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44.背信と裏切りの鵠の鳥

 

 ゆっくりと入浴した後、かつて自室として使っていた部屋で寛いでいると、ベルトランドがやって来た。


「若君、晩餐会の仕度が整っております。いらしてください」

「分かった。――ドルシア、上に羽織るやつ取って」

「晩餐なので、フロックコートではなく、テイルコートを着てくださいね。あと、トラウザーズ《ズボン》に穿き替えてください」

「えー、なんでこのままじゃダメなの? めんどくさいなぁ」

「ウエストコート《ベスト》は、そのままでいいです。本当は蝶ネクタイをつけるべきなんですが、クラバット《スカーフ状の布ネクタイ》の方が可愛いので、そのままでいいです」


 可愛いと言ったか。

 それを言ってしまったら、もはや礼儀とかマナーとかではなく、完全にドルシアの好みだ。

 拒絶するのも面倒なので、ドルシアの言う通りに着替えると、彼女に髪を櫛で梳いて貰ってから部屋を出た。


 廊下で待っていたベルトランドの案内で食堂に向かう。

 ベルトランドは常に数人の女中を引きつれている。この時もシトリーの後ろに従うように四人の女中がついて来ていて、ちょっぴり連行されているような気分だ。


 食堂に着くと、すでにストラスもハウレスたちも席に座って待っていた。

 草花模様の寄木張りの床に、高い天井から吊るされた黄金に輝くシャンデリア。

 金の装飾が施された白亜の壁には、黄金の額縁に入れられた絵画が何枚も飾られている。その半数はシトリーの肖像画で、入口から順にシトリーの成長が分かるように飾られていた。


(うわっ、今もまだ私の絵を飾っているのか)


 ストラスの肖像画もあり、二人一緒に描かれている絵もある。残りは、ストラスの領地内のどこかの風景画だ。

 食堂の中央に長方形のテーブルがある。白いテーブルクロスが敷かれ、黄金細工の美しい燭台が置かれていた。

 ストラスがテーブルの上座につき、そこから一番近い席にハウレスが座っている。シトリーはベルトランドに、ハウレスの正面の席に案内された。


 ハウレスの隣にべリスが、シトリーの隣にはシャックスが座っている。

 シトリーがやって来るまでの間、ハウレスは場を和ませようと、親しげにストラスに話しかけていたようだ。ストラスの方も、大公という爵位を持つハウレスを邪険に扱ったりはしない。

 顔の表面に笑みを浮かべて、ハウレスに問われれば答え、疑問を抱けば問いかけて、その腹の内はともかく、君主として非の打ちどころのない対応をしていたようだった。


 シトリーはベルトランドが後ろに引いてくれた椅子に腰を下ろして、正面のべリスに視線を向けた。

 べリスはシトリーと目が合うと、ちらちらとシャックスの方に視線を向ける。何かと思い、シトリーもシャックスに視線を向ければ、シャックスは俯いて堅く口を閉ざしていた。

 その顔は能面のようで、まったく感情が読めない。嵐が去るのをじっと耐えている、そんな態度だ。


(シャックス?)


 視線を正面に戻してシトリーは声には出さずに、心の中でシャックスに呼び掛けた。


(シャックス、大丈夫?)

〈……問題ない〉

(もしかして、兄上に何か言われたの?)

