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人形の館~迷える人間と館の主~  作者: まくのゆうき


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返却と自己満足(4)

一度目は無理矢理引き離されたことが原因で、彷徨った末、この館にたどり着いたのかもしれないが、そもそも持ち主に忘れ去られることがなかったらここに来ることもなかったはずだ。

その状況で同じ人に二度も忘れられたり捨てられるようなことになったら、立ち直れないだろうし、エカテリーナやセバスチャンからしてもそうなることは不本意だ。

それなら最初から返さない方が当事者であるクマのためにもよい。


「それは無責任というものだわ。だから渡せない。理解できたかしら」

「ああ……」


エカテリーナの言うことはもっともだ。

クマを取り戻して彼女に返すのは自己満足のためだし、彼女がクマを受け取ったとしてもそれは体裁を保つためかもしれない。

もちろんそこにクマの意思はない。

その一件から彼女の口からクマの話を聞いたわけではないし、彼女の意思だってわからない。

もしかしたらすでに新しいものを手に入れていて、いまさら返されても困ると言われる可能性がないとは言えない。

エカテリーナから指摘されなければ、その考えに至らなかった。

さすがに落ち込んだ彼に、エカテリーナは言った。


「でもね、謝ろうという姿勢は評価するわ。もしあなたが先に謝って、その時に女の子から取り上げてしまった子が、このクマが戻ってきたらまた大事にするというのなら、その時はあなたに預けましょう。けれどその女の子が謝罪だけを受け取って、気にしていないというのなら、残念だけれど、持ち主のところに帰っても幸せになる未来はないと思うの。それならあの子はここにいた方が仲間と幸せに過ごせるわ」

「そうか。そうだよな。そこまでは考えてなかった……」


考えていたのは自分の保身のことだけ。

まずはクマを見つけなければ始まらないとそればかり考えていた。

そしていざ、クマを見つけたところで、とりあえず返しておけばいいかなと軽く考えていた。

謝る勇気がなかったら、ポストにでも入れておけば、一応役目は果たしたことになるからいいかなと。

けれどそれはここで大切にされているクマにも、押し付けられて彼女にも迷惑になるかもしれず、結果的にすべて自己満足ということになるようだ。

なんとなく目の前が真っ暗になったような気がしてすっかり気落ちした彼をエカテリーナが慰める。


「それは仕方のないことよ。でもあなたが一生懸命、それこそ真剣に、その出来事を悔いて考えていたからこそ、あなたは今ここにいて、私と話ができているのだと思うわ。私はきっとあなたの年齢の何倍もの長い時間をここで過ごしているもの」


セバスチャンは見た目からして初老少し手前くらいの年齢に見えるし、その落ち着いた対応からも大人だとわかるが、エカテリーナは見た目がぬいぐるみの上、かわいらしい声をしているので若いように思われたが、確かに対応は大人だ。

ただ声と見た目に引きずられて年齢不詳なので、年上と言われても、そうですよねと素直に返事をしにくいのも確かである。


「見た目ではわからないけどな」


思わず彼がそうこぼすと、エカテリーナは椅子の上に立ち上がって短い両手を腰に当てるしぐさをする。


「ええ。可愛いでしょう?」


そう言って胸を張るエカテリーナに対して、あきれたように彼は言った。


「自分で言うんだ……」

「当然よ」


そもそも体は借り物なのだ。

うちの子かわいいでしょという気持ちの強いエカテリーナからすれば、何も恥じることはない。

だから売込みをかけるがごとく自身満々にエカテリーナが答えると、彼は笑い出した。


「なんか力が抜けたよ」

「それはよかったわ」


最初に現れた時は余裕もなく鬼気迫った様子だったが、今はすっかり憑き物が落ちたような表情に変わっている。

ぬいぐるみの件は解決していないけれど、彼の気持ちの整理に一役買えたのなら、エカテリーナとしてはそれだけで満足だ。


「ああ。あと、来て早々、騒いで悪かったよ。これからはどのぬいぐるみももっと大切に扱うことにする」

「そうね。何も問題はないわ。私たちはあなたがたがご友人と仲直りできることを、ここから祈っておくわね」


そうして話を切り上げたところで、彼は一旦帰ると席を立った。



彼を玄関先で見送り、セバスチャンがドアを閉めたところでエカテリーナがつぶやいた。


「彼はぬいぐるみの持ち主にも、ぬいぐるみにも悪いことをしたという自覚があったのね。だからさっきの私の説教を甘んじて受け入れたのだわ」

「そのようですね」


彼は女の子にもクマにも悪いことをしたと反省していた。

ぶっきらぼうで粗野なところはあるけれど、根はいい子なのだろう。

エカテリーナもセバスチャンも似たようなことを思っていた。


「彼は戻ってくるかしら?」

「どうでしょう」


エカテリーナがつぶやくと、セバスチャンはため息交じりに答える。


「なんとなくだけれど、彼はもうここには来ない気がするわ。残念だけれど、そもそも持ち主がこの子のことを忘れてしまっていなければ、本来ここにきていないはずでしょう?この子がここにたどり着いてしまっている時点で、持ち主の子はこの子をなかったことにしてしまったのよ。持ち主がそう考えようとしたかどうかは別としてね」


彼に奪われることがなかったらこのクマはここに来ないですんだかもしれない。

持ち主からしたら思い出すのが辛いほど大切なものだったのかもしれないし、本当はそこまで思い入れのあるものではなかったのかもしれない。

そればかりは本人のみぞ知るところだ。

ただここにクマはたどり着いてしまった。

それがどういうことなのか、エカテリーナには理解できていた。


「持ち主が失ったことを忘れようとしたのか、彼にされたことそのものをなかったことにしようとしたのかはわからないけれど、どちらにせよ、この子はもう、持ち主に必要とされていないと思うわ」


必要とされていたのなら、彼ではなく持ち主の方がここにたどり着くのが先だったはず。

彼にそれ以上の思いがあったというのは理由になるかもしれないけれど、それでも、戻ってきてほしいと願う持ち主の心の方を館は優先したはずだと、エカテリーナは思っていた。


「だから渡さなかったのですね」


セバスチャンに問われたエカテリーナは、小さくうなずいた。


「もしかしたらこの子を見て、持ち主がまた大切にしてくれることもあるかもしれないわ。でも、それがわからないうちに、外に出すのは良くないとそう判断したのよ」


持ち主から忘れられたということは、その人からすればクマはもう過去の遺物ということだ。

いまさら帰ってきたところでどうしていいかわからないに違いない。


「それに彼が本当にこの子を必要だと感じたら、またここにたどり着くはずよ。なにも焦る必要はないわ。私たちは待つことには慣れているのだもの」


これまで何年とわからぬ同じような日々を過ごしてきたエカテリーナたちからすれば、待つなど些末なことだ。

そして戻ってこなくても何も問題ない、来客が珍しいとはいえ、彼らの過ごした長い年月を考えれば、これはその程度の出来事でもある。


「そうですね」


そんな話をしながらエカテリーナとセバスチャンは、いつものように来訪者のいない応接室で一日を過ごすのだった。

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