人形の寓居(プロローグ)
館の主であるエカテリーナと執事のセバスチャンは、館の二階角にある一室のドアを開け、その中を見回すとため息をついた。
「数日放置した間にまた何名か増えていらっしゃいますね」
「そうね」
この部屋は客間や寝室ではないため、毎日確認したりはしない。
そのため、数日この部屋に立ち入ることはしなかったのだが、その間にどこからやってきたかわからない、新しいものが増えていた。
「どういたしましょう」
この部屋の一角は積み重なった人形たちが積みあがっている。
その状態で放置しているとはいえ、さすがに二人は、その時にあったものとそうではないものの区別くらいはつく。
だからそれとなく増えているものがどれなのかも理解できているのだ。
つまり、新しいものは不法侵入だから排除しますかと、セバスチャンはそう言っているのだ。
けれど館の主であるエカテリーナはそれを否定せず、話題を変えた。
「この部屋も随分と手狭になってきたわね」
「そうでございますね」
来た者たちが隅っこに積みあがっているとはいえ、当然数が増えれば山の裾野は広がっていく。
そうして彼らはどんどん入口に向かって侵食してきているのだ。
「本当はどこか広い部屋に移すか、二部屋に分けるかしたいのだけど、どうもこの子たちはここがいいみたいなのよね」
「さようでございますね」
さすがに人形だけとはいえ床に積み上がり、散らかった状態の部屋をよしとはしない二人は、一度人形を片付けようと試みたことがある。
きれいに並べたり、仕切りを付けて分け、きれいに並べて置いてみたこともあるが、いつの間にかこのような形に戻ってしまうのだ。
これを新しく来たものがやったのか、彼らが自分たちの意思で戻っていったのかわからないが、何度やっても同じことが続くため、エカテリーナはこの部屋の状況を改善することを諦めていた。
そしてそれは、いつの間にか増えている新参者についても同じだ。
「新しいものは今まで通り受け入れるしかないでしょう。ここに身を寄せている皆が新しい主に引き取られていくのが一番だもの。まあ、彼らをそれまでここで預かっておくしかなけれど」
「引き取られていく数より、身を寄せに来るものの方が多くございますが」
引き取り手が身を寄せるものより多ければ部屋はこんな惨状になっていない。
本当はこんなはずではなかったし、数体程度を受け入れるつもりでいたのだが、どこでここの存在を知ったのか、気が付けば行き場のないものたちを呼び寄せる形となってしまっている。
ここがどこかでそういう輪廻に組み込まれた可能性もあるが、それは主であるエカテリーナにも、セバスチャンにもわからない。
ただ、勝手に増えるのだ。
「それが問題なのよね。気が付いたら新しい子がいるのだもの」
「手放す方も自由なら、ここに来るものもまた、自由なようにお見受けします。ここに来られず彷徨っているものがいるのなら、そちらの方が心配でございます」
ここにきているのがすべてならいい。
けれどそんなはずはなく、どこかに打ち捨てられている人形たちは、きっと行き場を失くして彷徨っているに違いない。
それを思うと、部屋の惨状に関係なく、心配が募る。
「そうね。私もここから出たことがないかわからないけれど、他にも同じような場所があるのではないかしら?」
「そうであることを願うしかございません」
行き場を失くした彼らを保護しているのがここだけとは限らない。
確認できないけれどそういう場所があってほしい。
彼らを持ち主か、もしくは新しい主の元に送ってあげたい。
そして今度こそ忘れられることなく大切にされてほしい。
自分たちだけでは限界だから、こういう場所が増えてくれたら。
それが二人共通の願いだ。
「本当に。そもそもそのためにここを尋ねてくる人間を受け入れているのだもの。なかなか実を結ばないけれど、彼らの主がここにたどり着くことがあれば、いつでも再会させてあげられるようにね」
この館は二人の世界において確かに存在しているものだ。
けれど人形たちの主だったはずの人間の世界からは隔離されているらしい。
