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39.永遠の美しさを差し上げましょう

※グロ描写あり。蜘蛛が苦手な方はご注意を。

 

 ――向こう側に着いたら、すぐにシャックス侯を喚んでください。


 三人いれば何とかなるだろうと、昔からハウレスは固く信じている。

 三回くらい念を押されたので、はーい、と間延びした返事をしてからべリスと手を繋いで魔方陣の中に同時に足を踏み入れると、まるでジェットコースターのてっぺんから落ちた時みたいな浮遊感に襲われた。

 ふわっと浮いた内臓が次の瞬間に、ずんっと沈む感覚に襲われる。それから、両足が床にしっかりと着いている確かな感覚に、ホッと息をついた。


 急に辺りが薄暗くなっている。顔を上げて見渡せば、どこかの館のエントランスホールだと分かった。

 高い吹き抜けとなっていて、正面の奥に大きな扉が見える。

 ホールの左右を半円で囲むように二階へと続く階段があって、階段を追うように視線を上げていくと、天井に重厚感のあるシャンデリアが吊り下がっていた。


「蜘蛛の巣がひどいな」


 古びていたり、埃が積もっているわけではないが、シャンデリアや階段の手摺、天井の四隅など、あちらこちらに大きな蜘蛛の巣が掛かっている。

 どの巣にも蜘蛛の姿はないが、あまりにも巣の多いので不気味さを感じた。


「ほら、さっさとシャックスを喚べよ」

「うん。――あっ。でも、その前にハウレスから貰った飴を舐める」


 ずっしりとした重さのあるフロックコートを脱いでハウレスに預けた時に、いつもご褒美としてくれる飴玉を貰ったのだ。

 包み紙を開くと、緑色の飴玉がコロンと出てくる。口の中に放り込むと、メロンの甘さが口の中に広がった。


「べリスも貰ったんだから、舐めたら?」

「俺はいい。ガキの頃は好きだったけど、今は甘すぎる」

「でも、魔力が回復するよ」

「それはシトリーだけで、俺には効果がない。ただの甘い飴だ」

「えっ、なんで?」


 飴にはハウレスの魔力が込められている。舐めれば、ハウレスの魔力を取り込むことができるのだ。

 だが、べリスは呆れたように言った。


「なんでって、俺、豹族じゃないし。ハウレスの魔力は俺には合わねぇんだわ」

「あー、そういうことか」


 要するに、種族によって魔力の型が異なるらしい。


「輸血みたいなもんなのかな。血液型が合わないと、輸血できないじゃん?」

「まあ。血液ほどまったくダメっていうわけじゃねぇけどな。効率が悪いだけで、俺の魔力をシトリーに注ぐこともできる」

「効率が悪いんだ?」

「受け取る側に負荷が掛かる。相手の魔力を自分の体に馴染みやすく変えてから自分の魔力として取り入れるから、まあ、それなりに疲労感がわくんだよ。同じ種族なら限りなく自分の魔力と似ているから、変換する手間が減るっていうわけだ」


 ――なるほど。だからべリスは、カイムの屋敷からの帰路で、すんなりと身を引いたのか。


「オセの魔力の方が私の体に馴染みやすいって、そういうことね。――オセも子供の頃、ハウレスから飴を貰って舐めたのかなぁ」

「舐めたんじゃねぇ? 想像できねぇけどな」


 投げやり気味に答えて、べリスはシトリーの耳を指差す。早くシャックスを喚べと催促しているのだ。

 シトリーは右の耳たぶに触れて、ピアスを抜き取った。

 ピアスの赤い石を親指と人差し指で押し潰すように砕くと、どろりと血液が砕けた石から漏れ出て指先につく。

 わずかに辺りが明るくなって、空中に浮かぶように魔方陣が現れた。


「シャックス、来て!」


 声を張り上げて名前を呼ぶと、シャックスの姿が魔方陣の中から浮き出てきて、タンっとブーツの底を鳴らしてシャックスが床に着地した。

 シャックスは寝起きのような顔で辺りを見渡すと、シトリーを見て、べリスを見て、それから再びシトリーに視線を戻して両腕を広げる。


「はいはい、ぎゅーう! 来てくれてありがとう」


 シャックスの痩せた体を抱き締めると、その体からふわぁっと甘い香りが漂ってきた。


(なんだろう? いい匂い……)


