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7.GL展開なんて聞いてない!

※GL要素あり。



 

「お帰りなさいませ、陛下!」


 駆け出したイノシシみたいな勢いで、声と共にガツンと扉がぶつかってきた。左サイドを狙った思いもよらぬ攻撃である。


「痛っ!!」


 左肩を右手で押さえ、呻きながら振り向けば、ラウムが魔王の部屋の中から思いっきり扉を開けたところだった。


「あらまあ、どうかされたんですかぁ?」

「あんたが思いっ切り開くから、扉にぶつかったの!」

「まあ、そうなんですかぁ? ――そんなことよりも、オセ様の匂いがぷんぷんします。何か致してました?」

「そんなことよりも……!?」


 軽くでも、なんなら心なんかこもっていなくてもいいから、とりあえず謝ってくれないかな。

 偽者だと分かっているからなんだろうけど、とにかくラウムからの扱いが雑だ。

 きっと扉も、ぶつかるだろうと分かっていて勢い良く開けている。ぶっちゃけ、わざとだ。


 ふぅっと魂が抜けかかり白目になった自分の周りを、ラウムが確認するかのようにぐるりと回って、上から下に視線を巡らせた。


「オセ様から魔力を分けて頂いたのですね。唇が色づいていますよ。マウス・トゥ・マウスですか?」

「それ聞いちゃう? 今それ重要?」


 ラウムの目と眉がキッとつり上がった。


「ずるいです。わたくしもしたいです!」

「はぁ?」

「ダメですかぁ~?」


 組んだ両手に顎を乗せ、首を傾げながら、上目遣いの瞳をうるうるさせて見つめて来る。


「無理」

「嫌ですぅ。ここは譲れません。だって、オセ様ばかりずるいじゃないですかぁ」


 言いながらラウムの顔がぐいぐい近づいてくる。ぎゅっと両腕を掴まれ、そして、ふっと瞼を閉ざして、唇を付き出してきた。

 目の前にキス待ちの顔。


(えっ、私からするの!?)


 ――いや、無理だから。


 つつーっとラウムから顔を背け、腕を掴んで来る彼女の両手をそっと退ける。


「ちょっと待って。着替えたい」

「分かりました。待ちます。でも、してくださいね。約束ですからね!」

「……」


 無言で拒否したい気持ちを訴えてみたが、たぶんラウムには通用しないだろう。彼女の身体を扉の前から押し退けて部屋に入った。

 真っ先に靴を脱ぎ捨てると、解放された足が深呼吸したように感じる。靴を脱いだら確認したいと思っていた踵の様子を、足をソファに乗せて確かめてみた。


「あれ? 絶対に皮が剥けていると思ったのに」


 右足に続き、左足の踵も確認してみたが、綺麗なものだった。


「オセ様が治してくださったのかと。魔力を分けてくださったのでしょう?」

「どういうこと?」

「人間の体に悪魔が魔力を注ぎますと、人間も強力な魔術を使えるようになりますし、肉体に変化を及ぼしたりもします」

「肉体に変化? それって、どういう? 怖いんだけど?」


 人間の外見が悪魔みたいになっちゃうイメージだろうか。ヤギみたいな角が生えたり、蝙蝠みたいな羽が生えたり。

 ところが、ラウムの次の言葉は想像の斜め上をいく。


「ですから、つまり、傷が治ります」

「は?」

「不治と言われる病が治ったり、貧弱な肉体が逞しくなったりです。他にも、誰もが羨む美貌を手に入れたり、老いた者が若さを手に入れたり」

「めちゃくちゃいいじゃん」

「そうなんです。めちゃくちゃいいんです。なのに、なぜか人間はその後、破滅するんですよ。不思議ですよねぇ」

「……」

「あ、陛下は大丈夫ですよ。踵の小さな怪我を治して貰った程度じゃないですかぁ。破滅なんかしませんよ」


 にこにこしてラウムが言った。


(いや、もうさ。魔界で魔王の振りをしている時点で、破滅という名の谷底に落っこちそうになりながら、崖の上で綱渡りしているようなもんじゃない?)


