33.世継ぎは必要ないので、お役には立たない
ちゅっ、とリップ音が耳を掠め、瞼が薄く開く。
「んっ」
深く口を塞がれて呼吸を奪われる。
ぎゅっと目を瞑って、手探りで自分に覆い被さる体に触れると、その背をバシバシ叩いた。
「ふっ…あっ……」
ようやく解放されて、潤んだ琥珀の瞳でオセを見上げる。
「何もしないって言った!」
「それは昨晩の話ですね。湯を貰って来ます。それと陛下の服を。起きていてください」
そう言ってオセは、さっと寝台から降りると、部屋から出て行った。
暗に二度寝するなと言われたので、のっそりと上体を起こして寝台の上で胡坐をかく。覚めきれない眠気が波のように襲いかかってきて、ぐらりぐらりと体が前後に揺れた。
扉の開閉音が聞こえて、オセのブーツの音が部屋の中に入ってくる。
見上げると、きちんと身支度を整えたオセが湯の入ったステンレス製の洗面器を片手で運び、テーブルの上に置いた。左腕にはシトリーのチュニックが掛けられていて、その手でブーツを掴んでいる。
「こちらに来て、顔を洗ってください」
「うん」
洗顔を済ませ、チュニックを着て、ブーツを履く。
キケロの使用人が二人分の朝食を運んできたので、オセと済ませてから部屋を出た。
廊下の先からキケロが足早で近付いてきて、両手を揉み合わせながら声を裏返す。
「お目覚めは如何でしょうか、陛下。ゆっくりとお休みになられましたか? あのう、わたしの娘が粗相を致しましたでしょうか? ドルシアがお気に召されなければ、ドルシアには妹がおりまして……」
シトリーが口を開く前に、オセが片手を振ってキケロの口を塞いだ。
「陛下はすぐに発たれる。見送りを」
キケロは体を縮めて先に立って廊下を歩き、邸宅の外までシトリーとオセを見送る。
キケロの邸宅の外はシルワの街人でごった返していた。
ひと目、自分たちの王の姿を見ようと、大騒ぎをしながらキケロの邸宅に押し寄せて来たのだ。そして、こうしている間にもその数はどんどんと増えている。
そんな街人を遠くに押しやろうと、兵士たちが斧槍を構えて邸宅の周りを囲んでいた。
シルワの街にはシトリーの60軍団のうちの2軍団が配置されている。街に配置する軍団の数は、街の大きさや治安の良し悪し、それから国境までの距離などを考慮されて決まる。
特に問題がなければ1軍団だが、治安が悪いセプテントリオ区などは3軍団だ。
そして、シルワ区に関しては、普段の治安が悪いとは思えないので、国境の近さから2軍団と定められているのだろう。
その2軍団のほとんどがキケロの邸宅の前に集結しているように見えた。
彼らは、お祭り騒ぎの街人たちを鎮静化させようとしているかのように見えて、じつは彼らこそ美しい少年王の出現に浮足立っている。
オセは外の騒ぎに眉を顰めながら、配下に自分の馬を連れて来させた。
「そう言えば、アリスは?」
そろそろ元気になってきたので、自分の馬に乗っても良いのではと思ってオセに尋ねると、オセはシトリーに手を差し伸べながら答えた。
「ガルバ将軍と一緒に先に帰城させています」
「えー、ここにいないの?」
ならば、オセの馬に乗せて貰うしかないではないか。
シトリーは幼少期から気まぐれで、やりたいことをやりたい時にやりたいだけしかやってこなかった。
それは乗馬に関しても当てはまり、あまり上手とは言えない乗り方をするため、アリス以外の馬はシトリーに乗られることを嫌がるのだ。
