迷い人の居候(4)
館に一泊し、落ち着いてこの現状が夢ではないことを再確認したマサキは、部屋を出ると取り合えず応接室へと向かった。
エカテリーナとセバスチャンが普段どのように過ごしているかはわからないし、二人の部屋がどこにあるのかわからない。
だからといって片っ端から部屋を空けて歩くわけにはいかないし、入っても大丈夫そうな無難な場所がそこしか浮かばなかったのだ。
何より、彼らの昨日の会話から、応接室がリビングのように、皆の集まる場所となっているように感じたためだ。応接室に降りてきたマサキは、とりあえず応接室まで降りてくると恐る恐るドアをノックした。
「どうぞ」
ほどなくエカテリーナの声がする。
マサキはその声に安堵しながらドアを開けた。
「エカテリーナさん、おはようございます」
ドアを開けて一礼してそう挨拶をするとエカテリーナは座ったまま、体をゆさゆさしながら出迎えた。
「あらマサキ、早いのね。慣れない場所だと思うけれどゆっくり休めたかしら」
「はい。すごく落ち着く部屋でしたし、寝心地がよくて寝過ごしそうになりました」
本当にありがたいことに、とても居心地のいい部屋を与えてもらえていた。
ベッドも言葉通り寝心地がよく、疲れていたこともあるが横になったらすぐに眠りに落ちてしまった。
そして気が付いたらこの時間だ。
「特にお急ぎじゃないなら寝過ごしてもよかったのだけれど」
エカテリーナたちが館で過ごしている時間は穏やかだ。
そして時間に囚われる生活でもない。
本人さえ気にしなければこの流れに身を任せてのんびり過ごせばいい。
むしろ急いたところで、この館では何も起こらないし、気を張って、何かが起こることを期待すると、それだけ何も起きなかった時の落ち込みが強くなる。
だからエカテリーナもセバスチャンも時間を気にして行動することはしていないのだが、マサキはまだここに来て日が浅い。
いつまで滞在するかわからないが、長くいるのなら知っておいた方がいいだろう。
むしろずっと惰眠をむさぼるくらいの方がここでは生活しやすいとエカテリーナが軽く言うと、マサキは思わず苦笑いを浮かべた。
「いえ、それはそれで、やってしまったら後悔しそうです」
惰眠をむさぼる。
それが賞賛されるなど、なんてすばらしいことか。
けれどすでに帰りたくないと家から逃げている上に、彼らの好意に甘えて惰眠をむさぼる生活など始めたら、自分がどこまで堕落するかわからない。
家になど戻らなくてもいいような気もするが、自分を置いてくれているエカテリーナやセバスチャンにおんぶにだっこというわけにはいかない。
客人として扱ってもらっているとはいえ、せめてちゃんと起きてくるくらいはしなければだめだろう。
「マサキがそういうならそうね」
エカテリーナがそれもまた自由と寛大な言葉を述べる。
二人でそんな話をしていると、すでに身支度を整えたセバスチャンが現れた。
「マサキ様、おはようございます」
「セバスチャンさん、おはようございます」
セバスチャンはマサキの挨拶に礼で返す。
奥で支度をしていただけで、すでに働いていたらしい。
動きも寝起きのものではなく、仕事人のパリっとした姿だ。
「お早いですね。朝食はいかがいたしますか?簡単なものになりますがすぐにご用意可能ですが……」
セバスチャンに言われ、マサキは自分が空腹であることに気が付いた。
「お言葉に甘えていいですか」
「もちろんでございます」
「すみません、ありがとうございます」
マサキが再度お礼を伝えると、セバスチャンはマサキに声をかけて動き出す。
「では、お座りになってお待ちください。こちらにお持ちいたしますので」
「はい」
準備に向かったセバスチャンの背を見ながら、マサキはとりあえず昨日と同じようにエカテリーナの正面に腰を下ろした。
その後、セバスチャンが用意してくれた朝食を食べ、二人に聞かれるがまま話をし、結局三食おやつ付きで話し相手をしてその日は終わった。
そうして数日、マサキはエカテリーナの話し相手という客人として館に滞在した。
けれどさすがに何もせず三食食べさせてもらっているのは申し訳ない。
そう考えたマサキは思い切ってエカテリーナに申し出た。
「あの、何か私にできることはありますか?」
「あら、私はお話相手ができて楽しいわ。それにあなたはお客様だもの。ゆっくりしていらしたらいいのに」
すでにできることはしてもらっているとエカテリーナは言うが、それではマサキが納得できない。
「ですがお世話になりっぱなしというのも……」
使用人のいる生活というのはこういうものなのかと驚くほど、この館では不自由がない。
大半はセバスチャンが先んじて用意してくれているからなのだが、マサキは庶民なので、この生活に自分が慣れてしまうことが自分のためにならないことは理解している。
とても居心地はいいが、だからこそ一宿一飯の恩義、と言っても役に立つかはわからないが気持ちがある、誠意があることくらいは行動で示したいと考えるようになった。
「それじゃあ、あなたもここで私と同じように迷ってきた人をお迎えしてみる?」
「私が、ですか?」
「そう」
エカテリーナが提案すると、マサキは少し考えて難色を示した。
「私はそういうのは得意ではないのですが……」
まず自分には接客の経験がない。
セバスチャンのような対応はできないし、エカテリーナのようなアドバイスもできない。
何より、関係ない自分が二人を頼ってきている客人の話を聞いていいものかと思ってしまう。
お客様に失礼があっては大変だというと、エカテリーナは別の提案をする。
「じゃあ、セバスチャンと同じようにおうちのお掃除とか?」
「あ、そっちの方が……」
覚えたら一人でできる仕事の方がいい。
その方が迷惑をかけずに済みそうだ。
なのでそちらがいいとマサキが希望すると、エカテリーナは体を傾けた。
「セバスチャン、たぶん厳しいわよ?」
「接客よりは大丈夫……かと」
第三者を巻き込んで迷惑をかけるより、自分が厳しくされる方がましだ。
それにエカテリーナもセバスチャンも理不尽な要求はしてこないだろう。
マサキはここ数日で、これまで自分の周囲にいた人間より何倍も信頼できる相手だと確信していた。
「まあ、外でそういう仕事をすることになったら役に立つかもしれないし、そうでなければただの体験になってしまうかもしれないけれど、気軽に取り組んだらいいと思うわ」
何もしないことも、新しいことがないのもつまらない。
館の大半がそういう時間だ。
だからマサキが仕事を覚えることも、仮に失敗するとかあっても、それがむしろここでは彩になる。
それにセバスチャンは一流に執事だ。
彼の仕事を覚えれば、ここでなくとも役に立つし、外でも役立つ所作を覚えることができるだろう。
エカテリーナはセバスチャンを呼ぶと、さっそくマサキに仕事を教えてあげてと指示を出した。