「ああ、もう! 顔を洗いたい! お風呂に入りたい! 魔界にお風呂ってあるの?」


 とにかくドレスを脱ぎたくて、カツラを外しながらペタペタと裸足を鳴らして寝室を通り、衣裳部屋に向かう。

 すると、さっき脱ぎ捨てた靴を手にラウムが追って来て、ありますよ、と背中に向かって声を投げてきた。


「浴場はそちらです。寝室から直行できる隠し通路があるんです」

「隠し通路?」

「我が君は入浴がお好きでしたので、いつでも好きな時に入れるようにと寝室と浴場を繋げる通路をつくってしまったのです。ちなみに、我が君専用の浴場です」

「自分だけのお風呂ってこと? すごい。羨ましい。私もお風呂、大好きなんだよね!」


 ラウムは、にこにこしながら頷いて、寝室の石壁に手を這わせた。

 寝室には中央に天蓋ベッドがあり、ベッドの手前のスペースに、もふもふの白い毛皮のラグが敷かれている。

 ベッドの脇を通って奥に行くと衣装部屋の入口がある。ラウムが手を這わせている壁は、その衣裳部屋の入口に向かって左側の壁だ。

 その石壁には黒い宝石がひとつ埋め込まれている。腰くらいの高さの位置に埋め込まれた宝石をラウムが親指でぐっと押すと、さらに左側の壁が揺れ動いた。


 ガガガガガ……。


 壁の一部分が向こう側に沈んだかのようにへこむと、次に横にスライドして、引き戸のように開いた。


「はーい。こちらでーす。ついて来てくださいね」

「すっご! 忍者屋敷じゃん」


 隠し通路は幅が狭く、入ってすぐに下り階段になっている。両腕を広げて左右の石壁に両手を這わせるようにして階段を下りた。

 階段を下り切ると、行き止まりだ。

 ラウムが探るように正面の石壁に手を這わせ、そして、腰の位置あたりに黒い宝石を見付けると、親指で壁の中に押し込むようにぐっと宝石を押した。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 先ほど同様、正面の石壁が引き戸のように開いた。


「到着でーす」


 通路が暗かったため、そこから出ると灯りが眩しく感じられる。目を瞬かせて辺りを見渡すと、どうやら脱衣所に出たようだ。

 大きな鏡の洗面台があり、タオルや魔王の着替えらしき服が置かれた棚がある。


「あっちの扉は?」


 自分たちが出て来た扉の向かいに別の扉が見える。


「あちらは清掃時に使用人が使う扉です。さあ、脱いでください。脱いだ物はあちらの籠の中に入れるんですよ。お手伝いしますね」


 ラウムに手伝ってもらいながら妖精ドレスを脱ぐと、体にタオルを巻いて浴室に向かう。

 カラリと引き戸を開けて浴室に入った。石壁に囲まれた浴場に引き戸だけがなんとも日本的で違和感だったが、親しみを感じないことない。


「うわっ」


 浴槽が大きい。プールとまではいかないが、25メートルプールの半分の半分くらいはありそうだ。つまり、6メートルから7メートルくらいの正方形で、真ん中に黒豹の像が立っている。

