46.兄弟喧嘩は、命がけ
やっと人心地ついた。そんな暖かい気持ちになって、うっとりとしていると、カツカツと馬の蹄が近付いてくる音が聞こえて、シトリーはオセから顔を離して音の方に振り向いた。
「陛下。寒いので、こちらを」
テツラの街で別れたフォルマがオセの馬に自分の馬を並べてくる。
(フォルマもいたのか……)
ようやくオセ以外の者たちの姿が視界に入るようになって、フォルマの後ろに視線を向ければ、彼の配下の兵士が20人ほど騎乗していた。
シトリーは、こちらを、と言ってフォルマが両手に持って差し出してきた物に視線を落とした。それは大きな獣の毛皮だった。
茶色と言うよりも、赤で。赤と言うよりも暗く、まるで血のような毛並みの獣で、ゾッとするほど巨大な体躯だ。
その足の太さは象の足のようで、立ち上がった時の大きさはおそらく大人2人分くらいになりそうだ。
「まさか、それ……」
「ティグリス《大虎》の毛皮です。お約束通り、陛下に捧げます」
ごろん、と毛皮に付いたままになっている虎の頭が転がるようにしてシトリーの方に向いた。
「こわっ!!」
見開かれた緑色の丸い眼。威嚇するように額に寄せられた深い皺。大きく開いた口からは長い牙が突き出て、どす黒い舌がでろりと垂れている。
羽織ってくださいという意味で差し出して来たんだろうけど、ちゃんと加工してからにして欲しい!
「無理だよ! 臭いし! せめて頭は取ってくれないと、重くて脱げる」
ギリシア神話の英雄ヘラクレスのように頭を頭に被ればいけそうではあるが、絶対に嫌だ。まだ毛皮がうっすらと生っぽい感じがする。
「私はオセのマントの中に入れて貰うから、それは仕舞っておいて」
「そうですか?」
ちょっぴり残念そうにフォルマは毛皮を引っ込めた。
シトリーはオセに抱き着いて、黒い毛皮のマントの中に包み込んで貰うと、ぬくぬくとその温かさを味わってから改めてフォルマに向き直って言った。
「すごく大きい虎だったんだね。お疲れ様。大変だったでしょう?」
「ティグリスは獰猛ですけど、群れませんからラクなもんです。陛下が出発されて三日後には、この通りです」
にっこりしてフォルマは言うと、毛皮を配下に手渡した。その者は自分の馬の背に括り付けた荷の中に毛皮を仕舞う。
フォルマが言うには、ルプス《白狼》の方が狡猾で、群れて襲ってくるから、やっかいなのだとか。
「それで、任務を終えたので王都に戻ろうとしたのですが、オセ殿が単身で馬を走らせているところに出くわしたのです。聞けば、陛下を追うと言うじゃないですか。それも有りかと思いましてオセ殿に付いてきました」
総統閣下をひとり旅させるわけにもいきませんし、とフォルマはにこにこして付け加えた。
「オセ、ひとりで王都から出て来ちゃったの?」
「急いでいましたので」
「もうびっくりしましたよ。それで護衛を買って出たのですが、人数が多いと移動が遅くなるとおっしゃって、これだけの人数しか連れて来られませんでした。残りの兵士は先に王都に帰しました」
シトリーはオセの背に両手を回したまま、仰ぎ見るように彼の顔を見上げた。
「早く会えて嬉しいけど、どうしてそんなに急いでたの?」
「陛下からあのような手紙を頂きましたので」
「あのような?」
はて、と小首を傾げて思い出してみる。
手紙と言えば、セルジョに頼まれてオセ宛てに一回だけ書いたあれのことだろう。あれ以外書いていないので間違いない。
