49.たちの悪い女王様が爆誕したという結末
――ああ、ダメだ。
言いかけて、これでは言い方が悪いと思い直した。
シトリーの侍女になるということは、家族も故郷も捨ててシトリーに尽くすということなのだ。
シトリーがちゃんと彼女を望んであげなくては、いくら下級悪魔が相手とは言え、礼を失する。
「ドルシア」
シトリーは彼女に向き直って、彼女の名前を呼んだ。
「今後、私たちは主従関係を結ぶのだから、家族とも友達とも異なるけれど、それに準ずる想いを抱いて、君を慕う」
ドルシアは告げられた言葉の意味を理解して瞳を大きく見開いた。そして、シトリーの前に膝を折って跪いた。
「だから、私の侍女となって、傍にいて欲しい。――いてくれる?」
「もちろんです、陛下。謹んで承ります」
深々と頭を下げたドルシアを見て、ブルーノがドルシアに言葉を放つ。
「中級になれば、二度と下級には戻れない。お前の意思で永遠を放棄することもできない。その時があるとしたら、お前が命を自ら断つ時である。そして、お前を中級に生まれ変わらせたのが陛下である限り、陛下がお前を不要だと言えば、お前は塵となって消える。これらを承知して忠誠を誓えるか?」
「誓います」
ブルーノは懐から小刀を取り出すと、それを両手に持ってシトリーに差し出した。
「お願い致します」
ドルシアを中級悪魔に、とブルーノが言うのを聞いて、シトリーは革製のナイフシースを数センチずらしてナイフの刃を出す。その刃に左手の中指を押し付けて血を滲ませると、ナイフをブルーノに返した。
そして、血が滴り始めた中指を眺めて、その指をドルシアに差し出した。
「私の手となり、足となり、或いは、目となり、耳となり、永遠の忠誠を誓え」
かつて同じ言葉をブルーノにもグイドにも、フォルマやガルバ、プロブスにも言い放ったことがある。
ドルシアが差し出されたシトリーの手を取って、赤く濡れた中指に唇を寄せた。
「――誓います」
薄く開いた口から、そっと舌を出して、ドルシアはシトリーの中指の血をぺろりと舐め取る。そして、すぐに赤く染まった舌を口の中に仕舞い込んだ。
シトリーはそのままの手をドルシアに差し伸べて立たせた。
「すぐに手当てを」
ドルシアはシトリーの手を片手で握ったまま、その手に自分のもう一方の手をかざす。
中指の切傷が徐々に治っていく様子を眺めながらシトリーは笑みを浮かべながら言った。
「回復魔法も使えるんだね」
「この程度でしたら……。回復魔法って、二通りあるんです。時間を進めて細胞分裂を早める方法と、時間を戻して傷を負う前の状態に戻す方法です。私の場合は後者です。元々、シミやホクロ、ふきでもの対策に使っていた魔法なので、大怪我は治せませんが、ちょっとした切傷でしたらこの通り」
綺麗に傷が消えているのを見て、シトリーは感嘆の声を上げる。
「へえ、すごいじゃん。私は適性がないと言われて、まったくできないんだ」
「私、せっかく陛下から永遠の時間を頂いたので、回復魔法をもっと極めたいです。陛下のあんな姿を目の前にして、何もできなかった自分がとても悔しいです」
「いや、あれは心臓を貫いていたから、オセにだって治せなかったよ」
仕方がないよ、と言ったのに、ドルシアは大きく頭を左右に振った。
「たとえオセ様にも治せないような大怪我でも、私が治して差し上げたいのです!」
大真面目な表情で力強く言ったドルシアに、シトリーは、ぷはっと吹き出して、笑い声を上げた。
「ドルシアは強欲だな。まあ、いいんじゃない? やってみればいいよ」
中級になったばかりの彼女が上級悪魔の力を越えたいだなんて、身の程知らずもいいところである。
だけど、それを面白いと思ってシトリーは瞳を細めた。
ブルーノも苦笑を浮かべながらドルシアを見つめている。彼はドルシアに対して悪い印象を抱いていないように見えた。ならば、きっとドルシアはこの城でうまくやっていけるだろう。
部屋の前でブルーノと別れ、シトリーはドルシアを連れて執務室に向かう。
スカートの裾を踏み付けそうで、いつものように歩けないのがストレスである。そして、通り過ぎる者――メイド服の女中たちも、城に出勤してきた官吏たちも、全員が二度見してくる。
バサバサと紙音がして振り返れば、茫然とした顔で抱えていた書類を床にぶち撒いてしまった者がいた。
「ふっふっふっふっ」