〈……〉


 返事がなくなったということは、図星なのだろう。

 ベルトランドの合図で女中たちが前菜を運んでくる。それぞれの前に大きな円い皿が置かれる。

 大皿の上には小皿が6枚乗っていて、6枚の小皿には6種類の前菜が少しずつ盛り付けられていた。

 スモークサーモン、塩漬けされたニシン、ポテトサラダ、キャビア、ピクルス、 豚の脂身の塩漬け――もちろん、それら料理には魔界産の食材が使われている。

 前菜料理に目を奪われている間に、ベルトランドがシトリーのグラスに飲み物を注いだ。


 ワインのように見えるが、彼はシトリーの好みを把握しているので、おそらくブドウジュースだ。

 ストラスとハウレスのグラスにはウォッカが注がれている。べリスはワインだろうか。シャックスはきっとシトリーと同じでブドウジュースだ。


「それでは頂こうか」


 ストラスが自分のグラスを軽く掲げたので、シトリーたちも彼に倣ってグラスを掲げた。

 食事が始まる。ストラスは終始穏やかにハウレスと会話を続けていて、それを眺めていると、ハウレスについて来て貰えて本当に良かったと思う。


 シトリーとべリスでは、こうはいかない。あからさまにべリスをバカにしたり、嫌味を言ったりはしないが、ストラスはべリスのことをシトリー同様に扱っている節がある。

 つまり、下に見ているというか、子ども扱いしているというか。とにかく対等な扱いをしない。

 そして、シャックスはと言うと、彼は最初から最後まで空気に徹するつもりらしいので論外である。


「なるほど。先日の天使軍を率いていたのは、ラファエルだったのか」

「街をひとつ消されてしまい、大変な損害ですよ」

「支援が必要という話だろうか?」

「いえいえ、そんなつもりは……。ですが、この先十年ほど半値で電気を売って頂ければ非常に助かります」

「ほう、電気ときたか」


 にやりとストラスが唇の端に笑みを浮かべてハウレスを見やった。

 悪そうな顔だなぁと思って、その顔を見つめていると、シトリーの脳裏で記憶がひとつ蘇る。


 ストラスの領地の北部には、ほとんど農地がない。一年のほとんどが雪に埋もれるからだ。

 北部の民が街に籠り、何を商っているのかと言うと、ストラスが時間をかけて育てた職人たちが造った工芸品だ。

 そして、同じくらいに大切にストラスが保護している芸術家たちの芸術品の取引も盛んである。


 しかし、ストラスの領地内だけに留まらず、対外的にも大きく取引をされているものが電気だ。

 ストラスの領地、とくに北部には雷系の魔法を得意とする者が多く生まれる。彼らの魔力で発電し、蓄電した物――所謂、蓄電池を輸出して、南部では賄い切れない分の農作物を輸入していた。


(べリスとゲームをしながら、魔界の電気事情が謎だと思っていたけど、雷系の魔法でどうにかしていたのか)


 雷系の魔法を使える者たちが集まる発電所的な職場があるのかもしれない。そうと分かると、エアコンでもつけてるのかと思うような城内の暖かさにも納得だ。


 前菜が終わり、スープが運ばれてきた。

 牛肉をベースに野菜をたっぷり入れて煮込んだ赤いスープだ。このスープの赤は、ビーツの色である。


 スープを飲んでいる間に、ストラスとハウレスの会話は、シトリーがルヒエルを打ち取った話に移っていた。

 ほとんど魔力がない状態で、僅かな人数で敵陣に突っ込んだのだと聞いて、ストラスは形の良い眉を大きく歪めて、シトリーに黄水晶の瞳をじろりと向けてきた。


「お前、怪我をしなかっただろうな?」

「してません」


 ラファエルには切られたが、ルヒエルを倒した時点では無傷だったので、そう答えた。

 怪我したなんて言ったら、面倒なことになりそうな予感がしたからだ。


 パン生地に肉と野菜を入れて油で揚げた料理が出てくる。サクサクした表面を齧ると、じわりと肉汁が溢れて来て美味しい。出されたとたんに、ぺろりと平らげて、シトリーは油のついた指先をテーブルクロスに擦り付けて拭いた。


 続いて、壺状の陶器の器が出される。器の口はパン生地で塞がれた状態で焼かれており、蓋を取るかのようにパンを取ると、ゆらりと湯気が上がって、器の中にキノコのクリーム煮が現れた。

 パンを少しずつ千切りながら、ふうふう言いながら鶏肉やキノコと一緒に食べると、本当に美味しい。


「それで? 『囁きの森』に攫われたと聞いたが?」

「ぶっ。よくご存知で」


 まさかストラスが知っているとは思わず、シトリーはびっくりして吹き出した。口の中に入っていた物はギリギリ出さずに済んで、セーフである。


「あの者は、前から生意気だと思っていた。一度殺しておこうか」

「いや、やめてください。話せば、面白い人ですよ」


 シトリーがカイムを庇ったので、斜め前のべリスが剣呑な表情を浮かべた。ハウレスも顔を顰めている。


(カイム。お前、命を狙われ過ぎだろう!)