 黒豹の口からは、ジャバジャバと絶えず湯が出ており、浴槽の(ふち)から溢れた湯が滝のようにザァーと音を立てて流れ落ちている。


 魔王しか使わない浴室なので洗い場にシャワーがひとつしかないが、シャンプーやボディソープなど必要な物はひと通り揃っているようだ。

 レバーを下げてシャワーの湯を出す。頭から湯をかぶって髪を濡らしていると、じっと見つめてくる視線に気が付いて、呆れてラウムに言った。


「まさか、ずっと見てるつもり? あんたも入りなよ」

「いけません。ここは我が君専用の浴場ですから」

「私が裸なのに、あんたはしっかり服を着てるなんて変じゃん。一緒に入るか、出て行くか、どっち?」

「……一緒に入っても構わないのですか?」

「だから、入りなって」

「はい!」


 もじもじしながら遠慮がちに聞いてきたと思えば、ぱぁっと笑顔になって頷くと、ラウムは踵を返して軽やかな足取りで脱衣所に戻って行った。

 服を脱ぎに行ったラウムが浴室に戻って来る前に、ざっと髪と体を洗ってしまう。顔もしっかり洗ってメイクを落とし、ようやくさっぱりした。

 浴槽の縁に腰を下ろして、足を湯の中にゆっくり入れてみる。熱すぎず、ちょうど良い温度だ。

 湯は白濁としており、体を沈めれば、胸より下はほとんど見えなくなった。


「お待たせ致しました」


 体に白いタオルを巻いてラウムが戻って来た。彼女は、二つ結びにしていた長い黒髪を解き、頭の上で緩くお団子にまとめている。


「あんたって……」


 心に余裕がなかったのと服に覆われていて気付かなかったが、タオルを巻くために寄せられたラウムの胸が、でかい。

 見るつもりなんてなかったのに、思わず見入ってしまった。

 なんというか、潰れてもなおデカイ肉まんが2つ胸板にくっついている感じだ。触ったら、ホカホカな肉まんのように柔らかいに違いない。


(うーわー。今後、肉まんを見るたびにラウムのおっぱいを思い出しそう)


 ラウムがシャワーの湯を全身に浴びている様子を浴槽の縁に頬杖をついて眺める。

 けして太っているわけではないが、むちっとした肉付きの良さがあって、健康的だ。そして、ちゃんとくびれている。


(なぜだ。おっぱいデカイくせに、お腹が出ていない)


 自分ならば、腹の肉を削ごうとすると、まず胸の肉がえぐれる。

 ささやかな胸の肉を守ろうとすれば、あとはもう、全体的に等しく肉が付くだけだ。


(羨ましい)


 体を清めたラウムが浴槽の中に静かに入ってきた。


「陛下、見過ぎです。恥ずかしいですぅ」


 ぷぅっと頬を膨らませて怒った顔をつくって見せてきた。ガン見し過ぎた自覚があるので、すぐに謝ると、ラウムはにこにこして嬉しそうに手のひらで湯を掬い上げ、自身の首元や肩にかけた。


「良い湯加減ですね」

「うん」


 同意を込めて頷くと、なぜかラウムが大きくため息をついた。


「せっかく良い気分なので、とても不本意なのですが、どうしても気になるので、聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「何?」

「べリス公との晩餐です。如何でしたか?」

「ああ」


 そのことかと合点がいく。ラウムとべリスはあまり仲が良いとは言えない。べリスは明らかにラウムを毛嫌いしているし、ラウムの方はべリスを魔王殺害の犯人ではないかと疑っている。

 ラウムから話題を振ってこなければ、自分から話そうと思っていたことでもあって、べリスの顔を脳裏に思い浮かべながら、私が思うに、と言葉を紡いだ。


「ベリスは白かな。言葉が直球だし、悪いことなんかできなそう。それに、話していて楽しかったよ」


 そう言うと、ラウムはあからさまに表情を歪めた。今にも舌打ちをしそうな顔だ。


「騙されています。あなた様はベリス公をご存知ないのです。あの方は嘘を得意としています。聞かされた言葉を鵜呑みにしてはなりません! それにベリス公は何かと陛下に馴々しく振る舞い、無礼を働いているのです。陛下を侮っている証拠です。反逆心を抱いているに違いありません!」

「でもさ、嘘をついているようには見えなかったよ。それに幼馴染なんでしょ? 馴れ馴れしくても仕方なくない?」

「ダメです! 許せません。だって、いやなんです。本当に。どうしてべリス公ばかり……」

「ラウム?」


 ハッとしたような顔になって、ラウムは申し訳なさそうに眉を下げた。


「何でもないです」


 押し黙ってしまったラウムに、今度はこちらから話題を振った。


「私はべリスよりもオセが気になるなぁ」

「オセ様ですか?」


 怪訝顔が視線を投げ寄越してくる。再びラウムが口を開いてくれたので、うんと頷いてから続けて話した。


「オセは、私が偽者だと分かっていると思う」

「えっ、まさか」

「バレてると思う。私の首の後ろを見てくれる?」


 言って、ラウムに背を向けて、彼女が見やすいように俯き、首の後ろを指し示す。


「なんですか?」

「オセが言うには、私のここに印をつけた、って」

「え……」


 ラウムが印を確認するのを待って振り向くと、ラウムは顔色を失っていた。


「確かにオセ様の印があります。とても薄くて、目を凝らさねば気付けないほどですが。ひどいです! 陛下に印をつけるなんて不遜過ぎます! それに、その印、いったいなんなのですか?」

