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3. 1歳の誕生日

「さあ記念すべき1歳の誕生日だね!」


(長かったわ…!)


「それにしても凄いお祝いの量だね〜ぬいぐるみやおもちゃが沢山だよ」


(私はトランダフィールの直系だもの。それに殿下の婚約者となることも生まれた時点でほぼ確定していて、言わば未来の王妃よ?1歳だろうとこうなるのは必然ね)


「う〜んまぎれもなく事実しか言ってないんだけどね!」


 16歳まで生きた私の記憶と、1歳である私の体。今までうまく噛み合っていなかったものの、ようやく安定するようになってきた気がする。

 もうすぐ日暮れ、お祝いもほとんど終わったようなものだし、ナニーはずっと傍にいるけれども訴えかけない限りそっと見守っていてくれる。ようやく天使と話せる時間が出来た。


 お誕生日おめでとう、と天使はにこにこと笑って、どこかから本を取り出した。


「じゃ〜ん凄い本を見つけたよ!君と同じ境遇の人の本!これを僕から君へのプレゼントにするね、とはいっても渡せないから僕が読み上げるだけになるけど」


 満足げな天使の言葉に、思わず赤ちゃんの体にその衝撃を渡してしまうすんでのところで耐える。

 びっくりして泣き出さずにすんでよかった。

 どく、と心臓が嫌な音を立てる。


(えっ…?他にも天使様がいて繰り返させてるってこと!?)


 一体聖金貨何枚分になるのだろうと思われるほど正確な本だ。紙のサイズが揃いすぎている上に、驚く程真っ白でその上等さが伺える。表紙は粗さのないつるっとした紙に恐ろしいほどハッキリとした色で絵画が描かれている。装飾の無さは、かえって技術の高さを思い知らせて。

 どこかの王族が作らせたものだろうか。つまりは、どこかの王族が繰り返して───。


「うん?いやいや、僕みたいに手間暇かけるような奇特なやつそうそういないよ!これは人間の想像の物語だね、つまりはフィクションってこと」


 フィクション、という言葉に安心するけれど、それでもこれだけのものを作られる国があることに慄いた。

 中古屋の100円コーナーから持ってきたよ〜とその本を振る。───エン、という単位は聞いたことがない。少なくとも周辺国でないことに安堵した。それなら、大滝の向こう側の国なのか──。


「時空も世界も違う場所の物だからそんな考え込まないでいいんだってば!ええっと、まず最初に主人公の公爵令嬢は〜」


 心配性だねえと言って、パラパラと天使は本をめくり出す。

 ……公爵令嬢。私と同じ身分の令嬢が、同じように繰り返しているのだと天使は言った。フィクションだと言われたものの、怖さ半分興味半分で天使の声に耳を傾ける。


「私の、価値を認めなかったこの国なんて見捨てて一人で生きていくの」


 喉に手を当てた天使は、鈴の音のような綺麗な可愛い声で歌うように言った。綺麗、で、可愛いのに、何故か──ぞっとするほどに、怨みがどろどろと煮詰まっている様子が思い描かれた。


「私がいなくなってこの国が滅んでも、知ったことじゃないの」


 ふふ、と天使は笑うと、そうね…と呟く。その動作の何もかもが洗練されていた。どこから取り出したのか、扇で口元が隠される。それをただ眺めていた。



 息を止めていた事に、天使がつん、と頬をつついたことでようやく気付いた。

 気づけば天使はにぃっと笑っていた。いつもの笑い方だ、まるで、イタズラ好きの少年のような。


「まずは体を強くしなくちゃ!」


 高揚感と使命に燃えているかのような、明るくて軽快で、復讐のことなんて何も考えていないような素敵な女の子の、声。


「赤ちゃんの頃からスクワット、腕立て伏せ、腹筋を欠かさず毎日行う!1歳になって歩けるようになったので毎日走る!」


 ぼうっと天使の笑顔を見て。何を言ったのか少しの間分からなくて、えっ、と一瞬詰まる。


 そのあと───ふふっ、と思わず笑い声が漏れてしまった。


 ナニーの、何か嬉しいことでもあったのかしらという声がする。

 ああ、可笑しい、そんな事出来るわけないじゃない!と天使に笑いながら抗議する。


(子供の体のうちからの過剰すぎる運動は発達の妨げになるわよ!それにこんな小さいやわこい体でそんなこと出来やしないでしょう!)


 ぐー、ぱー、と手を自分の思うままに動かすだけでも一苦労なのに、体全体で運動?できるわけがないのよ、と思わず笑ってしまう。

 ああ確かにこれはフィクションだ。どこかの誰かが娯楽として書いただけのもの。参考にはできない。──よかった、と何故か思った。国を捨て全く違う自分で生きるというのは、私は絶対に選ばない選択肢だと思う。全く別の選択肢を選び、ありえない行動をして、そうして──復讐を選ばず、誰かに愛されて。


 ああ、よかったのだと思う。

 私のこの気持ち、殺してやりたいという気持ちに踏み入れられなくてよかった。別の人生を送る話でよかった。──私はこれを娯楽として見ることが出来る。素直に笑うことが出来る。


「うーん、確かにエリーザベトを見てると変だね、やっぱりフィクションだねえこれは」


 参考になると思ったんだけどなあ、と天使はパラパラと本をめくる。参考にならなかったのに私が笑っていることに、天使は何で?と不思議がっている。

 まあ面白かったならいっか!と言うものの、心做しか少ししょんぼりしているように見えた。


(その本は参考にならなかったけれど、探してきてくれて嬉しいわ。久しぶりに笑った気がするの。ありがとう、私頑張って“幸せ”になるわ!)


 それを聞いて、天使は驚いたように目を丸くする。それから、天使は頬を掻きながら笑う。

 エリーザベトが“幸せ”になる日が楽しみだなあ、と穏やかに呟いた。その目は最初に見た時と同じで、穏やかな愛がこもっているように感じられた。



 いつの間にか準備していたらしい離乳食をナニーが食べさせ始めたので、天使との会話はそこで一旦おしまいになった。

 離乳食を食べることに慣れて、かなり経った気がする。この体なので一日があまりに長くて、正確な日にちは分からないけれど。


 乳母は、離乳食を食べ始めてしばらくしたら来なくなった。

 巻き戻る時点はきっと今よりもっと後になる。一番最初の人生で乳母のことなど何も覚えていなかったというのに、もう会う機会も無いだろうと思うと悲しくなった。最初の頃はかなり泣いてしまい、ナニーを困らせてしまった。成長がかなり早い方であるらしい自分をちょっとばかり恨んだ。──もう、随分と経った気がして、泣かなくなったけれど。




 お嬢様は沢山愛されていますねえ、どうか幸せに、すくすく大きくなってくださいね──と、寝る準備の整った私にナニーは優しく語りかけた。もうすでに意識はぼんやりとしていたけれど、その言葉ははっきりと聞こえた。

 おやすみ、という天使の言葉が聞こえた。



 ───天使はなぜ私に繰り返させてくれるのか。


 ただの気まぐれか、あるいはその果てに何かがあるのか──その答えは分からないけれど。

 天使が私に何かを望んでいるのなら。


 私は、それを叶えてあげたいと思う。

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