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召喚魔王 ~召喚されたので乙女ゲームの世界で魔王やってます~  作者: 海土 龍


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38/50

38.北へ北へ。彼女に繋がる魔方陣

 

 ひと晩、借り受けたやしきを出ると、邸の前に詰め寄せた街人たちが悲鳴にも近い歓声を上がる。

 邸の門の外に馬車が用意されていて、その前に二人の政務官がそれぞれ家族を連れてシトリーを待っていた。


「邸宅の提供を有り難く思う」


 ハウレスがシトリーの横に立って、邸の主の方に向かって感謝を述べると、その政務官は深々と頭を下げた。

 そして、何か言おうと口を開いたが、その前にハウレスが御者に馬車の扉を開かせてシトリーの手を取った。


「さあ、陛下。お乗りください。今日は、じいと同じ馬車に乗るのは如何ですか?」

「うん、いいね」


 にっこりして答えたが、ハウレスがシトリーを警戒しているのをひしひしと感じていた。

 自分の目の届く場所において、シトリーがひとりで突っ走らないように見張るつもりなのだ。


 ハウレスの手を借りて馬車に乗り込もうとすると、その背中に向かって落胆する声が投げかけられる。

 何かと思って振り返ると、傍らでドルシアが首を左右に振っている姿が視野に入った。


(ん?)


 シトリーと向かい合うようにハウレスが乗り込んできて座り、続いてドルシアが御者の手を借りて乗ってくる。そして、シトリーの隣に座ると、片手を口元に添えてシトリーに耳打ちした。


「政務官の娘たちです」

「え?」


 馬車の扉が絞まり、再び落胆の声が上がった。


「赤いドレスの娘と黄色いドレスの娘が、陛下のベッドに潜り込んでいました。ひとり追い払ったと思って部屋に戻ったら、もうひとりいて、本当に驚いたんです。それから、青いドレスの娘は、夜中に陛下の部屋に忍び込もうとしていて。おそらく寝込みを襲うつもりだったのだと思います」

「怖っ!! もしかして、ドルシアずっと見張っていてくれたの?」

「陛下の部屋の前で寝ずの番です。絶対に来ると思いましたからね」


 ふんっ、と鼻息を荒くしてドルシアは拳を握った。


「今も、陛下の足下にしがみついて泣くつもりだったのです」

「ああ、ドルシアみたいに」

「そうです。私という前例を陛下はつくってしまったので、泣きつけば侍女としてお側において貰えるかもと思ったに違いありません」

「なるほど。考えが足りなかった」


 ブルーノから侍女の話を持ち掛けられて、すぐに頭に浮かんだ顔だったからドルシアを選んだのだが、ドルシアが侍女に選ばれた経由を考えれば、自分もと真似をする者が出てくるのも当然だ。


「でも、これからは私がお側で目を光らせていますからね。第二の私は現れません」

「あはは。なんだそれ。第二の私って、自分で言っちゃうドルシアがウケる!」


 胸を張ってキッパリと言い切った彼女の様子が可笑しくて、ひとしきり笑うと、でもさ、と顔を引き締めて彼女に琥珀色の瞳を向けた。


「これからは、って言うことは、ドルシアは心を決めたの?」


 ドルシアは身動ぎ、背筋を伸ばすと、両膝の上でぎゅっと握った。


「時々、どうしようもなく切なくなって泣くかもしれませんが、それでも陛下の側にいたいです」

「うん」

「私、老けたくないというのが一番の目的だったんですけど、今はそれだけではないです。陛下の側には私のやるべきことがあるって思えるんです」

「んー?」


 ドルシアの言葉の意味を捉え損ねて首を傾げる。向かいではハウレスが面白そうに目を細めて聞き耳を立てていた。


「陛下って、隙だらけなんです。ついつい手を貸したくなると言いますか、必要以上に手を出したくなると言いますか、とにかくお世話をしたくなるんです。ほんと、そういうところが私の弟にそっくりで」