「この印は、いわゆる、GPSだよ」


 晩餐後に起きたことを、自分の考察を含めて、ラウムに説明した。

 魔王城で迷子になっているところをオセに見付けて貰ったこと。オセは魔王の所在を常に把握しておきたいと考え、印を付けることを思い付いたのだということ。

 そして、オセがいったいどのタイミングで印を付けることを思い付いたのかが重大な問題で、もし本物の魔王にも印を付けていたのだとしたら、確実に自分は偽者だとオセにバレているということ。


「バレていない可能性もゼロではないんだけど、バレてると仮定すると、オセの態度が謎なんだよ」

「と言いますと?」

「偽者だと指摘してこない。それに、やたら優しい」


 お姫様抱っこされてしまったことを言うと、ラウムは眉を歪めた。


「それはきっと、あなた様を取り込もうとしているんです」

「取り込む?」

「そうです。己の懐に取り込んで、思い通りに操るつもりなのです。我が君とオセ様はこの国を共同統治していらっしゃいますが、当然、王である我が君の意思の方が尊重されます。オセ様の意にそぐわない決定を我が君がなさることもあります。――ですが、何も知らないあなた様でしたら、オセ様は容易に言いくるめることができましょう。我が君よりも偽者であるあなた様の方が、オセ様にとって都合が良いのです」

「なるほど」


 ラウムの言い分に一理ある気がして、大きく頷いた。


「つまり、オセにとって、今の魔王は偽者だと主張して大事(おおごと)にするよりも、偽者をそのまま魔王として担ぎ上げ、この国を自分の意のままにした方が利があると考えているわけだ」

「さすが陛下、ご明察です」


 軽い口調で雑な褒め方だか、褒めてくれたことには悪い気はしない。

 ざばぁーっと水音を響かせながら立ち上がった。そろそろ湯から出ないと、のぼせそうである。


「それで? どうするべき?」

「オセ様が黙認して下さるのですから、どうもしなくて良いと思いますよ」

「それもそうか」


 浴槽から上がり、脱衣所に向かうと、ラウムも後ろについて来る。引き戸を開き、浴室を出た。

 脱衣所のタオル棚からバスタオルを取ると、髪と体を拭き、ラウムに手渡された下着と寝衣(ねまき)を身に着ける。

 ネグリジェだろうか。肌触りの良い薄手の白い生地で、一応、男性用らしく、スリットネックのシンプルなデザインだ。

 再び棚からタオルを取って髪を乾かしている間に、ラウムは自分の身支度を終えている。入浴前に着ていた服だ。湿り気を帯びた髪も手早く二つに結い直していた。


「寝室に戻りましょうか。今日はお疲れになられたでしょう?」

「誰かさんのおかげでね」


 言い返すと、ふふふとラウムが笑った。

 隠し通路の扉を開くと、階段を上る。なかなか長い階段なので、入浴後の心地良く怠い体には、正直、きつい。時折、足元がおぼつかなくなりながら階段を上り切った。

 寝室に戻ると、ラウムが黒い宝石を親指で強く押して隠し通路の扉を閉めた。


「明日の朝、サビナという名のメイドが参ります。わたくしが選んだ信用できる者ですが、偽者だと知られないように気を付けて下さい。魔法の影響で女性化してしまったことにしているので、着替えなどを手伝わせても大丈夫です」

「ん? 明日は、ラウム来ないの?」

「行きます! でも、朝イチは我慢するんです」


 拳を握り、強めの口調で言ってるわりにラウムの話は要領を得ない。

 寝台に腰を下ろし、ラウムを見上げる。


「どういうこと?」

「今日1日、陛下の周りから人を遠ざけていました。かなり無理をしたんです。明日もそのようにすると、不審に思う者が出てくるかもしれません。できる限り、我が君のように振る舞い、過ごさなければなりません」

「確かに。伯爵であるラウムにメイドのようなことをさせているのは、おかしいよね」

「わたくしは構わないのですが。――むしろ、お世話ができて嬉しいくらいです!」


 にこにこしながら、ラウムが隣に腰を下ろした。


「それで、あのう……」


 もじもじしながら、徐々に、徐々に体を近付けて来る。


「何?」

「わたくし、お言葉通りお待ちしましたよ?」

「ん?」

「約束しましたよね? だから、あの……。して欲しいです」

「はあー?」


 ほんのりと頬を染めて俯いているラウムの顔を凝視する。


(約束? なんだっけ?)


 ――と思った瞬間に思い出した。キスのことだ!

