厄と形代と天の川の果て(2)
本当にこの世の中に未練などは残していないのかとエカテリーナが再度確認すると、人形は少し困ったような表情になった。
「そうですね、私もなぜここにいるのか……。ただ随分ときれいなままですから、これが関係しているのかと」
自分の体を見下ろして小ぎれいになっていることに気が付いた人形は、あからさまにがっかりした様子でそう述べた。
「それはないと思うわ」
エカテリーナがそれを真正面から否定すると、人形は体を捻るような動きをしたかと思うと、確信を強めたのか、自分の最期を考えると今の姿は不自然なのだと訴える。
「しかし主は刀で切られたんです。その後火をつけられて、主の家が火事になって、私は主の代わりになったはずなんです。切られた傷と、業火を私が抱えたはずなのに、こんなにきれいな姿であるということは、私は役割を果たせなかったということかもしれません」
できたはずのことができていなかった。
それが無意識のうちに察せられ未練となったから、ここに身を寄せることになってしまったのかもしれない。
今の自分が思い出せないだけで、使命を全うできなかったのなら、エカテリーナの言う、この世の未練というものが該当するかもしれない。
少々無理のあるこじつけを射て自分を納得させようとしている人形に、エカテリーナが首を傾げた。
「どうしてあなたはその役割に執着しているの?」
「私は主の家にずっと守られてきたんです。付喪神と呼ばれるくらいの力はあったはず。だからこうしてあなたたちとのも話ができるのですが」
ただの身代わり、形代なら、こんな考えを持つことも話をすることも叶わなかっただろう。
けれど自分は家の中で守られるうちに意思を持つようになり、言葉も習得していた。
人形である間において主たちと話すことは叶わなかったけれど、その力が自分の意思を伝える機会をもらった今、別の形で役に立っている。
会話が成立していることにも驚いているが、それもきっとここに来たことに関係があり、もしかしたらここで懺悔をするために習得を許されたのかもしれないと人形は肩をすくめる。
「たしかにあなたは自分の意思を持っているようだわ」
エカテリーナが話は聞いて納得しているが、人形としては自分の意思で最期を選んだのに、どうして未練が残るような形になってしまったのかわからない。
「もちろんです。そして今回、主の窮地に、私が役に立つ時が来たのだと、そう思っていたのに……」
言葉にすればするほど、今の状況が理解できて愕然とする。
落ち込んだ様子で話す人形の言葉を聞いて、エカテリーナはもしかしたら気にしているのは自分たちのお節介のせいしれないと気が付いて、人形に伝えた。
「ああ、あなたの身体がそれなりにきれいなのはセバスチャンがきれいに繕ったからよ。あまりにも酷いものだったから、治してあげた方がいいと判断したのよ。もしかしてそのせいで何か勘違いさせてしまったかしら?」
エカテリーナから言われて再度自分の体を見回してみると、確かに縫った跡が随所にみられる。
飾られている時に繕われた古いものだけではなく、新しい縫い跡を見つけると表情を緩めた。
「そ、そうでしたか!ありがとうございます」
エカテリーナの言葉が真実であるなら、自分は役割をきちんと果たせているはずだ。
そこに安堵するのと同時に、そうなると再びここに来た理由が暗礁に乗り上げてしまう。
「そうなると私は、ちゃんと役目を果たせたのでしょうか?」
再び同じような疑問をエカテリーナにぶつけると、エカテリーナはそれを見ていたわけではないと前置きした上で、ここに来た時にどれだけひどい状況だったかを説明した。
「それはわからないわ。でもあなたが何かの身代わりになったことは間違いないでしょうね」
最期にそう結論を伝えると、人形は首を傾げながら複雑な表情をする。
「そうですか。それなら大丈夫……、かもしれませんね」
「ええ。少なくとも相当ボロボロになっていたのだから、その分は間違いなくあなたが厄を引き受けたと思うわ」
もちろんそれをこの人形が引き受けてもなお、その相手がそれ以上ひどい目に合っていたら、その時点で助かっていない可能性もある。
けれどその場においては形代としての役割を果たせたはずだ。
自分もここに来た時の様子はわからないけれど、きっとすぐに目覚めないくらい、そしてそれを待って確認すべきとすら思われないほど酷い状況だったに違いない。
そしてもしかしたら彼らが治してくれたからこうして意識を取り戻したのかもしれない。
「それで救われたのなら、私も忠義を全うできたというもの。安心しました。それと、遅くなりましたが、治していただき感謝します」
人形が改めてそう言って体を前に倒すと、エカテリーナとセバスチャンは顔を見合わせる。
そしてエカテリーナがすぐに頭を上げるよう言い、その上で人形に伝えた。
「確かにその気持ちは受け取ったわ。治したのは私ではなくセバスチャンだから、お礼を受け取るのは彼になるけれど、もう十分気持ちは伝わったから改める必要はないわ」
エカテリーナが言うと、セバスチャンがそれに同意する。
「はい。あなた様のその感謝、確かに受け取りました」
セバスチャンはエカテリーナの後ろに立ったままそう言うと、微笑みながら一礼したのだった。