「……」

「そんな陛下と一緒にいると、ちょっぴり自分が特別な存在になれたような気がして、ちょっとした優越感があって、自分自身が誇らしい気分なんです」


 ふむ、とハウレスがドルシアの言葉に相づちを打つ。

 すると、ドルシアはまるで自分が肯定されたかのように瞳を輝かせた。


「なので、一度手にしたこの場所を手放すつもりはないです!」


 ぐっと、ドルシアは右手の拳を持ち上げて、さらに強く握り締めた。


「いや、もう、途中からいったいなんの話なのか。欲望が強くて」

「まあ、良いのではないかな。しっかりした娘のようだし。何より欲望が分かりやすいのが良い」


 ハウレスがうんうんと満足そうに頷いて言った。腹の中で何を考えているのか分からない者よりもずっと良い、と。


「まあ、そうなんだけど」


 いつの間にか、馬車は走り出していて、窓から政務官の娘たちの色鮮やかなドレスが次第に遠く小さくなっていくのが見えた。

 ああいう娘たちを遠ざけてくれるだけでもドルシアの存在はありがたい。今はそれだけで十分だと思う。


「――そう言えば、邸を借りる時って、無償で借りてるの? ほら、家具すべて買い換えていたじゃん? 自腹だったらかなりの負担だったんじゃないかと思って」


 二人に話し掛けながら最後の方でドルシアに視線を向けると、ドルシアが答えてくれる。


「大丈夫ですよ、気にしなくて。ちゃんと謝礼が出ますから。私の父もしっかり謝礼を受け取っていました」

「あ、そうなんだ」


 確認の意味を込めてハウレスを見やると、ハウレスが頷いた。

 それもそうか。事前に報せていたとはいえ、泊まるから家を貸せと主を追い出したら、まるで強盗のようだ。

 いくら自分の邸宅に王を泊めることは名誉だとは言っても、その費用が馬鹿高くつくとなると、負担でしかない。


(私なら、迷惑でしかないから来るなって思う)


 どれくらいの額なのか知らないが、ちゃんと謝礼金を出していると聞くと、ホッとする。


 セルジョを乗せた馬を先頭に一行は、コルリスの街を出た。すると、水気のない黄色い大地が広がっている。

 砂漠の砂を薄く撒いたような景色に、時々、緑色が現れる。

 それは荒涼とした大地に唐突と現れる田畑であり、その近くには決まって民家がある。


 広い田畑には数軒の民家が集まって建っていて、その数が多ければそこを『村』と呼ぶ。

 村人は田畑を耕したり、家畜を育てたりして生活を営んでいる。

 そして年に数度、街に行き、収穫した作物を売り、生活に必要な物を買って村に帰るのだ。


「街はひとつの区にひとつしかありませんが、村はその数に定めはなく、おこったり消えたりしていて、国では把握しておりません。その管理は区の政務官に任せております」


 窓の外を眺めているシトリーに向かってハウレスが説明すると、シトリーはハウレスに振り向くことなく、こくんと頷いた。


「ねえ、魔界って、どこもこんな感じなの? 稀に森があることは知ってるけど、草原とか、お花畑とか、緑いっぱいの場所はないの?」

「ありますぞ。我が国にはありませんが、陛下の兄君の領地には草原がありますし、他の国にも緑が溢れた場所があります」

「じゃあ、なんで私たちの国にはないのさ」


 ようやくハウレスに振り向いて、納得いかなと頬を膨らませると、ハウレスは目尻に皺を寄せて少し困ったような笑みを浮かべた。


「我々の国には、マリティアの種に余剰がないからです」

「マリティアの種……」


 あー、と低く唸るような声を出して、シトリーは無言になった。

 自分は人間だと思い込んでいた名残だろうか。マリティア《悪意》の種には抵抗を感じる。


 しかし、マリティアの種は、魔界で暮らす悪魔たちにとって、生死さえ左右する大切な消耗品だ。太陽が昇らない魔界では、その代わりとなる植物の栄養が必要で、それがマリティアの種だからだ。

 マリティアの種を肥料として田畑に撒かなければ、たとえ芽が出たとしても枯れるだけ。それは他のどんな植物も同様で、花壇の花さえ育てるにはマリティアの種が必要だった。


 だが、逆に言うと、マリティアの種さえあれば、どんな大地にも緑が芽生える。たとえ砂漠であっても、定期的にマリティアの種を撒き続ければ、始めに苔が生え、そのうち草が生え始めるのだ。