ここまで極まると、俄然、楽しくなってくる。
いくつもの驚愕した顔を眺めながら、シトリーはにこにこして、なんなら片手を振りながら廊下を進んだ。
「陛下、聞いていますか?」
「え? 何?」
「ですから、午後に職人が来ますから、政務は午前中で終わらせてください」
「職人って?」
「新しいドレスをつくると申し上げたではないですか。ブルーノ様に呼んで頂きましたので、午後には部屋に戻ってきてください。――いえ、やはり、お昼に私がお迎えに上がりますね」
はーい、と返事をして、政務室の扉の前で足を止めた。
ドアノブに手を伸ばし掛けて、今の自分の姿を思い出し、ぴたりとその手を止める。
扉を開けば、きっと部屋の中にオセがいる。このドレス姿をオセに見せるのかと思えば、胸がどきどきと鳴り出した。
くるっとドルシアに振り向いて、あわあわと、両手、両腕を上下させながら言う。
「私、変じゃないかな?」
「まったく変じゃありません!」
「いや、でも……」
「変じゃないです! 完璧です!」
「かっ……あ、うん。……でもっ」
「なんなんですか。今の今までにこにこして手まで振っていたじゃないですか。なんで今さら恥ずかしがっているんですか」
「だって、この中にオセいるじゃん!」
「いらっしゃいますね。――それでは、私、忙しいので先に戻ります」
「はぁー⁉ この状態の主人を見捨てて行くの⁉」
「忙しいのです!」
縋る手を、さっと退けてドルシアは廊下を引き返していく。その足取りは、ウキウキとして見せた。絶対に何か楽しいことで頭がいっぱいになっている。
(きっとフリルいっぱいのドレスのデザインを考えているんだ。だったら、ついでにドルシアのドレスもつくってあげよう)
それはともかく――。
シトリーは目の前の扉に視線を戻した。
(こういう時、ラウムだったら、扉をぶち破ってくれたっけ)
この場にはいない彼女のことを思い出して、シトリーは心を沈ませる。
いつかまた彼女に会えるだろうか。許せないことをした彼女だが、永遠にずっと許さずにい続けることは、とても困難なことだ。
いつかまた――。
だけど、たとえ、その日がやって来たとしても、彼女がいた場所にはすでにドルシアがいるのだから、別の形で彼女と向き合い、新たな関係を一から築くことになるだろう。
ガチャリ、とドアノブが動く音が響いた。
触れてもいない場所がひとりでに動いたものだから、シトリーは驚いて体を竦める。
「そこで何をしているんですか?」
執務室の扉が開き、オセの怪訝顔がシトリーに向けられた。そして、すぐに瑠璃色の瞳が驚きに見開かれ、腕が伸びてきたと思ったら、次の瞬間にはシトリーは執務室の中に引き込まれていた。
バタンッ、と扉が閉まる。
掴まれた腕が少しだけ痛い。オセの力が強すぎる。
「あ、あの、オセ?」
腕を離して貰おうと、視線を上げると、瑠璃色の瞳と目が合う。
(いち、に、さん……)
――と無意識に数えていた。
ドキドキと胸が騒いで、オセの瞳に自分の姿がどのように映っているのか気になって仕方がない。
(しー、ご……っ⁉)
ガッ、と扉に体を押し付けられて、背中をしたたかに打つ。痛いと文句を言おうとした口を口で塞がれた。
(う、わああああああーっ!! ちょっと待て!)
腰に片腕を回されて、もう一方の手で、がっしりと首の後ろ辺りを押さえ付けられている。
スイッチが入ってしまったらしいオセに、待って、とその背中を数回叩いたが、オセのスイッチを入れたのは他でもない自分だ。
そんなつもりはなかったと言ってみたところで、すべてが遅い。
(ああ、もうっ!)
ぎゅっとオセの背に腕を回して、その体を抱き締める。
大好きなオセに手で触れられただけで嬉しい。
ぎゅっとして貰えたら幸せだ。
だから、こうして唇を重ねていると、他のことはどうでもよくなるくらいに満たされる。
(気持ちがいい……)
体から力が抜けて、オセの腕に支えて貰わないと立ち続けることができなくなるくらいに、蕩けてしまう。
お互いの吐息とか、リップ音とか、喉を鳴らす音とか、羞恥心でいっぱいになるけど、それがまた気分を高揚させる。
(――っていうか! キスで蕩けるなんて、酸欠状態の勘違いだなんて言って、ごめんなさい! あれは嘘だよ! いや、嘘って言うか、私が記憶を失っていて、オセとの気持ちのいいキスを忘れていただけだ!)
