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40.彼女だけを選び続けることはできない

※残酷描写あり。GL要素あり。

 

「殺しちゃったかと思ったーっ!」

「俺がそんなヘマするわけがねぇだろ」


 剣を鞘にしまってシトリーが駆け寄ると、女は床に伏せて気を失っていた。

 シャックスも辺りの氷を溶かしながら、ゆっくりとした足取りでやってくる。氷漬けから溶けた数万の小さな蜘蛛がまるで濡れた埃のように見えた。


「ザコのくせに敵うと思ったのか向かって来やがって。こいつ、俺らが誰だが分かってねぇな。――おい、シャックス。なんか縛る物を出せ」

「女が手から出した糸があるじゃん。あれ、使えないの?」

「あれはダメだ。べたべたしてて俺らには触れねぇから……って、シトリー、触るなよ!」

「大丈夫。まだ触ってない」

「触ろうとしたな? 焼くしかなくなるぞ」


 そう言ってべリスは自分の大剣に炎を放つと、先ほどの戦闘で大剣に絡みついた蜘蛛の糸を焼き払った。

 シャックスが手の平を上向きから下向きに翻して、どこからかロープを取り出す。まるでマジシャンみたいだ。

 そのロープを受け取ると、べリスは手早く女の体を縛り上げた。


「それで、どうするんだ?」


 軽く手を叩き払ってべリスはシトリーに振り返る。

 最悪な結末だったが、少女たちを見付けることができ、犯人の女も捕まえることができた。これで、この事件は終焉へと向かうことだろう。


「女をリヌスに引き渡して、少女たちは家に帰す」


 シトリーは広間を見渡して、沈黙して佇む14人の少女たちに視線を向ける。

 ひとり、ひとり、その近くまで歩み寄って顔を覗き込み、綺麗だね、と声を掛けて回り、目頭が熱くなった。


 彼女たちが望んだことは、永遠に美しくあり続けることで、こんな風に剥製にされることではけしてない。

 ただ、ただ、ずっと綺麗でいたかっただけなのに。

 その想いを利用されて、こんな姿にされてしまうなんて。

 こんな風に死ぬくらいなら、普通に生きて、普通に老いて、普通の死を迎えることを願ったことだろう。


「――私のせいだ」

「違う」

「でも、その女の主は……きっと……」


 ――いや、絶対に。

 蜘蛛族の女が『我が主』と呼ぶ者とは、おそらくシトリーがよく知る人物だ。


 女はその者を『伯爵』と呼んでいた。ならば、確実だろう。この北の大地は、彼女の領地なのだから。


「ラウムがこんなことをさせていたなんて……」


 集められた少女は、金髪か、あるいは、金の瞳を持つ。この特徴から連想させられる者は、シトリー以外にいない。


「なんでこんなことを……。なんでっ。ラウム! どうしてだよっ!」


 返事などまったく期待していない問いかけを腹の底から声を出して、今にも裂けそうなくらいに苦しい胸を両手で押さえつけながら、力の限りに叫んだ。


「ラウム! 本当にお前が命じてやらせたことなのかよっ! 嘘だろっ。嘘だって言えよっ! あの女が勝手にやったことで、お前が命じたことじゃないって!」


 今、思い出せる彼女の姿は、にこにこと笑顔を浮かべて楽しそうな姿だ。

 一緒に笑い合って、一緒に食べて、一緒にお風呂に入って。この先もずっと一緒にいてくれるものだと思っていた。

 だから、急にいなくなってしまった時も、どうして、と思ったし、とても信じられなかった。彼女に自分が害されていただなんて!