「もしマリティアの種がいっぱいあったら、ここいらも緑いっぱいにすることができるかなぁ」

「もちろんです」


 マリティアの種は、ヘチマの種に似ている。

 花はダリアのような大輪で、実はまん丸。やはりヘチマのようにひとつの実からたくさんの種ができた。

 ならば、簡単にたくさんの種が得られそうなものだが、その種は人間の心に植えつけない限り芽吹くことがないため、まったく簡単ではない。


 ――マリティア。その正体は、人間の悪意そのものだ。


「マリティアの種は、国力に直結します。マリティアの生産に力を入れれば、収穫量を増やすこともできるのでしょうが……」


 それはつまり人間界に大勢の悪魔を派遣して、適した人間を探し、適した人間の心には何回も何回も繰り返し悪意の種を植え付けるということだ。

 シトリーはハウレスから視線を反らし、窓の外の荒涼とした大地をチラリと見て言った。


「それはさ、まあ、そのうちでいいんじゃない?」


 そのうちに自分の中に残った人間の記憶は消えていくに違いない。そうなってから、もっとちゃんと向き合っていこう。緑の大地を目指すのか、どうかを。


 馬車の外の景色が田畑を映し、その中を突き進むと、やがて比較的大きな村が現れた。

 馬の蹄の音や兵士たちの甲冑が鳴らす音に驚いた村人たちが仕事の手を止めて、ぽかんとこちらを見上げて来る。


 さすがに二百の兵士たち全員で村に押し入るわけにはいかないので、セルジョは20人だけ連れて、他は村の外に待機させた。

 驚異と好奇心が入り混じった視線を受けながら、セルジョたち兵士に周りを囲まれた馬車がリヌスの案内で村の外れへと向かう。


 やがて馬車の車輪が動きを止め、シトリーはドルシアに髪と瞳の色を変えて貰ってから、馬車の外に出た。

 亜麻色の髪に赤茶色の瞳をしたシトリーを見て、べリスは僅かに瞳を見開く。馬から降りて、シトリーの隣に並んだ。


「ドルシアは馬車で待ってていいよ」


 ついて来ようとしたドルシアに向かって片手を上げて、彼女を馬車の前で留める。

 さっと見た感じ、その家は、村の他の民家同様に平屋の小さな家だった。そんな家の中に大人数で入れるわけがない。


「分かりました。くれぐれも気を付けて。すぐに戻ってきてくださいね」


 ドルシアに瞳に暖かさが感じられるのは、きっとシトリーを通して弟を見ているからだろう。

 うん、と短く答えてシトリーはべリスと共に、村はずれにぽつんと建つその家に向かった。


 木造の、まるで小屋のような家だ。

 戸の鍵は壊されており、リヌスが手を触れさせると、きぃーっと音を立てて簡単に戸が開いた。

 まず食台が目に入る。それは部屋の中央に置かれたテーブルで、二脚の椅子が添えられていた。

 家の中に入ると、奥にくりやがあると分かる。小さな鍋がひとつだけ、ぽつんと調理台の上に置かれている。


「生活感がないと思いませんか?」


 シトリーの前に立って家の中を案内しながらリヌスが言った。


「隣の部屋は寝室です。こちらも、ほとんど使われている様子がありません」


 リヌスが寝室の扉を開いたので、その中を覗き込みながらシトリーは頷く。


「うん、綺麗だね。この寝室もそうだけど、全体的に物が少ない。料理道具なんて鍋ひとつだし、調味料もない」

「そうなのです。とてもここで生活していたとは思えないのです。床も綺麗で、野良仕事をしている者の家とは思えず調べたところ、この家の女は自分の田畑を持っていませんでした」

「それは妙だな」


 べリスが口を挟むと、その言葉にリヌスは大きく頷いた。


「ええ、妙なのです。田畑を持っていないのなら、村で生活する必要がありません」


 基本的に村よりも街壁に護られた街の方が安全に暮らすことができる。なので、多くの民は街で暮らすことを望んでいるが、村人が田畑ごと街に移り住むことは不可能だ。

 田畑を持つ者は街ではなく、村で暮らさざるを得ない。


「なるほど。明らかに不審な女だったっていうわけだね。だから、少女たちが姿を消して、しかも、姿を消す前にその女と話していたとなると、当然その女が怪しいってなったわけだ」

「だけど、証拠がない。それに少女たちは自ら家を出ている。明らかに怪しい女なのに捕らえることができない。どん詰まりだ」

「せめて少女たちの居場所が分かれば良いのですが……」


 生きていればその方が良いが、最悪、死体でも出て来てくれれば、女を追い詰める糸口となるかもしれない。


(もし殺したとしたら、その遺体はどこに隠すだろう?)