アリスはそんなシトリーのためにストラスが厳選した賢い馬で、ストラスによる特別な訓練を受けた馬だった。
(兄ちゃんに感謝だ。――って、たぶん、私、ストラスのことを『兄ちゃん』って呼んでない気がする)
べリスにつられて『兄ちゃん』と心の中で呼んでみたが、違和感が強い。
うっすらと思い出してきたように感じる記憶によると、もっと違う呼び方をしていたように思う。
(植え付けられた記憶では、人間の私には『兄貴』がいたけど、『兄貴』って感じでもないんだよなぁ)
うーんと考え込みながらオセの手を取って馬の上に乗せて貰った。
そこにキケロがにこにこしながら歩み寄ってくる。
「陛下、我が邸に滞在して下さり、光栄です。それで、わたしには姪もいまして……」
「陛下っ!」
父親の言葉を遮ってドルシアが駆け寄ってきて、オセの馬の前で膝を折って跪いた。
「どうか私を王都にお連れくださいっ! 心を尽くしてお仕え致します。そして、必ずお役に立ってみせます!」
娘の姿を見て、慌てたようにキケロも娘の隣に並んで跪く。
「ドルシアはきっと陛下のお世継ぎを産みます! どうかドルシアを王都に連れて行ってやってくださいっ!」
額に地面の土をつけて平伏する彼らをちらりと一瞥すると、オセは配下に視線を向けて、親子を馬の前から追い払わせた。
親子は尚も大声を上げ続けていたが、オセは馬を前へと歩かせる。
街壁を出ると、フォルマが出発の準備を終えて待っていた。べリスもフォルマの隣で騎乗していて、ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべている。
「シトリー、裸の女がベッドに寝ていたんだって?」
「なんで知ってるの?」
「俺のベッドにはファビアの娘が潜んでいた」
「えっ、それでどうしたの?」
「もちろん部屋から追い出してやったさ。――で、朝一番にファビアを問い質したら、キケロは娘を王に捧げたはずだから、自分は公爵に捧げようとしたと白状したってわけだ」
キケロとドルシアの必死さを思い出して、不信感と嫌悪感を混ぜたような感情が胸の中で渦巻く。眉間に皺を寄せてシトリーは首を傾げた。
「なんで、あんなに必死なの?」
「そりゃあさ、上級悪魔に気に入られて傍に置いて貰えたら、中級になれるかもしれないからだろ?」
中級悪魔は不老だ。病で死ぬこともなく、寿命もない。
「ドルシアは私の役に立つ、って。世継ぎを産むって言っていた」
キケロ親子に言われた言葉を思い出して、ぽつりと零すように言うと、べリスは、はははっと笑い飛ばした。
「考え方が下級なんだよな。俺ら上級悪魔は不滅だ。世継ぎなんて必要ないんだってことを、あいつらは理解していない」
「そっか、世継ぎは必要ないんだ?」
目から鱗である。
おそらく、だからなのだろう。ストラスが拾った赤子を己の子とせず弟にしたのは、後継ぎなど必要としていなかったからだ。
彼が求めていたのは、自分の地位や財産を譲る息子ではなく、自分をけして裏切らず、自分の助けとなる弟だ。
具体的に言えば、ストラスは戦闘に向いていない。知略には長けるが、身体能力はさほどでもなく、大軍を率いる器もなかった。
なので、自分の代わりに戦場に行ってくれる弟が欲しかったのだ。
(頼朝と義経……的な?)
