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47.殺し切れない想いは、お互いに

※戦闘シーン・流血描写あり

 

 胸を斜めに切られる。そう思い、跳ねるようにして後ろに退いた。


〈いけない!〉


 シャックスの声が脳裏に響く。視界の端にビー玉ほどの大きさの黄色い球が浮いているのが見えたような気がした。


「ああああああーっ!!」


 一瞬、目の前が真っ白になって、体が一本の丸太のように、ぴんと真っ直ぐに伸びて硬直する。


「く……っ」


 見渡せば、自分の周りに火花を散らした球体が6つ浮いていた。それらは、等間隔に浮いてシトリーを取り囲み、シトリーの動きに合わせて上下左右に移動しながらバチバチと電気を放っていた。

 どうやら先程の衝撃は、そのうちのひとつに触れてしまい、感電したようだ。


(いつの間にこんなものを)


 シトリーと剣を交えながらストラスは雷の魔法を込めた球体を放ち、シトリーを包囲しようとしていたのだ。

 剣を避けたつもりが、自らその包囲に飛び込んでしまったとは不覚だ。

 火花を散らしているビー玉サイズの球体がシトリーの周りをくるくると周りながら、徐々にその距離を縮めて来る。


 それらに気を取られていると、ストラスが左手を大きく振り上げて、シトリーに向かって振り下ろした。

 頭上に気配を感じて見上げようとした時には、もう遅い。ずっしりと重たい力が上から圧し掛かって来て、シトリーは石橋の上に叩き落された。


 がつんっ! と背中から墜落して、石畳みに打ち付けられた翼が消える。

 シトリーを追って電気を宿した球体も石畳みの上に着地したが、それは着地というよりも体当たりであり、石畳に触れたとたんに6つの球体はそれぞれが爆発したかのように激しく放電した。


 バリバリバリバリーッ‼


 まるで地上を駆け抜ける稲妻のようだった。

 それは地上から夜空に向かって駆け登り、6つの光の矢がシトリーの体を貫いた。


「うああああああああああーっ‼ ……あ?」


 シトリーは大きく体を反らして叫び声を上げて――みたものの、違和感があって、叫んだまま口で固まる。


(あれ? あれあれ? ……ええーっと、なんでか、痛くない)


 見ため的には火花バチバチで、稲光がすごくて、めちゃくちゃ感電してそうなのだが、不思議なことに、まったく痛くないのだ。

 多少はビリビリ来ているが、痛みはなくて、むしろ気持ちいい……?

 例えるのなら、電気マッサージ器を体に当てられている感じで、肩こりや腰痛によさげである。


(え? なんで?)


 ストラスが手加減をしてくれているのだろうか。そう思って頭上で浮いているストラスを見上げたが、そんな様子はない。

 手加減しているわけじゃないとしたら、どういうことだろうか?

 光の矢に貫かれたまま自分の手、腕、そして、全身を眺めると、うっすらと青く光る膜のようなものに包まれていることに気が付いた。


(これは、オセの魔力だ)


 よく目を凝らさなければ見えないくらいに薄い防御膜だが、鋼の鎧や防弾服よりもずっと防御力は上だ。なんたって、オセが護ってくれているのだから。

 だけど、いつの間にオセは自分にこんなものをと疑問に思ったが、その答えはすぐに思い浮かんだ。


(さっきキスしたからだ)


 体液と共に魔力も交換し合ったことを思い出して納得する。

 いつの間に、ではない。強いて言えば、今だ。

 先ほどのキスの際にシトリーの体内に入ったオセの魔力が、オセの意思に従って防御膜に変化したのだ。

 きっと、オセがその気になれば、防御だけではなく、攻撃にも転じることもできるはずだ。


 ――とすると、これはオセの手を借りているようなものだ。良いか悪いかと言えば、正々堂々とはしていないだろう。

 オセとしてはどんな不正を働いてもシトリーに負けて貰っては困るのだ。


(手助けされてて、それでも負けたら恥じゃん)


