迷い人の居候(2)
エカテリーナと二人にされた青年は、二人の間黙り込んでいたが、セバスチャンが戻ってきたところで口を開いた。
「さっきの話なんですが、どう来たのかわからないのも気が付いたらここにいたのも本当なんです。それで実は、記憶がないというより、その、家に足が向かないのです。帰りたくないというか、帰っても居場所がないので」
ここまで気を使ってくれる彼らに嘘をつき通すのは心が痛む。
一応自分は正しいことを言ったとはいえ勘違いされていることに気が付いているのだから、それは訂正しておいた方がいいだろう。
それが自分に示せる彼らへの誠意だ。
これで追い出されても仕方がない。
まだ昼間だし、どうせ出されるなら明るいうちの方が次の行き先も見つかりやすいだろう。
その覚悟で青年は告白したが、エカテリーナはセバスチャンの方を見て言った。
「あら、もしかして、本当に人間も人形も似たようなものなのかしら?」
「それはどういう意味ですか?」
思わず青年が先に聞き返すと、エカテリーナは彼の方を向いてそれに答えた。
「ここにたどり着くのは圧倒的に人形が多いのだけれど、彼らは持ち主に忘れられてここに来ることが多いのよ。ただあなたの場合、完全に忘れられたわけではないようだし、それなら自分の意思で戻ることはできるでしょうから、どうしてここにたどり着いたのかはわからないということは気にせず、戻る気になったら出ればいいと思うわ」
「先日も道を逸れた方がお越しになったばかりですしね」
青年は何の話をしているか理解できていなかったが、セバスチャンは理解したのか、エカテリーナに同意している。
とりあえず黙って聞いていたら少しは理解できるのだろうかと青年は黙って二人の会話に耳を傾ける。
「もしかして、私が退屈だとか言ったから、違う理由の方も受け入れるようになったということかしら……」
「そうかもしれませんね」
先日エカテリーナは人間が来る日もあるかもとそんなことを口にした。
もしかしたら館はエカテリーナの意図を汲んで、それを叶えるべく都合のいい相手を呼び寄せたのかもしれない。
二人の中では納得のいく話だが、青年は結局話についていけず置いていかれたままだった。
「あの、それでここは……?」
改めて彼に着かえたエカテリーナは、ちょこちょこと椅子の上で体を動かし、見た目はあまり変わらないが姿勢を正した。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。私がこの館の主でエカテリーナ。彼は執事のセバスチャンよ。ここは私のおうちのようなものなのだけれど、よく行き場を失った子が迷い込んでくるところなのよ。基本的にここに来た子は保護しているの。保護施設ではないのだけれど、そういう場所になってしまっている、そんなところね。そうだわ、記憶があるのならお名前を教えてもらってもいいかしら?」
「はい。マサキです」
フルネームではなく名前だけ答えたが、エカテリーナは気に留める様子もなく話を始める。
「マサキね。わかったわ。セバスチャン、もうお部屋は用意できているのよね。食事の方はどうかしら?」
「数日は問題ありませんが、明日買い足せば問題ありません」
「そう。それならマサキをここに置いておくのは問題なさそうね」
二人の話ではとりあえず帰りたくないという自分の意見を尊重して、置いてくれる方向で話が進んでいるらしい。
期待してもいいのかと黙って様子を伺っているとセバスチャンがエカテリーナに言った。
「そうですが、まずはご本人に確認なさってはいかがですか?」
「それはそうね。ねぇマサキ、さっき帰りたくないと言っていたわよね。周囲が心配して大事にならないのなら、しばらくここに滞在してはどうかしら?」
セバスチャンに言われたエカテリーナは、改めてマサキに尋ねる。
すでに部屋まで用意してくれていたけれど、期待しすぎて失望したくなかったので、話半分に聞いておこうと思っていたが、どうやら彼らは本気だったらしい。
「いいんですか?」
マサキが確認するとエカテリーナは頭を縦に振った。
「ええ。ぜひ外の話を聞かせてほしいわ。人形でも人間でも、お客様は歓迎よ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
どうやら期待は裏切られなかったらしい。
こんなことは久々だ。
その分喜びが倍増して、つい表情が緩む。
「どうぞゆっくりしていってちょうだい。いつもセバスチャンと二人だから、話のネタが尽きてしまうことも多いのよ。ああ、たまにお客様が来ることもあるけれど、その時は部屋にいればいいと思うわ」
いつもは二人だけどたまに客人が来るらしい。
ここに置いてもらう以上、来客時に邪魔をするのは良くないだろう。
居場所をくれるだけで過分なのだから、来客時に部屋に籠っているくらい問題ない。
「わかりました。邪魔はしないようにします」
邪魔だと言われて受け入れてくれたこの居場所を失いたくはない。
マサキがそんな思いもあってそう言うと、エカテリーナは体を小さく横に振った。
「邪魔ではないのだけれど、ここにくるお客様は忘れられてしまったものばかりだから、一緒に話を聞いていると複雑な気分になるかもしれないわ」
短い間で、持ち主に忘れられて、行くところがなくなってたどり着くという言葉がすでに何度も出てくる。
つまりたどり着いたお客様は何らかの事情を抱えてここに来るということだ。
マサキも人のことは言えないので、受け入れてくれた彼らに、そのようなものを相手にするなとは言えない。
それを言ったら自分も出て行かなければならないだろう。
「そうですか。でもこの場所についてわからないことが多いので」
もしかしたらその客人の話を聞いたら、この場所のことや、その存在の意味、自分がなぜここに迷い込んだのかなど、わかることも多いかもしれないが、来たばかりで無理をする必要はないという心遣いからの言葉だとわかるので、とりあえずエカテリーナの言葉に従っておくのが無難そうだ。
「それはそうね。様子を見ながらで問題ないと思うわ。そもそもお客様に対して遠慮する必要もなくて、居たかったら同席しても構わないの。だって訪ねてくる人はたいてい初対面だから、彼らはあなたが最初からここにいる人、ここの住人なんだと認識するはずだもの。だから同席するのに遠慮はいらないし、堂々としていればいいのよ」
エカテリーナは自分をここの住人として扱ってくれるらしい。
ここにいてもいい、客人の前に出すことも問題ない、そんなことを言われたのはいつぶりのことか。
その言葉だけでマサキは心が軽くなるのを感じていた。




