ。
しかしここはそもそも自分が長居していい場所ではないということもなんとなくわかっている。
彼らに甘え続けることはきっと許されない。
ならばここで自分を変えるきっかけをつかまなければならないとマサキはそう考えたのだ。
そんなマサキにエカテリーナは提案した。
「別にあなたよりはるかに長居している子たちも多いし、そういうことは無理をするものではないと思うけれど、人形の気持ちを理解したいのなら、いっそ、形から入ってみるというのはどうかしら?」
「形から……ですか?」
思わぬ提案にマサキは首を傾げるが、エカテリーナは続ける。
「やってみて何も変わらなかったら、変わらなかったわねでおしまいになるけれど、何もやらないよりはいいでしょうし、一つ試しておけば、それが効果的かどうか、すぐに判断がつくようになるでしょう。それだけで一歩前進ってことになるのではないかしら?」
エカテリーナの言うことには一理ある。
確かに黙って自分の中で考えているより、体感した方が得るものはあるだろう。
「何もしないよりは……」
「そうよ。やった気になれるだけでも違うと思うわ」
ものすごく考えられているのかと思ったら、そういうわけではなかったらしい。
エカテリーナが自信満々に、やった気になればすっきりすると言い切ったため、マサキは少し拍子抜けする。
「それはどうかと思いますが、何もしないよりはいいというのはその通りだと思います。それで何をすれば……」
マサキが尋ねるとエカテリーナは耳をひょこひょこと大きく動かしながら答えた。
「じゃあ、人形の中に入って人形として動いてみましょう。私と一緒ね!」
自分がエカテリーナのようにぬいぐるみになるなど想像できない。
すでに多くの不可思議な現象を目の当たりにしているが、自分が人形になる、まさに形からだが、本当にそんなことができるのか。
エカテリーナと一緒と言われたマサキは目が点になった。




