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32.あなたの初めては、すべてわたしが頂きました

 

 指先で兵士をひとり呼んで、食べ終えた器を片付けさせると、べリスが怪訝そうな表情を浮かべて言った。


「なんだって? 乙女ゲーム? この世界が?」

「そう思ってた、っていう話だよ。――だって、本当に何もかもがゲームの設定と同じだったんだ」


 ゲームも主人公が棺の中で目覚めるところからスタートする。

 そして、一番最初に出会う悪魔はラウムで、彼女に魔王の身代わりを依頼されるのだ。


「ゲームの設定と同じだったんじゃなくて、ゲームがこの魔界と同じ設定だったんだろ?」


 呆れた口調でべリスが言うと、シャックスがしゃがれた声で口を挟んだ。


「我が思うに、シトリーは記憶を改ざんされている」

「改ざん? 記憶をいじられているってこと? そんなことできるの?」

「本来の記憶を抜き取り、偽りの記憶を植え付ける。やりようによっては、人間にもできる」

「ええーっ。できないよ」

「できる。本人自身が行えば、一種の思い込み、或いは、思い違いだが、そうなるように他人が誘導すればいい」

「言うのは簡単だよ。だけど、普通の人間にはできないからね」


 普通の考え方をする人間ではなく、心理学を悪用して他人の心を支配しようと考える人間ならばできるかもしれない。だけど、そんな悪魔みたいなことを考える人間がいるだろうか。

 そんなことを考えていると、べリスが忌々しそうに言葉を吐き出した。


「クソ烏がシトリーの記憶をいじったとして、何をどういじったんだ?」

「どうって……、ひとつは、人間だと思い込ませたことでしょ」


 髪や瞳まで黒くして、日本人だと思わせた。

 なぜ日本人だったのかというと、おそらくシトリー自身が日本という国に興味があって、詳しかったからだろう。


「だが、『日本人だ、自分は人間なのだ』と思い込ませれば、己が魔界にいることにパニックを起こす危険がある」

「うん、カイムが言ってた。普通の人間が魔界に召喚されたら、泣き喚くんだって。――っていうか、人間が魔界に召喚されるって、よくあることなの?」

「よくは無い。だが、過去に無いこともない。召喚されたわけではないが、死んで地獄に堕ちた人間の魂を拾って魔界に連れてくる者もいる」

「え? なんで拾ってくるの?」

「さて?」


 首を傾げたシャックスの代わりにべリスが、ばっさりと切るように答えた。


「気に入ったからだろ」

「気に入ったって? それは、見初めたって感じ?」

「玩具として気に入ったんじゃねぇーの?」

「玩具……」


 嫌なイメージしか抱けない言葉である。


「何にせよ、魔界に連れて来られた人間は正常ではいられぬ。そうならぬように、ゲームの世界だと思わせたのではないだろうか?」


 なるほど、あるかもしれない、とシャックスに向かって頷く。


「自分が知っているゲームの世界に紛れ込んでしまったのだと思い込んでいたら、もし、ところどころで本当の記憶が薄っすらと蘇ったとしても、ゲームで得た知識だと思うよね?」