 これはもう、絶対に負けられない勝負である。


 シトリーは痺れる右手で剣を握り直すと、一歩踏み出して、石畳の上で火花を散らす球体のひとつに剣先を突き立てた。

 バリンッ、と硝子が割れるような音を響かせて球体が砕け、放電がやむ。他の5つの球体も沈黙し、シトリーは球体がつくった光の円の中から歩み出た。

 そして、上空のストラスを琥珀色の瞳で見上げる。


(もう一度、翼を出して飛ぶ? いや、待てよ。向こうが魔法で攻撃してくるんだから、こっちだって魔法を使ってもいいわけだ)


 正直、魔力のコントロールは苦手だが、魔力の総量ならばストラスよりも自分の方が上のはずである。

 せっかく魔力が戻ったというのに使わない手はない。それに剣一本で戦い続けるよりも、剣で戦いながら魔法を放つことができるのならば、それに越したことはないだろう。


(ええっと、どうやるんだっけ?)


 べリスと遊んだゲームを思い出しながら剣を軽く振り回して、ゲームのアバターの動きを再現してみた。


(回転して、剣を払う。……んっと、違うな。払う前に右手に魔力を集中させて、払うと同時に魔力を放てば……)


 ゆっくりと、その場で回転して剣を振って、払って。

 その様子をストラスは上空から眺めて、呆れたような声を響かせた。


「おい、何をしている?」

「ちょっと待って。練習中。……回って、ここだな。このタイミングだな。うん」


 もう一度。回転して、剣を握る右手に魔力を込めて、剣を振り上げて、振り下ろして、もうひと回転して、下げていた剣を一気に振り上げた。

 ヒュッ! 光の刃がストラスの頬を掠めて夜空の彼方へと突き抜けて行った。


「……っ⁉ おまえっ‼」

「あっ、できた! おしい! 当たらなかったか」

「待てと言うから待っていれば……」

「お待たせ! ありがとう! もう大丈夫。コツを思い出した。やれるよ!」


 言うや否や、シトリーは剣を大きく振り下ろし、ストラスに向かって再び光の刃を放った。

 剣身から放たれた光は、その剣筋に従って三日月のような形を取り、ストラスに向かって真っ直ぐに飛んで行く。

 その光の刃に触れれば、シトリーの剣同様の切れ味で、骨も肉も引き裂かれる。


 ストラスは翼を羽ばたかせて光の刃を避けて、仕返しとばかりに左の手のひらからバレーボールサイズの球体を放ってきた。

 こちらも触れれば、先ほどの球体同様、感電するという魔法だろう。そう思って、シトリーは横に飛び退いて避けた。

 お互いに次々に魔法を放ち、避けて、放つ。


(たしか、こういうこともできたはず)


 ゲームのアバターの動きを思い出して、右手で剣を握ったまま左手を添わせてストラスに向かって両手を掲げる。全身から両手にすべての魔力を移動させるイメージを思い描けば、両手が熱く輝いてきた。


「喰らえっ!」


 声と共に放ったそれは巨大なエネルギーの塊となってストラスに向かっていき、彼が避けきる前に爆ぜた。


 ドオオオオオオオオオオオンッ!!!


 大気が揺れ動き、その振動で黒い湖の表面が波打ち、水柱がストラスを囲むように上がる。

 うまく決まったし、かなりのダメージを与えたはずだ。だが、これでおしまいだとは到底思えず、シトリーは背中に翼を広げて石畳を蹴って跳び上がった。


(やるなら今だ。たたみ掛けろ!)


