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4.自分そっくりな魔王がコスプレ趣味だという衝撃

 

 再びラウムが執務室の扉を叩いたのは、オセ不在のまま七枚ほどの書類にサインを書き終えた頃だった。

 もちろん人間ファーストな判断でサインを書いたので、魔王の仕事として良かったのかどうかは謎だ。

 ラウムは開いた扉から姿を見せて、にこにこして言った。


「政務の時間は終わりなので、お部屋にご案内致しますね」

「部屋? 魔王の?」


 それは興味がある。部屋にはその人の性格が出るというから、魔王の部屋を見れば、魔王という人物が分かるかもしれない。

 ラウムと共に執務室から廊下に出ると、長い廊下をしばらく歩く。渡り廊下を抜けて、それまでの建物よりも奥の建物に移動すると、わずがに雰囲気が変わったように思う。


 手前の建物にはメイド服の女性たちの他、身なりの整った男女が往来しており、せわしない雰囲気があった。それに――すべての部屋の扉を開けて確認したわけではないが――執務室や応接室、会議室のような部屋が並んでいて、そちらの建物では生活をしている様子がない。

 一方、奥の建物は魔王の私邸なのだろうか。落ち着いた装飾と物静かな空気が漂っている。


「こちらです」


 ラウムが歩みを止めたので、それに倣って立ち止まると、ラウムが開け放った扉の中を覗き込んだ。 

 床に敷かれた敷物はおそらく獣の毛皮だ。なんの獣かっていうのはちょっと判断が付かないが、ラウムに尋ねたら、きっと魔獣ですと答えるに違いない。


 高い天井にはシャンデリアが下がっている。シャンデリアと言っても比較的シンプルな物で、腕木は六本。その六本の間にガラス玉が連なった鎖が垂れ下がって、照明の光を受けてキラキラと輝いている。

 部屋の中央にテーブルと椅子が二脚。壁際には足を乗せて横になれそうな大きなソファがあり、反対側の壁にはキャビネットと本棚がある。


 どうやら奥にも部屋あるらしい。そちらはさほど広くはなく、天蓋付きのベッドが置かれている。寝室だ。

 寝室の奥にもさらに部屋があるのかと驚いて戸を開けば、大量の衣装が収納されているスペースだった。最初の部屋や寝室に比べれば、狭くはあるが、日本のそこそこ余裕がある家庭の子供部屋くらいある。

 衣装部屋の中に足を踏み入れれば、一面の壁が上から下まで鏡になっており、その鏡に映った自分の姿を見て、ぎょっとする。


「私、思いっ切り制服なんだけど!?」


 学校から帰宅して、すぐに友人が遊びに来たので着替えることができなかったのだ。

 なぜか友人も着替えることなく制服姿で遊びに来たので、だったら着替えなくて構わないかとゲームを始めた記憶がある。

 そして、気が付いたら魔界に召喚されていて、そのまんま制服姿だ。


「あんたたち悪魔は、この格好を見て何の疑問も抱かないわけ?」


 制服は制服でも、動きやすい夏服だ。プリーツが多い灰青のチェックスカートに、薄く透ける白い半袖シャツ。襟元にはスカートと同じ色のリボンが結ばれている。

 そんな格好を魔王がしているというのに、廊下ですれ違った悪魔たちは平然とした顔であったし、オセからもなんのツッコミも受けなかった。

 そもそもラウムが着替えろと言わない。


「きっとオセ様も皆さんも、いつものコスプレだと思われたのですわ」

「コスプレ!? コスプレって、魔王、コスプレイヤーなの!?」


 ちなみにラウムはティーセットを乗せたワゴンを片付けに行った時にメイド服を脱いでおり、今は最初に出会った時の服装に戻っている。

 チュニックワンピースみたいな服で、スカート丈は膝上くらい。身体のくびれを強調するかのようにベルトを締めている。

 それは中世ヨーロッパな感じの服装で、ゲームや小説なんかのファンタジー世界の住人っぽい格好だ。


(魔王の振りをするのなら、私もあんな格好の方がいいんじゃないのかなぁ)


 どう考えてもこの世界で女子高校生の制服姿は、浮く。

 何か着られそうな服はないかと、しっかりした造りのハンガーラックから目についた一着を取り出すと、自分の体に当ててみた。

 服のサイズから察するに、魔王は、15歳女子の平均身長よりもだいぶ小さめな自分と同じくらいの身長らしいが、これは――。


「男物じゃん! 魔王って男なの!?」

「えっ、ええーっと、まあ……、そのようなものですけど?」


 いまいちハッキリしない返事だ。


「もしかして、ほぼ男ってこと?」

「そうですね。ほぼ男性です。いえ、男性と言うよりも少年と言いますか。ほぼ少年とでも言いましょうか」


 ほんとハッキリしない。


(ほぼ、ほぼ、言いやがって。この、ほぼほぼ悪魔め!)