それが長年ここで生活して、二人がいきついた結論だ。
そして人間側からは館が受け入れた者、人形に呼ばれた者だけがここにたどり着けるらしい。
この仕組みもエカテリーナたちが決めたことではないため分からない。
けれど、館の意思はエカテリーナの意向に沿うものであるため、館の意思にエカテリーナの希望が反映されるのは間違いなさそうだというのも、二人共通の意見である。
「悪意なき人間にしかここを認識されていないようですから、そもそもたどり着くことも難しいのでしょう。それでもまれにお客様がお見えになるのですから、いつかきっと、幸せになれましょう」
「悪意のあるものまで受け入れて、その者を新しい主とすることになったら、この子たちは不幸になってしまうでしょう。それならばここにいた方が安全だわ」
エカテリーナは二度も三度も主に見放される人形を見たくはない。
人間側にも事情があるだろうが、少なくともここにいる人形たちはやんごとなき事情以外で手放されてきた、未練のある人形たちであることは間違いない。
何度も粗雑に扱われるくらいなら、ここで長い時間、同士と共に過ごす方が幸せだろう。
エカテリーナはそう考えているのだ。
「そもそもここに来るものは一度、捨てられたか忘れ去られておりますからね。何度もその経験をさせてはかわいそうでございます」
「そうでしょう。だから相手は慎重に選ばなければいけないわ」
ここに受け入れる人間の最初の選別を館がしてくれるのならそれでいい。
館が認めた者だからとすべてを受け入れるわけではないが、それだけでエカテリーナの負荷が減るのは間違いない。
「かしこまりました。部屋については後々考えることにいたしましょう。広くなっても離れてしまうのが寂しいと感じるからこそ、こうして重なって固まってしまっているのでしょうから」
「そうね。自ら窮屈になることを選んでいる間は問題ないと考えるしかないわね。魂はどこかへいってしまったようだから、もう動くこともないでしょうけど」
彼らはなぜかこの部屋に増えているが、ここに来てから動くことはない。
自分たちが見に来るとすでに動かない状態のため、最初は第三者がここに捨てるように置き去りにしているのかとも考えたが、そもそも、そのような人間を館が入れるとは考えられない。
結果、彼らは自分の意思でここに来て、館に害すことのないものと認められたのだろうとひとまず結論付けたのだ。
「ここにきて、同士を見て、魂は還る決断をしたのかとも思いますが、ここに戻ってくるのですから、一時的に離れているだけなのかもしれませんね」
「私から見たら彼らはもうただの人形だし、とりあえず動かすことができるのだから、棚のようなものにきれいに並べてしまいたいのだけれど、こうしてくっついていることで安堵したかった気持ちもよくわかるのよ。だから彼らの最後の意思を尊重してこのままにしてあげているのだけれど、そろそろ考えないといけないかもしれないわね。まあ、時間はたくさんあるのだから、今日でなくてもいいわ」
新しいものが来たら戻ってしまうのだし、という言葉を飲み込んで、主が知らぬ間に入り込んだ新しい者たちを咎めることなく、部屋のドアを閉めた。
そして二人はいつも生活の拠点にしている一階の応接間に戻る。
応接間に入ると、いつも通りエカテリーナがソファーに座り、セバスチャンはそのままお茶の用意を開始する。
ほどなく紅茶が出てくると、それに口を付けたエカテリーナがつぶやいた。
「今日は誰か来るかしら?」
「いかがでしょう」
この会話もいつも通りだ。
誰も来なければ、二人は同じような言葉を繰り返す。
館から外に出ることもできず、永遠のような時間を過ごす彼らに、細やかな時間の概念は存在していない。
窓の外に日が昇り、そして暮れていく様子でおよその時間を感じ取るだけだ。
することがないので流れる時間が遅いように思われるが、それ以上の長い時間を過ごしてきた彼らにその感覚はない。
結局二人は、この日も屋敷で過ごす大半の日々と変わらない、来客のない一日を静かに過ごしたのだった。