 いよいよ次がメインディッシュである。そろそろシトリーを呼んだわけを話してくれても良い頃合いなのに、ストラスはまるで違う話題ばかりを話し、なかなか切り出してこない。

 こちらから切り出すべきか。だけど、つい数時間前に用件は何かと問いかけて、しくじっている。もう少し慎重になるべきか。


 白身魚のパイ包み焼きが、金で縁取られて草花の模様が繊細に描かれた陶器の皿に盛りつけられて出てきた。

 結局、デザートの蜂蜜ケーキが登場しても、ストラスは用件を話そうとしなかった。


 蜂蜜ケーキとは、蜂蜜をクッキー生地に練り込んで、生地を薄く伸ばして焼き、それをカスタードクリームを挟みながら10枚ほど重ねて作ったケーキである。

 口に入れると、さくさくとした食感に、蜂蜜の香りが口いっぱいに広がって鼻から抜けた。


(うまっ)


 すでにお腹がいっぱいだったが、これは別腹である。ベルトランドが入れてくれた紅茶を飲みながら、ぺろりと平らげた。

 ――で、気が付いたら晩餐会が終了していた。


(あれ?)


 部屋に戻ると、シトリーは両腕を組んで首を傾げた。

 和やかなまま晩餐会が終わったのは良いことだ。だが、呼び付けられた用件を言って貰えないと、帰るに帰れない。

 ずるずると滞在日数が増えていく予感がした。


「陛下、どうかなさいましたか?」


 シトリーの着替えを手伝いながらドルシアが尋ねてくる。脱いだテイルコートを彼女に手渡しながら、シトリーは首を横に振った。


「大丈夫。それより、ドルシアもちゃんと食べた?」

「はい、温かいスープを頂きました。お肉がほろほろで、とても美味しかったです。陛下のお世話が終わりましたら、お風呂も頂けることになっています」

「それじゃあ、早いとこ私は休むとするよ」

「助かります」


 ふふっとドルシアは嬉しそうな声を零して微笑んだ。

 ウエストコートもシャツも脱いで、ドルシアから受け取った寝衣に袖を通した。


「あら、陛下。サラシを巻かれたまま眠るんですか?」

「うん。ここにいる間は取らないようにする」


 たぶんストラスはシトリーの胸が膨らんでいることを忌む。シトリーは彼の弟でなければならないからだ。

 ドルシアは呆れたような、諦めたような表情を浮かべて言った。


「それだから陛下の胸はちっとも育たないんですよ。私としてはそのうちドレスも着せたいと思っているんです。ある程度、胸がないと格好がつかないじゃないですか」

「その時は詰めればいいんだよ」

「そうかもしれないですけど」

「さあさあ、着替え終わったよ。お風呂に入っておいでよ。そんで、そのまま休んでいいよ」


 不服そうなドルシアの背中を押して部屋から追い出すように下がらせる。


「分かりました。陛下、ゆっくりとお休みください」


 扉を出る前にドルシアはそう言うと、廊下の外から扉を静かに閉めて去って行った。

 ひとりになると、シトリーは本棚から一冊選んで、天蓋付きベッドに上がる。

 懐かしく思って手に取った本は、幼い頃に繰り返し読んだ童話集だ。ベッドに腹ばいになって頬杖をつきながら本の表紙を開いた。


 この部屋の本棚はストラスが揃えてくれた本がほとんどだ。勉強しろ、勉強しろ、という圧が感じられる本棚になっている。

 つまり、漫画であれば、学習漫画しかないし、物語であれば、イソップ物語みたいな教訓じみた話ばかりだ。

 そんな環境下であってもシトリーが本好きに育ったのは奇跡といえよう。


(たぶんさ。この部屋の本棚のおかげで、いつか自分の好きな本だけを本棚に並べたいっていう想いが強く育ったんだよ)