 とにかく、自分にそっくりな少年悪魔がいるらしい。しかも、その少年はスカートを穿いていても疑問を持たれない魔王なのだ。

 衣裳部屋を見て、さっぱり魔王の人物像が分からなくなってしまった。


(いったい、どんな悪魔なんだよ)


 魔王の服をハンガーラックに戻して、さらに衣裳部屋の中を見渡せば、部屋の奥に化粧台がある。その隣に化粧道具が綺麗に並べられた戸棚があり、帽子やら鞄やら靴なんかの収納スペースもその辺りだ。


「あの一角、女子っぽいんだけど?」

「そうですね」

「え、もしかして魔王って、女装趣味もあるの? だからなの? だから、こんな格好でも誰も何も疑問に思わないわけ!?」


 可愛い系の淡い色のドレスや、ビビットカラーの布地少なめなお色気ムンムンドレスを見付けて、そうだった、と兄のゲームを思い出す。

 兄のゲームでも魔王の性別は男で、女主人公は男装して、女であることが悪魔たちにバレないように気を付けて行動するのだ。


「……あれ?」


 衣裳部屋から出ようとして、再び壁一面の巨大鏡の前まで来て違和感を覚える。


「私って、こんな顔だったっけ?」


 これは一大事である。自分の顔が自分ではないような気がするのだ。

 もっとよく確かめようと鏡に両手をついて鏡の中の自分の顔を覗き込む。

 形の良い額にペンで描いたような眉。

 長い睫毛に覆われた黒曜石の瞳。

 小さめの口。

 一度も染めたことのない黒髪を丸みのあるショートボブにしているのは、記憶通りなのだが、こんなにも自分の目鼻立ちはハッキリとしていただろうか。


「確かに、男の子にも女の子にも見える顔かも……? ――って、私の顔! こんなんだった?」

「大丈夫です。ずっとその顔でしたよ」

「ほんとに? いじってない? 魔法とかでさ」

「いじっていません。あなた様は最初から我が君そっくりなそのお顔でしたよ」

「……そうかなぁ」


 きっぱりと言い切るラウムにみるみる違和感のもとを見失ってしまう。

 そもそも、なんとなくとしか言えないような違和感だ。気のせいと言われたら、気のせいなのだろう。


 まあいいやと衣装部屋から出て寝室を抜けると、最初の部屋に戻る。とくにやることもないので、読める本はないかと本棚を眺めてみる。

 本棚というものも所有者の為人(ひととなり)が表れる。並ぶ本を見れば、その人が何に興味を持っているのか一目瞭然だからだ。


(どれどれ、どんな本があるのかな。……源義経? 徳川家康? 新選組? ……ええっと、これは歴史小説? それとこっちは日本の観光地を紹介した旅行本だ)