 心を読んだのか、シャックスが口を開く。


「プリンを作っていた」

「えっ、プリン? なんで?」

「食べたくなった」

「あ、そうなんだ。シャックスはプリンも作れるんだね」

「プリンは簡単だ。だが、めんどくさい。あとは、冷蔵庫で冷やせば完成する。シトリーも食べるか?」

「うん、食べる!」


 シャックスは目つきが悪く、街のごろつきのような顔をしているが、シトリーの言葉にその表情が仄かに和らいだ。

 そして、すんすんと鼻を鳴らしてシトリーの匂いを嗅ぐ。


「シトリーも甘い匂いがする」

「飴を舐めているからかな。ほら」


 ハウレスから貰った飴を舌に乗せて、べぇーと舌を口から出して見せると、シャックスは微かに灰色の瞳を見開いた。

 そして、かぱっと口を大きく開き、止める間もなく顔を近付けて、かぷっとシトリーの舌の上の飴玉に食らいついた。


(――は?)


「ああ?」


 シトリーが心の中で疑問符を思い描いたのと、べリスが剣呑な声を上げたのは同時だった。

 シャックスの顔が離れていき、その口がもごもごと動いている様子が見える。


「ああーっ、私の飴! シャックスに取られたぁーっ!」

「シトリー、問題はそこじゃねぇ! お前が甘やかすから、あいつが付け上がるんだ。だいたい、お前は隙だらけだ!」

「飴かえせー! どうせ、シャックスにとっても、ただの飴なんだろっ!」


 べリスの話によると、鳥族のシャックスにとってもハウレスの飴は、魔力回復の効果はなく、ただの甘いだけの飴であるはずだ。

 シトリーにだけ特別な飴であるのに、それを奪うなんてひどい! 

 シャックスの胸ぐらを掴んで抗議の声を上げながら、その体をがたがた揺らすと、シャックスは舌をべろりと出した。

 長い舌の上に緑色の飴玉が乗っている。


(う……?)


 てかてかと輝く緑色に目が釘付けになって、シトリーは体を固くした。


(こっ、こ、これは、返すよ、ってことか?)


 シャックスの真似をして、口から口で奪い返さなければならないのだろうか。

 それはちょっと自分にはハードルが高く、オセが相手だったらやっちゃうかもしれないが、シャックスが相手だとできないかなぁ、と思って動けない。

 すると、べリスがシトリーの腕を掴んでシャックスから引き離すと、自分がハウレスから貰った飴をシトリーの手の中に押し込んだ。


「俺が貰った飴をやるから、あれはあいつにくれてやれ」

「……う、うん」


 ありがとう、と言って包み紙を開くと、赤い飴玉が出てくる。イチゴ味だ。

 それを口の中に放り込んでから、キッと睨むようにシャックスを振り向くと、シャックスは舌を戻して素知らぬ顔でモゴモゴと飴玉を口の中で転がしている。


(いったいなんなんだ! もうっ!)


 揶揄われたのだろうか。それとも、甘えられたのだろうか、シャックスの表情が乏しすぎて判断に苦しむ。

 しばらく、ぷんすか怒っていたが、昔からシャックスに対する怒りは持続した試しがない。

 口の中にイチゴ味を広げながら再び辺りに視線を巡らせる。


「ひと気がないな。こんだけ騒いでいるのに誰も出て来やしない」


 べリスの言う通りだと思って頷くと、腰に下げた剣の柄にそっと手を伸ばした。べリスも背負った大剣をいつでも抜けるように身構えている。

 警戒しながらエントランスホールの中を進み、正面の扉に近付いた。

 その両開きの扉には大きくカラスの木彫が施されている。左右に一羽ずつ、二羽のカラスが向き合い、羽を広げている。


(カラス……)


 ラウムを連想させる。


(ここってもしかして……)

〈ラウム伯が所有する館のひとつだろう〉


 シトリーの心の声を読んだのだろう。シャックスの声が頭に直接響いて聞こえてきた。


(なら、ラウムがいるかも?)