 自分だったらと考えを巡らせながらシトリーは寝室の中に足を踏み入れた。


(天井?)


 天井裏は、他の者の意識から遠ざけられる隠し場所としては適しているが、遺体の隠し場所としては不向きだ。

 そもそも運び入れるには重いという理由もあるが、遺体のあれこれが液状化して、その液体が天井から染み出てくるからだ。

 遺体を隠すのなら、下に限る。


(床下?)


 どこかの床板を剥がしたら空間があったりしないだろうか。

 トントン、とブーツの踵で床板を叩きながら歩き回り、ふと寝台に視線が向く。


(ベッドの下とか?)


 ベッドの位置をずらそうと両手を伸ばすと、べリスが察してくれて、代わりに手前に引くようにベッドを動かしてくれた。

 現れた床に視線を落とす。埃が積もっているだけで特に何もない床板が見えた。


「この床板、外してみてくれない?」

「いや、駄目だ。外すんじゃなくて……」


 隣で同じように床板に視線を落としていたべリスがシトリーの肩に手を置いて、顔だけ後ろを向いて言った。


「おい、じいを呼んで来い」


 護衛のためついて来ていたセルジョがすぐに兵士のひとりに命じて、ハウレスを呼びに走らせる。


「どうしたの?」

「何か見付けられたのですか?」


 ここだ、とべリスが示した場所を見やるが、シトリーとリヌスは揃って首を傾げた。


「何かあるの?」


 もっとよく見ようと床にしゃがみ込むと、ベリスも同じようにしゃがんで言った。


「うっすらと魔方陣が見えるんだ」

「えー、見えない」

「シトリーは今、魔力がクソだからな」

「クソ言うな。ひどい」

「わたしも見えません。不甲斐ないクソです」


 リヌスが床板を隅々まで目を凝らして見つめてから、諦めたように肩を落とした。


「がんっ! リヌスはクソじゃないよ。頑張ってると思う。うん、頑張ってるね!」

「頑張ってるかどうかは知らねぇけどさ、これは上級悪魔でないと見付けられない品物だ。仕方がねぇよ、そんな落ち込むな」


 さすがのベリスもリヌスの落ち込みように思うことがあったらしく、慰めの言葉を投げ掛ける。そして、気配に気付いて、寝室の扉に振り向いた。


「陛下、じいを呼びましたか?」


 ハウレスのゆったりとした声が聞こえてくる。


「呼んだのはベリスだよ。見て欲しいものがあるんだって」

「ほうほう。どれどれ」


 寝室に入ってくると、まるで孫たちに『見たことのない虫を見付けたの、見て見て!』と言われたおじいさんみたいな雰囲気を醸し出しながら、ハウレスはシトリーとベリスの横で膝を折って屈んだ。