そして、書いたことと言えば、ドルシアに言われた通りに書いたあれである。
「え? そんなに急いで来るような内容だった?」
「目にした瞬間、居ても立っても居られなくなりました」
「あー」
そうなのか、と思ってシトリーは唸る。
ハウレスに従って『早く来てね』の類の言葉は避けたのだが、ドルシアが考えてくれた言葉は、直接的な言葉よりもオセを急かして連れて来てくれたらしい。
(すごい効果じゃん。タイミングもバッチリだし、ドルシアの言う通りに書いて良かった。――ああ、でも。ドルシアに言われたから書いてみただけっていうのは、オセには内緒にしておいた方がいいよね。口止めもしておいた方がいいかな)
あの場にいた者たちの顔を思い出しながら、シトリーは再び、ぎゅっとオセに抱き付いて彼の肩に額を押し付けた。
ゴゴゴゴゴゴ……と、重厚感のある物が動いた音が聞こえたのは、その時だ。振り向けば、鉄装飾された木製扉が大きく開かれている。
それは、ストラスが、けして開くなと言った城門の扉である。シトリーはオセの背中の衣服を、ぎゅっと握った。
「陛下を回収できたことですし、このまま帰っても良いと思いますけど?」
フォルマが軽口を叩くように言った。激しく同意したいところだが、城内には残してきた者たちがたくさんいる。
中でも一番心配なのは、シャックスだ。ストラスが一番手を出しやすい相手だからである。
そう思ったとたん、嫌な予感は的中するもので、開かれた城門の真上に人影が現れた。
さあっと凍えるような風が黒い湖の表面を滑るように吹き抜けていき、粉雪が舞い上がる。
舞い上がった粉雪は月明かりを反射させ、キラキラと輝いた。
その細やかな輝きの中で、二つの人影は重なるように空中で停止し、シトリーたちを見下ろしている。
「シャックス!」
シトリーはオセのマントから飛び出して馬の背に立ち上がると、城門の上空に浮かぶ人影に向かって大声を張り上げた。
赤みのある黄褐色に縞模様がついた大きな翼を広げたストラスが、シャックスの喉元に剣を突き付けている。
ストラスの剣は、シトリーと対を為す魔剣である。肉も骨も、豆腐を切るかの如く断つことのできる品物だ。掠めただけでも、ざっくりと肉を深く切ってしまう恐れがある。
湖の奥から吹雪いてくる風にストラスは一回、二回と、翼を羽ばたかせ、シトリーに向かって冷ややかに言葉を投げ寄越す。
「城の中に戻れ。さもないと、お前の大切なシャックスの首が体から離れるぞ」
「兄上っ!」
「ほう。わたしをまだ『兄』と呼ぶのか」
「……っ」
長年の癖というか、習慣で口にしてしまった呼び名に、自分の口が恨めしくなる。
――もう兄でも弟でもない。そう思うのに!
「シャックスを離せっ!」
「お前が城の中に戻ったらな。お前はわたしの妃になって、今後わたしの城から外に出ることはない」
「そんなの嫌に決まってんだろっ!」
「ならば、シャックスの首を落とす。復活すれば、何度でも殺す。そのために、こいつをここまで養ってやったんだからな!」
「……っ!」
――なんだよ、それ。ふざけんなっ。
シャックスのことを何だと思ってやがるんだと、シトリーは憤り、ストラスに拘束されているシャックスを見やる。
シャックスは、剣を突き付けているというのに、いつもの無表情で何ら抵抗することなく、だらりと両腕を下げていた。
それは、悲しいくらいに、ひどく諦め切った態度だった。
(絶対に助ける!)