「当然その狙いもあるだろう」

「あと、ゲームで知っている世界だと思うと、安心感があったような気がする。――あっ、もちろん、まったく知らない異世界に連れて来られるよりは、っていう意味ね」


 ゲームの世界と思えばこそ、次に起こるだろう展開を知っているから大丈夫と思えた。

 失敗したら殺されるかもっていう危機感はあったけれど、殺されないようにやり過ごす方法は分かっている。だから、大丈夫だと。


 不意にシャックスが、にやりと唇の端にニヒルな笑みを浮かべた。


「――それにしても、その乙女ゲームで何度もべリスに殺されたとは面白い」

「は? ぜんぜん面白くねぇよ。くそがっ‼」

「ラウム伯の悪意を感じる。何度も殺された相手には好意を抱けぬ。当然、殺されぬように避けるだろう」

「あー、うん。ちょっと避けたかも」


 殺されないようにというよりも、全年齢を死守するためだが、べリスを避けていたのは事実だ。

 あははっと笑いながらシャックスに頷くと、すぐ隣で愕然とするべリスの気配を感じた。


「なっ‼ ふざっ、ふざけんなよ、あのくそカラスがぁーっ‼」

「べリスはラウムに当たりが強いから嫌われたんだよ」

「嫌ってるのは、俺の方だ! あの女、絶対殺す!」


 吼えるベリスの声があまりにも大きかったので、両手で耳を塞ぐと、ほぼ同時にシャックスも同じ仕草をしていて笑った。

 ふて腐れたようにベリスは顔をしかめて言う。


「記憶を改ざんして印象操作をするのなら、俺よりオセにだろう。なんでオセを避けるように、オセに殺されるゲームにしなかったんだ?」

「オセにも殺されたよ。オセが黒豹に変身して、喉元を噛み殺された」

「噛み殺された……」


 シャックスに言葉を繰り返されて彼に振り向けば、シャックスは表情をなくして、すっと首の後ろを指差してくる。


「喉元だから、首の後ろじゃないから」

「前か後ろかの違いだ」

「大きいからね、その違いは」


 納得できないらしくシャックスがふるふると頭を左右に振った。

 そして、べリスも未だ納得できないと荒々しく言葉を重ねてくる。


「オセにも殺されたのなら、なんでオセのことは避けないんだ!」

「ベリスの方がたくさん殺されて怖かったからだ」

「くそがぁーっ!!」


 ぺたりと、再びシャックスと同時に耳を両手で塞いだ。

 それからしばらく三人でわちゃわちゃ話続けていると、オセが戻ってきて彼の馬の上に抱き上げられた。


 オセの合図で軍団が北西を目指して移動を開始する。

 そして、二つ目の月が沈むよりも早く進軍を終え、シャックスの提案に従い、今夜はミニムムの街に留まることになった。


 3軍団すべての兵士を街の中に入れることはできないので、街の中で宿を取るのはシトリーとベリスとシャックスだけだ。

 兵士たちによって街壁の外に天幕が張られ、オセは彼らと共に天幕で休むという。


 ミニムムの街は、ネムスの街に比べたら小さく、街壁に囲まれているので『街』と呼ばれているが、舗装されたみちもなく、村と呼んでも良い規模と栄え具合だった。

 街で一番大きな宿だと言われて通されたが、シトリーの衣装部屋よりも狭い部屋で、風呂もトイレもついていない。

 個室を出て廊下の突き当たりに共有トイレを見付けたが、浴場は見当たらず、部屋に桶と湯を運んで貰うしかないようだ。


 ちなみに、有りがたいことに魔界のトイレは水洗式だ。

 蛇口を捻ればちゃんと水が出てくるし、シャワーも使えるので、魔界の水道技術は人間界と変わらないらしい。


 べリスとシャックスと一緒に宿の1階の食堂で夕食を取り、二階の部屋にひとりで戻ると、狭いベッドの薄い毛布の中に潜り込む。すると、朝までぐっすりと眠ってしまった。

 自覚は無かったが、ずいぶんと疲労が溜まっていたようだ。


 翌朝、食事を取ってから宿を出て、街壁の外でオセたちと合流した。進軍を始めてすぐに西方からシャックスの騎兵隊が姿を現し、彼らはシャックスとシトリーの領境まで同行する。