 うんうん、そうに違いない、とひとり何度も頷いて、シトリーは本のページをめくった。

 不意にコツコツと壁を叩く音が聞こえる。気のせいかと思ったが、昔、同じように壁を叩く音を聞いたことを思い出して、ベッドから飛び降りた。


 ベッドの横に、玩具や小物を収納しているチェストがある。さほど大きくない物なので、子供でも押して動かせる重さだ。

 幼い頃にそうしていたようにチェストを押して位置をずらすと、ストラスには秘密に開けた穴が壁にあいていた。


(今もまんま残ってるし! よくバレずに済んでるよ)


 シトリーの隣の部屋は、シャックスの部屋だった。

 幼い頃、眠れない夜にはこの穴を通ってお互いの部屋を行き来したものだ。懐かしさを感じていると、穴からシャックスの頭が出てくる。

 かつては余裕で通っていた穴を、狭そうに体を縮めて通り、シャックスがシトリーの部屋に入って来た。


「どうしたの?」

〈しっ〉


 頭に直接声が響き、シトリーはすぐに口を閉ざして、心の声で響かせた。


(何?)

〈聞かれているかもしれない〉

(誰に? 兄上? まさか)


 あり得ないと苦笑すると、シャックスは真顔で見つめてくる。


〈あり得ない? 本当に? 今のシトリーにはオセの印がついているけど、昔はストラス様の印がついていた〉

(えー。覚えてない)

〈シトリーはよく迷子になったから〉

(ぜんぜん覚えてない)


 ぶんぶんと頭を横に振ると、ようやくシャックスの表情が弛んだ。

 だか、それも一瞬。すぐに険しい表情を浮かべてシトリーの手首を掴んだ。


〈シトリー、すぐに逃げよう。ここにいてはいけない〉

(え? どうして?)

〈早く着替えて。外は寒いから〉


 言うや否や、シャックスはシトリーの衣装箱に歩みより蓋を開ける。中から適当に服を掴んで抱え、駆け戻ってきた。

 持ってきた衣服をいったんすべてベッドの上に放ると、早く早くとシトリーを急かしながらベッドの上から拾い上げたシャツを差し出してくる。

 シトリーは寝衣を脱ぐと、そのシャツを受け取って袖を通した。


〈もう一枚、シャツを着て〉

(え? なんで?)

〈寒いから。しっかりボタンをとめて〉

(寒いから?)


 何か変だと思いながらも言われるままにシャツを重ねて着て、ボタンを全部とめた。

 さらにウエストコートも二枚重ねて、フロックコートを羽織る。スパッツを穿いた上にタイツを穿いて、ブリーチズ《半ズボン》を穿いた。


〈ブーツと毛皮のコートも〉

(こんなに着こまなくても良くない? 暑い通り越して苦しいし、重い)

〈着たら早く行こう〉


 急いでと、シャックスは先程自分が入ってきた穴にシトリーを押し込もうとする。

 シトリーの部屋の前は見張られているかもしれないから、自分の部屋の扉から出ようと言うのだ。

 隣の部屋なのだから、もし本当に見張りがいるとしても、見付かってしまうのではと思ったが、シャックスの言葉に従うことにした。

 シトリーは床に手を着いて体を縮めると、穴の中に頭から入った。すぐに隣の部屋に通り抜け、シャックスが穴から出て来るのを待つ。


(でもさ、他のみんなは? 置いて逃げるの?)

〈ここにいたら駄目なのは、シトリーだけだ〉


 壁の穴から出て来ると、早く、と再びシャックスはシトリーの手首を掴んで強く引っ張った。

 引きずられるようにして二人で部屋から廊下に出ると、辺りは薄暗く、静まり返っている。

 部屋の前に見張りなんて本当にいるのだろうかと、そちらに視線を向ければ、確かに何者かが扉を背にして立っている。


(だけど、あれって、セルジョのように見えるけど?)


