忘れられたお嬢様(1)
エカテリーナとセバスチャンが一階の部屋で過ごしていると、玄関口からドアを叩く音がした。
「お客様かしら?」
稀にくるお客様かもしれないが、たいていの人は不安そうにいきなりドアを開けてくることが多い。
わざわざノックをしてくる人は珍しいと二人は顔を見合わせると、セバスチャンがエカテリーナを抱えて玄関先に行くと、セバスチャンがドアを開けた。
するとそこには、人間の子供、女の子が一人立っている。
「あのー、こんにちは……」
ドアが開いたので反射的にあいさつをした女の子に、エカテリーナが言った。
「あら、可愛らしいお客様ね」
とてもかわいらしい声で女の子は話しかけられたが、目の前にいるのはドアを開けた男性だけで他の人はいない。
だから声の主を探して首を動かしている。
「誰?」
女の子がきょろきょろしながらそう言うと、ようやくセバスチャンが女の子に話しかけた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
辺りを見回しているので、探し物をしていて迷い込んだのかと尋ねると女の子は首を横に振った。
「違います……」
探し物はない。
むしろ早く帰らなければと焦っているくらいだ。
女の子が困惑しているところにセバスチャンはさらに質問する。
「それでは迷子でしょうか……?」
迷子と言われたらそうなのかもしれないが、それを認めるのは屈辱だ。
そもそも自分で突飛な行動をとった覚えのない女の子は首を傾げた。
「……気がついたらここの入口にいたの」
迷子ではないが戻り方はわからない。
女の子がそう言うと、セバスチャンは微笑みながらうなずいた。
「そうてしたか」
この屋敷の二人からすればいつものことだ。
何でここにいるのかわからないと皆が口を揃えて言うのだが、この館に関しては、仕方のないことだ。
人間も人形も館が招かなければたどり着くことも入ることもできないし、館は害意のある者も受け付けない。
だからほとんどの人間がここに来ることはできないし、当然地図にも載っていない。
そのためセバスチャンもエカテリーナも彼女が迷子ではないことはわかっている。
「あの……さっき女の子の声が聞こえた気がしたのですが……」
大人の男性より、年の近い女の子の方が話しやすい。
もしそう言った子がいるならその子をはさんで話をしたいと思っている女の子が尋ねると、セバスチャンは手に抱えたエカテリーナを差し出した。
「ああ、こちらでございますね」
両脇を持って前に差し出されたエカテリーナは一が固定されたところでしゃべる。
「こんにちは、お嬢さん。私はエカテリーナ。こっちは執事のセバスチャンよ」
エカテリーナが主らしく自分とセバスチャンの紹介をすると、女の子は過剰なまでに驚いた。
「うわぁ!お人形さんがしゃべった!」
セバスチャンは、思わず一歩下がった女の子の足元に、エカテリーナを置いた。
「エカテリーナ様はご自身で動くこともできますよ」
セバスチャンが足を伸ばして座る体制で置いたので、エカテリーナはよっこいしょという声が聞こえそうな動きをする。
そして人形の体を動かしてどうにか立ち上がる。
「うわぁ!立ち上がった!」
エカテリーナを見守っていた女の子が再び驚いて一度引いてから、再び顔を寄せてきて言う。
「すごいわエカテリーナ!」
近づいてきた人間の顔のアップに臆することなくエカテリーナは言った。
「ねぇ、時間があるなら、お茶でもいかが?こんな所で立ち話もなんだわ」
エカテリーナが館の中に誘うと、女の子は奥の様子をうかがいながらも躊躇って動かない。
「え……でも……」
そう言った女の子の前にいるエカテリーナをセバスチャンが身をかがめて抱えると、女の子の目線に合った位置でセバスチャンは言った。
「私どもはかまいませんよ。どうぞ、中へ」
セバスチャンが立ち上がりドアを大きく開けると、ようやく女の子は恐る恐る中に入った。
そこにエカテリーナの声が響く。
「あっちよ」
言われてセバスチャンに抱えられているエカテリーナを見ると、彼女は一つの部屋のドアの方を指で示している。
「わかった」
とりあえずそっちに行けばいいのだとわかった女の子は、おとなしくその指示に従って、示されたドアを開けた。
ドアの向こうは応接室のような空間だった。
玄関ロビーと同じように絨毯が敷かれていて、ソファーだけでなく、椅子にもシックで重厚な布が張られている。
薄暗く古い家具に囲まれていて、大人は好きかもしれないが子供にはあまりなじみのない感じだ。
明らかに場違いだろうと女の子が中に入らず立ち尽くしていると、セバスチャンに抱えられたエカテリーナが彼女の後ろから声をかけた。
「どうぞ、そちらの椅子にお座りになって。どこでもいいわよ」
「うん」
エカテリーナにせっつかれて、女の子はようやく部屋の中に入った。
そして近くにあるソファーに腰を下ろす。
するとセバスチャンは、テーブルを挟んで反対側の椅子にエカテリーナを座らせると、お茶の用意をすると離れていくのだった。