 二つの月が西の空に向かって大きく傾き始めた頃、前方の荒涼とした大地に軍影が見えた。一瞬、敵かと思って体が震えたが、天使軍はとっくに天界に追い払っている。

 天使軍のはずがないとしたら、いったい誰の軍団だろうか。


 7軍団くらいだろうか。その軍団の指揮官らしき男が、こちらに向かって、ひとり馬を駆けさせてくる。

 徐々に距離が近付いてきて、その姿がはっきりして何者か分かると、思わず笑みが零れてしまった。


「フォルマだ!」

「陛下を迎えにきたようです」

「そう言えば、ガルバとプロブスは?」

「ガルバ将軍は一足先に負傷者と共に王都に帰還させました。プロブス将軍は大公と共にネムスの街に」

「そっか、ネムスに」

「あの街はもう……」


 言いかけてオセは言葉を途切れさせる。そして、言い直した。


「復興には長い月日が必要になるでしょう」


 うん、と頷いて二人して押し黙る。二人で一頭の馬に騎乗したままフォルマが目の前にやって来るのを待った。

 フォルマが下馬をしてオセの馬の前で跪こうとしたので、オセが片手を上げてそれを制する。


「陛下、ご無事で何よりです。お迎えに上がりました。ここからは、わたしが護衛致します」


 オセが率いていた3軍団はおそらく戦時中にはフォルマの下に置かれていた軍団だったのだろう。

 今彼が率いてきた7軍団と合わせて、自分ひとりの護衛のために10軍団も引き連れて移動することになるのかと、大げさに思えて苦笑してしまう。

 だけど、きっと『ふたつ月の国』の悪魔たちにとって、それだけ今回のシトリーの誘拐は衝撃であり、屈辱であり、そして、拭いきれない後悔だったのだろう。

 彼らにとってシトリーは、彼らの王であると共に、彼らの至宝なのだ。


「シトリー」


 シャックスが馬を駆けさせて、オセの馬と自分の馬を並べた。


「我は、我の配下たちと城に帰る」

「えっ、帰っちゃうの!?」


 こくんと頷いてからシャックスが付け加えるように言う。


「戦いの後は、処理することがたくさんある」

「そうなんだ?」


 シャックスが政務をしている姿なんて想像がつかないが、シトリーに比べたら何倍も勤勉に働いているのかもしれない。

 正直なところ、シャックスの口から『戦いの後の処理』と聞いて、何をするんだろう? と疑問に思ったくらいだ。いかに自分がオセ任せにしているのか自覚させられる。


「シトリー、これを」


 シャックスが右手を軽く握って差し出してくる。シャックスの拳の下に自分の手を広げると、手のひらにコロンコロンと赤い石が二つ転がる。

 見ると、まん丸で、摘まめるほどの小さな石にピアスの金具がついていた。


「新しいのだ」

「ありがとう!」


 シャックスの目の前で自分の耳たぶの穴にピアスを通すと、シャックスはふっと目を細めて微かな笑みを浮かべた。

 そして、国境を越える前にシャックスは自分の兵士たちを連れて自分の帰るべき場所へと去っていった。


 ――シトリーが喚べば、いつでも我はこたえる。


 指先でピアスの石に触れる度にシャックスの声が聞こえてくるような気がした。



 △▼



 その晩、シルワの街で進軍を終えて、街壁の外に天幕を張って休むことになった。

 街から二人の政務官の出迎えがあったのは、その時だ。彼らはそれぞれ灯りを持たせた従者を従えてシトリーに歩み寄ってきた。


「陛下、ご挨拶させて頂きます」


 彼らは地べたに跪いて深々と頭を垂れる。


「シルワ政務官のキケロです」

「同じく、ファビアです。陛下がシルワに足をお運び下さったことは、シルワのすべての民の誉れでございます」

「キケロ、ファビア。くれぐれも過度な持て成しは不要だ。陛下に食事と寝床を」


 二人の様子を見て、オセは先手を打って言った。

 おそらくシトリーがシルワ区に足を踏み入れたのは、今回が初めてのことなのだろう。二人の政務官は高揚した様子で、時折、声を裏返しながら必要以上にたくさん話しかけてくる。


 シルワの街がいかに平穏か。

 雨がよく降るため、他の地に比べて緑の育ちが良く、景観が良いこと。

 街の西側には森が広がっていること。森は『ふたつ月の国』においていかに貴重であるか。

 とにかく、べらべらと話し続けるので辟易としてくる。


 『ふたつ月の国』では、街の政務官は下級悪魔が務める。おそらく下級悪魔が着ける役職としては最高職だ。

 しかし、下級悪魔である限り彼らには寿命がある。生きている間に己の王とまみえることができたキケロとファビアは実に幸運であり、名誉なことだと浮き足立っているのだ。

 そんな彼らが考え得る限りの贅沢で派手な持て成しを押し付けてくる可能性は大いにあった。


「陛下には、わたしの邸宅にご案内致します。総裁閣下も御一緒に」

「公爵閣下には、わたしの邸宅にご案内致します」


 シトリー、オセ、ベリスの要人たちを三人揃って泊められるほど、自分たちの邸宅は広くないと考えているのだろう。二人で手分けして持て成すつもりだ。

 オセは兵士たちをフォルマに任せて、今晩はシトリーと一緒に街の中で休んでくれるようだ。街に入ってからべリスやファビアと別れ、シトリーとオセはキケロの案内で彼の邸宅を目指した。


