表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/50

37.少女たちを喰ったと噂される女の話

 

 馬車で移動すること半日。コルリスの街壁が姿を現す。

 王の一行がコルリスの街を訪れることは、事前にしらされていたようで、政務官の二人が大門の前で一行を待ち構えていた。

 馬車に乗ったまま二人から軽い挨拶を受けると、大門を抜けて、そのまま大通りを馬車で走る。


 二人の政務官のうちの片方の邸宅をひと晩借りることになっているため、馬車は街の中で一番大きな邸の前で止まった。

 先にドルシアが馬車から降りて、彼女の手を借りてシトリーも馬車から降りた。

 別の馬車からハウレスが降りて来てシトリーの隣に並ぶと、べリスも自分の馬から降りて、一緒に邸の中に入る。


 邸の大きさは、シルワの街のキケロの邸宅より一回り小さい。それは、シルワ区とコルリス区の豊かさの差でもあった。

 コルリスの街は、街壁に囲まれているため『街』と呼ばれているが、その規模は小さく、大通りの左右に並ぶ店もまばらで、品揃えも少ない。

 民家の数も、シルワの街に比べたら明らかに少なかった。


 コルリスの政務官は、シトリーたちがコルリスの街に滞在するたったひと晩のために、家族で別の家に移り、邸の家具をすべて新調していた。

 シトリーは邸の主の部屋に通され、ハウレスとべリスもそれぞれ政務官の家族が普段使用している部屋に通された。


 セルジョが邸の周りに兵士たちを配置する声が聞こえる。シトリーが王都から連れて来た兵ではなく、コルリスの街に常駐している兵を借りたようだ。

 連れて来た二百の兵士たちも街の中で宿を取って休める手はずを整えて貰っている。

 シトリーがドルシアが入れた紅茶を飲みながら寝椅子カウチで寛いでいると、セルジョがやってきた。


「陛下、お疲れなところ申し訳ありませんが、リヌスが参りました。お会いになられますか?」

「うん、いいよ。そんなに疲れていないし。いろいろ聞きたい」

「承知致しました。下の部屋で待たせております」


 セルジョの案内で階段を降りて、一階の応接間らしき部屋に入ると、ハウレスとベリスがそれぞれ重厚感のあるひとり掛けの椅子に座っていた。

 部屋の中に見知らぬ顔を見付けて、彼がリヌスなのだと分かる。ひょろりとした、いかにも文官風情な青年だ。

 筋肉ムキムキなセルジョを見た後だと、ますます痩せて見えて少し可哀想だ。およそ剣など持ったことのなさそうな体つきをしている。


 リヌスはハウレスとべリスの前に立って二人に話をしていたが、シトリーの姿を見ると、さっと体の向きを変えてシトリーに跪いた。


「王都から特別調査員として派遣されましたリヌスと申します」

「うん。話を聞きたいから立って」

「感謝します、陛下」


 リヌスを立たせると、シトリーはハウレスの向かいの長椅子に腰掛けた。

 セルジョが部屋の扉を閉めてその前に立つと、それを待っていたかのようにリヌスが口を開いた。


「わたしが調査をしている件です。わたしの力が至らず、例の女とは未だ接触を果たせていません。また、彼女を犯人だとする証拠も見付けられず、今のところ、目撃証言のみの状況です」

「目撃証言? それって、どんな?」

「消えた少女たちが、姿を消す前にその女と話しているのを見たという証言です」

「えっ、それだけで、その女を犯人だって言っているの? てっきり喰い散らかされて血まみれの遺体が捨てられいてたとか、そんで、その時に逃げていく女の後ろ姿を見たとか、そういう話かと思った」


 怪訝そうに言えば、リヌスはシトリーの方に顔を向けたまま首を左右に振った。

 彼は、べリスとシトリーのちょうど間くらいに立っていて、自分の話に耳を傾ける顔を順に見回しながら口を開く。


「わたしもこの街に来るまで、そのような話をたくさん聞かされるものだと思っていました。けれど、この街に着いて調べていくと、少女たちの遺体は見付かっていず、彼女たちは姿を消したままで、生きているのか、もはや死んでしまっているのか分からないのです。それに、少女たちの家族は、娘が攫われたと主張をしていますが、姿を消した少女たちの多くが、自ら自宅を出ていく姿を目撃されています」