〈それは分からない〉


 べリスが両手で押して扉を開くと、ぎぃぃぃーっと錆びた金具が擦れるような音が響く。

 開いた隙間からそっと覗き込むと、扉の中は大広間だった。

 金箔の張り巡らされた壁や柱は眩い光を放ち、見上げれば、色彩豊かな天井画と豪華なシャンデリアがいくつも吊り下げられている。

 床は鏡のように輝き、一歩足を踏み出す度にその足音を大きく広場に響かせた。


「誰かいる……」


 舞踏会を催すための広間のようだ。その広間に、ぽつり、ぽつりと、ドレス姿で佇む人影が見える。

 だが、どうにもおかしい。その人影はまるで身動きを取らないのだ。


「人形じゃねぇ?」

「マネキンみたいな?」


 一番近い人影に歩み寄ると、べリスの言う通り、それは等身大の少女の人形のようだ。

 ベルサイユ宮殿で踊っていそうな感じの華やかなドレスを着せられていて、突っ立っている。


「随分とリアルな人形だなぁ」

「リアル過ぎて、ちょっと不気味だね」


 人形の顔を覗き込めば、眠るように瞼を閉ざしている。穏やかな表情をしているが、その顔には血の気がなく、それを隠すように化粧を施されていた。

 僅かに灰色掛かったブロンドの髪は、丁寧に結い上げられて造花で飾られている。

 もう一体、別の人形のもとに歩み寄ってみると、最初の人形と同じようにドレスを着て、瞼を閉ざした顔に化粧をされて、やや暗さのあるブロンドの髪を結い上げられていた。


 次の人形にも視線を向ける。こちらの人形は瞼をそっと開いている。茶色い睫毛に覆われた瞳は、アンバー色(琥珀色)のガラス玉の瞳だ。

 頭はヴェールで覆われて、ブラウンの濃い髪を隠している。


「シトリー」


 不意にべリスに腕を掴まれた。はっとして振り向くと、べリスが少し焦ったような表情を浮かべて見つめて来る。


「ひとりで先に歩くな。嫌な予感がする」

「我が思うに……」


 シャックスもシトリーの隣に並んで、のんびりとした口調で言う。


「これらは、人形ではない」

「えっ、人形じゃないの? ――じゃあ、何?」


 何と問いかけながらも、シトリーもべリスも既に気が付いていた。

 ぞくっと悪寒が走り、体が竦む。

 広間を見渡せば、人形は全部で14体あって、いずれも金髪か、金の瞳を持っていた。そして、金髪の人形は瞼を閉ざし、金の瞳の人形は髪をヴェールで覆っている。 

 シャックスが口を開く様子が妙にゆっくりと見えて、ごくりと喉が鳴った。


「これらは、――剥製はくせいだ」


 ぞわりっと鳥肌が立つ。

 剥製ということは、肉や内臓を取り除いて、代わりに綿を詰め、防腐処理をしているということだ。

 シトリーは両腕で自分自身を抱き締めながら叫んだ。


「殺されてるじゃん!」

「最悪だな」

「リヌスに報せなきゃ!」

「待て。動くな!」


 べリスが背中から大剣を抜き、両手で構えた。広間のずっと奥に視線を向ける。

 広間にはシトリーたちが入ってきた扉以外にもいくつか扉があり、一番奥の扉がぎぃぃぃーっと音を立ててゆっくりと開いた。


 カサカサと、まるで枯葉が擦れ合うような音が聞こえる。

 どこからだろうかと視線を巡らせると、薄く開いた扉の下の方で黒い点のようなものが蠢いていた。


 黒い点はもやのように見える。右に左に風に靡くように揺れ動きながら、わしゃわしゃとその数を増やしていく。

 ガリっと口の中で小さくなった飴玉を粉々に噛み砕いて、シトリーも腰から剣を抜いた。シャックスは両手を自由にして立っていたが、鋭く視線を巡らせて、未だ姿を現さない相手の気配を追っているようだった。