シトリーは握った拳に力を込める。怒りで全身から魔力が溢れ出し、シトリーの周りは金色の光に包まれた。
「私が二歳の頃、あんたはシャックスを連れて来てこう言った。これはお前の玩具だ。くれてやるから好きに遊べ。――シャックスは私のものだ。返して貰う!」
「はっ! 遠い昔のことをよく覚えていたな。なるほど。こいつはお前のものか」
何がそんなに面白かったのか、ストラスは、はははっ、と笑い声を立てた。
その笑い声を聞いてシトリーは気が気ではない。ストラスの手元が狂えば、シャックスの喉元が切れてしまう。
ストラスは黒金剛石の輝きを放つ剣を握る手に、ぐっと力を込めて、焦りの色を浮かべるシトリーの顔を嘲笑うように見下した。
「ならば、力ずくで奪い返してみせたらどうだ」
「言われなくてもやってやる」
「お前がわたしに勝てたのなら、こいつには二度と手は出さない。その代わり、お前が負けたら、お前はわたしの妃だ。永遠に」
――永遠に。
シトリーもストラスも死なない。永遠の時間を過ごす。
その永遠を賭けた勝負をしようと、ストラスは言っているのだ。
〈いけない!〉
脳裏に直接響く声に、シトリーは反射的にシャックスを見上げた。
シャックスの色の薄い灰色の瞳が左右に揺れている。駄目だ、やめろ、とその瞳が無言のうちに語っていた。
(大丈夫だよ、シャックス。私が勝つから)
不意にシトリーの腰にオセの両腕が絡んで来た。ぐいっと腰を後ろに引かれ、馬の背に立っていたシトリーはバランスを崩してオセの腕の中に背中から倒れ込む。
「うわっ。オセ!? 何?」
「あなたは何を勝手に始めようとしているのですか。妃とはなんの話ですか? わたしは何も聞いていませんが?」
「大丈夫だよ」
「とてもそうは見えません。寒さで震えているではないですか。すっかり体が冷え切ってしまって……。それに剣はどうされたんですか?」
「あっ」
言われて慌てるように自分の腰元を見やり、それから両手をパッと広げた。
「剣がない。部屋に置いてきちゃった」
なんということか、手ぶらである。
「魔法攻撃で、なんとか……」
「兄君相手に魔法だけで勝負なさるんですか? かなりの余裕がおありなんですね、兄君の土俵で戦うだなんて。陛下は大変兄君想いな方です。兄弟仲がよろしくて羨ましい」
「もうっ、嫌味言わないでよ! 妃っていうのは、あいつが勝手に言っていることで、私はそんな気ぜんぜんないんだよっ」
「それは分かっておりますが……」
「だったら、私に怒らないでよ!」
「……怒っているわけではありません」
オセは、むっと眉を寄せてシトリーの体を抱き締めた。
「心配しているんです。万が一、陛下が……」
オセは言葉を最後まで言わないまま途中で口を閉じた。彼の不安げな様子に、そうだよね、とシトリーは思う。
逆の立場なら、やはり自分も心配するし、不安に駆られるはずだ。まして、手ぶらで戦おうとしているだなんて。
ホント、ごめんっ! という気持ちになって、シトリーもオセの背に両腕を回す。
(せめて剣があればなぁ……)
そう思い、シトリーが城門の奥に視線を向けた時だった。
城の中からこちらに向かって駆けて来るピンク色のフリルドレスが見えた。両腕いっぱいに衣類を抱えたドルシアだ。
「お待ちくださーいっ! タイムです! タイム! 今から陛下のお着替えタイムに入りますっ!!」
大声で叫ぶドルシアの後ろにはべリスもいて、まるで彼女を護衛するかのように大剣を握り、上空のストラスを睨み付けて駆けてくる。
二人は城門をくぐり、石橋を駆けてシトリーの前にたどり着いた。
はあはあと息を切らせて、ドルシアが抱えて来た衣服の中に潜めていた剣をシトリーに見せながら言う。
「良かった。間に合って、本当に、良かったです」
「ドルシア、すごいね」
オセの馬から飛び降りて、シトリーはドルシアを迎えた。
下手したら、ストラスに殺されていたかもしれない。彼は人を駒のように捉え、とくに身分の低い者は駒としての価値も低いとし、簡単に殺した。