同じようなことをべリスの父親に関しても言える。べリスの父親は、自分の助けとなる息子を必要として、自分の分身をつくった。
そこに他人の血を入れなかったのは、求めていたものが後継ぎではなく、自分の手として働く自分自身だったからだ。
「だからさ――」
べリスがシトリーの方に体を寄せ、顔を近付けるようにして言った。
「シトリーが男でも俺は構わない」
「は?」
「子供は必要ないからな。二人でずっと一緒にいられたら、それでいい」
「……」
呆気に取られて、二の句が継げなくなる。
べリスのその言葉を嬉しいと思ってくれる相手がきっといるはずなのだが、それは自分ではない。
べリスとは、一緒に遊んだり、ふざけあったりして、ずっと仲良くありたいと思うけれど、二人でというよりは、シャックスも入れて三人でいたい。
ちゃんとべリスに自分の気持ちを分かって貰いたくて口を開きかけると、それを見てべリスが体を遠ざけた。手綱を操って隊列の前の方へと馬を駆けさせて行ってしまった。
「逃げられましたね」
「え?」
「陛下の言葉を察して、言わる前に逃げたのかと」
うん、と頷いて、そのまま俯くと、その頭をオセがくしゃりと撫で回した。
オセは隊列の先頭にいるフォルマに向かって片手を上げ、出発の合図を出す。ゆっくりと10軍団が移動を始めた。
途中、昼食を含む休憩を挟みながら、日暮れ近くまで進む。
オセの腕の中でウトウトとしていると、ぐわぁぐわぁと鳥の鳴き声が聞こえた。
瞬きをしてからマゼンタ色の空を見上げると、烏のような、蜥蜴のような生き物が頭上を飛んでいく姿が見えた。
そのずっと先を視線で追うと、うっすらと筋のようなものが見えてくる。
筋は乾燥した大地の上に沿うように長く左右に広がって立っている。
そして、それは近付くにつれて、はっきりと色濃くなってきた。
筋の正体は壁なのだと分かるまで、そう時間がいらなかった。
様々な大きなの石を積み重ねて造られた壁は、『ふたつ月の都』をぐるりと囲む外壁だ。
巨人のためにあるのではないかと思うほどの大きな扉をくぐり、外壁の中へと入ると、街壁が現れる。
街壁の中は、王都と呼ばれる大きな街だ。
南北、そして、東西に走る大通りに沿って建てられた家々の壁は、ピンクや黄緑や水色と様々で、昼でも夜でもオレンジ色の街灯が大通りを灯している。
カラフルに色づいた街並みを護る街壁に沿って、さらに進むと、緩やかに上り坂となった。
草の生えない岩地を蹄を響かせながら馬たちが進む。
ようやく城壁がその姿を現し、城門の前に出迎えの者たちが並んでいる姿も見えた。
フォルマの合図で進軍が止まり、オセの馬だけが前へと歩みを進める。
城門の前まで来ると、オセは馬から降りて、シトリーに手を差し伸べた。その手を掴んで馬から飛び降りると、ガルバが大きな足取りで歩み寄って来た。
「陛下、ご無事で何よりです。お守りできず、申し訳ございません」
「ううん、ガルバのせいじゃない。私がひとりで突っ込んで行ったからで。――怪我は大丈夫?」
「とっくに治っております。いつでも出陣できます!」
次こそラファエルをぶっ殺しましょう、とガルバは、がはははっと笑った。
ガルバの後ろにグイドの姿もある。彼は深々と頭を下げると、大きな身振りと共に陽気な声を出して言った。
「陛下、誘拐されたとお聞きして、たいそう肝が冷えました。お帰りくださり、家臣一同、安堵いたしております」
「うん、心配かけてごめん」
「ところで陛下。穀物の件、お聞きしました。転んでもただでは起きないとは、さすがです」
褒められているのに、同時に茶化されているような気がするのは、なぜか。
おそらくグイドの軽薄に感じられる口調と仕草のせいだろう。大人の男の色気を溢れさせながら、オーバーとも思えるような身振り手振りで、にこにことしてくるから憎めない。じつに、得な性格をしている。
ところが、迎えに出てきた者たちも引き連れて城内に入ると、グイドがオセに歩み寄り、いつもの軟派な笑顔を消して言った。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、オセ殿。いくつか報告があります」
「執務室で聞こう」
そのまま連れ立って去ろうとして、はたとオセがシトリーに振り返った。
ずっと馬上で体を寄り添合わせて移動してきたから、その温もりが急に離れて行ってしまう不安に琥珀色の瞳を揺らすと、ぐっとオセが息を呑んだ気配がする。
オセは僅かに眉を下げて苦しげな表情を浮かべて言った。
「陛下、旅の汚れを落としてゆっくりお休みください」
咄嗟にオセの濃藍のマントを掴む。その手をオセの大きな手が包み込むように上から抑えて、陛下、と吐息交りにオセが言った。
「あとで陛下の部屋に行きます。ですから、先に休んでいてください」
「……うん」
――あとでオセが部屋に来る?
