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人形の館~迷える人間と館の主~  作者: まくのゆうき


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迷い人の居候(5)

マサキが館での手伝いを申し出たため、食事を終えたところで早速セバスチャンが声をかけた。


「では早速お仕事をお願いしましょう」

「はい」


マサキが返事をして立ち上がると、さっそく指示が飛ぶ。


「まずは、そちらの食器を持って流しまでお願いいたします」


セバスチャンの言葉に、さっそく仕事が与えられるのだと、嬉しそうに使ったものを重ねて持ち上げる。


「まずは家事から覚えていくということですね。お願いします」

「ではこちらです、ご案内いたします」


セバスチャンがそう言って背を向けたので、マサキは食器を抱えてその背を追いかけて行った。



案内されたのはこじんまりとした台所だ。

このくらい大きな館であればもっと大きな洗い場に案内されるかと思ったけれどそういうことはなく、どちらかというと目の前には見慣れた一般家庭の台所があった。


「ここで洗えばいいですか?洗剤とスポンジはこれを使いますね」

「はい、お願いします」


マサキはそう言うとさっそく自分の使った食器を洗い始めた。

セバスチャンから見てもマサキは手際がいい。

洗い物をしている傍らでそんなマサキを見守りながらセバスチャンは声をかけた。


「こういったことには抵抗はありませんか?」


セバスチャンの質問に手を休めることなく、マサキは答えた。


「そうですね。家でもわりとこういうことはしてたので……。でもセバスチャンさんみたいにパリっとしているわけではないです。あくまで家の中でちょっとやってた程度ですから」


セバスチャンがどう洗い物をしているかはわからない。

けれどいつも崩れない紳士のままなので、どんなことをしても様になりそうだし、自分とは違うだろうとマサキは思ったのだ。


「家でやっていらした程度と言いますが、それでもきちんとなさっていたのだと見ていれば分かりますよ。きっとマサキ様は誠実な方なのでしょう」


現れた皿を確認しながらセバスチャンが言うと、マサキはため息をついた。


「どうですかね。家に帰りたくなくてここでお世話になっていますし……」


本当なら家でやらなければならないことがたくさんあるのに、それを逃避することで放置しているのだ。

家に帰らない時点で誠実とは程遠いだろう。

マサキが言いよどむと、セバスチャンはマサキをじっと見て言った。


「やらなければならないのは利用されに戻るのと同じではないですか?その件も含め、あなたを利用した人間と離れるのは、互いのためによろしいことと思います。こちらとして歓迎ですよ。エカテリーナ様もお話を伺えると楽しみにされております。ここに滞在してゆっくりとご自分を見直してみるのもよろしいのでは?」


セバスチャンに言われて、マサキはうなずいた。


「そうですね、自分を見直す、そういう時間を持つことがここならできる気がします」


そうして話している間にマサキはきれいに皿を洗い終えた。



セバスチャンとマサキが台所から出ていくと、エカテリーナがじっとマサキを見て言った。


「ねぇ、マサキは利用されるのが嫌で帰りたくないのよね」

「はい、そうですね」


戻っても都合よく利用されるだけだ。

だから帰りたいとは思わない。

確認されたマサキはエカテリーナの問いに間違いないとうなずいた。

するとエカテリーナは首を傾げようとしたのか、体ごと横に傾く。


「ここでセバスチャンと一緒にお手伝いしてくれるのは嬉しいのだけれど、それは利用されているとは感じないということでいいのかしら?」

「利用ですか?」


マサキが驚いていると、エカテリーナが傾いた体を戻して続ける。


「マサキはすでに色々できてるのでしょう?それはこれまで利用されてきたから、そこで身についたものなのよね。それを使ってまたここで同じことを繰り返すのは辛いことではないかしらと思ったのだけれど、大丈夫なのかしら?」


セバスチャンが教えることがもし本人のトラウマを思い出させるようなことならやらなくていいとエカテリーナが伝えると、マサキの表情が抜け落ちた。


「そんなこと、考えてもいませんでした……」


確かにセバスチャンに言われたことをスムーズにこなせそうなのは、これまで嫌々ながらでも強制的にやらされてきたからだ。

その作業ひとつひとつはそこまで嫌いなものではないが、強制されてというのがやる気を奪い、自分が背負うことが当たり前と言われることが不満なのだ。

今回のことはそもそも自分で申し出て、自主的に始めたことだ。

強制されたことではないので、二人に利用されているなどと考えたこともなかった。

ただエカテリーナに聞かれたことで、自分がどこに不満があるのかが少し見えたマサキは、自分を見直すヒントをもらった気分だった。


「そう。問題がないのならいいの。やりたいようにやってみたらいいわ。でも、嫌になったらやめても構わないし、それを理由にここを出るように言ったりはしないから、あまり気負わないで過ごしてちょうだい」


エカテリーナはマサキがここに何もせず客人としてもてなされることに抵抗があることに気が付いている。

だからやりたいのならやってもいいけれど、そもそも客人として迎えたのだからやめたくなったらやめてもいいという。

エカテリーナはマサキが自身を追い詰めないよう、逃げ道を事前に提示してくれたのだ。

こんな風に気に駆けられた記憶はここ最近ではない。

だから二人の気遣いにグッとくるものがある。


「ありがとうございます」


マサキが頭を下げると、エカテリーナはマサキを見上げて言った。


「あと、セバスチャンのお手伝いばかりではなくて、私の話相手はお願いね。私はあなたから外のお話がたくさん聞けるのを楽しみにしているのだから」


エカテリーナの話し相手は確かに自分の仕事だった。

自分が手伝いもしたいと言ったからセバスチャンに指導を受けることになったけれど、もしかしたらエカテリーナが話を聞く楽しみを先延ばしにしてしまったのかもしれない。


「わかりました。セバスチャンさんに相談します」


マサキが言うとエカテリーナは体を嬉しそうにゆすった。


「そうね。セバスチャンならきっと、私にお話を聞く時間を作ってくれるわよね」


エカテリーナが言うと、後ろに控えていたセバスチャンが返事をした。


「もちろんでございます。いきなりすべての仕事を教えることもありませんし、マサキ様は優秀なご様子ですから」


とりあえず皿洗い以外の仕事も教えてもらえるらしいという話の流れになったため、マサキは気を引き締める。


「色々教えるのは構わないけれど、お茶の時間にはお話しできるようにしてもらいたいわ」


エカテリーナはセバスチャンに自分の希望を伝えると、セバスチャンは頭を下げた。


「かしこまりました。では、マサキ様に掃除道具の場所などをお伝えして、本日は終わりにいたしましょう。道具の場所が分かれば自室の掃除をお任せできますし」

「そうね。長くいるのだし、他の人に部屋を片付けられるのは落ち着かないでしょうから、自分でしてもらうのがいいわね」


エカテリーナが言うと、セバスチャンはマサキに行きましょうと声をかけた。

いきなりのことで戸惑ったマサキはエカテリーナをちらちら見ながらもセバスチャンの背を負う。

そして再びマサキがエカテリーナを見ると、エカテリーナは小さな手を必死に振っていた。

行ってらっしゃいと送り出してくれているらしい。

それを見たマサキは、このままついていって問題ないと判断し、セバスチャンの後を追いかけるのだった。

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