そんな駒のひとつが空気をぶち壊して現れ、シトリーに衣服と剣を持って、ストラスの足元を駆け抜けて来たのだ。
よくぞ無事にシトリーのもとにたどり着けたものだ。
「持って来てくれてありがとう」
「早く服を着替えてください。その格好はまるで、襲われましたと言っているようで、見ているのがつらいです」
あはは、とシトリーは苦笑いを浮かべて、ぼろぼろのシャツを脱いでドルシアに手渡した。
(実際、ストラスに襲われたんだけどさ)
代わりのシャツを受け取ると、素早く袖を通す。
「ブーツもある?」
「もちろんです」
ドルシアはシトリーの足元に屈むと、足の左右に合わせてブーツを置いた。
「陛下、ブリーチズ《半ズボン》は魔法で乾かしますね」
「できるの?」
「はい」
シトリーが魔法を使うとなると、物を破壊したり、相手を攻撃したりするばかりだが、ドルシアは魔力の総量こそ多くはないが、シトリーにはできないような細やかな魔力の使い方ができるらしい。
ドルシアが両手をシトリーの足元に掲げると、まるでドライヤーの温風を吹きかけられているかのような温かさが足に伝わってくる。
(……これは、ちょっと時間が掛かりそうだぞ)
ドルシアを心の内で褒めたばかりだが、ずぶ濡れのブリーチズやその下のタイツは、そんな温風ではなかなか渇きそうにない。
ウエストコートを着ながら、そんなことを思っていると、オセが馬から降りて来た。
「わたしがやろう。君は陛下の着替えの手伝いを」
「あっ、は、はい、閣下。お願いします」
ドルシアがオセに場所を譲ると、オセは、さあっと片手をシトリーの太腿から足先に向かって、触れそうで触れない距離を保ってなぞるように移動させた。
一瞬で温かさに包まれて、ブリーチズもタイツも、その下に穿いているスパッツも、ついでに下穿きもすべて乾いてしまう。
「えー、できるんだったら、もっと早くやってよ」
「できるということを忘れていました」
「ひどっ」
「あなたが昔、湖に落ちた時以来なので」
「湖に落ちた記憶がない」
「6歳くらいの頃でしょうか。あなたを助けようとして、べリス公もシャックス侯も湖に落ちて、三人そろって、ずぶ濡れでしたね」
「覚えてないってば」
「陛下、毛皮のコートも着てください!」
ドルシアはせっせとシトリーにウエストコート、フロックコートを着させると、白い毛皮のコートを差し出してきた。
彼女は、シトリーとオセが会話をしていようと構わず、自分の仕事を完遂させるために、自分の言葉をねじ込んで来るタイプだ。
(いい! ドルシアはそれでいい! 逞しくていいっ!)
彼女がお淑やかな令嬢だったら、侍女として王都に呼び寄せてはいない。
面白く思って、ははっ、とシトリーは笑い声を立てた。
それからは両足をブーツに突っ込んで、ドルシアに広げて貰って毛皮のコートの袖に腕を通す。
最後にドルシアから自分の剣を受け取って、べリスに振り向いた。
「じいは?」
「まだ城内だ。城内でお前の兵とお前の兄ちゃんの兵が睨み合っている。一触即発の雰囲気っていうやつだ。じいがそれをどうにか抑えている。――おい、本当に兄ちゃんとやり合うつもりかよ?」
「うん」
「俺、嫌だからな。お前と遊べなくなるの」
「私も嫌だから絶対に勝つ」
「なら、これが必要だな。じいから預かってきた」
べリスが拳を突き出して来たので、その拳の下に手のひらを上に向けて差し出すと、ころんと飴玉がシトリーの手の中に落とされた。
シトリーはすぐに飴玉の包みを開く。オレンジ色の飴玉が出て来ると、シトリーは口で迎えにいくように手のひらに顔を近付けて、ぱくんっと飴玉を口の中に入れた。
口の中に広がった味は、見た目の色を裏切らずにオレンジの味だ。
舌の上でころころと転がして、口の中が余すことなくオレンジの味になると、奥歯でガリガリと噛んだ。
全部は噛み砕けず、大小様々にいくつかに欠けて、小さな欠片から口の中で解けていく。
「なあ、俺が代わりに戦おうか?」
ベリスの言葉に驚いてシトリーは柘榴石の瞳に振り向いた。
