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5.美味しいは、恐ろしく心を奪っていく

 

 橙色の灯りに包まれた広い部屋だ。

 部屋というよりも広間と表現する方が正しいのかもしれない。広すぎて奥の方まで見渡すことができず、広間の片側は闇に溶け込んでいるかのようだった。

 左右の壁には絵画がいくつも飾られていて、見上げれば、天井に豪華なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられている。


 広間の中央に食卓がある。それは無駄に長いテーブルで、真っ白なテーブルクロスが敷かれ、黄金の燭台が十三本、一定の間隔で置かれている。

 長方形のテーブルの短辺にあたる場所に設けられた席と、その席に対して九十度の向きに設けられた席にだけ食事の支度が整えられていた。


 テーブルクロスの上に水の入ったグラスと大きな皿、皿の上にナプキンが置かれている。

 べリスに椅子を引かれて短辺の席――つまりは誕生日席に座ると、べリスももうひとつの席につく。

 すると、それを見計らったかのように、燭台の灯りが届かない食堂の奥の方から、カラカラと小さな車輪が回るような音が聞こえてきた。


 音の方に視線を向ければ、食堂の入口で会った燕尾服の男の姿が闇から現れ、その後ろにワゴンを押しながら近付いて来るメイド服を着た少女の姿が見える。

 燕尾服の男が少女の押すワゴンからワイングラスを二つ手に取ると、テーブルの上に置いてからそのグラスに真っ赤な飲み物を注ぎ込んだ。


(ワイン? いや、飲めないし。待って、違うかも。悪魔の飲み物だから、まさか、血? いやいや、飲めないって)


 普通に考えたら、ワイン。

 意表をついて、トマトジュース。

 ブドウジュースだったら喜んで飲めるのだが、ここはあまり期待しない方が良いだろう。

 べリスが大皿からナプキンを取って自分の膝の上に広げたので、真似をしてナプキンを手に取ると、燕尾服の男が待っていたかのように大皿をテーブルの上から回収してワゴンに片付けた。


「久しぶりだな」


 べリスがワイングラスを僅かに掲げて言った。無邪気さを感じさせられる明るい声だ。

 うん、と頷けば、べリスは、にっと子供のような笑みを浮かべてから口元でグラスを傾け、赤い液体を喉に流し込んだ。


 なぜだろう。べリスの笑みがとても懐かしいように感じる。

 幼い頃に泥だらけになりながら遊んだ友達がこんな笑顔で笑っていたような――。

 懐かしさに胸が熱くなるような記憶を探っていると、目の前に前菜料理が出され、いっきに意識のすべてを料理に持って行かれてしまった。


(うわ、綺麗)


 燕尾服の男がワゴンの上から料理が乗った皿を手に取って、べリスの前にも流れるような動作で前菜の料理を置いた。

 悪魔の食事だ。どんなゲテモノ料理が出てくるのだろうかと覚悟していたが、出された料理に目を輝かせてしまう。


 ガラスの皿に乗せられた料理は、鴨肉のような燻製肉が二切れと菜の花のような葉物野菜の蒸し煮(エテュベ)、オイル漬けされたオリーブの実のような実、バゲットラスクが二枚、そして、皿の真ん中には、何かをムース状にしたものにキラキラしたオレンジ色のジュレが添えられている。まさに芸術作品のように盛り付けられた一品だ。


(これ、食べてもいいだよね? ――っていうか、食べられる物だよね?)


 じつは人間には毒でしたーっというオチだったりしないだろうか。毒ではないが、食材がものすごいゲテモノだったり。


(ここは、ラウムを信じるしかない)


 彼女は食事に目を光らせていると言っていた。

 だが、待て。思い返してみれば、ラウムはずっと自分と一緒にいたように思う。晩餐の料理に目を光らせる時間はあったのだろうか。


(ま、いっか。これを食べてデッドエンドだったとしても本望かもしれない。――ってくらいに食べたい! だって、美味しそう!)


 ちらりとべリスに視線を向ければ、彼は自分の左右に置かれたカトラリーから一番外側のフォークとナイフを両手に持った。


(外側から使うのね)


 真似をしてフォークとナイフを両手に持つと、バゲットラスクに正体不明なムースを塗り付け、その上に鴨肉もどきとジュレを乗せてから、ぱくんっと齧るように食べてみた。


(うまっ!!)


 食べられる!