 薄暗くて、はっきりと顔は見えないが、背の高さやシルエットを見る限り、セルジョであり、彼がシトリーの部屋の前で護衛してくれているのだろうと思った。

 セルジョから隠れる必要なんてないのに、シャックスはどこかこそこそするように、セルジョに気が付かれる前に廊下の角を急いで曲がった。


 何か変だ。

 本当に逃げなければならないのだろうか。


 疑問を抱くシトリーに対して、シャックスは迷う様子もなく、ずんずんと廊下を歩き進んでいく。

 それが余計に違和感で、何やら胸騒ぎがした。


(せめてドルシアに声を掛けて行きたい)


 彼女が休んでいる部屋はそう遠くないはずだ。朝になってからシトリーがいないと気付けば、きっと驚くだろうし、ひどく心配をかけてしまうだろう。


(逃げたと分かったら、兄上が面倒なことにならない? 怒り狂うと思うよ)

〈……〉

(シャックス?)


 答えなくなったシャックスを怪訝に思いながら、その横顔を見ながら引っ張られるままに付いて行く。

 だが、不意に違和感を覚えて足の動きを鈍らせた。


(どこに向かっているの?)


 シャックスが手首を握る力を強める。そこから引きずられるように数メートル進んで、シャックスが足を止めた。


「シトリー」


 しゃがれた声が廊下にそっと響く。シトリーはシャックスの顔を見上げて、琥珀色の瞳を瞬かせた。


「何? どうしたの?」

「すまない」


 シャックスが足を止めたのは、ある部屋の扉の前だった。彼はシトリーの手首を片手で掴みながら、もう一方の手でその扉を押し開く。

 そして、シトリーの体を部屋の中に突き飛ばすと、バタンっと音を立てて、その部屋の扉を閉めた。


「えっ、ええっ! シャックス!?」


 薄暗い部屋に閉じ込められて、シトリーは慌ててドアノブに掴みかかった。だが、ガタガタと扉が大きく揺れるばかりで、開かない!


「シャックス、どういうこと? ねぇっ! シャックス!」


 ドンドンッと扉を拳で叩いてシャックスの名前を呼ぶが、廊下からは返事がない。


 ――閉じ込められた。

 でも、どうして?


 ストラスの城から逃げようと言っていたはずなのに、どうして部屋に閉じ込めたりするのだろうか。

 それに、この部屋は――。


 布が擦れるような音が聞こえて、シトリーは、はっと後ろを振り向いた。

 部屋の奥に誰かいる。嫌な予感を覚えて、もう一度、ドアノブにしがみ付いた。


(――開かない!)


 部屋には、壁際に置かれたチェストの上にある燭台の炎しか灯りがなかった。

 電気が豊富にある国なのに、燭台の炎だけって、どういうことだよ、と思いながら他の灯りを探して部屋を見渡すと、部屋の入口から正面に大きな窓があり、月明かりが差し込んできていた。


「だれ?」


 月明かりを頼りに部屋の奥へと進むと、気配は窓の左手にある天蓋付きベッドからだと気付いて慌てて踵を返した。


 だが、遅い!

 それにもっと早く思い出しておくべきだったのだ。この部屋は、ストラスの寝室だ!


 シトリーは肩をきつく掴まれて、そのまま体を引きずられると、ベッドの上に突き飛ばされた。

 すぐさま起き上がろうとしたが、ストラスもベッドに上がって来て、シトリーの体を押さえつけるように覆いかぶさってきた。


「――っ!!」


 毛皮のコート、フロックコートの前を大きく開かれると、ウエストコートもボタンを弾き飛ばすように開かれる。

 しかし、そこでストラスは怯んだように一瞬だけ手を止めた。シトリーがもう一枚ウエストコートを着ていたからだ。

 それもボタンを飛ばしながら前を開くと、縦にずらりと並ぶようにボタンがついたシャツが姿を現す。ストラスは苛立ちながらボタンを引き千切ってシャツの前を開いた。


「兄上っ!」


 シトリーは足をばたつかせ、両腕を振り回して、可能な限りの抵抗をしながら大声を上げた。




【メモ】


ベルトランド…『わたし』ストラスのことを『陛下』と呼び、シトリーのことは『若君』と呼ぶ。

 ストラスの家令。ブルーノに家令のなんたるかを叩き込んだ人物。燕尾服を着た白髪の男。


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