「えっ、家出ってこと?」


 シトリーは驚いて瞳を瞬かせる。だって、誘拐と家出では、だいぶ話が変わってきてしまう。

 家出なら被害者は存在しないし、事件性も薄い。それに、もしかしたら、女は家出少女たちを保護しているだけなのかもしれない。


 けどさ、とベリスが口を挟んだ。


そそのかされたってこともあるだろ? 家出を唆されたというのなら、家族にとっては攫われたようなものだ」

「仰る通りです。女が家出を唆したのであれば、それは誘拐、あるいは、拉致とも言えます。――しかし、少女たちが喰われたという話は事実ではないかもしれません。女の家に行き、調べたところ、そのような痕跡が見付かりませんでした」

「じゃあ、喰ったというのは、どこからきた話なの?」

「街の噂が大きく広まり、それを信じた者が嘆願書や報告書を書いたようなのです。噂の出所を調べたところ、肉屋の娘が想像で口にした『すでに売り飛ばされているかもしれない』という言葉が始まりでした」

「『売り飛ばされているかも』から『女が喰った』にどう展開したのか分からないけど、つまり、女は少女たちを喰っていないってことなの?」

「分かんねぇよ? もし、女が家とは別の場所で喰ったとしたら、家に痕跡がないのも当然だろ」

「確かにその可能性も捨てきれません」


 ベリスの言葉にリヌスが頷いた。

 火のない所に煙は立たない。きっと女には、攫った少女を喰いそうだと思わせる何かがあったのだろう。


 それにしても、『女が少女を喰う』とは、聞けばかなりの衝撃を受ける言葉だ。

 事実、シトリーも一番最初にこの件を書類を読んで知った時には、ぎょっとした。

 でも、悪魔だし、そういうこともあるのかなぁ、とその時は思ったものだ。だが、記憶が戻りつつある今はこう思う。


 あることはあるが、そうめったにあることではない、と。


 いわゆる共食いは『美味しくないからやめましょうね』と、シトリーなどは幼い頃にハウレスやオセ、ストラスなどの身近な大人から教わった。

 なので、シトリーもベリスもシャックスも、自分たちと近い姿をしている生き物は食べない。悪魔はもちろん、人間も天使もだ。


 だが、身近に教え導いてくれる大人がいなかったり、いたとしても、他に食べるものがない場合は、生きるために食べたりもするようだ。


 しかし、悪魔にも様々な性質を持った者がいて、もっともたちの悪い者は、他の者の血肉を食べることで、その者の魔力を奪い、自分のものにできると心から信じている。

 彼らは、ワインの代わりに他の悪魔の血を飲み、牛か豚のように悪魔の肉を調理して食べるのだという。


(あ、そうか。だからか)


 肉屋の娘が口にした言葉だったから、その言葉を聞いた者は『肉として売り飛ばされたのかも』と思ったのかもしれない。

 ひとつ納得すると、すぐに別の疑問がわく。


(――っていうかさ! 美味しくないから食べるなと教わってきたけど、もし悪魔の肉が美味しかった場合、どう教わってたんだろう!?)


 こちらの疑問は、ハウレスに尋ねるべきか、オセに尋ねるべきか、はたまた、ストラスか。悩ましいので、先送りにしておこう。

 ともあれ、この件を解決するためには、女を捕らえて話を聞くこと、そして、姿を消して少女たちを見付ける必要がありそうだ。


 ふと、リヌスの視線がシトリーに向けられていることに気が付く。

 見惚れられることには慣れているが、リヌスの視線はそういう類のものではないようだ。

 顔を上げて、視線を合わせると、リヌスはびっくりしたように眉毛を大きく跳ねさせて慌てて顔を伏せた。


「何か言いたいことがあるの?」

「いえ、あの……」

「何?」


 問いを重ねると、リヌスは観念したように口を開いた。


「誤っているかもしれませんが、ふと、陛下を見ていて気が付いたのです。姿を消した少女たちは皆、猫亜族なのです」

「ねこあぞく? ――哺乳類食肉目ネコ亜目ネコ科ネコ亜科ネコ属ヤマネコ種ねこ?」

「シトリー、なんの呪文だ」

「陛下、そこまでいったら、ただの猫です」


 シャックス並みの理解力を示してリヌスが反応する。

 べリスは訝しげにリヌスを見やり、それから、うんざりした顔で椅子の背もたれに寄り掛かって口を閉ざした。


「ネコ科までは良いのですが、ネコ亜科までいってしまうと、陛下たちのような豹の方々が入らなくなってしまいますので」

「あ、そっか。ネコ科はヒョウ亜科とネコ亜科に分かれるのか。――で、猫亜族は、ネコ科の獣に変身する悪魔のこと?」

「はい、そうです。――けど、実際にはあまり使われていない言葉ですね。猫の姿になる者は猫族、豹の姿になる者は豹族と言ってしまうことの方が多いです。合わせて猫亜族なのですが、特に豹族は猫族と同じにされるのを嫌がりますから」