「シトリー、もういい。やめろ」


 べリスがシトリーの肩を掴んで言った。


「あのクソ女のことで泣くな。いいか、俺は何度も言ってきたけどな、あのクソ女はイカれてる。もう忘れろ」

「――まあ! なんてひどい言いぐさでしょう! わたくし、悲しくなってしまいますわ」


 甲高い声が響く。

 シトリーは、びくりと肩を跳ねさせて、声の主を探して視線を左右に動かした。

 べリスもシトリーの肩を抱いて自分の方に引き寄せながら辺りを窺う。


「どこだ!」


 シャックスもシトリーの隣にやってきて、警戒するように鋭い視線を巡らせた。

 すると、広間の扉のひとつがゆっくりと開いて、腰まである長い黒髪を二つ分けて結んだ少女が姿を現す。


「ラウム……」

「陛下、お久しぶりです」


 ラウムは扉を背にして立ち、満面の笑みを浮かべている。

 その笑みが妙に恐ろしく思えて、相手はラウムなのに――目の前にいるのは会いたいと強く願って、はるばる会いに来た相手であるのに、足がすくんでしまった。


「陛下、すでにいろいろと思い出されたようですね」

「ラウムに会えたら、いろいろ聞きたくて……」

「そうなんですかぁ? 会えましたね。どうぞ何でも聞いてください」


 ラウムはずっとにこにことしている。

 何でもと言われてシトリーは言葉を詰まらせた。本当にここまでいろんな想いを抱えてやって来たのだ。

 ラウムに会えたらまず何から聞いてやろうか。頭ごなしに責めるのではなく、彼女の言葉を、彼女の想いを聞きたいから、そのための声掛けはいったいどうあるべきか。

 ずっと考えていたはずなのに、いざとなると、頭の中が真っ白だ。


「ラウム、あの……どうして……」


 背中に庇おうとしてくるベリスの腕を掴んで、必要ないと首を横に振る。

 ラウムと二人。お互いの正面に立って、向かい合った。


「あのさ、ラウム。いったい何がしたかったの?」

「まあ! 何かと思えば、そんなことが聞きたかったんですか? こんな遠くまで、わざわざいらっしゃってお尋ねになることがそれだなんて、正直、がっかりですぅ」

「がっかり、って……」

「わたくし、期待していたのです。陛下がわたくしに会いに来てくださって、泣きながらわたくしの名前を呼んでいらっしゃるから、あら、これはもしかして、と。――でも、陛下はちっとも分かっていらっしゃらない。姿を現すべきではありませんでしたね」


 シトリーは手の甲で目元を乱暴に拭って、ラウムを見据えた。


「分かってない、って?」

「それもわたくしに言わせるのですか? ――ああ、陛下。ああ、我が君。わたくしにどうしろとおっしゃるのですか? その瞳をえぐれば良いのですか? その咽を切り裂けば良いのですか? 他の誰よりも、わたくしの方が深く深く陛下を愛していますのに!」


 ラウムが一歩前に踏み出してきて、シトリーの左右に並んだベリスとシャックスの顔に緊張が走る。

 ベリスは大剣を抜き、ラウムに向かって構えた。


「何度でも陛下を殺せます。陛下がわたくしだけを見つめて、わたくしだけに話し掛けてくれるまで何度でも。ですから、もう一度やり直しましょう。次こそは陛下に愛されるように、わたくし、がんばりますから」


 また一歩、ラウムはシトリーとの距離を縮めた。

 シトリーは息を呑み、ラウムに返すべき言葉を探す。だが、なんと返せばいいのだろう!

 ラウムの表情は、今まで見たことのないくらいに悲しげで、苦しげで、そして、狂気に満ちている。

 不意に、ラウムと会ったら聞きたいと思っていた問いのひとつを思い出して、静かに言葉をそっと置くように問いかけた。


「私を殺した?」

「ええ、殺しました」


 ラウムは悪びれる様子もなく、すぐに認める。それがあまりにもあっさりと答えたものだから、シトリーの方が気後れしてしまう。


「どうやって?」

「陛下の飲み物に毒を混ぜました。陛下は、わたくしが差し上げた物をまったく疑いもせず口にされました。わたくしのことを信じてくださって嬉しかったです。――でも、毒って、なかなか死ねないのですね。即効性があると思い、魔界で生育されたトリカブトを使ってみたのです。手足が痺れ始めるまでは早かったんですが、その後、何度か嘔吐して、呼吸が苦しそうになって……。白目を剥いて痙攣しているのに、苦しむばかりでぜんぜん死なないのです。とても見ていられませんでした」


 淡々と話すラウムの言葉に被さるように、ギリギリとベリスが奥歯を噛み締める音が聞こえた。


「――なので、結局は刺し殺しちゃいました。何度も何度も。陛下の息の根が止まるで、ナイフで胸を刺しました。本当は体を傷付ける予定ではなかったのです。復活に時間がかかってしまいますからね。他の方々に気が付かれる前に陛下を復活させなければならないと思いつつも、陛下の体にナイフを突き付けることをやめられませんでした」