囁かれるように言われた言葉がうまく呑み込めず、シトリーは困惑しながらオセのマントから、するりと手を放す。
それを納得したのだと捉えたオセはシトリーの頭をくしゃりと撫でてから、グイドと共に廊下を歩いて行ってしまった。
シトリーは、未だ王の帰城に沸き立つ者たちから、そっと離れて長い廊下を進み、自室に向かう。
王もさることながら、戦場で戦った兵士たちもようやく帰って来られたのだ。無事の帰還に喜び合い、まるで祭りの賑わいだ。
だが、シトリーがひとり、城内の奥へ奥へと進んで行くと、やがて喧騒を背中に感じるようになった。
(あとでオセが部屋に来る? 私の部屋に? なんで? ――それって、どういうことだ?)
先に休んでいて良いと言っていたが、休むって、なんだ? どこまで休んで良いのだろうか?
ソファで寛いでいたらいいのか?
それとも、ベッドで寝てていいのか?
(でも、来るって言っているのに、寝てたら変じゃん?)
こういう時、シトリーの記憶のある自分は、いったいどうしていたのだろうか?
首を傾げながら静けさに包まれた廊下をひとりで歩く。すると、不意に自分の隣に空白があることに気が付いた。
寂しさがそっと付添う。ずっと隣にいた存在が消えて、その場所にぽっかりと穴が開いてしまっている。
(ずっとオセが傍にいてくれたから考えずに済んでいたのに、オセが離れたとたん、これかよ……)
ぎりっと下唇を噛んで、自室の扉を開き、数日ぶりに中に入った。
シトリーが留守の間もきちんと掃除されていたらしく、埃ひとつなく、妙に整っている。
旅の汚れを落としてとオセに言われたので、風呂に入ろうと思い、寝室に向かう。彼女に教わった通りに隠し通路の入口を開くと、狭い階段を下りて、浴場に向かった。
音を立てて扉が開き、脱衣所に出る。さっさと衣類を脱いでしまうと、カラリと引き戸を開けて浴室に入った。
ひとりで使うには、じつに広すぎる浴室だ。浴槽は常に清潔に保たれ、浴槽の真ん中に立つ黒豹の像の口からジャバジャバと湯が流れ出ている。
先に洗い場で体を洗うと、浴槽の縁を跨いで湯の中に足から入った。
「はあー……」
何日ぶりのお風呂だろうか。
カイムの館でも入ったと言えば入ったが、とてもではないが、リラックスした入浴ではなかった。
あんな緊張感のあるお風呂などカウントしないものとしたら、二週間ぶりくらいだろうか。
お湯の温かさと体に感じる浮遊感に心地良さを感じて、浴槽の縁に乗せた腕を枕にして瞼を閉じた。
ジャバジャバと水音が浴室に響き渡っている。
(二週間前に、ここで……)
彼女と一緒におしゃべりしたことを思い出して、ジャバジャバという水音が悲しさと寂しさを呼び起こそうとしているかのように感じた。
ざばりと水音を立てて浴槽から出る。
脱衣所に戻ると、タオル棚からタオルを取って髪と体を雑に拭く。寝衣を探し出して身に着けると、隠し通路を通って寝室に戻った。
寝室は薄暗く、空気が重く感じるくらいに静まり返っていた。
にこにこ笑顔や語尾を間延びさせたしゃべり方が、今ここに無いことが不思議でならない。
ずっと隣にいたのに――。
黒髪をふたつに分けて結んでいた少女の姿を思い浮かべながら、深くため息をついた。
(あんなにべったりくっついてきたくせに、勝手にどっかに行っちゃうなんて)
せめてひと言。なんでもいいから言い訳をしてから行って欲しかった。
たとえ、その言い訳が、嘘に嘘を重ねたものだとしても、ひと言もないよりもずっといい。
広すぎるベッドに上がって仰向けに転がった。
暗闇の中、天蓋を見つめながら彼女のことを想う。
(ラウム……)
そんなに嫌われていたのだろうか。
記憶と魔力を奪い、にこにこしながら毒を飲ませ続けるくらいに、彼女は自分を憎んでいたのだろうか。
もし、そうなら胸を裂かれるように悲しい。
(友達だと思っていたのに……。だって、二人でいる時はずっと楽しかった)
嘘ばかりの彼女だったが、すべてが嘘だったとは思えなかった。
まるで友達のように接してくれて、たくさん二人で笑い合ったのだ。