 ちらりとハウレスの顔を窺うと、ハウレスは、ふむっと頷いて肯定した。


 悪魔たちの多くは、人間に似た姿と獣の姿を持つ。

 人間の姿は神の姿を似せて作られており、天使もまた神に似た姿を持つ。つまり、神、天使、人間は、同じ姿をしている。


 堕天使たちは天界にいた時は神や人間と似た姿をしていたが、天界からちた時に、神によって、人間に害を為す獣の姿を与えられた。

 以後、魔界で誕生した悪魔たちも同様に獣の姿を持つようになったが、悪魔たちは滅多に獣の姿にはならない。獣の姿は、神からの罰であり、呪いだからだ。


 悪魔たちは自身の獣の姿を忌々しく思っている――はずなのだが、どうやら悪魔たちは獣の姿によって種族分けされているらしい。

 長い年月が経ていくうちに、獣の姿もさほど嫌いではなくなったのかもしれないし、神からの罰とか呪いとか、そんな考え方など、どうでもよくなったのかもしれない。


「――じゃあ、シャックスは何族?」

「鳥族だろ?」

「ラウムも鳥族? カイムも鳥族だね」

「シトリーの兄ちゃんも鳥族」

「鳥族、ざっくりし過ぎじゃん」


 あははは、と笑ってから、ちらりとべリスを見やる。

 稀に獣の姿を持たない悪魔もいる。べリスがそうだ。神の呪いから逃れた希少な悪魔だと言われている。


「ヒト亜族? ヒト族?」


 べリスを指差しながらリヌスに尋ねると、彼は苦笑を漏らした。


「人族です」


 ああ、と少しだけ記憶が戻って頷いた。

 神と同じ姿であるが、まさか『神族』などとは言えないので、『神』と音を同じくする『人』を用いて『人族じんぞく』なのだ。


 リヌスが、こほんと咳払いをした。


「陛下、話を戻させて頂きます。コルリス区には猫亜族が暮らしている村がいくつかあります。言い換えますと、『ふたつ月の国』において猫亜族が暮らしている村はコルリス区にしかありません。周辺諸侯の土地を見ても、この辺りでは唯一と言って良いでしょう」