 しかも、美味しい!


 ムースの正体は食べても分からないが、バターみたいな味がする。もしかしたら、アボカドだろうか。ジュレは柑橘系の果物の味がした。


(何を食べているのか分からない。でも、いいや。食べよう)


 脳内で『ゲテモノかもしれない』と『美味しい』が戦った。そして、『たとえゲテモノ食材でも美味しいから食べたい』が圧勝した。そのくらいに美味しかった。

 同じく正体不明な野菜も、少しの苦みも青臭さもなく、良い塩加減で美味しくて、ぺろりと食べてしまう。


「腹へってたのか?」


 べリスに言われて、ハッとする。うっかり彼の存在を忘れるくらいに夢中で食べてしまった。

 バレたら殺されるという状況なのにだ。美味しいとは、実に恐ろしい。

 不審に思われただろうかとヒヤリとしたが、べリスはニマニマと笑みを浮かべている。


「すっげぇ可愛い格好してんのに、ガツガツ食ってる姿を見ると、やっぱりシトリーだなぁって感じがする」


(シトリー?)


 思わず聞き返しそうになって慌てて唇をぎゅっと引き結んだ。

 おそらく名前だ。話の流れと雰囲気から察するに、それが魔王の名前なのだ。


 カラカラと再びワゴンを押す音が聞こえて、次の料理が運ばれてくる。燕尾服の男が空になった皿をワゴンに片付けると、白くて大きい四角皿を食卓に並べる。

 目の前に置かれた皿に視線を落とせば、大きな皿の中央に丸い窪みがあって、浅くスープが注がれていた。


 それはほんのりと緑がかったクリームスープで、枝豆みたいな緑色の豆が四つ、クローバーのような形で浮いている。

 スープ用のスプーンは丸みがあって見分けが付きやすいので、迷うことなく手に取ると、ひと口すくって飲んでみた。


(美味しい。これ、絶対、生クリームたっぷり使ってる!)


 ほぼ枝豆かもしれないし、ほぼ生クリームかもしれないが、とにかく濃厚だ。


 だが、しかし、食べてばかりもいられない。べリスに探りを入れて来ると、ラウムに言って食堂にやって来たのだ。偽物だとバレずにやり過ごせればそれだけでも上出来だとは思うが、もし何かしらの収穫があったら万々歳ではないか。

 もうひと口、スープを啜りながら、例えば、と仮説を立てて考えてみる。


 べリスが魔王を殺害した犯人だと仮定する。

 ――であるなら、無事な魔王の姿を見れば、動揺するはずだ。

 食堂の入口で会った時のべリスの様子を思い返してみれば、動揺はしていたように見えた。だが、それは魔王のドレス姿に動揺したに他ならない。


 では次に、殺したはずの魔王が目の前に現れたら犯人はどうするだろうか。

 ラウムの言う通り、もう一度、殺そうとする? どうやって? この場でいきなり襲い掛かってくるとか? 怖いな、それ。


 つまり、自分は今、いつ豹変するか分からない相手と食事をしていることになる。

 スープを飲み終えて、もっと飲みたい気持ちと共にスプーンを名残惜し気に皿の上に置くと、ちらりとべリスの表情を盗み見た。


 ラウムは口にしなかったが、もう一つの可能性も考えてみたい。


 犯人が魔王を殺したという確証を持っていた場合である。絶対に殺したはずなのだから、目の前の魔王は偽者だとすぐに判断するのではないだろうか。

 果たしてべリスに偽者を偽者だと知りながら、それを暴くことなく、さも本物に接するかのごとく振舞っている様子はあるだろうか。

 目が合えば、それだけで嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべるべリスに、知っているが知らない振りをするといった小細工ができるのか、否か……。


(うーん。わからん……)


 スープ皿を片付けられ、次の料理を出される。カリカリに皮を焼いた魚の料理だ。

 魚料理の多くは切り身の状態で出されるので、人間界にいた頃から、なんの魚か分かっていて食べていることの方が少ない。家で出された魚なら、アジか秋刀魚か鮭かタラだろうなぁと思うが、目の前の魚はさっぱり分からなかった。