キス自体がどうのっていうことじゃなくて、大好きなオセがしてくれるキスだから、気持ちがいいんだよ。
そこに自分の気持ちもあって、オセも自分を求めてくれていると分かるから、蕩けるんだ。
「……はぁ…っ」
ようやく唇が離れて、シトリーは喘ぐように大きく息を吐いて、吸った。
もう一回、できたら、もう一回、気持ちいいキスがしたいな、と頬を上気させてオセの顔を見上げようとした、その時。
「……っ!?」
パッと大きな手で目元を覆われて、視界が真っ暗になった。
「ちょっと!?」
「……今は、これ以上は、できませんので」
ほんの僅かに呼吸を乱してオセが言った。
「政務の前にこんなことをするつもりはありませんでした。なのに、陛下が……」
「私のせい?」
目元を覆われたまま頬を膨らませれば、ぴったりと寄り添っていた体が離れていくのを感じた。
遠ざかっていった温もりに、大いに不満が募る。
「ええ、陛下のせいですね。そんな格好で、ここまで来たのですか? さぞ大勢の者たちの目に触れたことでしょう」
「変な格好って言いたいの? ちっとも似合っていない、って」
気にしていただけに、気持ちがしぼみかける。
すると、オセが息を呑んだ気配がした。いったん離れた温もりが戻ってくる。
シトリーの背を抱き、その耳元に唇を寄せて囁くようにオセは言った。
「貴女は本当に何も分かっていませんね。とてもよくお似合いですよ。政務を放り出して、わたしの寝室に貴女を連れて行きたいくらいに」
「なっ!?」
――な、なに言ってんの、オセ!?
軽くパニックである。オセがそんなことを言うなんて!
「そのドレス、わたしを意識してくださったのでしょうか。まるで貴女がわたしのものであるかのようですね」
いったいどんな顔をして言っているのだろう。
オセの表情を見てやりたいのに、未だ両目を塞がれたままだ。
「貴女のせいで心が乱れます」
「オセ、困ってる?」
「困っています。今日中に目を通したい書類があるので。なのに、貴女に触れたくて堪らない。理性が焼き切れそうです」
――それは不味い。
もしオセの理性が焼き切れて、シトリーを寝室に連れ込み、そのまま出て来ないなんてことになったら、国が滅んでしまう。
この国はオセの理性で、平穏が保たれている。
その理性をぶち切れさせようとしているのが、国主であるシトリーだから、さらにマズイ。
「とにかく、わたしは政務に戻りますので、陛下もご自分の席に着いてください」
言って、オセはシトリーから手を離すと、目を合わせないように顔を反らして自分の席に向かう。
仕方がなく、シトリーも自分の机に向かい、机の上を眺めながら椅子に座った。
ちらりとオセに視線を向ける。オセにと言うよりも、その机の上に。
相変わらず、書類でいっぱいだ。オセの机の隣に机と同じサイズのテーブルが2台も運び込まれており、2台とも山のように書類が積まれている。
(量が増えてる。ヤバい……)
一方、シトリーの机はと言うと、いつも通りの量である。『未決』の箱から一番上の書類を手に取ると、さっそくそれに目を通した。
(なになに? 穀物が届いた? それは良かった!)
