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9.だからって、口で口を塞ぐな!

 

 魔王の部屋を出る前に、薄く扉を開けて、その隙間から廊下の様子を窺い見る。

 思った以上にラウムと話し込んでしまい、部屋を出る時間が遅くなってしまった。

 これでは『部屋で過ごす』の選択肢を選んだことになってしまうのではないか。そんな不安に駆られて、ベリスがやって来る前に部屋からの脱出を試みている。


(右よし! 左よし!)


 どうやらまだベリスの姿はないようだ。

 今のうちだと部屋の中で呆れ顔をしているラウムを手まねく。


「早く! 今のうちに行くよ!」

「何をこそこそとしているんですか?」

「ベリスに見付かりたくないんだよ」

「まあ!」


 驚いた顔をした後にラウムはにっこりと笑顔になった。


「ご協力致します! 絶対に見付からないように執務室に参りましょう」


 心強い味方を得て部屋から出ると、オセの待つ執務室に向かう。

 きょろきょろと辺りに視線を巡らせながら歩くことしばし。前の建物と後ろの建物を結ぶ渡り廊下を過ぎてしまえば、べリスと鉢合わせになる可能性がなくなるとラウムが言ったので、そこを通り過ぎてようやくホッと肩の荷を下ろした。


 魔王城の後ろの建物は魔王の私邸だが、手前の建物は魔王や魔王の家臣たちが政務を行う場所なので、身なりを整えた悪魔たちが行き交っている。彼らは魔王の姿を見ると、廊下の端に寄り、頭を下げて魔王が己の前を過ぎ去るのを待つ。

 頭を下げられると、うっかり自分も頭を下げそうになってしまう。そこを、ぐぐっと堪えて廊下の左右に分かれた彼らの間を通った。


(争いが起これば、彼らも巻き込まれてしまうんだろうなぁ)


 魔王の家臣である彼らはもちろん、『ふたつ月の国』の民――大人も子供も、すべてが巻き込まれることだろう。

 そう思うと、今、自分がやっていることに意義があるような気がした。



▽▲



 魔王シトリーの死が周知されれば、真っ先に攻め込んでくるのは、ストラスだろうとラウムは言う。

 自分はシトリーの兄なのだから、当然、弟の国を引き継ぐ権利があると主張するだろうと。


 一見、もっともであるように思える主張だが、『ふたつ月の国』は、シトリーとオセによる共同統治が行われている。しかも、その実情はオセの単独統治とも言えなくもないもので、そこにストラスが首を突っ込んでくれば、当然、オセは反発する。


「それだけではないんです」

「――と言うと?」

「ハウレス大公です」

「ええっと……?」


 誰? と思った後で思い出した。この国の財政をになっている悪魔だ。

 執務室の書類で何度もその悪魔のサインを目にしていた。


「ハウレス大公は、――フラウロス大公ともおっしゃるんですが、わたくしが敬愛する大公殿下とは逆に時代が進むにつれて権力が弱まっていった方で……」

「軽くディスってるでしょ」

「仕方がない事実なんですぅ。それで、ご自身の領地をご自身だけの力ではとても護り切れないと、我が君に臣従する代わりに、我が君の軍団でハウレス大公の領地を護っているのです」

「臣従ってことは、臣下なんだ?」

「臣下ですね。けれど、実際は微妙なところです。皇帝陛下から頂いた大公位をお持ちであることは変わらないので、あくまでも皇帝陛下の臣下であることが前提の臣下です。なので、皇帝陛下の命令の方が我が君よりも優先されます」