「シルワって……」


 どこかで聞き覚えのある地名だと思って、自分を抱いて馬の手綱を操るオセに問いかける。


「何かが群れてなかった?」

「何か……? ああ、ルプスですね」

「ルプスって? 人間界の生物で一番近いもので例えたら何?」

「狼です。陛下の寝室に白いラグがあったかと。あれはルプスの毛皮です」

「へぇ。白いもふもふのラグのことでしょ。ルプスって、白い狼なんだね」

「たしか、5匹分の毛皮を縫い合わせて作られていたはずです」

「じゃあ、手前の部屋の方の毛皮は? いかにも毛皮っていう感じの敷物があったじゃん?」

「ティグリスです。人間界で一番近い獣は、虎です」

「虎!」


 ぽんっと手のひらを拳で打った。納得である。

 テツラ区でティグリスが目撃されたという緊急案件にあったが、虎似の魔獣がうろついていると考えると、そりゃあ緊急案件だろう。


「早くフォルマに退治して貰わないと。――ここのルプスの群れは、どうなっているの?」

「フォルマ将軍が追い払って下さいました。陛下、心から感謝を申し上げます」


 ここぞとばかりにキケロが口を挟んで来た。

 キケロとは小太りの中年男だ。人の好さそうな顔をしているが、甲高い声で、とにかくよくしゃべる。今もいつ自分の順番が来るかと、うずうずと体を左右に揺すりながら待っていたのだ。


「フォルマ将軍はとても勇猛な方ですね、陛下。わたしなどルプスのあの恐ろしい唸り声を聞いただけで震えあがってしまいます。そうそう、フォルマ将軍が倒したルプスの毛皮がわたしの邸宅にございますが、ご覧になられますか?」


 問いかけられれば答えねばならない気がして、苦笑いを浮かべながら頭を左右に振った。


 どうやら、フォルマはシトリーたちを待ってシルワ区に留まっている間にルプスの群れを追い払ってしまったらしい。

 キケロの話によると、フォルマと彼の配下たちが群れのボスと数匹の狼を打倒すと、群れは散り散りとなって逃げて行ったという。


 キケロが己の馬の手綱を引いて歩みを止めさせる。どうやら彼の邸宅に着いたらしい。

 先に下馬したオセに手を借りながら馬から飛び降りると、にこにこと上機嫌なキケロに促されて彼の邸宅の大きな門をくぐった。

 カイムの館と同じくらいだろうか。政務官の暮らしぶりの豊かさは、そのままシルワという土地の豊かさを表していた。


「晩餐のご用意が整っております。わたしの娘が腕を振るいました。是非、娘に挨拶をさせてください」

「娘?」

「はい! ドルシアといいます。わたしに似ず、とても美しい娘なんですよ。年頃も陛下に合うかと」

「へぇ」


 面倒臭くなって生返事をすると、キケロに促されるままに食堂に入った。そこでキケロの娘から挨拶を受けて、食事を取りながらもキケロの話を聞き続けた。

 過度な持て成しは不要とオセが言ったので、音楽やら踊りやらは無かったし、贈り物なども渡されなかった。それは良い。

 ところが、その埋め合わせとばかりにキケロが話し続けるので、食堂から出る頃にはぐったりと疲れてしまった。


「おやすみなさい」


 用意された客室はオセと向かい合っていたので、お互いの扉の前で挨拶を交わし、それぞれ扉を開いて部屋に入った。

 さっと部屋の中を見渡す。広めの寝台とサイドテーブル。カウチソファがあって、雑貨の飾り棚と化しているチェストがある。

 チュニックを脱いでカウチソファの上に放り、下衣したぎだけの姿になると、部屋に用意されていた湯で手と顔を洗い、それからブーツを脱いで足を洗った。


(さっさと寝よう)


 大きくあくびをすると、寝台の上に膝を着いて乗り上げ、毛布を捲った。


(――っ!?)