 ふふふっ、とラウムは楽しげに、でもどこか自嘲気味に嗤った。


「それで? 私を殺した後、私の魔力の核を奪ったの?」

「はい、魔力の核も記憶も奪いました。それから、陛下の亡骸をたかどのに運びました。陛下の復活場所です。運んでいる姿を誰かに見られないかと、ドキドキしました。――でも、わたくし、その時が一番幸せだったんです。なぜだか分かりますか? 陛下の亡骸を抱えて馬車で移動している時、陛下は確かにわたくしだけの陛下だったのです」


 恍惚とした表情を浮かべてラウムがまた一歩、シトリーに歩み寄った。

 咄嗟に一歩後ろに下がろうとして、思い直し、踏み止まる。


「魔力も記憶もない陛下。無垢で、真っ白な陛下。わたくしの腕の中で死んでいる陛下は、わたくし次第でどうすることもできる、わたくしだけの陛下でした」

「私に偽りの記憶を植え付けたのはどうして?」

「それは、陛下の兄君のアイディアですよ」

「えっ、どういうこと?」

 

 ストラスとラウムは、裏で繋がっていたということだろうか。

 意外な名前が唐突に飛び出してきて面食らう。ベリスも隣で驚いた表情を浮かべていた。


「兄君は大公殿下との繋がりが欲しくて、わたくしに仲介を頼まれたのです。わたくし、その代価として弟君をくださいとお願いしました。そうしましたら、兄君は一筋縄ではいかないだろうとおっしゃって、策を授けてくださいました」


 ラウムの言う『大公』とは、ハウレスのことではなく、彼女が敬愛する女大公のことだ。

 おそらく、ストラスは己の野心のために女大公に近付きたかったのだろう。


「それで、その策が乙女ゲーム? 魔力と記憶を奪い、私に自分は日本人で女子高生なのだと信じ込ませたってわけ?」

「はい。陛下は日本に興味を持たれていたので、日本人にしました。陛下とわたくしは友人で、それも、互いの家を行き来するようなごくごく親しい友人という記憶を植え付けました。ですから、陛下。目覚めた後は、わたくしに対して親しみを覚えたのではありませんか? ――しかし、誤算があったのです。陛下の魔力の核がとても強くて大きくて、すべてを奪い取ることが叶わなかったのです」


 ラウムは眉を下げて、どこか悲しそうに言い、しかし、すぐにクスクスと笑い声を立てる。

 悲しそうだったり、苦しそうだったり、そうかと思えば、楽しそうだったり、嬉しそうだったり、怒ったり、彼女の感情は目まぐるしく変化していた。


「陛下は不意に記憶が戻る時があって、わたくし、本当にハラハラしていたのです。わたくしの見ていないところで、オセ様に魔力を注がれていましたよね? ハウレス大公の飴玉を舐めましたね? その度に、わたくし、陛下の魔力と記憶を封じるために、魔界産のムラサキイガイから記憶喪失系貝毒――ドウモイ酸を抽出して陛下の飲み物に混ぜました」

「紅茶に混ぜてたんでしょ?」

「ふふふっ。さすがです、陛下」

「いや、紅茶だと気付かなかったんだけど、水はさすがに苦かったから」

「吐き気や腹痛など、ドウモイ酸の他の症状を抑えるために薬物をいろいろと混ぜたのが苦味の原因かもしれません」


 次からは気を付けます、と言ってラウムはにっこりとした。

 だが、ラウムはすぐに悲しげに眉を下げる。


「出会った順番って、大事だと思うのです。わたくし、陛下と出会うのが遅すぎました。陛下と初めて言葉を交わした時のこと、今でも鮮明に覚えています。だけど、その時すでに陛下の心の中にはオセ様がいて、ベリス公もシャックス侯もいて、わたくしが割り込んでいく隙なんてありませんでした」