どうやらカイムが約束通りに穀物を届けてくれたらしい。
これで、ひとまず、カンプス区の穀物不足は解決である。こちらは報告書だったので、了解の意味を込めてサインをすると、『決』の箱に入れた。
次の書類を『未決』の箱から手に取る。コルリス区で少女をさらっていた蜘蛛女についての報告書だった。
長文だったので時間をかけて読んでいくと、リヌスはあの後コルリスの街の政務官2人と話し合い、女を裁判にかけ、己の罪状をはっきりと認識させてから、被害者遺族や街人、周辺の村で暮らす者たちの前で、女を処刑したのだという。
文面を読む限り、リヌスはきちんと女を裁いてくれたようなので、安心して報告書にシトリーのサインを書き加えた。
扉をノックする音がして、シトリーは次の書類に伸ばし掛けていた手を止める。はーいと返事をすると、扉が開いてグイドが部屋に入ってきた。
いつもよりもかなり早く時間にやってきたので怪訝に思ったが、さらにグイドの後ろからハウレスまで現れたのでシトリーは驚いて声が上げる。
「どうしたの?」
「陛下、なんてお美しいお姿に。陛下のそのお姿が噂になっております。それで、早くお目に掛かりたいと思いまして、居ても立っても居られず、来てしまいました」
グイドが普段より高めの声を出して歩み寄ってきた。
「さあさあ、陛下。こちらに立って、我々に見せてください。ああ、いいですね。素敵です。そこで是非くるりと、ひと回りを。……すばらしい!」
椅子から立ち上がって、グイドに言われるままに動いて見せると、めちゃくちゃ称賛された。まったく悪い気がしない! むしろ、嬉しい!
にこにこしながらドレスの裾を摘まんで、ふわっと回転して見せれば、グイドが、美しい、美しい、と言って拍手してくれる。
「めちゃくちゃ褒めてくれて嬉しい! なんかあげたくなっちゃう!」
「ご褒美ですか? いいですね! では、投げキッスしてください」
「ええっ、そんなんでいいの? ん-っと、こんな感じ?」
両手を口元に持っていき、リップ音と共にグイドに向かって両手を広げる。
「最高です!」
「陛下。是非、じいにもやってください」
「えっ、ハウレスも? いいけど……」
今度は片手を腰に当てて、もう片方の手に唇を押し当ててから、リップ音と共にハウレスの方に向ける。
「良いですね」
「いいですよね! 陛下、最高です! 女王様の爆誕で気分が上がります!」
「じいも、あと五千年くらい長生きできそうですぞ」
「おふたりとも……」
年甲斐もなく、はしゃいでいるグイドとハウレスにオセが腹の底から出したかのような低い声を響かせた。
「政務の妨げになりますので、お引き取り願いませんでしょうか?」
「……」
「……」
二人はちらりとオセの方を一瞥する。
「そうですね。魅惑的な陛下をオセ殿と二人っきりにしてしまうと思うと心がざわつきますが、そろそろ仕事に戻らなければなりませんね」
「やはり執務室を分けるべきか」
「大公、それはいけません。ここだけの話ですが――」
わざとらしく声を潜めて、グイドは手の甲を口元に添えながら、ハウレスに顔を寄せて言った。
「陛下がお留守の間のオセ殿ときたら、ポンコツも良いどころでしたよ。いつも有能なオセ殿がどうされたのかと本当に呆れました。やはり陛下あってのオセ殿なんですよ。有能なオセ殿は何でも簡単にやってのけられますけど、それらはすべて陛下のためにやっているに過ぎなくて、陛下がいなければ、それらをやる意味がないんです。わたしが思うに、オセ殿は陛下がいなければ、国なんて簡単に捨てちゃう方なんでしょうね」
なので二人を離すべきではないです、と言ってグイドは、苛立って黒いオーラを放っているように見えるオセの机に平然とした顔で歩み寄った。
いったい何をしに来たのか分からない二人だったが、まるでそれが口実だとでも言うように、グイドはオセの机に書類の束を置いた。
「追加分です」
「……」
じろりとオセがグイドを下から無言で睨み上げる。そんなオセをグイドはくつくつと笑って、はははっと笑うハウレスと共に執務室を去っていた。
まるで嵐が去った後のような静けさが部屋の中に降りて来る。シトリーは自分の机の横に立ち尽くしたまま、オセの方を向いて首を傾げる。
「オセがポンコツって言われているの、初めて聞いた」
「……」
決まりが悪そうな顔をしたものの、オセは何も答えなかった。
「私にとってオセはいつも完璧で、何でもできて、とにかく、すごい! 強いし、頭も良いし……」
「そう見えるように努力しているんです」
「そうなの? でも、初めて会った時から……」
言いながらシトリーはオセと初めて会った時のことを思い出した。