 焼き魚に、赤パプリカとアスパラに似た野菜、食用花が添えられ、オレンジ色のソースで皿に模様が描かれている。


「花、可愛い! 綺麗!」


 魚嫌いな子供でも思わず食べてしまうに違いない、可愛くて綺麗な一品だ。


「これ、食べられる花だよね? どんな味がするんだろう」


 赤、青、黄色、オレンジにピンクの小さな花に心を奪われて、ついつい友人に話しかけるようなテンションでべリスに話しかけて、すぐに、しまった、と顔を強張らせる。

 やってしまったかとべリスを窺い見ると、目が合って、べリスがにっと笑った。


「味なんかしないだろう。しいて言うなら、草の味だ」

「草っ!」

「んー? 違うな。ソースの味だ」


 食用花をむしゃむしゃと食べながらべリスが先の発言を撤回、そして訂正する。


「ソースの味って、それじゃあ、花自体には味がないって言っているようなもんじゃん」

「その通りだろ? 食ってみろよ、味ないから」

「うー」


 促されて食用花をひとつ口の中に入れてみる。……うん。しないな、味。


「しいて言うなら、ほんのり苦い」

「ソースつけて食え」


 ナイフを入れると、皮がパリパリと音を立てる焼き魚をひと口サイズに切り取り、花を乗せ、ソースをつけて食べる。


「うん、美味しい」

「そいつは良かった。俺が帝都から持ってきた魚だ。次の料理の肉もそう」

「帝都?」

「しばらく帝都で親父の仕事を手伝うと言ってただろ」

「あー。なるほど。それでしばらく来なかったんだ」


 たしか、べリスが魔王に会いに来るのは五十年ぶりだとラウムが言っていた。


「すっげぇ会いたかった。会いたくて会いたくて死ぬかと思った。このままじゃあ、本気で死ぬって親父に訴えて、ようやく解放されてさ、即行で会いに来たんだけど、手ぶらで来るとオセが嫌味だらだらだからよ。とりあえず、魚と肉を持ってきた」


 とりあえずで魚と肉を持ってくるのが悪魔流なのだろうか。人間の手土産ならば、とりあえず焼き菓子だ。

 それにしても、話しやすい。幼馴染だとは聞いていたが、それにしたって距離が近い。

 先に友人のように話しかけたのは自分の方からだが、おそらく本物の魔王もべリスとは王と公爵の身分を越えた接し方をしていたのではないだろうか。

 親しい友人同士のくだけた口調で会話が進んでいく。


「オセって、べリスに嫌味を言うの?」

「言う言う。とんだ、すかし野郎だぜ。あの顔で、アポなし手ぶらは帰れとか言うんだぞ。んで、仕方がねぇから魚と肉を持って来たっていうわけ。今頃あいつも俺たちと同じもんを食ってるはずだ」

「オセの分の魚と肉も持って来てくれたの?」

「オセの分っていうか……」

「みんなの分?」

「どこまで行き渡るか分からねぇけどな」


 なるほど。それで燕尾服の男はラウムよりもべリス寄りなのだろう。

 いや、もしかすると、こんな美味しい魚と、きっと同じくらいに美味しい肉を食べたら、燕尾服の男だけではなく、魔王城の使用人の多くはべリスに絆されるかもしれない。


(もしもべリスが犯人だったら、大変なことになりそう)


 下手したら魔王城の使用人たち全員がべリスに味方して、魔王が孤立する事態にもなりかねない。

 そうしたら、魔王殺害に協力する者も現れて、魔王の食べ物に毒を盛るなんて容易くできるようになるだろう。


(べリスが犯人ではないことを祈るしかないな。――っていうか、べリスって魔王のこと好きなのに犯人ってことある?)


 ――あるとしたら、好き過ぎて、逆に殺しちゃったパターンだろうか? 


 魚料理が乗っていた皿が片付けられ、肉料理が出てきた。

 赤みの強いステーキが大きな皿に上品に盛り付けられている。そろそろきつくなってきたお腹に優しいサイズ感である。

 ステーキには赤黒いソースが垂らされ、焼いたトマトとベビーコーンのような野菜が添えられて、金箔フレークが振りかけられている。


「頂きます」


 今さらだけど、べリスから貰った肉だと聞いたので、お礼の意味を込めて言ってみた。


「どうぞ、召し上がれ」


 べリスも笑いながら応えてくれる。


 ステーキと言えば、人間界では普通、牛肉なのだが、おそらく魔界にいる牛は『ほぼ牛』だろうから、これは『ほぼ牛肉のステーキ』であるはずだ。

 肉にナイフを滑らせると、ナイフの切れ味が良いのか、肉が非常に柔らかいのか、スッと線を引くように肉が切れる。ぱくんと大口を開けて口の中に入れれば、口の中で肉が溶けて、じわりと旨みが広がった。