「そんなことない」

「いいえ! なかったんです!」


 ぴしゃりと叩くように高く声を張り上げてラウムはシトリーの言葉を否定する。

 割り込んでいく隙がなかっただなんて、絶対にそんなはずがないのに、ラウムはシトリーの言葉を聞こうとしない。

 違う、そうではないと否定されることを強く拒絶していた。


 でも、だからって、彼女の言葉を肯定すれば、彼女のボロボロの心をさらに引き裂くようなもの。

 だけど、本当にシトリーはラウムを自分の懐深くに入れたつもりでいたのだ。だからこそ、彼女が差し出した物を、なんら疑うことなく口にしたのだろう。

 どうかそれだけは分かって欲しいと言葉を重ねた。


「ラウムのこと、大切な友達だと思ってる」

「だから! 友達では嫌なんです!」


 癇癪を起こした子供のようにラウムは両腕を上から下に振り回して叫んだ。まったく分かっていない、と彼女は怒りを露わにする。

 それから思い直したように体を脱力させて、唇を尖らせながら言った。


「どうしてもわたくしを友達だとおっしゃるのなら、たったひとりの友達にしてください」

「どういうこと?」


 首を傾げると、ラウムは、びしっとベリスを指差した。


「ベリス公とゲームで遊ばないでください。二人きりの晩餐もダメです。ベリス公に気安く陛下の名前を呼ばせないでください」

「はっ、何言ってやがる」


 べリスが口を挟むが、ラウムはそれを無視して、それから、と指先をシャックスの方に移動させる。


「シャックス侯から頂いたというピアスを捨ててください。シャックス侯がつくるお菓子も食べてはいけません。二人だけで心の声で会話するのも絶対にダメです」

「てめぇ、いい加減にしろっ!」


 シトリーの右側でべリスが怒鳴り声を上げ、左側ではシャックスが大きく欠伸をした。

 シャックスは、間違いなく飽きている。シトリーがべリスやシャックスと距離を置くはずがなく、どうしてもどちらかを切らなければならないとしたら、それは自分たちの方ではないと分かっているのだ。

 シトリーはシャックスを一瞥してから、ラウムに視線を戻して言った。


「ごめん。無理だ」

「だったら、わたくしをオセ様の代わりにしてくださいっ!」

「ラウム……」


 ――それこそ無理だ。


 ラウムはシトリーが呑み込んだ答えを察して、痛々しく表情を歪めた。


「だから、陛下を殺したんです。誰よりも先に陛下と出会うために。――だけど、もう分かりました。何度でも陛下を殺してやり直そうと考えていましたが、陛下は何度やり直しても結局、オセ様を選ぶのですね。わたくしを一番にはしてくださらない。だったら、亡骸でもいいです。二度と陛下がわたくしに手を差し伸べてくださらなくとも、わたくしの傍にずっといてくださるのなら、剥製でも構いません」

「剥製……」


 はっとしてシトリーはラウムに問う。


「本当にラウムがあの蜘蛛女に命じて、こんなことをさせたのか?」

「ええ、もちろんそうですよ。でも、所詮はまがい物ですね。金色と言っても、陛下の髪や瞳の色とはまったく異なっていて、まるで及ばない。本物には敵わないということを思い知らされただけでした。なので、陛下。わたくし、陛下に好かれようとするのを諦めました。嫌われてもいいです。心もいりません。その器だけ、わたくしにください」


 ラウムは黒々とした瞳を大きく見開きながら、その目は少しも笑っていないのに、口元だけで笑みを浮かべて言った。


「殺して剥製にしても、復活するんでしょ? すぐにラウムのもとを去るよ?」

「そうですね。なら、殺しません。意識を封じます。脳にダメージを与えればいいんです。脳死状態か、植物状態か、どちらが良いですか? やはり自発呼吸のできる方が良いですね。脳幹の機能は残しておきましょう」

