厄と形代と天の川の果て(5)
しばらくすると準備を終えたのかセバスチャンは形代の人形だけを連れて再び庭に出た。
そして準備をしたものが正しいのか、本当にこれで戻ることができるのかと慎重に確認する。
そして人形は、せっかく治してもらったのに申し訳ないと言いながら、セバスチャンに用意した皿の上に自分も乗せてほしいと頼む。
セバスチャンは複雑な表情をしながら、薪のように積まれ小さな焚火を起こすための木材に立てかけるようにその人形を置く。
「お願いします」
人形はそう言って微笑みを浮かべると静かに目を閉じた。
そしてセバスチャンは何も言わず、木材に火をつけた。
火は木材より先に直した服に燃え移る。
するとあたりに黒い煙が舞い上がり、そうしてその体はどんどんと灰になっていった。
外では木材の爆ぜる音が何度か響いたが、その音に驚くこともなくセバスチャンは黙ってその体が燃え尽きるまでしっかりと見届けた。
人形の体が燃え尽きると、残ったのは木材だけとなり、小さな煙を立ち昇らせるようになった。
少し強い風が吹けば消えてしまうだろう煙だが、それは線香のように途切れる様子はない。
とりあえず人形の姿はなくなった。
後はエカテリーナが見送れるようにするだけだ。
そう考えたセバスチャンは、火をそのままに室内へと戻るのだった。
外での音が落ち着いてほどなく、セバスチャンが応接室に戻ってきた。
すでに庭の火は小さくなり、細い煙を上げている状態だ。
戻ったセバスチャンは椅子はきちんと窓の近くに置いて、そこから煙と空が見えるよう、エカテリーナが座る位置を調整する。
そうしてエカテリーナはようやく送る煙を窓から見ることができるようになった。
外は幸い風もないため、途切れることなくまっすぐに煙は昇り続けていく。
「先ほどのセバスチャンの話だけれど、そういえば、お盆という時期になると、空にある魂がこちらに戻ってくることができるのだったかしら?」
エカテリーナがどこかの風習として聞いたことがあると口にすると、セバスチャンはうなずいた。
「そうでございます。一部の国の風習でございますね」
世界の理ではなく、一部の国の風習だ。
セバスチャンが言うとエカテリーナは首を傾げた。
「私たちはその風習に沿ったお迎えの用意などしていなかったように思うのだけれど」
なぜここにきてしまったのかしらとエカテリーナは煙を見送りながら空を見る。
呼んでいないのに、その形式を模して送り出しているのだから不思議な気分だ。
無事に流れの中に戻れたらいいということ以外、エカテリーナに特に思うところはない。
エカテリーナと顔見知りというわけではないし、向こうにもこっちにも執着や引き合うものなどないはずだ。
「特にあの方をお迎えする用意はしておりませんでしたが、一度こちらに降りたいとか、もしくは主とお呼びになっていた方にお会いになりたいなどと思ったため、ここに、いえ、現世に引き寄せられたのかもしれません」
本当に厄災から主を守れたのか、意識を回復した際、最初に気にしていたのはそこだった。
そう思ったのは自分の意識がはっきりした時、確信がなかったからかもしれないが、逆に意識することがなければ流れから外れることはなかったということになる。
しかしその仮説では、流れから外れたタイミングと、確信を得られないと意識した順序が逆なので考え方としては微妙だ。
まあわからないことについて延々と考え続けても仕方がないだろう。
エカテリーナは小さくため息をついてから話を変えた。
「それにしても、なんだか忙しく出て行かれるお客様が続いているわね」
「そうでございますね」
二階の部屋に積もっている人形は減っていないけれど、エカテリーナが玄関先で発見する人形たちはここに来たと思ったら、話をするとすぐに消えてしまう。
ゆっくりお茶を飲みながら話をするというより、一方的に生い立ちや苦悩を聞かされて、話した相手が満足して帰っていく感じだ。
けれどそこに不満はない。
むしろ新しいお話を持ってきてくれたことを喜んでいる。
とにかく変化のない生活なので、エカテリーナは退屈なのだ。
エカテリーナが背もたれに寄りかかってより上の方に目をやったところでセバスチャンが言った。
「そうそう、夏の天の川には、年に一度の出会いにまつわる物語があるそうでございますよ。特定の一日のようですが」
お盆の文化と同じ国の言い伝えですとセバスチャンはそこに付け加えた。
「そうなのね。物語にとっての特定の一日と、あの子たちの一日が違っても何も問題ないわよね。ただ天の川が大きく見えて、本流に合流しやすくなるから、少し寄り道をするだけなのに、日付で縛られてはかわいそうだわ」
特定の一日だけしか出会えないなどあまりにも自由がなさすぎる。
話を聞いたエカテリーナはそうつぶやいた。
「彼らに毎年の出会いがあるかはわかりませんが」
さらに追い打ちをかけるような発言をするセバスチャンの言葉を受けて、エカテリーナは小さくため息をついた。
「そうだけれど、迎える方は毎年その準備をしているのでしょう。それで、彼らのことが思い出されるのなら、それで充分でしょう」
記念日でも年一度でもいい。
思い出してもらえるということは、少なくとも誰かの記憶の中で生き続けられるということだ。
自分もここにいる人形も、外界から忘れられた存在なのだから、そうして思い出してもらえることを羨む気持ちが出ても仕方がないだろう。
エカテリーナはここに来てから館の外に出ることはできなくなっている。
その代わり劣化もしていないし、魂の器は選び放題なのだが、自分もいつか誰かに思い出してもらえる日が来たら、その時はここから出ることを許されるのだろうか。
その時は誰かの腕に抱かれていたりするのだろうか。
それともその前に煙になって空に還ることになるのだろうか。
人形の謎を真剣に考えているうちに、自分の存在に思考が向かう。
エカテリーナがその考えを追いやるべく頭を振ると、セバスチャンは小さくため息をつくのだった。