 どうやら日本という国に興味深々だったようだ。

 もちろん、本棚すべてが日本関連の本ではなく、ヨーロッパ史やアジア史の本もあって、魔王が人間の歴史に興味があったことが窺える。

 他にも物語が書かれている本もあったので、読めそうな本を物色していると、廊下の方で軽い音が響いた。

 ラウムが扉を開くと、オセが渋い顔で廊下に立っていた。


「失礼致します。ベリス公が晩餐をご一緒したいとの仰せです。如何されますか?」

「ベリスと一緒に食べるかってこと?」

「はい」


 眺めていた本を本棚に戻しながら聞き返すと、オセは何か言いたげに眉を寄せた。


「お断わり致しましょうか?」

「えっ。なんで?」


 何だろうか。引っ掛かりを覚えて、オセの顔をまじまじと見つめてしまう。

 オセの様子がおかしい。偽者かと怪しまれたわけではなさそうなのだが……。そもそも部屋に来た時点でオセの表情は暗かった。

 オセが視線に気付き、ハッとしたように表情を緩ませた。にこーと穏やかに笑みを浮かべる。


「どうかされましたか?」


 あ、と思ってオセの瑠璃色の瞳を見つめて、目を大きくする。

 もしかして、と思う。オセは魔王がベリスと食事するのを快く思っていないのかも。

 ――だとしたら、あえて返事はこうだ。


「ううん、何でもない。べリスと食べるよ。食堂に行けばいいんだよね? すぐ行くって伝えて」

「……承知致しました」


 不自然な間をつくってからオセは頭を下げた。そして、魔王の部屋を去って行った。

 オセの背中を見送ってからラウムに振り返ると、こちらはこちらで表情を硬くしていた。

 ラウムは自分の手元に視線を落として、何かに耐えているかのように体をふるふると震わせている。なにやら怖い。


「どうして晩餐を共にすると言ってしまわれたのですか? べリス公なんて、ひとりでむしゃむしゃと草でも苔でも虫でも食べていればいいんです。危ないです。殺されてしまいます」

「ちょっと物騒なことを言わないでよ。そりゃあバレたら殺されるかもしれないけどさ。これはチャンスだよ。ベリスに探りを入れるチャンス。ラウムは魔王を殺した犯人を見付けたいんでしょ? しかも、べリスを疑っているわけじゃん?」

「そうですけど……」

「探ってきてあげるよ」


 実はすべてを攻略する前に寝落ちしてしまい、ゲームのトゥルーエンドを見ることができていないのだ。つまり、魔王を殺した犯人を知らない。

 この際、こちらの世界でトゥルーエンドを目指して犯人を突き止めてみるのも良いかもしれない。


 そうと決心して考えてみると、攻略キャラクターは犯人ではないという思い込みは、兄のゲームでは通用しないかもと思う。

 ラウムの言う通り、オセやベリスの可能性もあると考えるべきだ。

 すると、オセの表情の暗さが気になってくる。それがべリスのせいだとしたら、べリスとの時間を作ることでオセの思惑も探ることができるかもしれない。


「でも、本当に危険です。殺されてしまっても良いのですか!」


 いいわけがない。だけど、知っているのだ。べリスと対面しなければ、兄のゲームは正しいエンディングにたどり着けないということを。

 不服顔のラウムを後ろに引き連れて再び衣装部屋に戻ると、晩餐に備えて着替えることにする。ゲームでもこの場面で着替えるという選択肢が表れるからだ。


 一つ目の選択肢が、魔王の普段着。つまり、胸にサラシを巻いて男装をする。

 ブレー《ゆったりとした長ズボン》を穿き、膝丈のチュニックを頭から被るように着ると、ベルトを締める。ブレーの裾を中に押し込むように膝下まであるブーツを履いて、最後に漆黒のマントを羽織ったら魔王スタイルの完成だ。


 二つ目の選択肢は、パステルカラーのフリルたっぷりロングドレスだ。かなりの生地のボリュームだが、まるで妖精が着ていそうなふわふわドレスである。

 そんな妖精ドレスにショートボブは似合わないので、カツラを被ることになるし、化粧もばっちりする。

 これは、下手に男装をして偽者だとバレるよりも、魔王が女装をしていると思わせる方がボロが出ないのではという作戦だ。

 普段からコスプレをしているという魔王だからこそできる作戦である。


 そして三つ目は、敢えて着替えないである。二つ目の選択肢同様、コスプレ魔王の特性を活かして、そのまんま制服姿でイケるんじゃねぇ? という作戦だ。


(んで、選ぶべき選択肢は――)


 衣裳部屋の奥まで移動すると、ハンガーラックに掛けられた数々の衣装の中から淡いピンク色のドレスを選び取った。

 兄のゲームでは、魔王とべリスは幼馴染だ。ここ五十年会っていなかったらしいが、幼馴染ならではの勘が働いて偽者だとバレてしまう危険がある。


 しかも、べリスは、ただの幼馴染ではない。やっかいなことに、べリスは魔王に対して長年の片思いを拗らせている。

 魔王も少年なら、べリスも少年なので、これはBのLな話だ。

 基本的に、兄のゲームの攻略対象キャラクターたちは魔王のことを敬愛しているが、同性だと認識しているため、彼らが主人公に対して恋愛感情を抱くのは主人公が偽者だと分かってからになる。


