厄と形代と天の川の果て(4)
「なるほど。仮にそのお国しきたりでこちらにいらしたのでしたら、数日待てば送り火でお戻りになれるのではないですか?ならばその数日、あなた様がよろしければこちらに滞在されてはいかがでしょう?」
もし迎え火で呼ばれたのなら送り火も焚かれるはずだ。
当然呼んだ相手が送り出しの手はずを整えるのだし、同じ思いで送り出すはずだから、一緒に呼ばれた人形もきっとそこで流れに戻ることができるはずだ。
なぜ家ではなくここに来たのかはわからないが、それならば数日滞在するお客様としてここにいればいいし、もしその時期が過ぎても戻ることが難しいようなら、その時改めて戻る方法を模索すればいいのではないかとセバスチャンが言うと、人形は恐縮したように言った。
「それはとても魅力的な申し出ですが、もともと呼ばれたのは主だけで、形代の私ではないでしょう。水入らずを邪魔するのも申し訳ないですし、私は一足先に、流れていこうと思います。離れておけば、次に巻き込まれることもなくなるでしょう」
その言葉を聞いてエカテリーナは腑に落ちた。
なぜこの人形が、呼んだ相手のところに行かずここに来たのか。
それはこの人形の遠慮にあったのだ。
そして遠慮したが故に、本来呼び出した家に行くことができず、彷徨いかけた結果、行きついたのがここというわけだ。
来てほしいと言われているのに邪魔をしたくないと遠慮する理由はわからないが、きっとそれもこの人形の主への気遣いなのだろう。
その思考は今も健在で、人形は顔を見せることはせず、先に空に還りたいという。
ならばここに留め置いても仕方がない。
「わかったわ」
エカテリーナは人形の希望を優先することにした。
「ちなみに空に戻すにはどうしたらいいのかしら?」
エカテリーナが帰り方はわかるかと改めて尋ねると、思い出したように言った。
「せっかくきれいにしていただいたのに申し訳ないですが、この姿の私を燃やしていただければと思います。そうすればきっと、私は煙になって空に還ることができると思います」
本来ならば体などすでに失われているはずだった。
そのことを失念するほど馴染んでいたが、それもきっと呼び出されたことで具現化されただけのものに違いない。
ただせっかくきれいに治してくれたのに、その相手にこの行為を頼むことには少々抵抗があった。
けれどエカテリーナはあっさりと了承した。
「それはかまわないのだけれど、でも、ここでは難しいわね。どうしようかしら?」
エカテリーナの優先事項はあくまで人形の幸せだ。
だから人形との別れが惜しくとも、その別れが彼らの幸せになるものと確信すれば受け入れる。
長年そうして生きてきたのだから今回も同じだ。
確かに燃やすという行為には抵抗があるけれど、そうしなければ人形が元ある場所に帰れないというのならそうするしかないし、これまでいなくなった子だって、供養され、未練を絶つことで本来の流れに戻った可能性が高い。
今回はそれが外で行われるのではなくこの館で実行されるだけだ。
けれど館の中で燃やすわけにはいかない。
けれどエカテリーナはここから外に出ることができないので、対処が難しい。
せっかくだから帰るところを見送りたいとそんなことを考えていると、エカテリーナの考えを察したセバスチャンが提案する。
「こちらから庭をご覧になって、お見送りされてはいかがでしょう。私が庭で送り出しますから、エカテリーナ様は窓からお見送りを」
セバスチャンの申し出をエカテリーナは快く受け入れた。
「そうさせてもらうわ。ほかに必要なものはあるかしら?」
せっかくの縁だ。
もう会うことはないかもしれないけれどこれからも長い旅が続くことになる。
そこで必要なものはないのか、持っていきたいものはないか、餞別くらい持たせたいとエカテリーナが言うと、人形は首を横に振った。
「いいえ。送ってもらえるだけでありがたいです」
「そう……」
エカテリーナが残念そうにすると、人形はむしろここまで過分な親切をもらったことに感謝しかないと言った。
「私の仕事は主たちの厄をこの身に抱いて、空の川を流れて、厄災から彼らを守ることです。ここでとどまってしまったら、厄が彼らのところに戻ってしまうかもしれない。だからちゃんと、最果てまで、私たち形代は流れつかなければならないのです。なのにお二人に良くしていただいた上、餞別までいただいたら、今度はここに未練を残すことになるかもしれません。そしたらまた迷惑をかけてしまいます。ですからお気持ちだけで」
十分気持ちは伝わっているし、それだけでまたここに引き寄せられてしまう可能性がある。
ただそれでは使命を果たせず、寄り道をした分、長く川を漂わなければならないだろうし、いつまでも果てにたどり着けなくなるかもしれない。
そう伝えるとエカテリーナは引き下がった。
「また来ることがあれば、もちろんその時は歓迎するわ。でも、一番はあなたが幸せになることだから、果てまでの旅の安全を祈ることにするわね」
「ありがとうございます」
人形はそう言って再び体を折った。
「では私は火を起こす準備をしてまいります。その間少しお待ちください」
セバスチャンはそう言うと、応接室から出て行った。
しかし残された二人は特に話すことはない。
すでに別れの挨拶も終えてしまった。
せめて庭が見える位置に移動させてくれていたら様子を伝えることができたのだが、準備を見せるつもりはなかったのだろう。
少しすると窓の外から音が聞こえるようになったが、何が行われているのか確認することができなかった。
そのためセバスチャンが戻るまで、二人は同じ位置に座ったまま、向き合って無言で過ごしたのだった。