 目を疑って、何回も何回も瞬きをする。


「陛下……」

「――っ!?」


 幻影かと疑っていた女がしゃべった。亜麻色の髪を腰まで伸ばした女が、捲った毛布の下に横たわっている。


「私、一生をかけてお仕え致します」

「……っ!!」


 女の生白い腕が伸びて来て、肩に絡みつき、体を押し倒そうとしてくる。

 なぜか女は全裸で、こちらの下衣を脱がそうとしてくる。


「うっ、わあああああああああああーっ!!」


 絶叫しながら思いっ切り女を突き飛ばして、寝台から飛び降りる。そのまま部屋を飛び出すと、向かいの部屋の扉を開いて中に飛び込んだ。


「オセ! オセ! オセーッ!」

「陛下? どうされたんですか?」


 さっき別れたばかりのシトリーが血相を変えて部屋に飛び込んできたら、さすがのオセも驚いた様子だ。

 自分と同じように寝支度を整えて寝台に上がっていたオセは唖然として振り返った。


「オセ、私のベッドの中に女がいた! おっぱい剥き出しの女が!」

「……ああ、そうですか」

「ああ、そうですか!?」

「そう来るのではと思っていたところです。明日の朝、王都に連れていけと言われるのは面倒なので、陛下、こちらの部屋で休まれますか?」

「……ど、どういうこと?」


 意味が分からなくてオセを問いただすと、オセが寝台から降りて来て、扉の前で立ち尽くしているシトリーの手を掴んだ。


「キケロの娘のドルシアが裸でベッドにいたのでしょう?」

「うん、そうなんだ!」


 手を引かれて寝台に連れていかれると、オセに寝台に上がるようにと促される。


「使い古された手です。娘を陛下のお手付きにしたかったのでしょう。それで娘を王妃、或いは、側妃にして、己の家の栄誉と利を得ようとしたのだと思います」

「王妃? 側妃? えっ、だって……」

「対外的には、陛下は少年なので」


 なるほど、と納得して、それから、はっと気が付く。オセもちゃんとシトリーが少女だと知っているのだ。

 知らないはずがないとは思っていたが、白黒はっきりすると心地が良い。


「今夜は何もしませんので、よく眠ってください」


 そう言って先に寝台に横たわると、オセが毛布の中にシトリーの体を引き入れた。幼子にするかのように背中をトントンと優しく叩かれる。

 寝ろ、寝ろ、と叩かれるたびに言われているみたいで、却って目が冴えてしまう。


「オセ、本当に何もしないの?」

「しません。寝てください」


 素気なく言われて、ムッとする。

 なんでもいいからオセが平常ではいられなくなるようなことを言ってやりたくなって、もしもの話を吹っ掛ける。


「ねえ、オセ。私って何日くらいカイムのところにいたのかな? その間、カイムと何も無かったと思う?」

「……」


 寝ようと瞼を閉ざしていたオセの瞳が、すぅっと細く開いた。


「もしも、カイムとあんなことやこんなことがあったとしたら、オセどうする?」

「……」


 腹立たしそうなため息をつかれ、これは怒られておしまいかと残念に思う。

 ちょっとでもいいから、オセを慌てさせたかっただけなのに。


「陛下」

「はーい」


(分かってるよ、黙って寝ろって言うんでしょ)


 はいはい、と軽く返事をした口にオセの親指が触れて、顎を掴まれる。顔を彼の方に向けさせられると、瑠璃色の瞳が顔を覗き込んで来た。


「わたしを妬かせたいのでしょうが、安心してください。あなたの初めては、すべてわたしが頂きました」

「へ?」

「わたしからあなたを奪える者など存在しません」


 うわぁーっと顔が赤らんで、頭の中がぐつぐつ煮えくり返る。


(なっ、なに言ってんだよ、オセ!)


 思いがけないオセからの反撃である。動揺が隠し切れず、ドキドキと胸を跳ねさせながら心の中で悪態をつく。


(こんな状態で寝ろと? 無理に決まってんだろうが、オセ! 無茶言うな、ばかぁーっ!!)


 いろいろと感情的に無理なのに、その上、絶対にそんな格好で寝るなんて無理なのに、オセの手が腰に回って来て、彼の胸元にぎゅっと抱き寄せられてしまった。 




【メモ】


スクロファ…ほぼ猪。とにかく大きい。普段の動きはのんびりしているが、怒らせると、凶暴化して猛スピードで突進してくる。田畑を荒らす。


ルプス…ほぼ狼。白いもふもふの毛。

    一匹でも下級悪魔には恐ろしいが、群れをつくると、中級悪魔にとってもやっかい。


ティグリス…ほぼ虎。大きくて狂暴。見かけたら通報義務がある。




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