 うわっと心の中で声を上げで、思わずラウムから仰け反り、距離を取る。


「ちょっと確認したいんだけど」

「なんですか?」


 ラウムの黒曜石の瞳が下から上に揺れて、こちらを見やる。


「ラウムは私が偽者だと分かってるじゃん?」

「わたくしが召還しましたから」

「なのに、キスしたいの?」

「したいです!」

「なんで?」

「だって、我が君と同じ顔だからです!」

「顔が同じならいいんかいっ!!」

「いいんですぅ!!」


 大声を張り上げたラウムに対抗するようにこちらも大声を出せば、更に大きな声で言い返された。なんてこった!


「ああ、もう。考えただけで胸が高鳴ってしまいます。嫌ですわ。恥ずかしい!」


 きゃあ、と言ってラウムは両手で頬を覆っている。両手の隙間から見える頬は真っ赤だ。


(マジかぁー)


 約束したつもりはないが――むしろ拒否した覚えしかないが――こうも相手に期待されてしまっては、やるしかないような気がする。

 それに、約束を破ったとキレた悪魔がどうなるのか分からなくて、怖い。

 覚悟を決めて、ベッドに腰掛けた姿勢のまま、ラウムの方に向き直った。


「してもいいんだけど。私からはしないよ?」


 ちょっとズルいんだけど、自分から悪魔とキスはできない。あくまで自分は、オセの時のように、されてしまった立場でありたい。

 ラウムは両手で拳をぎゅっと握り締める。


「分かりました」


 その声は心なしか震えて聞こえた。


「では、目を閉じて下さい」


 言われるままに瞼を閉ざすと、しばし間があって、ラウムの気配がぐっと近付いてくる。息をのむ音が聞こえて、そして、そっと唇に柔らかいものが触れて離れた。


(え?)


 ぱちっと目を開くと、赤面したラウムと目が合う。


(終わり?)


 何度も瞬きを繰り返してラウムを見つめてしまう。


「ええーと、満足したの?」

「恥ずかしくて……」

「うん」

「でも、満足はしていません! なので、もう一度お願いします!」


 耳まで真っ赤なくせに、拳を握って勇ましく言う彼女に思わず笑みがこぼれる。

 どうぞと言って、再び瞼を閉じた。

 今度は小鳥が啄むようなキスだ。

 恐る恐る触れてきたかと思えば、チュッと音を立てて離れ、また軽く触れ来る。

 チュッ、チュッ、チュッと、軽い音が何度も寝室に響いて、何やら耳がくすぐったくなってくる。


(これ、悪くないかも)


 オセのべろちゅーに比べたら子供の遊びみたいなキスなんだけど、それが今の自分には丁度良くて、何度もされているうちに楽しくなってきた。

 終いには、ラウムの動きに合わせて自分からもチュッと音を立ててみて、うまくタイミングが合った瞬間に可笑しくなって笑ってしまう。

 そしたら、もう笑いが止まらなくて、ラウムもクスクス笑うから、キスは終わりだ。


「あはは。また今度にしよう」

「今度があるんですか? 明日でもいいですか?」

「いいよ。嫌じゃなかったから。今日はもう疲れたから寝たい」


 分かりましたと言ってラウムが寝台から腰を上げる。


「よく休んで下さいね。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ふっとラウムが片手を振ると、寝室の灯りが弱まって薄暗くなる。天蓋の中は、ほとんど真っ暗だと言ってもいい。

 足音を忍ばせてラウムが寝室から去って行き、ぽつんと静寂に取り残され、はたと思う。


(もしや今のって、GL展開?)


 兄のゲームでは、ラウムは攻略対象ではなかったはず。当然、GL的なイベントなんて起こらない。


(なんでラウムとキスすることになったんだっけ? ――ま、いっか。寝よ寝よ。これ以上はもう頭が働かない)


 ふかふかな布団の中に潜り込むと、意識が確かだったのはそこまでで、すうっと気を失うように眠りに落ちてしまった。




【メモ】


魔王専用の浴場への隠し通路

 魔王の寝室に浴場直通の隠し通路がある。

 衣裳部屋の入口に向かって左側の壁に黒い宝石が埋め込まれている。腰くらいの高さの位置。

 宝石を押すと、さらに左側の壁が動いて通路の入口が開く。

 階段を下ると、さらに扉があって、浴場に繋がる。


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