 水柱も爆風も収まっていないうちにシトリーは続けて魔法を放つ。

 先程よりは威力は低いが、左手を大きく広げて、その手のひらから休みなく、まるで機関銃のごとく光の弾を放ち続けた。


 ――と、その時。

 ぞくりっと悪寒が走った。


 シトリーは攻撃の手を止めて、後ろに向かって羽ばたいて大きく飛び退く。まさにその一瞬後だ。

 ザッ。

 目の前に鋭く尖った氷の槍が下から上へと通り抜けて行った。一瞬でも判断が遅れていたら、串刺しになっていたところだ。


 だが、ホッとするのはまだ早い。黒い湖から次の槍が飛び出て来た。

 湖の水を凍らせてつくられた槍は、湖の底から次々と生まれ、まるで雨が地上から空に戻るかのようにシトリーに向かって飛び交ってくる。


「うわっ!」


 一本避けて、次の一本を避けた拍子に死角に入った槍が左肩を掠め、それに気を取られている隙にもう一本の氷の槍が右側の翼を貫いた。


「――っ‼」


 痛みとまではいかないが、強い衝撃を受けてシトリーは上空でバランスを崩す。その腹を目がけて飛んできた槍に気付いて、即座に剣で薙ぎ払った。

 砕け散った氷がキラキラと月明かりを反射させて湖へと帰っていく。粉雪を纏いながら冷たい風が吹き抜け、シトリーは風を追うように視線を上げた。

 その先に両腕を広げ、翼も大きく広げたストラスが空に浮いている。


「お遊びはここまでだ。そろそろ決着をつけよう」


 広げたストラスの両腕の先に、氷と雷の二種類の魔法が大きな塊となって渦巻いていた。

 左手には水晶のような透き通った輝き。美しいそれに触れたら、たちまち触れた部分が凍り付いてしまうだろう。

 そして、右手にはとても直視できない球雷の輝き。それは、今までの球体とは比べ物にならないくらいに大きく大きく膨らんでいく。


 おそらく次の攻撃が――ゲーム的に言えば――ストラスの必殺技というものだろう。


(そしたら、私も必殺技を出して対抗すべきだよね)


 ゲームでは確かアバターが豹に変身したはずだ。


(変身できるのか?)


 どうやるのだろうか。人間と豹では骨格が違うし、変身できる気がまったくしない。

 いや、でも、獣の姿は神が悪魔たちに与えた呪いだ。きっと骨格の違いなど問題にもならずに変身できるのだろう。とはいえ、今の自分には変身できる気がしないので、別の方法を試みることにした。


 ――魔法はイメージだ。発想力、想像力、そして、創造力。


 幼い頃、ストラスが教えてくれた言葉を思い出す。


 ――魔法を科学だと言う者もいる。もちろんそれも正しい。だが、科学の前に芸術がある。想像しろ。イメージしろ。正しくイメージするには観察力が必要だ。普段から、あらゆる物をデッサンしろ。絵を描け。よく見ろ。目を鍛えろ。観察力を鍛えるんだ。


 観察力とは、気付きの力だ。どれほど多くを、どれほど細部に気付くことができたかが観察力の有無に関わる。

 そして、魔法とは物体や現象を具現化する力だ。そのためには正しいイメージが必要だとストラスは言っていた。

 正しいイメージという基盤があって、そこから発想し、発展的に想像し、具現化のために創造する。それが魔法なのだという。


 もちろん、イメージさえできればすべてが魔法で叶うというわけではない。

 魔法には様々な制約があるのだとラウムも言っていた。その制約とは科学的な制約だとストラスは言う。

 悪魔の科学は、人間が持ち得る化学とは多少異なっているが、つまり、悪魔にとって科学的に無理なことは魔法でもできないことになる。


 だけど、おそらくシトリーがこれからやろうとしていることは、骨格を変えるような科学的に無理なことではなく、背中に翼を広げるのとそう変わらないことなので、イメージさえできればやれるはずだ。


(原理は背中の翼と同じだ。ちょっと、いや、かなり規模が大きいだけ。……うん、大丈夫。できる!) 


 翼を羽ばたかせてストラスの正面まで飛んで行くと、彼が両手に掲げたエネルギーの大きさに息を呑んだ。気が焦ってしまうが、丁寧なイメージが必要だ。

 気持ちを落ち着かせて、頭の中に豹の姿を思い浮かべる。


(豹……。豹って、虎やチーターと、どこが違うんだ? ライオンとは違うって分かるけど、豹って思っているのに、虎の顔が浮かぶ!)


 焦れば焦るほど、豹のイメージがぐちゃぐちゃになっていく。


(もうさ、虎でもよくない?)