 ところが、べリスだけは異なり、最初から魔王に扮する主人公に惜しみない愛をぶつけて来る。好感度がスタート時点で既に振り切れているのだ。

 それ故に、バレたら好感度が一瞬でゼロになり、言い訳する暇もなく問答無用で殺される。

 実際に兄のゲームをプレイしていて、一番殺された相手がべリスだ。何度、画面いっぱいに血飛沫が散ったことか。


 これを回避する選択肢が、妖精ドレスだ。べリスの虚を衝く作戦である。


 魔王が女装しているという設定でべリスとの晩餐に挑むのであるなら、何も着替えなくても良いのではと思うかもしれない。女子高校生の制服で十分なのでは、と。

 否! それではまったく十分ではない! べリスが度肝を抜かすくらいの女装姿でないと、この作戦は成功しないのだ。


(ベリスから冷静な思考を奪う! そのくらいの格好じゃないと)


 着慣れないためドレスに悪戦苦闘しつつ着替えると、腰まで黒髪が流れるカツラを被り、化粧台の前に座った。


(ええっと、化粧なんかしたことがないけど、まあ、どうにかなるかなぁ)


 なんてことを考えながら化粧品を鷲掴みにすると、ラウムがにこにこ笑みを浮かべながら横に並ぶように立った。


「お手伝いさせてください。べリス公との晩餐は賛成できませんが、陛下のそんなお姿が見られて、顔がニマニマしてしまいます」

「ニマニマ? まあ、いいや。よろしく頼むよ」


 瞼を閉ざしてラウムに委ねると、ラウムの手がペタペタと顔に触れて来る。

 ご機嫌なのか、ラウムの鼻歌が聞こえる。なんの曲なのか、さっぱり分からないその鼻歌をしばらく聞いていると、不意にラウムの両手がカツラに伸びて、スポッと抜き取られた。


「えっ、何?」

「黒、ダメです。そのピンクのドレスに合いません。ミルクティーカラーのカツラにしましょう。そして、わたくしが編みおろします」


 驚いて振り向くと、想像以上に真剣な表情をしたラウムと目が合ってしまった。その目が、怖いくらいにマジだ。

 カツラ収納棚からラウムが選んできたカツラは、茶髪のような、金髪のような、どちらとも違った色味の髪色で、たしかにラウムの言う通り、ミルクティーの色だ。赤みを抑えた、くすんだ薄茶色とでも言うのだろうか。

 黒髪よりも明らかに明るくて、軽やかなイメージになる。ますます妖精感が出てきた。

 ラウムはカツラの毛をどんどん編んでいき、ところどころで大小の花を挿していく。左耳の後ろに大きな白い花。右耳の後ろには小さなピンクの花。後頭部の方にもたくさんの小さな花。


「すっご! めっちゃくちゃ可愛い! 器用なんだね。私にはできないよ」


 化粧の方もすごくて、睫毛がバチバチに立っている。ますます目元くっきりである。


「完璧ですね。こう完璧ですと、べリス公にお見せするのがもったいなくなりました。やはり晩餐はお断りになられた方が良いと思います」

「いやいや、ここまでやってそれはない」

「ちっ」


 にこにこ笑顔を崩さないままラウムが舌打ちをした。顔面も器用だ。

 ドレスの裾をたくし上げながら魔王の部屋を出ると、ラウムに案内されて食堂に向かう。

 食堂の入口に燕尾服を着た男が立っており、片手を上げてラウムの歩みを止めた。


「閣下は同席をお控えください」

「まあ、それはべリス公の指示ですか? いやですわ。ご自分の城ではないのに、陛下の家来を好き勝手に使って。これもあれもべリス公が親の笠を着ているからですわ」

「なんなの、それ?」

「べリス公の父君は、帝王陛下の側近中の側近なのです」


 ちょっと気になって聞いてみたが、べリスの家族の話やそれを妬む話には興味がない。露骨になり過ぎないように、ほんの僅かに逸らす感じに話題を換えようと試みる。


「悪魔って、親がいるんだ?」

「ええ。下級悪魔なら、ほとんど人間と変わりませんので、両親そろっていることが多いです。ですが、上級悪魔は親などいない者の方がほとんどですし、いたとしても、片親だけでも子がつくれますので、両親そろっている者の方がレアです」