 悪魔の爵位とか、主従関係については難しくて、いまいち理解できないが、これ以上質問を重ねても無意味な気がするので、やめておく。

 だけど、最後にひとつだけ腑に落ちないことがあるので聞いてみたい。


「オセは共同統治で臣下じゃないのに、ハウレスが臣下なのは、なんで?」

「それだけハウレス大公の力が弱まってしまったということです」


 すぱっと言い切ったラウムの返答は、なるほど、ディスるわけだ、という納得のものだった。


「――っていうことは、もしシトリーが死んだと知ってもハウレスが国を乗っ取ろうと考えることはない?」

「そうですね。それだけの力がハウレス大公にはないと思います。ただ、ハウレス大公はオセ様の養父であり、とても良好な関係を築いていらっしゃるので、我が君の兄君が攻め込んできた場合、オセ様の味方をされるはずです。オセ様の地位は総裁。総裁は爵位ではないので、大公の後ろ盾を得られれば、オセ様にとって心強いことでしょう」

「んで、オセとハウレスVSストラスの戦いが勃発して、『ふたつ月の国』が血みどろの戦場になってしまうってことね」

「他にもきっと横槍を入れて来る方もいらっしゃるかと」


 なるほど、と呟くように言って図鑑を閉じた。昨日に比べたら自分の置かれた状況が把握できた気がする。

 どうしてラウムが魔王にそっくりな人間を召喚したのか。そうせざる得ない理由がちゃんとあったことに納得する。


(まあ、すべては兄貴のゲームの設定なんだけどね)


 そもそも、魔王のそっくりさんが日本人で、しかも女子高校生って、乙女ゲームの設定でもない限り、あり得ないだろう。



 ▲▽



 執務室の扉の前で、はたと足を止める。ラウムが怪訝そうに視線を向けてきた。

 この扉を開けたら、オセがいる。そう思うと、どんな顔をしたら良いのか分からない。


 ――オセには偽者だとバレていると考えた方がいい。


(うん、その問題もあった)


 だけど、違うんだ。本物とか偽者とか関係なく、今、自分がオセと顔を合わせにくいと思っている一番の理由は。


(オセのバカ! お前のべろちゅーのせいだぁー!)


 あんなんされたら、どんな顔して会えば良いのか分からない。

 昨晩のあれこれが思い出されて、うわぁーっと顔に熱が上がってくる。


(やばい。ドアが開けられん!)


 ドアノブに手を伸ばしかけて止まってしまった自分を、陛下、と呼んでラウムが小首を傾げてくる。

 呼ばれたから当然振り向いたわけなんだが、赤く染まった顔をラウムに見られ、しまったと思った次の瞬間、ラウムの黒い瞳が、すぅっと冷ややかに細められた。


 がんっ!!


 扉が――、目の前にあった執務室の扉が、吹っ飛んだ。


(はぁぁぁいぃっ!?)


 突然のことに、一瞬、たぶん目が飛び出た。

 吹っ飛んだ扉は、バッタリと屍のように執務室の床に横たわり、それを吹っ飛ばした右手をラウムはゆっくりと下ろした。


「すみませーん。力加減を間違えてしまいましたぁ」


 えへっと、どじっ子を気取って笑っているが、目が少しも笑っていない。


「ラウム伯」


 先に政務を行っていたオセが自分の席から、こちらをじとりと睨み付けてきた。彼は静かに怒るタイプだ。


「扉を元に戻して退室願いたい」

「はいはーい。分かってますぅ。でも、オセ様が悪いんですよ? 陛下にイタズラしないでください」

「……」


 ぐっと空気が重く感じられるくらいの怒気がオセから放たれる。

 だが、そんなこと知ったことではないラウムだ。くるりとこちらに振り向くと、にっこり笑顔で――ただし目は笑ってない――言った。


「それでは、陛下。お仕事がんばってくださいね。あんまり意識し過ぎると、相手の思うツボですよ」


 よいしょと言ってラウムは扉を起こすと、それを引きずって運び、はめ込むように元の場所に戻した。

 吹っ飛んで行方不明になってしまったネジの部分は、手をかざして小さな術を施したようだ。ちゃんと元通りである。

 パタンと軽い音を立てて扉が閉まり、執務室にオセと二人きりになる。


(ラウムの言う通りだ。意識し過ぎて動揺してたら相手のペースにのまれるだけだ)