 虎だったら、つい先ほど目にしたばかりだ。大虎ティグリスのあの恐ろしい顔が今もまだ目に焼き付いている。

 シトリーは両腕を下げて、だらりと全身の力を抜いた。


「はあああああー」


 大きく深く息を吐いて、そして、脳裏に大虎の姿を思い浮かべた。

 バリバリと火花が散る音が聞こえてきたが、心を落ち着かせて、自分の魔力を探るようにへその下の魔力の核に意識を集中させた。

 ぶわっ、と全身から魔力が噴き上がる。

 オーラのように黄金色の輝きがシトリーを包み込んで、それが炎の揺らぎのようにゆらゆらと揺れ動いた。


(イメージしろ。イメージして造れ! 形にするんだ。魔力を形に。創造しろ!)



 ―― ぐおおおおおおおおおおおおーっ。――



 大虎の低い咆哮が聞こえた気がして、シトリーは、はっと瞳を見開いた。

 シトリーの体に被さるように大虎の姿が現れ、その巨大な獣は獰猛な表情を浮かべてストラスに向かって咆哮を上げる。


「なにっ⁉」


 シトリーが魔力で創造した虎は、フォルマが退治した大虎ティグリスよりもずっと巨大な体躯だ。まるで工事現場などで見かける超大型ダンプカーのような大きさである。

 ストラスは、ぎょっとして顔色を変えた。慌てたように両手を合わせ、氷と雷の魔法を合成させる。

 そして、己の焦りを自覚すると、悔し気に舌打ちをして、その強大なエネルギーを押しやるように大虎に向かって放った。


「これでも喰らうといいっ!」


 向かってくるエネルギーに大虎は大きく口を開いて、再び咆哮を上げた。そして、自らそのエネルギーに向かって飛び掛かっていく。

 シトリーは大虎の胸のあたりに包まれ、大虎の体の中で剣を両手で持って構えた。


(――大丈夫。いける。私は負けない!)


 まるで太陽のような眩しさだ。ストラスの放った強大なエネルギーはシトリーの大虎とほとんど変わらない大きさまで膨れ上がっていた。

 その巨体な球体の中で、氷の粒が渦巻き、雷とぶつかって火花を散らし、稲妻がまるで割れた鏡のように走って、バリバリと不安を煽るような音を響かせる。

 シトリーは不安や恐れを振り払うように大声を張り上げた。


「うわああああああああああああああああ!」


 いよいよ大虎の大きく開いた口に、ストラスが放ったエネルギーが接触しようとしたその時、シトリーは構えた剣に魔力を込めて力いっぱい振り払った。


 ドオオオオオオオオオオッ!


 大虎の喉の奥から眩い光が放たれて、氷と雷を呑み込みながら夜空の彼方を貫いていった。

 ストラスは自分が放った攻撃を掻き消されたと知ると、剣を体の前で構えたが、大虎の鋭い牙の前に何ができるだろうか。がばりと大口を開けた大虎がストラスの右肩に喰らい付き、長い牙でその体を貫いた。