「美味しい!」


 ちなみに、金箔こそ味がない。完全に飾りだ。見た目の華やかさアップだけの用途でしかない。


「――ところで」


 べリスもステーキを口の中に放り込みながら言った。


「何か変わったことは起きなかったか?」

「変わったこと?」


 思わず肩を揺らしてべリスの顔を振り向いてしまった。

 ガツっと皿の上でナイフが悲鳴を上げる。すぅーと冷たいものが背筋を流れた。

 まさか魔王が死んじゃって、人間が身代わりをしています、なんてことを言えるわけがない。


「ええっと、特にないかな。なんで?」

「俺がいない間に何かあったかなぁ、って。城の顔ぶれは変わらないみたいだけど……」


 べリスの柘榴石の瞳が熱を感じさせない輝きを放ってこちらを見つめてくる。思いがけず、べリスの方から探りを入れてきたわけだが、なぜべリスから探られているのだろう。


(まさか)


 考えられる理由はひとつ。べリスが犯人だからだ。

 べリスが犯人であるなら、これは当然の探り合いだ。目の前の魔王が偽者なのではと疑いを抱いている。


(つまり、確実にトドメを刺したという確証はないんだな。だから、生き延びたかもしれない可能性も捨てきれないまま、偽者ではないかと疑っているのだ)


 これは、下手なことを言えば、偽者だと確信されて殺される展開だ。

 ドッと血の気が引いて、ナイフとフォークを握る手が氷のように冷たくなる。どきどきと胸が苦しいくらいに音を鳴らし、息がうまく吸い込めない。


 その時、すっと黒い腕が伸びて来て、燕尾服の男が空になった肉料理の皿を手に取った。少しの音も立てずに皿が片付けられると、すぐにデザートが出てきた。

 そのデザートを見て、脳内で渦巻いていた疑心と全身を震わせた怯えがひと息に吹き飛んだ。


(わぉ)


 スープ皿同様やたら大きな丸皿にカスタードソースがスープのように注がれていて、その中に雪島のごとくメレンゲが浮いている。


(何これ! こんなの絶対美味しい!)


 ふわふわなメレンゲにカラメルソースが網目状にかけられていて、メレンゲの周りには、ラズベリーやブルーベリーみたいなベリー系の果物がたくさん浮かんでいる。

 デザートに目を奪われている隙に、燕尾服の男に食後の温かい飲み物を注がれた。

 コーヒーだろうか。紅茶だろうか。香りから察するに、おそらく、ほぼ紅茶だろう。ティーカップから湯気が立ち上っている。


 給仕を終えた燕尾服の男は、ワゴンを押す少女と共に食堂の奥の闇へと進んで行き、やがて闇に溶けるように姿を消した。

 広すぎる食堂にべリスと二人っきり。デザートスプーンでメレンゲとカスタードソースを掬う音が響く。

 先に口を開いたのはべリスの方だった。


「そんな可愛い格好をしているから、何かあったのかと思った」

「いや、これはただのコスプレで……。テーマは、妖精プリンセスみたいな?」

「シトリーがプリンセスなら、俺はプリンスになりたい」

「……は?」


 プリンスになりたいなんて、アホな小学生男子だって言わない。乙女ゲームのキャラクターだから言えちゃうのか? なんて恐ろしい。


(――うん、わかった)


 言葉にならないまま深々と頷いて、心の内で結論を導き出した。


(べリスは犯人じゃない)


 目の前の悪魔に表も裏もない。小細工とか、相手を騙すための演技とか、頭を酷使するようなことはできそうにない。

 べリスの瞳が真っ直ぐに見つめてくる。その柘榴石の瞳は熱に浮かされ、潤んでいるように見えた。


「俺はシトリーを女扱いしたいわけじゃないんだ。……あ、もちろん可愛い格好のシトリーは好きだし、もっといろいろ見せて欲しいって思う。思うけど……」

「けど?」


 アホな小学生以下のべリスが何を言わんとしているのか理解できず、大きく首を傾げると、べリスの顔がかぁっと赤く染まった。


「けど、俺は魂レベルでシトリーを愛しているから、その魂の器がどんな姿をしていても構わないんだ」


(魂レベル……っ!?)