 オセが何を企んでいるのか分からない。ラウムの言う通り、王になりたいのかもしれないし、表に出ないまま王を操りたいのかもしれない。

 はぁーっと腹の底から息を吐き出して落ち着きを取り戻すと、魔王の執務机に視線を向けた。

 席に着きながら、三つの箱の中を見やれば、『決』と『保留』の箱は空っぽであるのに対して『未決』の箱には書類がたくさん入れられている。気のせいか、昨日よりも量が増えているような。


「陛下、さっそくですが」


 オセが自分の席から立ち上がり、歩み寄って、机を挟んで正面に立つ。


「カンプス区の不作についてです。陛下は保留にされましたが、この件は早急に対応すべきと判断致しましたので、書類をグイド長官のもとに送りました」


(だれ?)


 顔は知らないが、どこかで文字として目にした覚えのある名前である。


(あ、サインだ)


 すぐに書類のサインを思い浮かべた。

 解決案として上がってくる書類には、魔王の他に三つのサインがされている。

 ひとつはオセのサインで、もうひとつは財務を司るハウレスのサイン。そして、三つ目が、解決案を立案する官吏たちの長であるグイドのサインだった。


 オセが書類をグイドに回したということは、官吏たちが何らかの対策を練っているということで、嘆願書の希望通りに事を進めるのだとしたら、人間にマリティア(悪意)の種を植え付けようと悪魔たちがたくさん人間界に向かうということだ。


 ――そうならないように保留にして防いだのに!


 魔王が保留と決めても、オセが己の判断で書類を処理してしまっては、魔王の意思なんてないようなものではないか。

 本来、嘆願書は魔王が是としても、オセが否であるのなら、その先のグイドのもとまで届かない。

 まして、魔王が否であれば、そこで終わりなので、本来オセの手にも渡らないはずなのに、オセは自ら魔王の執務机をチェックして、魔王が否の嘆願書も自身が是なら魔王のサインが無くともグイドのもとに送ってしまったのだ。


(それって、魔王いらなくない? 最初から全部オセがやればいいじゃん)


 なるほど。ここにシトリーの仕事嫌いの原因があるのかもしれない。


(私だって、こんなことを毎回されたら、やる気なくすし)


 シトリーの気持ちが分かってしまい、自分とシトリーの二人分の怒りを込めて、むっと顰めた顔を上げて、オセを下から睨み付けた。


「オセ、あのさ……ぁっ」


 文句を言いかけた唇に向かって、オセの顔が素早く近付いてきた。そして、あっと思った時にはもうオセの唇が重なっていた。

 塞がれて呑み込んだ言葉は砕け散って、その破片だけが胸の奥で燻り続けるが、もはや何を言いかけたのか忘れてしまう。

 その代わりに、数秒で離れていったオセに向かってすぐさま抗議の声を上げた。


「ちょっと!!」

「陛下と言い争いたくないので」

「だからって!」

「政務のお時間です。始めて下さい。今日もたくさんありますよ」


 しれっと言い放つと、オセは自分の机に戻って行った。そして席に着くと、涼しい顔をして書類に目を落としていく。


(いやいやいやいや! そういうのダメだぞ、オセ! 強引に口を塞いで、言い争いたくないだって? ――っんなわけいくかぁーっ)


 ごんっと拳を机に叩き付けて大きな音を出すと、オセを振り向かせる。


「なんですか?」

「言い争う気はないけど、説明が欲しい」

「カンプス区の件ですか? むしろ、わたしは陛下が保留にされたその意図を説明頂きたいです。――穀物が不作だという報告でした。食料不足は治安の悪化、ひいては暴動を招きます。事に乗じて儲けようとする者も出てくるでしょうし、買い占め、不当な値の吊り上げによって食料不足は加速し、深刻化。餓死者も出ることでしょう。そうならないために早めに手を打っておく必要があります。穀物に余剰のある地域からカンプス区に穀物を送るのです。カンプス区の民が騒ぎ始める前に動かなければなりません」