「ぐっ‼」


 苦悶の色がストラスの顔に浮かぶ。汗が額に玉のように吹き出て、体の右側から赤が流れ出す。

 バキバキと骨が砕ける音が響いた。

 ぶんっと大虎は頭を振って、ストラスの体を乱暴に振り回すと、かはっと口を開いて牙に突き刺さったその体を振り払うように、ぶうん、ぶうんと頭を振った。

 振り払われた体は大きく飛んで、城壁に背中から打ち付けられると、その下の石畳の上に、どぉんっと、うつ伏せに落ちて倒れた。


 シトリーは琥珀色の瞳をギラギラと輝かせて、伏したまま動かないストラスを見下す。肩をゆっくりと上下させて、呼吸を数回繰り返した。

 ゆっくりと、砂の山が波で崩れるように、大虎の姿が徐々に夜空に崩れて消えていく。

 シトリーは数回瞳を瞬かせる。そして、翼を羽ばたかせてストラスを追うと、その傍らに降り立った。


「私の勝ちだ。約束は守って貰う」

「……」


 死んでいないことは分かっている。だけど、かなりの深手を負って、これ以上戦い続けることはできないはずだ。

 ストラスが体を揺らして大きく咳込み、血を吐き出した。そして、口元を左手の甲で拭う。

 右手は動かないらしく、左手で剣を握ると、石畳に突き立てて杖代わりにしながら上体を起こした。

 右肩を覆う黒い毛皮のコートがしっとりと濡れている。ブラウンの髪にもべっとりと血がついていて、頬にまで赤い点が飛び散っていた。


 体に杭を打ち付けられたような穴があいている。そこから、どくどくと血が溢れ出て、どんどんと流れ出てきて、あっという間に石畳の上に血だまりをつくった。

 流れていく赤を見下ろして、痛そうだ、苦しそうだ、とシトリーは拳を胸元に押し付けるようにして握った。


 おい、とストラスがシトリーを呼ぶ。彼は石畳の上に片膝をついてしゃがみ込んだまま、立ち上がれそうになかった。


「何?」


 勝負がついて、もはや兄でも弟でもない自分たちは、ここでこのまま別れておしまいなのだろうか。

 ストラスからシトリー自身もシャックスも奪い取り、彼を独りにして去ったら、その先は他人だ。――それで本当に良いのだろうか。

 そんな別れを自分は本当に望んでいるのだろうか。


(もうっ!)


 なんなんだよっ、とシトリーは自分自身の心の揺れに憤る。


(ふざげんなよ! なんで今もまだ私の肖像画を飾り続けているんだよっ!)


 食堂の壁に飾られていた絵画を思い出して、シトリーは心の中で悪態をつく。腹立たしさの矛先が次第にストラスへと向けられていく。

 不意に思い出したのは、かつてストラスが聞かせてくれた話だ。


 ――お前を拾った夜はな、ひどい吹雪だった。わたしが見付けていなければ、お前はあの吹雪の中、雪に埋もれて死んでいただろう。


 そう言って、くつくつと楽しげに笑った彼の顔を今でも鮮明に思い出せる。

 誕生したとたん凍死したとしても、生き返っただろうけど、上級悪魔だって、死ぬ時は苦しい。

 生まれてすぐにその苦しみを味わわずに済んで良かったと思って、その話を聞いた時にはストラスに感謝したものだ。


 ――私を拾ってくれてありがとう、兄上。


 幼い自分の声が脳裏に響いて聞こえた気がして、ぶわっと感情が溢れる。目頭が熱くなり、涙が零れそうになった。


「シトリー、こっちに来い」


 兄が呼ぶ。

 幼い頃から耳によく馴染んでいる声が、自分を呼んでいる。


「もっとこっちだ。来い、シトリー」

「うん」


 ふらふらと引き付けられるようにシトリーはストラスに歩み寄り、彼にもっと近付けるようにと身を屈めた。


〈シトリー、駄目だ! 離れろ!〉


 制止の声が慌てたように脳裏に響く。――しかし、その時。


 ドスッ!

 シトリーは胸に鈍い衝撃を受けた。


 自分の胸元を見下ろせば、ストラスが左手を前へ突き出している。その手に握られた黒金剛石ブラックダイヤの剣が、オセの防御膜を突き破り、深々とシトリーの胸を貫いていた。


「シトリー!」


 べリスの大声が聞こえる。陛下、と叫ぶ声も。

 シトリーは、ぐっと水晶の剣を右手で握り締めると、全身から力が失われるその前に、右手を力の限り前へと突き出した。


 ズブッ。

 ストラスの肋骨を砕き、心臓を貫く。


「はぁ……っ」


 指先が震え、剣を握り続けることができなくなって、シトリーは剣を手放して両腕を下げた。

 体からどんどん血液が流れ出て、それと共に力が失われていくのが分かる。体を起こしているのもつらくなり、項垂れてストラスの左肩に額を押し付けるようにして、もたれ掛かった。

 だが、ストラスの方も、もはや限界だった。己の剣を手放すと、シトリーの背に左手を回し、そのまま背中から石畳の上に倒れ込んだ。




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