 ―― ふふふふっ。――


 女の高い笑い声が、まるで風音のように広間に響き渡った。

 カサカサ、カサカサ、とその音も大きく響き渡る。そして、ついに黒い点の正体に気が付いて、ぞっと身の毛がよだつ。

 シトリーは思わず、ひっと引き攣った悲鳴を上げた。


「蜘蛛!」 


 ――そう。蜘蛛だ。

 何千、何万、何億という数の黒い点すべてが蠢くように床を這って動く蜘蛛だった。


「ふふっ。素敵な瞳。我が主が気に入ってくださるかしら?」


 蠢く蜘蛛を踏みつけるように女の白い脚が扉からぬるりと姿を現した。

 次いで、薄闇に浮くような白い手が扉を掴んで、ぬっと黒々とした長い髪に覆われた頭が扉の影から覗くように姿を現す。


「でも、ダメね。瞳は結局、ガラス玉に変えなきゃならないの。目玉も綺麗に保存できたら良かったのに」


 床に付きそうなくらいに長い黒髪に覆われて顔が見えない。

 血のように赤いワンピースを着た女は、その長い黒髪を左右に揺らしながら奇妙な足取りで広間の中に入ってきた。

 女の足もとでは無数の蜘蛛がシャカシャカと長く細い脚を前後に動かして、シューシューと不気味な息遣いを繰り返している。


「確認なんだけど、蜘蛛族の悪魔って、いる?」


 視線は女と蜘蛛たちに向けたまま、すぐ隣に立つべリスに問えば、答えは即行で返された。


「いる。目の前に」

「だよねー」


 女はブツブツと何かをずっと呟きながら、ぐしゃり、ぐしゃりと足下の小さな蜘蛛を踏み潰しながらシトリーたちに歩み寄ってくる。

 蜘蛛たちは、たとえ女に踏み殺されようと構わず、女を慕っているかのようにその白い脚に縋りついていた。


「あら、あなた。魔法で髪の色を変えているのね。本当は何色なのかしら?」


 女が前髪を払い除けるように顔を上げた。その顔はドキリとするくらいに色白く、美しい造形をしている。

 だが、瞳は洞のように暗く、唇はゾッとするほどに赤かった。


「お前が彼女たちを連れ去ったのか?」


 シトリーは広間に佇む少女たちの剥製のひとつを指差して女に問う。

 女はぎこちなく首を横に傾けた。


「私は声を掛けただけ。一緒に我が主――伯爵様にお仕えしましょう、と」

「そんなことを言えば、彼女たちは思ったはず。中級悪魔になれると」

「そうね。思ったでしょうね。だから、みんな自ら私のもとにやって来たわ。攫ったですって? そんな、ひとりもいないわ」


 ふふふっと女が肩を揺すって笑う。


「私、ひとつも嘘は言っていないの」


 シトリーは、ぐっと喉を鳴らして押し黙った。

 きっとそうなのだろう。この女はひとつも嘘は言っていない。

 だけど、少女たちは信じたはずだ。この女の異様な美しさを目の当たりにして、彼女についていけば、自分も彼女のように美しいままずっと生きられると。


 ドルシアのように自分の美貌にある程度の自信がある少女は、ドルシア同様にこう考えるのだ。いつまでも若くいたい、と。

 老けたくない。そう願った少女たちが次に抱く願望は、中級悪魔になりたい、というものだ。

 そして、欲深くも哀れな少女たちは、簡単に女の言葉に唆されてしまったのだろう。


「お前が彼女たちを――」


 言いかけて、シトリーはぎょっとする。気付けば、自分たちはすっかり小さな蜘蛛に取り囲まれていた。

 床一面が真っ黒だ。

 その黒の群れは、女の呼吸に合わせて波のように広がったり、ぎゅっと縮まったりを繰り返しているように見えた。


 この女は、蜘蛛を操っている。

 ならば、女は下級悪魔ではない。中級悪魔だ。そして、女の言葉が正しければ、女の主は伯爵であり、女を中級悪魔にしたのも、その伯爵だ。


 下級悪魔は上級悪魔と主従の契約を交わすことで中級悪魔になれる。

 中級悪魔になれば、不老になるだけではない。魔力も上がる。

 下級悪魔が蜘蛛を操るなど聞いたことはないが、中級悪魔ならできないこともないはずだ。


「それに――」


 女は、赤い唇を赤く濡れた舌でぺろりと舐めて言った。


「私、騙してなんかいないわ。ほら、ちゃんと我が主に仕えさせてあげているもの」

「これのどこが!?」

「我が主は、心安らげる場所をお望みだったわ。そして、我が主のもっとも欲していたものは、金の髪と金の瞳。だから、私が我が主のために集めて差し上げたの。彼女たちも我が主のお心をお慰めできて光栄に思っているはずよ」