「マリティアの種は?」

「カンプス区の不作は、天候が原因です。マリティアの種を増やすのではなく、雨量を調節する必要があります。今年は気温が高く、雨の降らない日が続いたので、来年も同じような傾向が見られたら、水系魔法を得意とする者たちを派遣しましょう」

「…う、うん……」

「もっとも術者を派遣するには費用が掛かりますので、大公の判断次第になります。――他にお聞きになりたいことはございますか?」


 ぶんぶんと頭を左右に振る。


「そうですか。では、始めて下さい。急ぎの案件を上の方に移動させておきましたので、箱の上の方からお願い致します」


 言葉なく頷いて、オセの言う通りに『未決』の箱から一番上の書類を手に取る。

 何だろうか。

 怒られたわけではないが、ひどく叱られた後のようにしょんぼりとする。

 これなら物理的に口を塞がれておしまいにしておいた方がマシだったかもしれない。

 オセの説明を聞いて、ぐうの音も出ない。しぼんでしまった風船のように気持ちが落ち込み、ずんっと体が重く感じられた。


「ねぇ……」


 両肩を下げてオセを見やる。情けない気持ちがいっぱいに膨らんで、胸が押し潰されそうだ。

 オセが書類から目線を上げて、こちらを振り向いた。


「どうかされましたか?」

「私って、必要? 私のサインっている? いらなくない? なくてもいいんじゃない?」

「陛下……」


 オセの眉が僅かに下がる。その表情は何だろうか。呆れてる? それとも、相手にするのも面倒臭いと思っているのだろうか。

 オセが深々とため息をつくと、思わず、びくんと両肩がゆれてしまう。だって、オセこそが、魔王のサインなんてなくとも良いと誰よりも強く思っているのではないだろうか。


「陛下は、そこに座っていてください」

「……」

「正直に言いますと、陛下が政務をされなくとも、この国は回っていきます」

「オセが代わりにやってくれているから」

「はい。ですが、陛下にはそこに座っていて欲しいのです」

「なんで? 意味ないじゃん。私のサインなんて意味がないから!」

「それでも、わたしの仕事がはかどるんです!」

「……は?」


 声を荒げたオセを凝視して、彼が言い放った言葉の意味を理解しようと頭を巡らせる。


 ――いや、どう考えてもわからん。


 本人に聞くしかないので、顔を顰めて首を傾げ、オセを見やる。


「ですから、陛下がそこにいらっしゃってくださると、わたしの仕事がはかどるんです」

「だから、なんで?」

「……がっ、頑張ろうという気力がわくからです!」


 たぶん、自分で言っていて恥ずかしくなったのだろう。オセがふいっと顔をそむけた。


「……」


 こちらはこちらで、何と言葉を返したら良いのか分からず口を閉ざす。

 執務室に気恥ずかしい空気が漂って、沈黙が重い。その重さを振り払うように、オセが先に口を開いた。

「――それに、陛下のサインはちゃんと意味があります。陛下のサインがある書類は、陛下が関心を寄せている案件だということなので、官吏たちはそのつもりで力を入れて取り組みます。陛下がサインすることで、下の者たちが頑張るんです」

「そうなんだ……?」


 実感のわかない話だけど、こういう話はシトリーにもしてあげて欲しい。そうしたら、きっとやる気が出たと思う。

 偽物の魔王の自分だけど、自分が書いたサインくらいで頑張れる人がいるのなら、いくらでもサインしてやるぞという気持ちになれたのだから。


「それから、陛下。陛下にはもっとご自分の国に関心を持って頂きたいのです。嘆願書に目を通すだけでも、国の現状が見えてきます。官吏たちが上げてきた解決案に目を通せば、次第にご自身でもこの場合はこう解決すれば良いと的確に判断できるようになれます」

「勉強になるってこと?」

「そうですね」

「……わかった」


 神妙な気持ちになって深く頷くと、手に取った書類に視線を落とした。

 オセはシトリーを王として育てようとしてくれている。そう感じたのだけど、もしそれがオセの真意なのだとしたら、ラウムの主張とは大きく異なってくる。

 シトリーを王として育ててしまったら、オセにとって扱い難い王になってしまうのではないだろうか。それでは、王に成り代わることも、王を陰で操ることもできない。


(オセが分からない)


 ラウムと話していると疑わしく思えるのに、オセ本人と接していると、オセを信じたくなってくる。


(……ん? あれ?)