――と言っても、本当の初対面の時は、シトリーはまだ視力もままならない赤子で、記憶もない。
おそらく、その後も何度かハウレスに連れられてオセはシトリーに会いに来ているはずなので、シトリーが物心がついた頃には『初めて会った時』とは言えない状態になっていた。
それでも敢えてその言葉を使いながら思い出してみれば、その頃、オセはシトリーとはまったく視線を合わせない青年で、ハウレスの付添いとして義務的に訪ねて来たという態度を全面に出していた。
しかし、そんな態度が却ってシトリーを魅了して、クールでカッコいいお兄さんと思わせていたのだ。
思い返してみれば、ストラスに仕える者たちは皆、鳥族ばかりだ。
鳥族に囲まれて育つ中で、自分だけが違うという想いが募っていく。そんな時に、度々訪ねて来てくれる自分と同じ気配を感じさせるハウレスとオセにシトリーが惹かれないはずがなかった。
そして、最初から無条件に自分を溺愛してくれるハウレスよりも、まったく自分を見てくれないオセに強く惹かれたのは、ままならない苛立ちがあったからかもしれない。
ある時、隙をついて飛びついた。押し倒して、キスをしたら、瑠璃色の瞳が驚愕に見開かれた。
あれ? と思う。予想していた反応と違ったのだ。
クールでカッコいいお兄さんは、シトリーの幼稚なキスなんて意に介さず、幼子を適当にあしらって去っていくものだと考えていた。
オセの朱色に染まった目元を見て、シトリーは琥珀色の瞳を強く強く輝かせた。――それが、シトリーが初めて能力を使った4歳の頃の話である。
(あの後、めちゃくちゃオセに噛まれて血だらけになったっけ)
ははははっ、と乾いた笑いが込み上げてきた。
(――っていうか、なんで噛むのさ。ひどくない⁉ 4歳児を血まみれにするくらいに噛むとか、鬼じゃん!)
でも、あの時、オセを手に入れられた気がして嬉しかったのは確かだ。
「何をニヤニヤしているんですか? 貴女も早く仕事に戻ってください」
「――ねぇ、オセ。私さ、午後は部屋に戻って欲しいってドルシアに言われてるんだ。服職人が来るとかで。新しいドレスをつくるんだって」
「それで?」
「オセさ、午後から頑張れば良くない? 私、オセとくっつきたい。膝に乗ってもいい?」
オセがシトリーに振り向いて絶句している。
ため息をひとつ。そして、椅子を後ろに引くと、シトリーに向かって両腕を広げた。
「わーい、オセ大好き!」
「べリス公もおっしゃっていましたが、その外見で中身が今まで通りだと、相当たちが悪いですよ」
シトリーはにこにこしながらオセの腕の中に飛び込む。ボリュームのあるドレスが邪魔だったので、ドレスの前の方を膝までたくし上げると、オセの体を跨ぐようにその膝の上に乗った。
「オセが好き過ぎる!」
ぎゅーっと抱き着いて、以前は額を押し付けていたオセの肩に顎を乗せる。それから、少し身じろいで、両手をオセの背中に這わせた。
頭をぐりぐり動かして、オセの頬に自分の頬をくっつけて、頬ずりしてみるが……。
――なんだろう、この違和感。
こうして体をくっつけていたら、今まではそれだけで満たされて、十分だと思ったのだけど、なぜか今はそれだけでは足りなくて、もやもやする。
(もやもやって言うか、むらむら?)
くっついているだけじゃあ、物足りないと思う自分に驚く。
じゃあ、他にどうしたいというのだろう。
くっつく以上のことを求める時は、なんて言えば良いんだっけ?
再びオセの肩に顎を乗せて思いを巡らせると、ぱっと思い出して、オセの耳元に唇を寄せた。
「今夜、オセの寝室に行ってもいい?」
「構いませんが、わたしの就寝時間まで起きていられるんですか?」
「起きて待ってる」
「疑わしいので、今でも良いのでは? あの二人もさっき来たばかりですから、当分、ここには来ないでしょうし」
「えっ、今⁉ ええっ⁉」
オセの大きな手がシトリーの背中を支え、彼が椅子から立ち上がるのに従ってシトリーの体はオセの執務机の上に背中から倒されていく。
机の上に仰向けになると、左右に書類の山が見えた。正直、怖い。いつ荷崩れを起こすか分からないものに囲まれている。
だけど、スイッチが入ってしまったオセは止まる様子がなくて、シトリーの体に覆いかぶさってきた。
さすがにここではどうかと思って、オセの胸に両手をついてその体を遠ざけようとしたが、わたしも好きですよ、だなんてオセが言うから、もういいやと思って、ふたりでめちゃくちゃキスをした。
【おしまい】
召喚されて魔王になった話ではなく、召喚されたと思い込んだ魔王の話が完結しました。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