「っんなわけがないだろうが!」

「でも、私、ちゃんと彼女たちの望みを叶えてあげているのよ。ほら、ご覧になって。彼女たちはもう絶対に、永遠にいないわ」

「……っ‼」


 不快感が胃をきつく締め付ける。

 怒りが言葉を呑み込んで、ただ、ただ、胸を熱く焼き焦がす。

 ドドドドッと馬が駆けるように心臓が早鐘となって胸を突き続け、体の奥から湧き出て来ようとする力を感じた。


「あら!」


 女が歓喜の声を上げる。


「金色の髪だわ! なんて美しいの! あなたって、金色の瞳に、金色の髪を持っていたのね!」


 女の黒々とした瞳が濡れたような輝きを放った。白い頬を仄かに赤く上気させ、シトリーに向かって両手を伸ばす。

 ドルシアの魔法を打ち破り、元の姿に戻ったシトリーは、ぎりぎりと奥歯を嚙みしめて女を睨み付けた。


「お前が彼女たちを殺したんだな!」

「永遠を差し上げたのよ」

「お前が彼女たちをこんな姿にしたんだな!」

「美しいと思うでしょ?」


 べリスがシトリーの腕を引いた。


「俺がやる。胸糞悪くて聞くに堪えねぇ口を閉ざさせてやる」

「赤毛はいらないわ。私が欲しいのは、そこのあなただけ。あなたも彼女たちの仲間に加えてあげるわ」

「うっせぇー、黙れ! このクソがぁぁぁーっ!」


 べリスは自分の背にシトリーを庇うと、大剣を握り直して、女に向かって大きく振り払った。

 べリスの大剣が炎を纏い、その炎が剣から放たれると、床を舐めるように燃え広がり、数万の蜘蛛を燃やす。

 炎は女のもとまで届き、女を焦がそうとしたが、その前に無数の蜘蛛の壁ができ、べリスの炎を防いだ。

 焼け焦げた蜘蛛がぼたぼたと床に落ちて亡骸を晒す。


「べリス、殺すな。生け捕ってリヌスに渡す」

「はっ。めんどくせぇーな。ぶっ殺してやった方が簡単なのにさ」

「私は怒っている。あの女は簡単には死なせない」

「いいぜ。りょーかい!」


 べリスはちらりとシャックスに視線を向ける。


「おい、シャックス。お前は蜘蛛をどうにかしろ!」


 三人を取り囲んだ蜘蛛たちは今にも飛び掛かって来そうな距離まで押し寄せて来ていた。べリスが炎で燃やせば、燃えた体のまま、燃え尽きるまで前進してくる。


 女が両手を掲げ、その両手から縄のように太い蜘蛛の糸を出した。しゅるるるーっと布を滑らせたような音を立てながらべリスを拘束しようと襲いかかって来る。

 べリスは大剣を薙ぎ払い、女の糸を切り裂いた。その隙をついて、体に炎を纏った蜘蛛が何百匹も一斉にべリスの体に飛び掛かって来る。


「うわっ、熱っ!」


 すぐさまシャックスが片手を払い、風を起こすと、べリスから蜘蛛を払い除ける。そして、片膝をついてしゃがむと、シャックスは両手を床についた。


「凍れ」


 ぽそりと零すように呟いたと思ったとたん、三人を中心にその周囲が円形に凍り付く。何万匹という蜘蛛もろとも床が凍り付き、いっさいが停止したように見えた。

 シャックスの氷魔法は、女の足元を這う蜘蛛たちをも凍らせる。女は慌てたように高く飛び上がり、両手から糸を出してシャンデリアに巻き付けると、その上に飛び乗った。


 天井のシャンデリアを伝って逃げようとする女にべリスは大剣を振り払う。炎の塊が女に向かって飛んで行き、女はそれを避けるために隣のシャンデリアに飛び移った。


「逃がすかよ!」


 助走をつけてべリスが跳び上がった。大剣を頭上に掲げ、女のもとまで跳ぶと、その腹めがけて大剣を振り下ろす。


 ――ダメだ! 殺してしまう! 


 そう、シトリーが思った時、べリスが手首を捻って、大剣の刃で切るのではなく、剣身の平たい面で女を床に叩き落した。




【メモ】


シトリー⇒べリス…大切な幼馴染。

シトリー⇒シャックス…心を分かち合った片割れ。相棒。


べリス⇒シトリー…恋しい。守りたい。かっこいい姿を見せたい。

べリス⇒シャックス…幼い頃は、シトリーのおまけと思っていたが、結局、彼以外に友達らしい友達がいないので、貴重な存在になる。ボーっとしていて、抜けているように見えるため、ついつい、あれこれ世話を焼いてしまう。


シャックス⇒シトリー…好き。

シャックス⇒べリス…好き。

どちらも同じくらいに好き。どちらに対しても恋愛感情はない。

二人の心の声は、聞こうと思わずとも聞こえてきてしまう。

二人とも自分を大切に想ってくれていることを知っているため、二人を大切に想っている。

シトリーにはピアスを、べリスには腕輪を、自分の血を固めた石を渡していて、彼らが喚べば瞬間移動してくる。


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