 どんなレベルだ? あれだろうか。生まれ変わっても愛しているとか? 肉体が死んでも愛は死なない、なぜなら魂を愛しているから、っていう?

 予想外にも愛が重すぎて目を白黒させている間にもべリスは続ける。


「つまり、その……。俺はシトリーが男でも構わないんだけど、シトリーが俺のためにそんな格好をしてくれるってことは、つまり、ようやく俺の想いに応えてくれるってことなんだろ?」

「ええっと……」

「ずっと応えてくれなかったのに、心境の変化が起こるようなことがあったのかと思って」

「……」

「この後、シトリーの部屋に行ってもいいか?」

「ダメ!」


 即答する。

 だって、わざわざ許可を取って夜中に部屋にやって来るなんて、絶対、その先にろくな展開は待っていない。


「ごめん! このコスプレに意味はないの」


 そう、べリスに自分が偽者であることをバレるのを防ぐ以上の意味などない。


「だから……」


 夜はちょっと受け入れられないなんて言えば、キレられるだろうか。

 キレた悪魔がどうなるのか想像もできない。とりあえず、殺されちゃうのだろうか。


 ――っていうか、とりあえずで殺されちゃうなんて、ひどい!


 とにかく、ここは慎重に言葉を選ぶべきだ。

 べリスはスタート時点で好感度が振り切れているから普通の乙女ゲームのようにひたすら会いに行って、会話して、関わって、そうして好感度をぐんぐん上げていくような接し方ができない。


(これ以上、好感度を上げたら、全年齢ゲームを越えてしまう!)


 ――とはいえ、冷たく突き放して好感度を下げれば殺されてしまうかもしれないし、そもそも攻略ができない。


(好きだけど、一線は越えたくないって、どうやって伝えれば殺されずに済むんだろう!?)


 意を決してデザートスプーンを丸皿の上に置くと、窺うように、ちょっとあざといかもと思いつつ上目遣いで、べリスの瞳をじっと見つめてから口を開いた。


「べリスのこと好きだけど、――でもさ、貴重な友人を失いたくないんだ。だから、もう少し特別な友人でいて欲しい。……ダメかな?」

「ダメじゃないっ!!」


(即答―っ!!)


 よっしゃーっと叫びたくなるくらいにうまくいったらしい。

 たぶんべリスの好感度は下がっていない。


 二人とも食事を終えたので、膝に広げていたナプキンをテーブルの上に置くと、べリスが先に席を立ち、手を差し伸べて来る。

 その手を取って、ふんわりドレスを左右に揺らしながら立ち上がった。


「俺、しばらくこの城に滞在してもいいかな?」

「もちろん」


 そうしてくれた方がゲーム通りの展開だ。――ということは心のうちに伏せて、にっこりして答えると、べリスの頬が赤く染まった。

 べリスに手を引かれながら食堂を出ると、再びそこで燕尾服の男が待っていた。


「べリス公のお部屋をご用意させて頂きました。ご案内いたしますので、こちらへ」

「ああ。――そしたら、シトリーまた明日。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 燕尾服の男と共に去っていくべリスの背中を、片手を振って見送った。


(――さて)


 薄暗い廊下を見渡して途方に暮れる。ここから一人で魔王の自室に戻れるだろうか。

 てっきりラウムの迎えがあるかと思ったが、そんな気配は欠片もない。

 魔王城は恐ろしく広く、まさにゲームのダンジョンみたいな迷宮だ。

 これはもしかすると、悪魔に殺される前に魔王城で遭難するかもしれない。どうしよう。




【メモ】


魔王の部屋

 ・入ってすぐの部屋。手前の部屋。

 床に毛皮の敷物。

 高い天井。シンプルなシャンデリアで腕木は六本。ガラス玉が連なった鎖が垂れ下がっている。

 部屋の中央にテーブルと椅子が二脚。

 大きなソファの反対側の壁にはキャビネットと本棚がある。


 ・寝室

 天蓋付きのベッドが置かれている。手前の部屋ほど広くない。

 ベッドの手前に、もふもふの白い毛皮のラグ。


 ・衣裳部屋

 大量の衣装が収納されている。子供部屋くらいの広さがある。

 一面の壁が上から下まで鏡になっている。

 奥の一角が女子っぽいコーナーになっていて、化粧台がある。



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