確かに彼はこういう場面ではよく自分の盾となって代わりに戦ってくれる。そうやって、いつもいつも助けてくれた。
だが、シトリーは頭を左右に振った。
「私が自分で立ち向かわないと、ストラスも私自身も納得できなくなってしまう」
そう言ってベリスを下がらせると、シトリーは左手で鞘を持ち直し、右手で柄を握った。
シャァ―ッと金属を擦ったような音を響かせて、黄金の鞘から水晶の剣身を抜き取る。鞘をドルシアに預けると、意識を自分の背中に集中させた。
先ほどの翼はオセに抱き着いた時に役目を終えて消えてしまっている。
もう一度、背中に鷲のような大きな翼を広げると、その動きを確かめるように一度だけ羽ばたかせた。
魔力で姿を現す翼は、肩甲骨あたりの骨が伸びて翼の骨に変化しているような感覚する。――とはいえ、服に穴があくようなことはなく、服の上から生えているように見えた。
そして、腕を上げるような感覚で、翼を上下に動かすことができた。
シトリーは石橋の石畳を強く蹴って翼を羽ばたかせる。ふわりと浮き上がった体の周りで粉雪が舞った。
月明かりの中、翼を広げた二人が同じ高さで浮かび上がると、ストラスは黒金剛石の剣を下げて、拘束していたシャックスの体を――その背を突き飛ばすようにして解放する。
真っ逆さまに落ちるかと思ったシャックスの体が、湖の水面に叩き付けられる前に、ふっと浮いた。その背には翼が生えている。
大部分は白いが、黒い風切羽を持ったコウノトリの翼だ。
数回羽ばたき、湖の上を滑るように移動してシャックスは石橋の上に着地した。
声までは聞こえないが、べリスがシャックスに声を掛けているのが見える。シャックスがべリスの言葉に頷いて、首を伸ばしてみせて、無傷であることをべリスに告げていた。
シトリーは、ホッとして息を深く吐くと、剣を握り直す。それらの様子を見て、ストラスが鼻で嗤った。
「本気でわたしに逆らうつもりのようだな。いいだろう。相手になってやる」
「殺す気でいく」
「面白い。――来い!」
剣を振り上げて空を蹴る。
地面を蹴るのとはわけが違うので、足よりも翼を意識して動く。風向きは、味方にも敵にもなるから、よく見定めながら飛ばなければならなかった。
剣を振り下ろす時は、風下は不利だ。風の勢いを利用して剣を振り払えば、本来の力よりも強く剣を振れる。
翼をすぼめて回転して、剣を振り抜いた。
「うわああああああー!」
声を張り上げて繰り出した最初の一撃は、ストラスに易々と避けられる。だけど、そんなの予測の範囲だ。すぐに次の一撃を繰り出した。
ストラスは体を回転させてシトリーの攻撃を避け、次の回転でシトリーに向かって剣を振り下ろした。
シトリーも体を捻ってストラスの剣を避け、右の翼を羽ばたかせ、旋回し、回転で勢いをつけてストラスの腹に向かって剣を薙ぎ払う。
回転して、回転して、その勢いを活かして攻撃を繰り出す戦い方は、二人ともまるで同じだった。
それはそうだ。シトリーに剣を与え、剣の握り方から剣術の基礎の基礎を教えたのは、ストラスだからだ。
ラウムとはまた違ったやりにくさがある。
自分がこう動けば、ストラスはこう動き、自分が前に出れば、ストラスは一歩下がって、次の回転で前に出る。そんな決められた型があるかのようで、それはまるで二人で舞う剣舞だ。
(攻撃が当たらない。全部避けられている)
ストラスが次にどう動くのか予測できるため、ストラスの攻撃もすべてかわすことができたが、自分の動きもすべて読まれている。
ならば、普段とは違った動きをしてみようと意識して動いてみるが、リズムやバランスが崩れてしまって、いざ前に踏み込んでみようとしても重心移動がうまくいかず、踏み込みが浅くなってしまう。
「くっ!!」
回転と剣の振りのタイミングを間違えて、うまく力が込められないまま剣を振ってしまった。
シトリーの甘い攻撃をストラスは見逃さなかった。剣身に剣身を激しくぶつけてシトリーの剣を弾くと、すぐさま剣身を翻して切り掛かってきた。