「なるほど。転移魔法の魔方陣ですな」

「転移魔法? どこかに移動できるってこと?」

「これはその痕跡なので使えませんが」

「急いで消したって感じだよな。消し切れてないけどさ。――じい、復元できるか?」

「試してみましょう」


 ハウレスが立ち上がったので、シトリーたちも腰を上げてハウレスの邪魔にならないように後ろに下がった。


「転移魔法って、瞬間移動できる魔法のことだよね? 瞬間移動の魔法は、下級悪魔には使えないって聞いたけど、つまり、女は中級か上級悪魔っていうこと?」

「とは限らねぇな。上級もしくは中級悪魔が魔方陣を描いてやって、その魔方陣に事前に魔力を込めてやれば、下級悪魔にも使える」

「だとすると、女の背後には上級もしくは中級悪魔がいるということになります」


 リヌスの言葉に、シトリーとべリスは、ほぼ同時に頷いた。


「うん、そうだね」

「そういうことになるな」


 ハウレスの手元が淡く光を放つ。光はゆっくりと床に向かって降りていき、円形に広がった。

 人がふたり入れる大きさの光の円が床に浮き上がると、その円の内側に細かい文字がどんどんと書き加えられていく。

 文字の中に時折、数字や記号が混ざり、それは複雑な数式のようにも見えた。


「シャックスはこういうの得意なんだけどな。シトリーと俺はさっぱりだから、じいがいてくれて良かったぜ」

「三人とも同じようにオセから学んだというのに、まったく二人には困ったものですな」


 光が消えて、床に血で描いたような赤い魔方陣が現れると、ハウレスがシトリーとべリスに振り向いて、やれやれと苦笑を漏らした。


「できましたぞ。しかし、この魔方陣の行先は北ですぞ」

「北って? コルリス区よりも北ってこと?」

「ラウム伯の領地ですな。それに魔方陣から、ごくごく微かですが、ラウム伯の魔力を感じます」

「なんだとっ! あのクソ女が関わっているのかっ!」


 ぐわっと血の気を頭に上らせてべリスが咆える。

 シトリーは、急に冷えて震え始めた指先を隠すように拳を握って、自分の胸に押し当てた。


「この件の裏にラウムがいるってこと? ――その魔方陣って、使えるようになったの?」

「使えますぞ。二人用ですから、二人ずつ移動が可能です。ですが、一度使うと、次に使うまでに数時間置かなければならない仕様のようです」

「じゃあ、使う!」

「はぁ?」

「ラウムが関わっているかもしれない。だったら、私が行かなくっちゃ。その魔方陣で」

「アホかーっ。駄目に決まってんだろ。あのクソ女が関わっているのなら尚更ダメだ!」

「そうですよ。ここからはわたしの仕事です。これ以上、陛下の手を煩わせるわけにはいきません」


 シトリーは、ドルシアの魔法で赤茶色に変えられた瞳をすぅっと細めてリヌスを見やった。


「相手はラウムかもしれない。リヌスはラウムを相手に何ができるの? 捕らえて罪に問うことができるの?」

「……いえ。わたしには…できません……」

「そもそも私たちは、――っていうか、私は、ラウムに会いに行く途中だよね? この先にラウムがいるのなら、行くべきだと思う」


 魔方陣を指差しながら言うと、セルジョが歩み寄って来てシトリーの目の前で跪いた。


「賛同できかねます、陛下。大公殿下の仰せでは、その魔方陣では二人しか移動できず、一度使えば数時間は使用できません。陛下はどのみち伯爵に会いに行くのだから、どうやって行こうと同じだとお考えなのかもしれませんが、たった二人だけで乗り込むのと、二百人の護衛と共に会いにいくのでは、全く異なります」


 それに、魔方陣の先にラウムはいないかもしれない。

 シトリーはセルジョを見下し、それから天井を仰いだ。首を傾げ、うーんと低く唸りながら、反対側に首を傾け直して、そうしてようやく口を開く。


「それでも行く。今いろいろ考えてみたけど、この魔方陣こそ唯一の証拠になるかもだよね? 女を捕まえるためには、誰かがこの魔方陣を使わなきゃならない。でも、特別調査員のリヌスでさえ返り討ちにあう可能性が高い。権限もあって、魔力が高い者が行かなきゃならないと思うんだ。つまり――」

「シトリーと俺か」


 べリスが察して先に言ってくれたので、うんっと笑顔で頷いて、べリスの腕を両手でぎゅっと握って自分の方に引いた。

 赤茶色の瞳が次第に金色に輝きを変える。その瞳をキラキラ輝かせてべリスの瞳を見つめ、強く意識しながら、はっきりと彼の名前を呼んだ。


「べリス、頼りにしてるから一緒について来て欲しい」

「………………行く」


 長めの沈黙の末にべリスがシトリーの望み通りの答えを口にしたので、シトリーはにっこりと笑顔を浮かべる。

 今のクソみたいな魔力しかないシトリーの能力なんて効かないと言っていたのに、ちゃんと効くではないか。

 鼻歌でも歌いたい気分のシトリーに対して、がくっとセルジョが項垂れて、閣下に殺されると嘆き、ハウレスは片手で顔を覆い天井を仰いだ。




【メモ】


べリス

 感情的で単純な頭だけど、努力家なので、ひと通りなんでもできる。

 堅苦しくて長い文章や複雑な計算は苦手なので、複雑な魔方陣は扱えない。

 幼い頃から、シトリーに良いところを見せたくて、とにかくがんばった。


シトリー

 頭は悪くないが、勉強が嫌い。頭は悪くないはずなのに、どこか抜けている。

 『勉強』として覚えるのは苦手だが、『遊び』としてなら覚えられる。

 シャックスが面白いと言ったものには、興味をもつことが多い。

 

シャックス

 頭も良いし、勉強が好き。飲食を忘れて没頭する。

 探求心もあり、日夜、自室にこもって謎な研究をしている。

 お菓子作りで気分転換をする。人の心は読めても、空気は読まない。


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