「おい、いい加減にしろよ。くだらねぇ話をだらだらとしやがって」


 我慢できないとベリスが苛立ちながら口を挟んだ。


「シトリーから奪った魔力の核と記憶をさっさと返しやがれ。んで、さっさと失せろ!」

「魔力の核と記憶ですか……」


 ふっ、とラウムが笑みを漏らす。

 そして、シャーッと金属を擦り合わせる音を響かせて、腰に下げていた細剣レイピアを抜く。

 べリスとシャックスが気色ばんで身構えたが、ラウムはその細剣をこちらに向けて来るのではなく、自身の腹に向けた。


 ぴっ、と剣先で引っかくように自身の服を裂くと、ラウムは白い肌を晒した。へその上くらいの位置だろうか。丸く輝く球のような何かが、白い肌にめり込んでいる。

 大きさは野球ボールくらいだ。半分ほどラウムの腹に埋まって、球ではなく、半円に見える。


「スピリトゥスの封珠だ」


 シャックスが物珍しいものでも見るような目つきをして、つぶやくように言った。


「何それ?」

「魔力や記憶を封じる魔道具だ。魔力の核も封じることができる」

「――ってことは、もしかして、私の魔力の核と記憶があの球の中に封じられているってこと? ラウムのお腹にめり込んでるんだけど? ああいう使い方で正解なの?」

「ああいう使い方は、我も初めて見る」

「不正解だってよ、ラウム。――っていうか、一緒にお風呂に入ったじゃん? その時にはそんな物、お腹にくっつけてなかったよね?」


 ラウムに振り向きながら問えば、彼女はにこにこと笑っている。


「ずっとここにありましたよ。もちろんお風呂に入っている時も。タオルで隠していたのですが、陛下に見られるのではないかとドキドキしました。だって、陛下の大切な魔力の核と記憶をそこらに置いておけるはずがないではないですか。常に持ち歩かなければなりません。こうして、わたくしの体に取り込んでしまえば、陛下といつも一緒にいられますし」


 ラウムはうっとりとしながら、お腹の封珠を左手で撫でる。まるで妊婦が己のお腹の中で育つ胎児を慈しむような顔をして。


「これを返せと仰せなのですね。ならば、わたくしの腹を裂いて取り出してください。陛下、あなたにそれができますか?」


 ふふふっ、とラウムが笑う。

 ああ、もう! そんな風に愛おしげに腹を撫でるのなら、そのままそれを彼女にくれてやっても良いような気がしてしまう。

 だけど、自分の国、その国で暮らす者のことを思えば、そうはいかないのだ。


「てめえの腹くらい俺が裂いてやるよ」

「ベリス、ダメだ」


 シトリーはベリスの腕を掴んで首を振る。

 自分の剣を鞘から抜いて、その剣先をラウムに向けた。


「ベリスもシャックスも手を出すな」


 自分がやらなくてはならない。

 ちゃんとラウムと向き合って、決着をつけなくてはならないのだ。

 ラウムも細剣を握り直す。避けた彼女の服から封珠の輝きがチラチラ見え隠れしていた。


「陛下、わたくしが勝ちましたら、陛下はわたくしのお人形です。植物状態でずっとわたくしの傍にいて貰います」


 シトリーが勝てば、ラウムの腹から封珠を取り出す。腹を裂いて取り出すので、おそらくラウムは絶命することになるだろう。

 どうせ死んでも復活するが、そうは言っても、死ぬ時は苦しい。死を前にした時の絶望感は等しく悪魔たちの前に立ち塞がるのだ。


 死は、闇だ。

 無限の闇であり、虚無である。


 復活すると分かっていても、もしかしたら復活できないかもしれないという不安と恐怖心が、闇の底へと引きずり込もうとしてくる。

 自分が味わった恐怖と絶望をラウムに与えようというのか。


 彼女は到底(ゆる)されないことをした。

 シトリーとて容易に許すつもりはない。

 だけど、彼女が自分を想い、狂わんばかりに慕ってくれたことは、嬉しくも愛しく思う。


(なのに……)

〈シトリー、剣を抜いたのなら迷ってはいけない〉


 シャックスの声が頭の中に直接聞こえてきて、はっとする。

 その通りだ。ここにきて迷ったら、却ってラウムを傷付けてしまうだろう。


(うん、わかった。――大丈夫。やれる)


 シトリーは脚を前後に開いて腰を深く沈め、剣を構えた。

 そして、次の瞬間、力強く床を蹴る。素早く駆けて、体を捻るように回転し、その勢いを活かしたまま剣を振りかざした。

 



【メモ】


スピリトゥスの封珠

 とても珍しいアイテム。

 魔力や記憶を封じる魔道具で、魔力の核も封じることができる。

 封じられる魔力量に制限があるため、シトリーの核をすべて封じることができなかった。


魔力の総量

 シトリー>>>べリス(ゼロになるとパパから供給されるという反則技あり)>オセ>カイム>>>>>ストラス>シャックス>ラウム>ハウレス(昔はとっても強かった。どんどん減ってる)


シトリー…魔力をたくさん持っていても、コントロールが下手。なおかつ、勉強嫌いのせいで、いろいろと、できない。

 ドラクエで例えたら、MPは999のくせに、メラとかヒャドみたいな初期魔法しか使えない子。


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