「上級悪魔? 下級悪魔? 悪魔って、ひとりで子供がつくれるの?」

「要は、分身ですね。べリス公も父君の分身のようなもの。ですから、後ろ盾がヤバいんです。父君はもちろん、帝王陛下の後ろ盾も持っていらっしゃるのです」

「へぇ」


 その後ろ盾とやらがどうヤバいのか分からないが、とにかくヤバい奴なんだということは分かった。

 自分から聞いておいて申し訳ないと思いつつも、ラウムに空返事をした時だった。


「カラスのくせに、ぴーちく、ぱーちく、うるせぇんだよ。クソ女が!」


 怒気を含んだ低い声が響き、ハッとして食堂の方に振り向くと、燃えるような赤い髪をした少年が柘榴石の瞳を苛立たせてこちらを睨み付けていた。


「――べリス?」


 兄のゲームのイラストを思い出す。なるほど、三次元になると、こうなるのかと感慨深い。 

 同じ歳くらいだろうか。だけど、べリスの方がずっと背が高いので、声は上から降って来るかのように響く。

 二次元では、美形や格好良いキャラというよりも、やんちゃで可愛いキャラ風に描かれていたが、怒気を露わにした表情は可愛いようには見えない。ひたすら怖い。

 ゲームで何回も殺されているせいで怖いと感じるのだろうか。

 そんなことを考えていると――。


「えっ」


 おそらくラウムしか視野に入っていなかったのだろう。呟くように自分の名を呼んだ声に気が付いて、べリスの瞳がこちらに向いた。

 まるでスローモーションのようにべリスの焦点が定まっていくのが分かった。――と、次の瞬間。


「うわっ!!」


 叫び声と共にべリスの顔が、まるで火がついたかのように真っ赤になる。


「えっ、ええっ、えええええええーっ!!」


 目を見開き、白黒させて、ちゃんと呼吸できているのか心配になるくらいの大声を上げた。


「なんで、そんなっ。え? ええっ? うわっ、可愛い。めちゃ可愛いっ! 好き! 大好きだ。抱き潰してぇ。ヤバい。うわぁ鼻血、出そう!」

「べリス公、褒めてください。わたくしの作品です」

「黙れ、クソ女!」


 ラウムが言えば、ガッとラウムを振り向いてべリスが咆えるように言い放つ。そして、再びこちらを見て赤面している。


(うん、こいつも顔面が器用だな)


 可愛い、可愛い、と繰り返しながら正面から見たり、横から見たり、後ろに回り込んで見たりしながら、自分の口元を片手で抑えて、わなわな震えているべリスは――前言撤回しよう――ちょっと可愛い。

 見るからに、ウキウキしているのが分かる。そんなに魔王と一緒に過ごせることが嬉しいのかっていう感じである。


 不意にべリスが真顔になってスッと片膝をつき、目の前で跪いた。何事かと目を見張っていると、右手を取られ、その甲に口づけを受ける。


「我が王に栄光を」


 祈るように、囁くように言って、べリスは立ち上がる。


「さあ、飯にしようぜ。――クソ女、てめぇはさっさと失せろ!」


 にっと笑みを浮かべて言ったかと思えば、べリスはラウムに向かって殺さんばかりの眼光を向ける。

 そして、先ほど口づけた手をそのまま離さず、まるでプリンセスをエスコートするかのようにその手を引いた。




【メモ】


べリス……『俺』・『シトリー』『オセ』『シャックス』『じい』『クソ女』ほとんどの相手を呼び捨て。

 赤髪。柘榴石の瞳。『深緋の公爵』。怒ると震えがくるくらいに怖い顔になるが、笑うと可愛い。

 シトリーと幼馴染。主人公と同じ歳くらいだが、主人公よりもずっと背が高い。178センチ。

 『ふたつ月の国』の南方に領地を持つ。公爵。帝都にいる父親の分身であり、ひとり息子。

 服装がシトリーに合わせて変わる。5歳で出会ってからずっとシトリーに想いを寄せている。

 赤地に剣と王冠が描かれた軍旗。


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