 引っ掛かりを覚えて、思考を一時停止してみる。


(ちょっと待って。オセって、私が偽者だと知ってるよね? もうバレていると仮定するのなら、偽者の私を王として育てる意味ある? いるだけで頑張れるって、何? ラウムと同じで、魔王と同じ顔だから傍にいてくれたら頑張れるってこと? んんん?)


 ――もしかして、バレてない?


 そっとオセの様子を盗み見る。彼は羽ペンを片手に書類を読み、小さく頷くと、その書類の上で羽ペンを滑らかに動かしてサインを書いた。

 羽ペンを持つ手の指が長くて綺麗だ。色は白く、傷ひとつないが、骨ばっていて大きい。

 あの手で触れられたいと望んでしまいそうになるような色気がある。


(うわぁぁぁぁー。ダメだこれ。やめよう! 考えようとすると、邪念がわく。一旦、考えるのはやめよう)


 バレているのか、いないのかのスタート地点に戻ってしまった気分だ。

 こういう時は考えれば考えるほど、ぐるぐるしてくるので、ひとまず置いておいて、目の前の問題から頑張るしかない。

 再び執務机に広げた嘆願書に視線を落とした。


 モンターナ区で、スクロファが田畑を荒らしている。

 シルワ区で、ルプスが群れをつくって家畜を襲っている。

 テツラ区で、ティグリスが目撃された。


(スクロファ、ルプス、ティグリス……。きっとどれも生物だと思うんだよね。田畑を荒らしたり、家畜を襲っているんだから、害獣なんだろうけど)


 オセが緊急性が高い順番に並べたと言っていたけれど、上の方の書類は生物――動物? 魔獣かな? と思われる案件だ。


(動物関連は緊急性が高いのかぁ。動物っていうからあれだけど、魔獣関連と言えば、緊急性が高そうなのも納得かな)


 特にティグリスだ。目撃されたというだけで嘆願書が送られてくるほどの魔獣だ。危険な魔獣に違いない。

 魔獣関連の案件をいくつか片付けると、次の書類に手を伸ばす。


(あれ? これは魔獣関連じゃないっぽい)


 何だろうかと文章を目で追っていくと、どうやら男女間のトラブルらしい。

 登場人物は、クリスピアという女、ガスパルとフゴという男の三人である。


 クリスピナは誕生してすぐにガスパルに拾われ、ガスパルに妻として育てられた。

 クリスピナは成長して自我を持つと、ガスパルを夫として受け入れられなくなり、ガスパルのもとを逃げ出した。

 その後、クリスピナはフゴと出会い、結婚。子供にも恵まれて幸せに暮らしているところ、ガスパルに見付かった。クリスピアはフゴや子供と引き離され、現在、ガスパルのもとに連れ戻されている。


 訴えを起こしているのは、クリスピア本人とフゴだ。嘆願書を読むと、二人はもう一度、夫婦として一緒に暮らしたいらしい。


(うーん。いいんじゃないかな、一緒に暮らせば)


 クリスピアがガスパルとの関係を解消しないままフゴと家族を築いてしまったのはダメだけど、もはやガスパルに対して気持ちがないのだから、今からでもガスパルとの関係をきちんと解消して、フゴのもとに行けば良いのでは? と思う。


