厄と形代と天の川の果て(6)
準備をしてまで迎え入れられる故人がいる一方、形があって、近くにいても忘れられる人形もいる。
そこが腑に落ちない様子であることに気が付いたセバスチャンがエカテリーナに言った。
「人間は先祖があって自分があると、まあその通りなのですが、その考えを非常に大切にしているようです。ですから国が変わっても形が違えど、先祖というもの敬う文化が根付いています」
セバスチャンは人間に対して思うところがありそうなエカテリーナに、それは風習であり、行事の一環のようなものだと告げた。
想像するに、近隣で誰かが始めれば周囲の人間も一斉に同じことをするので、嫌でも思い出すことになるので、忘れられることはないのだろうと説明すると、エカテリーナもそれならばそうなのかもしれないとうなずいた。
「そうなのね。でも魂になってもなお、形代を引き寄せるなんて、彼らにはそれだけ強い繋がりがあったということかしら?」
今回、呼ばれた先祖の魂に導かれて道を外れてしまったのなら、その魂は相当強い力を持って形代を呼んだことになる。
ただ里帰りするだけの魂が、生きた人間より強い意思を持っているなんて、そこまで思われたら形代も本望だろう。
今回たまたま道を逸れた際、ここに引き込まれてしまったので自分たちが送ることになってしまったが、魂の側に行ってもきっと形代は先祖の魂の送り火で一緒に戻ることができたはずだと考えると、ここに来るより、引き寄せた魂の方に行けたらより幸せだったかもしれないので、少し残念だとエカテリーナが考えていると、セバスチャンは小さく首を横に振った。
「そうでございますね。そうかもしれませんし、そうではないかもしれません」
「どういうこと?」
エカテリーナが尋ねると、セバスチャンは想像ですがと前置きをして話始めた。
「もしかしたらではございますが、形代になる前のあの方も、その主に類する方のご先祖だったという可能性もあります。だから無意識に迎えに引き寄せられたということも考えられます。ですが形代は自分が先祖であったと思っていない。だから自分の守った魂と子孫の再会を邪魔しないよう意識した結果、こちらに引き込まれたとも考えられます。あくまで可能性の話ですが」
確認する術はない。
でもそうだったら、心温まる話だ。
「言われてみれば確かにそうね。身を挺して主を守るなんて、忠義を尽くしている素晴らしい家臣の行動のように聞こえるけれど、実はそれが自分の子供や孫の、そのまた子供、遠い子孫のためだったら、親として、先祖として、迷いなく彼らを守ろうと考えるかもしれないわね」
自分が死んだら形代になり、その子孫を守り、そうして役目を全うした形代が、今度は生まれ変わって別の先祖の、遠い子孫である形代に守られる。
そうして守り守られる家ならば、今後も繁栄するに違いない。
「ご本人に記憶がないようですから、真意は定かではありませんし、すべては憶測でございます」
本人が何も言わないのでこちらで想像するしかないけれど、彼らの人生とその先を空想して話すのは楽しい。
それが明るい未来を想像させる話なら大歓迎だ。
「そうね。本人にさらに過去の記憶があるわけではないのだもの。でもそのような運命はあるのかもしれないわ。彼らの家がそういう輪廻の中にあるのかもしれないし。でも仮に違ったとしても、次に生まれ変わる時は、彼らの子孫として、人間としてこの世に生を受けてもらいたいと思うわ」
エカテリーナがそんな願いを口にするとセバスチャンはうなずいた。
「そうでございますね。守り、守られ、それを交互に繰り返して、子々孫々反映しているお家とあれば、長く続くことでしょう」
その流れだっていつかは途切れてしまうかもしれない。
今は伝統になっていたとしても、伝える者がいなくなれば、実行する人がいなくなれば、やがて廃れてしまう。
それが面倒な準備を要するものならなおさらだ。
けれどそれは彼らの家の問題だし、先ほどの形代の守りたいと思う気持ちが、子孫として生まれ変わった際に少しでも残っていたら、きっとそんなことにはならないだろう。
「そうね。天の川というのは、本来そういうものだものね。聞く限り果てはあるようだけれど、川の流れが途絶えるということはないようだし、それは永遠と続くのと同義だと思うわ。あの子もきっと、先祖から代々続いてほしいと願って形代になったのでしょうね」
基本的に代々続くことは良いことだ。
でもそれは受け継ぐ人がいて、それが幸せを呼ぶものであればの話ではないか。
「私はこの館が続くよう祈った方がいいのかしら?彼らが皆、新しい持ち主の元に戻ってこのようなところを必要としなくなる時が来るのが一番いいとは思うのだけれど、まだ私は末永く、ここを管理するエカテリーナでなければいけない気がするわ」
ここは人形の避難場所のようなもので、ここに来る人形は幸せになるために来ているわけではない。
行き場を失って保護されている状態だ。
本当ならば保護をする人形などない方がいいが、必要とされている間、ここはあり続けるべきだとエカテリーナは思っている。
そして主として管理できる人間はいないのだから、エカテリーナはこの先も天の川の流れに乗ることなく、ここに居続ける必要がありそうだ。
「そうでございますね。迷った者たちがまだまだたくさんおりますので」
全員いなくなることはきっとないが、減らないとは言えない。
少なくとも今の段階でエカテリーナがここの主を抜けて、輪廻の流れに戻るのは無理だろう。
当然、エカテリーナについていることが当たり前となっているセバスチャンもそれは同じだし、セバスチャンに関してはエカテリーナのそばを離れるつもりがないので、自分だけがここから離れるつもりもない。
この地、世界から離れることを希望するとすれば、エカテリーナがそうなる時だ。
もうずいぶんと長くこの生活を続けているが、飽きることはない。
表面的に退屈にはなるが、それは穏やかな生活の上にあるからだということをセバスチャンは理解している。
「むしろ増えているから困りものだわ。でも、ここがある限り、私があちらに行くことはない気がするの。不思議よね」
エカテリーナは屋敷と意識的なものが共有されているのか、自分の強い希望ではないが、そうならないように感じると小さく笑った。
「そうでございますね。ですがもし、ここがなくなるのだとしても、私は生涯、エカテリーナ様のお供をいたします」
自分の決意を改めて伝えたセバスチャンをエカテリーナはしっかりと見上げて答えた。
「そう言ってもらえると心強いわ。それならば不安に思うことは何もないもの」
エカテリーナもセバスチャンのことは信頼している。
それにずっと一緒にいるので、もう離れて何かをしようなどと考えることもない。
側から離れてしまうことはあまり考えたくないし、いるのが当たり前になっているのでいない生活など想像できない。
セバスチャンはその言葉を嬉しそうに受け止めてから言った。
「夜空をご覧になりますか。二階の窓からならよく見えると思います。そろそろ夜になりますし」
「そうね。先ほど地上で燃え尽きた煙がそろそろ空まで届いだでしょうし、天の川と合流したあの子を見送ってきましょうか」
エカテリーナが答えると、セバスチャンはエカテリーナを抱えて応接室を出て階段を上った。
そして天の川の良く見える二階の窓辺に立つ。
エカテリーナがよく見えるというので、自分の腕をその位置で固定し、セバスチャンもエカテリーナの視線の先を見る。
「これなら流れがよく見えるわ。あれだけ大きな川だもの。きっともう流れに乗っているでしょう」
月がなければ暗いはずの空だが、雲も月明りがないためか、今日は星が多く見えた。
それは今日がきっと特別な日だからだろう。
形代がきちんと果てまでたどり着くことを祈りながら、二人はしばらく空に輝く星の川を見上げたのだった。