 シトリーは小首を傾げた。


「猫亜族って、珍しいの?」

「もっと西の方には多いのですが、東では数が少ないです。東の方は鳥族やイヌ亜族が多いですね。狼族とか熊族とか、イタチ族とかです」


 ふーんと鼻を鳴らすと、リヌスは話を続ける。


「猫亜族には、陛下のように金色の瞳を持った者や金色の髪を持った者がいます。そして、姿を消した少女たちは皆、瞳もしくは髪の色が金色でした」

「つまり、君はこう言いたいのかな? 瞳、もしくは、髪の色が金色である猫亜族の少女が狙われたと」

「はい、大公。仰せの通りです」

「……」

「……」

「…………これって、振りだよね?」

「ちげぇーよ、シトリー」

「いや、だって。私、金髪じゃん? 金眼じゃん? 私じゃん!」

「落ち着け、シトリー。黙っとけ」

「陛下、却下です」


 まだ何も言っていないのに、ハウレスが真顔で言ってきた。べリスもかなりひどい。

 リヌスはようやく自分が聞かせてはならない相手に口を滑らせてしまったことに気が付いたようだ。顔を青ざめさせ、あたあたとしながら言う。


「陛下、被り物を被って頂けますか? 帽子とか、ヴェールとか」

「それこそ却下。せっかく、いい囮がいるのに使わないの? 私がうろうろしてたら、例の女が接触してくるかもじゃん」

「とんでもない! 陛下を囮になんてできません」

「でも、髪も瞳も金色だったら、絶対狙ってくると思う!」

「うわっ。シトリーがぜんぜん黙らねぇ!」

「陛下、我々は北へ進まねばなりませんぞ」

「そーだ、そーだ。囮になってる暇はねぇ」


 ハウレスとベリスから交互に言われて、むーっと顔をしかめる。だがすぐに、じゃあさ、と代替案を思い付いたと顔を輝かせる。


「例の女の家に行ってみたい」

「はぁ? んなとこ行ってどうするんだよ?」

「何か手がかりがあるかもじゃん」

「陛下、調査はリヌスに任せて、我々は明日、出発するべきです」

「うん、明日、出発するよ。出発して、その通り道に女の家があったら問題ないよね? ちょっと寄り道するだけだもん」

「なんで、そんなに首を突っ込むんだよ。単なる家出かもしれないんだぞ」

「みんな猫亜族で、容姿に共通点があるのに? 乗りかかった船じゃん。解決するところが見たい!」

「乗った覚えがねぇよ」


 はぁー、とハウレスが大きめのため息をついた。

 ハウレスが次に何を言い出すのか、シトリーもべリスも口を閉ざして彼を見守った。なんだかんだ言っても、ハウレスが駄目だと言えば、シトリーは諦めるしかないからだ。


「――では、その家が通り道にあるようでしたら、少しだけ寄り道をしてみましょうか。この街よりも南にあるようでしたら諦めるのですよ」

「さすがハウレス。話が分かる! ――で、その家どの辺にあるの? 北? 北? 北?」

「南! 南! 南!」


 シトリーとべリスに左右から見つめられてリヌスはたじろぐ。もごもごと口を動かして、ようやく声を、恐る恐るといった様子で口から絞りだした。


「どちらかと言えば、……北です」

「やったー!」

「ぐはっ!」


 シトリーが万歳をし、べリスは両手で顔を覆って体を反らすようにして天井を仰いだ。

 リヌスが申し訳なさそうに付け加える。


「街を出て、北東に1時間ほど馬を走らせますと、村が出てきます。その村の外れに女の家があります」


 聞く限り、それほど遠くなさそうである。

 部屋の扉の前に佇んでずっと黙っているセルジョに視線を向けると、シトリーはにっこりして言った。


「そういうわけで、寄り道する方向でお願い」


 一行の進むべき道、休憩場所、護衛の配置などを決めているのはセルジョである。

 ハウレスの許可が得られたのなら、次は彼に頼むのが筋だ。そう思って、顔の前で両手の指を組むと、セルジョは困ったように眉を寄せた。


「閣下に殺されたくありません」

「私が無事なら大丈夫だよ」

「まだ死にたくありませんので、どうかくれぐれも危険な真似はなさらないでください」


 はーい、と軽い返事をすると、セルジョは気が重そうに肩を落とした。リヌスは未だ青い顔をして、心なしかブルブルと体を震わせているように見える。

 この二人には、世にも恐ろしい顔をしたオセの幻覚でも見えているのだろうか。


 王都を出てから長らく単調な旅が続いていたが、明日の旅は楽しみに思えて、シトリーは揚々と自分に用意された部屋に戻った。

 部屋の中でドルシアが待っていたので、先ほどの話をざっと話して聞かせると、彼女はまずシトリーの金髪をどうやって隠すべきかを思案し始めた。


(そこなんだー!)


 いや、もっと他にもいろいろ話したのに――家出かもしれないことや、女が少女たちを喰っていないかもしれないこととか――そういう話はすべてどうでも良かったらしく、ドルシアは明日のシトリーの衣装のことだけが気掛かりらしい。


「いっそ、髪も瞳も魔法で色を変えてしまったら如何ですか?」

「簡単にできるの?」

「下級悪魔の間でもよく使う魔法ですよ。でも、魔力が弱い者がやると数分しか持ちません。私でしたら、2時間くらい持ちます」

「じゃあ、それで。コルリス区にいる間だけ色が変わっていればいいんじゃないかな」


 ドルシアは衣装箱からシトリーの服を何着か出して椅子の背もたれに掛けると、ぱっと振り向いて、瞳を輝かせながら言った。


「私と同じ色の髪は如何ですか? 瞳の色も同じにしてください」

「なんで?」


 同じにするのは構わないが、ドルシアの意図が分からず、首を傾げる。

 すると、ドルシアは眉を下げ、寂しげな笑みをそっと浮かべた。


「私、弟がいるんです。7つ下で、もうすぐ12歳になります。陛下と接していると、その弟を思い出します。……あっ、もちろん、顔が似てるとか、そういうのはぜんぜんないんですが、ちょうど陛下と同じくらいの背丈で」

「背丈……」


 一瞬、意識が遠く彼方に飛び掛かった。


(身長が、12歳の男の子と一緒! しかも、もうすぐと言っていたから、11歳!?)