 王に嘆願書を送ってくるほどの事案なのだろうかと疑問を抱いて、オセの方を見やる。


「ねぇ、これなんだけど。何がそんなに問題なの?」

「どれですか?」


 オセが羽ペンを置いて、すっと席を立った。歩み寄って来た彼にクリスピアに関する書類を見せる。


「ガスパルと離婚させて、フゴと再婚させてあげればいいじゃん」

「ですが、ガスパルがクリスピアを拾い、長年庇護してきたわけですよね?」

「そもそも、生まれたばかりの赤ん坊を妻にするっていうのがおかしくない?」

「拾った者の権利ですので」

「だからってさ、妻はないよ。せめて、娘とか妹にすれば良かったのに」

「元より、妻が欲しくて赤子を探していたのでしょう。伴侶が欲しくて赤子を探す行為は、彼に限ったことではありません」

「普通に出会えばいいのに」

「出会えなかったので、拾うことに希望を抱いたのかと」

「えー、何それ、きもーい。やばーい。そんなひどい制度、やめた方がいいよ」


 嫌悪感に似た感情を覚えて思いっ切り顔を顰めて言えば、オセは諌めるように首を横に振った。


「そうでもしなければ、孤児が増える一方なのです」


 悪魔は親がいなくとも誕生する。そうして生まれた者は、生まれながらにして孤児だ。

 孤児たちを減らそうと考えた政策が、拾った者の権利の保障なのだという。


「じゃあ、クリスピアはいったいどうなるの?」

「訴えは認められませんので、ガスパルの妻のままです。ただし、ガスパルが彼自身の意思でクリスピアを手放せば、クリスピアは自由を得られますので、ガスパルとの交渉次第でしょう。相当の金を払ったり、代わりの妻を見付けるのなど、ガスパルを納得させることができれば良いのですが」

「こういうのって、多いの?」


 ――クリスピアみたいに生まれたとたんに誰かの妻にされてしまう子供。


「そうですね。けして少なくはありません」

「なんかさ、もっといい方法があるといいよね。今はまったく思い付かないけど。でも、やっぱり物心付く前に結婚させられてるって、おかしいよ」


 シトリーにも親がなく、人間の悪意から生まれたと聞いた。そして、その誕生を最初に見付けたのがストラスで、彼が拾って育てたのだという。

 シトリーが幸運だったのは、ストラスが弟にしてくれた点だと思う。伴侶にするという選択肢も当然あったはずだ。

 もしそうなっていたら、シトリーもクリスピアと同じ境遇に陥っていたかもしれない。


(でも、シトリーは男だから、妻ってことはないかぁ)


 ――いや、悪魔のことだから、赤ん坊の性別を考慮せずに妻にしちゃうケースもあるかもしれない。


 あと、女悪魔が夫が欲しくて赤子を探して拾うという逆パターンもあるかもしれないし。

 どちらにせよ、ストラスに拾われたシトリーは幸運だったに違いない。


(なのに、恩を仇で返しちゃったんだよねぇ)


 恩のある兄を差し置いて王位についたシトリー。

 もしやと、ひとつの考えに行き着く。


(ストラスがシトリーに対して恨みを抱いているとしたら――)


 シトリーを殺害したのは、ストラスなのではないだろうか。




【メモ】


ストラス……『わたし』・梟・『シトリー』『黒豹』『あのカラス』『べリス公』『シャックス』

 魔王シトリーの兄。誕生したばかりのシトリーを拾って『弟』に定め、養育した。

 ラウムの領地よりもさらに北方に領地を持つ。『雷雪と宵の国』。

 大君主。家臣たちには『大君主陛下』と呼ばせている。多くの芸術家たちのパトロンになっている。

 王に即位する前、シトリーはストラスの領地の中に屋敷を貰って暮らしていた。ストラスの家臣たちから『若君』と呼ばれている。

 気まぐれで怠惰な弟に学ばせるためならゲームを自作する。

 黄水晶シトリンの瞳。男にしては柔らかい声音。174センチ。

 20歳半ばくらいの年齢。暗さの強いブラウンの短髪にハイライトが入っている。


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