――そう、友達だ。植え付けられた記憶の中でも彼女は自分の友達だった。
(ラウム、あんたいったい何がしたかったんだよ)
友達になりたかったのなら言ってやれたのに、もう友達じゃないか、って。
二人でたくさん話そう。美味しいケーキを食べながら、いっぱい笑い合おう。そしたら、どんな嘘だって、きっといつか許せると思うから。
△▼
隣の部屋の物音で、目覚める。
昨夜は、いつの間にか眠ってしまったらしい。目尻がカサカサしているのは、たぶん寝ながら泣いたからだ。
ものすごく悲しくて苦しい夢を見ていたような気がするが、目覚めたとたんに忘れた。
寝室から出て、隣の部屋に行くと、見覚えのないメイドが朝食の支度をしている。
黒髪を結い上げて、黒いロングスカートを着た少女だ。部屋まで運んできたワゴンから料理を取り、テーブルの上に並べていた。
「おはよう。――サビナは?」
「おはようございます、陛下。――サビナさんは城を去りました」
「え? そうなの? なんで?」
「分かりません。もともと伯爵様が連れて来られた方だったので、伯爵様の命令があったのではないでしょうか?」
そう言えば、ラウムが選んだメイドだと言っていた気がする。信頼できる者だと。
少女の給仕を受けながら朝食を済ませると、食後の紅茶を入れて貰った。
カップを手に取って、鼻の近くまで持ち上げると、香りを楽しむ。それから、ひと口すすった。
「……あれ?」
口の中でふわっと広がった味に違和感を抱いて、それを口に出すと、メイドの少女がさっと顔を青ざめさせた。
「お口に合いませんでしたか? 申し訳ございません!」
「え、いや、違う。普通に美味しくて驚いただけで、謝る必要はない」
「どういうことでしょうか?」
不安げに眉を下げた少女が哀れになって、彼女が入れてくれた紅茶を飲み干した。
「うん、美味しい。ありがとう。ご馳走様」
にっこりして言うと、少女は頬を染めて瞳を潤ませる。感情の高ぶりから今にも泣き出しそうになりながらも食器を片付けると、慌てたようにワゴンを押して部屋を出て行った。
部屋にひとりになると、紅茶に抱いた違和感をもう一度ゆっくりと思い出してみる。
ラウムやサビナが入れた紅茶には苦みと渋みがあった。
(苦みと言えば、ラウムから貰った水も苦かった。ラウムは城で汲んで持ってきた水だと言っていたが、オセから貰った水は苦くなかった)
オセの水が特別だったとは思えない。オセはきっと兵士たちと同じものを口にしているはずだ。食事でさえ兵士たちと同じものを食べるからだ。
(――とすると、ラウムの水の方が特別というか、普通の水ではないのだ)
その普通ではない水で紅茶を入れていたとしたら?
その水は苦みがあって、その苦みを隠すために紅茶の渋みを利用していたとしたら?
水の苦みとは、いったい何か。
シャックスが言っていた。魔力と記憶の回復を妨げるような毒を盛られていたのではないか、と。
魔力と記憶は深く結びついているため、記憶が戻れば魔力も戻り、魔力が戻れば記憶も戻るのだという。
思い返せば、記憶を取り戻しそうな様子を見せるたびに紅茶を飲ませられていなかっただろうか。
ハウレスから貰った飴を禁じたのも、魔力と記憶を取り戻さないようにするためではなかろうか。
(私、ラウムに毒を盛られてた……?)
【メモ】
街壁…街を囲む高い壁。
街…街壁に囲まれた居住地。基本的に街人は商売をして生活しており、田畑を持たない。
区の中心であり、区と同じ名前で呼ばれる。
街人に選ばれた政務官が二人いて、二人の協議によって区を管理している。政務官の協議が決裂した場合、王命を仰ぐ。
王の兵士が1~3軍団、常駐している。
村…街壁のない居住地。村人は田畑を耕して暮らしている。区の中に複数点在する。
村長が属する区の政務官の方針に従って村を管理している。
王都…カラフルな街並み。かなり大きな街。街の北側は高くなっていて、崖の上に城がある。
街を囲む街壁と城を囲む城壁をさらに囲むように外壁がある。