 だが、こんなことで衝撃を受けている場合ではない。ドルシアの表情が暗く沈んでいるように見えた。


「家族に会いたくなった?」

「そうですね。私、シルワの街から出たことがなかったんです。なのに、自分がこんな遠い場所まで来ることができるなんて考えたこともなくて……。ブルーノ様から言われていることがあるんです」


 言いながらドルシアは寝衣を衣装箱から出して、それを腕に掛けて持って来る。


「着替えましょう」

「ブルーノは、なんて?」


 ドルシアの手を借りながらフロックコート、ウエストコートを脱ぐと、ドルシアはそれらを大事そうに抱えて衣装箱に仕舞い込んだ。


「ブルーノ様には、この旅の間に、本当に陛下の侍女になりたいと望むのか、心を決めろと言われました。陛下の侍女になるということは、中級悪魔になるということなのだから、と」


 白いシャツのたくさん付いたボタンを上から順に外しながらドルシアに聞き返す。


「中級悪魔になりたいんじゃないの?」

「なりたいです。老けたくないので。――でも、ブルーノ様に言われたんです。いないということは、時間に置いていかれるといくことだと」


 脱いだシャツもクラバットと一緒にドルシアに渡すと、ベッドの縁に腰を下ろして、ブーツを脱いだ。

 白い長靴下、ブリーチズも脱いでドルシアに差し出すと、代わりに差し出された寝衣を頭から被るように着る。


「家族の中で自分だけが中級悪魔になるということは、家族はどんどん老けていくのに、自分だけは若いままだということです」

「そうだね」

「はい、私もブルーノ様からそう言われて、そんなこと知っているわ、当然じゃないのって思いました。でも、それからよく考えてみたんです。父や母が私よりも早く死ぬのは自然なことなので、悲しいけれど、耐えられると思います。けれど、妹や弟。それから、妹や弟の子供たち、孫たちも私よりも先に死ぬことになります。いつか、シルワの街は私の知らない人たちで溢れ、私ことなどまったく知らない人ばかりになります。それは、私の知っているシルワの街ではなくなるということです」


 きっと故郷を失うことに等しいと、ドルシアは僅かに顔を俯かせて言った。

 彼女にこんな寂しそうな表情をさせているブルーノも下級から中級になった悪魔のひとりだ。

 おそらく彼は家族も親しい友人も、そして、故郷を失ったのだろう。

 だからこそ、彼は自分の経験を踏まえて、ドルシアに覚悟を決めるようにときつい言葉で言ったのかもしれない。


 彼女はシトリーに背を向けて、ベッドのサイドテーブルに用意しておいた湯の入ったステンレスの桶を運んで来て、シトリーの足元に置いた。

 床に両膝をついて、桶の湯にタオルを浸して軽く絞ると、シトリーに差し出す。

 そのタオルで顔を拭いてドルシアに返すと、彼女はそのタオルを再び桶に浸して濯ぎ、今度はきつく絞って、シトリーの腕や脚を丁寧に拭き始めた。


「そう言えばさ、テツラの街でもここでもドルシアみたいにベッドに忍び込んでくる女なんていないね」


 よくあることだとオセやべリスは言うが、シトリーの知る限り、ドルシアだけだ。

 ドルシアはシトリーの足の裏を拭いていた手を、はたと止めて顔を上げた。


「それは、私が防いでいますので。テツラの街でもここでも陛下が部屋に戻って来る前に、私が部屋を確認して、潜んでいた女を追い出しています」

「ええっ、そうだったの!?」

「どこに潜んでいようと、絶対に見つけ出す自信があります。同類ですからね。彼女たちの考えそうなことは、手に取るように分かるんですよ」


 ふふふっと笑ったドルシアは、既に元気を取り戻したように見えた。




セルジョ…『わたし』『陛下』『総裁閣下』或いは『閣下』

 モンス区常駐軍副官。

 大剣を片手で振り回せそうなくらいに大柄。30代半ば。中級悪魔。

 黒茶の髪と瞳。筋肉ムキムキ。


リヌス…『わたし』『陛下』『公爵閣下』『大公殿下』

 ひょろりとした、いかにも文官風情な青年。20代後半くらいの年齢。

 焦げ茶色の髪に、明るい茶色の瞳。中級悪魔。

 王都からコルリス区に派遣された五人の特別調査員の長。グイドの部下。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