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31.彼女が残した濡羽色の嘘

 

 館から出ると、外の物々しい雰囲気にぎょっとして顔を強張らせた。

 板金鎧を身に付けた悪魔たちが五人ひと組をつくり、斧槍ハルバードの柄を肩に掛けて斜めに持ちながら、右へ左へと動き回っている。


 オセが言っていた通り、館の周囲を武装した兵士たちが取り囲んでいた。その数は3軍団くらいだろうか。

 『3』と聞くと、少ないように思えるが、1軍団は6千人なので、1万8千人の兵士だ。


 館は二階建ての箱型で、華美な装飾はなく、さほど大きくはない。――と言っても、比較対象がシトリーの城なので、要注意である。

 しかし、これくらいの豪邸ならば、渋谷の高級住宅街にもありそうなのは確かだ。渋谷には、何百坪、何十億の豪邸があると聞いたことがある。


 1万8千人の兵士で館は埋め尽くされ、けして狭くないはずなのに、窮屈にさえ感じて見上げると、べリスが壊した二階部分の外壁が見える。大きく崩れた壁からは部屋の中の様子が丸見えで、炎は出ていないようだが、未だ煙が燻っていた。


 オセはシトリーを抱えたまま己の馬に騎乗する。まったく危なげないその動作はさすがである。体幹の鍛え方が半端ない。


「シトリー」


 ベリスも自分の馬に跨がって駆けてくる。馬を並べて、片手で手綱を握ると、もう片方を差し伸べてくる。


「俺の馬にシトリーを乗せる」


 オセの体の前に座らされた自分にではなく、オセに対して睨み付けながらべリスは言っていた。


「陛下は弱っています。血の気が足りず、魔力も弱々しい。わたしが陛下に魔力を注ぎながら移動します」

「俺がシトリーに魔力を注ぐ」

「わたしの魔力の方が陛下の体に馴染みやすいので、陛下の負担が少なく済みます」


 べリスの視線がシトリーに向けられる。もう少し駄々をこねるかと思ったのだが、意外にもべリスはあっさりと身を引く。

 チッと舌打ちをすると、べリスは馬の手綱を引いた。そして、シャックスと馬を並べる。


 オセが出発の合図を出して、1万8千の兵士たちが移動を始めた。

 機動力を重視した軍団は騎兵だけで構成されていて、オセたちがいかに自分を捜し回ってくれていたのかが察せられる。


「――そう言えば」


 館のあの部屋から出たら、真っ先に駆け寄って来そうな悪魔が未だに姿を見せない。

 今まで視界の端には常にあった姿なのに、今はどこを見渡しても見当たらないなんて、どう考えても、おかしい。

 馬たちの蹄の音を聞きながら、オセの胸に背中を預け、彼に届くように声を出した。


「ラウムは? 姿が見えないけど……?」

「ラウム伯は、ご自身の領地に戻られました」

「えっ、戻った⁉ ラウム、帰っちゃったの? なんで?」

「分かりません」


 いろいろと聞かなければならないことがあったのに――。


 ラウムに会ったらまずは何について聞くべきだろうかと、あれこれ考えていた。

 今さらだけど、自分は本当にシトリーなのか、その答えをラウムの口からちゃんと聞いてみたい。

 そして、もしそれを彼女が肯定したのなら、ラウムがこれまで自分に話してきたことがすべて覆っていく。


 魔王シトリーは死んでいない。或いは、死んだが、復活している。

 どちらにせよ、シトリーは健在なので『ふたつ月の国』の王位をめぐる争いは起こらない。

 シトリーの死を皇帝に伝える必要はなく、ラウムは配下を帝都には送っていない。

 シトリーの偽者を用意する必要はなく、人間界からシトリーそっくりの人間を召喚する必要もない。

 ならば、自分はなんだ? 人間ではないのか……?

 少なくとも、これらについてのラウムの嘘が明らかになる。


(きっとラウムは嘘がバレることを察して、あれこれ聞かれる前に逃げたのだ)


 いくら自分が暢気者だとしても、召喚されてから二週間ほど経ち、ラウムが送ったという配下が戻らないのはおかしいと気付く。そこからラウムの嘘にたどり着く可能性もあったのだ。


(――さて、どうしたものか)


 部屋から出られれば、当たり前のようにラウムに会えて、すべての謎が解決すると思っていた。だが、事はそう容易にはいかないようだ。

 ちらりと後方を振り返り、べリスと何やら話をしながら馬に乗っているシャックスの姿に視線を向けた。


 シャックスは、記憶を取り戻し、魔力の封印を解くべきだと言っていた。もちろん、そんなこと自分ひとりではできない。

 シャックスは手伝ってくれるとして、ラウムを追うのであれば、オセの協力は絶対に必要だ。

 ラウムに会うために彼女の領地に行きたいだなんて、オセを納得させられる正当な理由がなければ、オセは疎か『ふたつ月の国』の誰ひとりとして許してはくれないだろう。

 結局は、オセだ。彼に自分の現状を説明しなければならない。


(ああ、何から話せばいいのか……)


 視線を前方に戻して、うーん、と小さく唸りながら首を傾ける。

 やはり最初から順に話すべきか。だけど、最初がどれなのか分からない。人間界で人間として暮らしていたと思ったら、魔界に召喚されて、乙女ゲームの世界だと思っていたと、――そこから?

 オセの頭の中をぐちゃぐちゃにさせてしまいそうだ。

 それを狙ってべらべらとしゃべったカイムとは違うのだ。ちゃんと理解して貰いたいが、オセを困らせるつもりはない。


(じゃあ、もう、簡単に行こう)


 ああだ、こうだ、考え続けられるほど自分は忍耐強くないので、ぽんっと崖から飛び降りる気持ちで、自分の背に向かって彼の名前を呼んだ。

 すぐに、はい、と返事がある。振り向きたかったが、二人とも馬の背の上で、オセに後ろから抱えられているため彼の顔は見ずに言うしかない。


「オセ。――私、記憶がない」

「……」

「記憶喪失になった」

「……………………そうですか」


 オセの表情は分からない。だが、異様に長い沈黙が彼の動揺を伝えてくる。

 ここはオセの心が安らぐのを待つべきか。いや、心が乱れているうちに畳み掛けるべきだ。記憶はないが、直感がそう告げている。


「――でね、魔力の核っていうの? それも奪われちゃってて。たぶんラウムが詳しく知っているはずだから、ラウムに会いたいんだけど」

「ラウム伯……?」

「うん、ラウムの領地に行ってきてもいいかな?」

「駄目です!」


 くわっと目を見開いて即答した。動揺から立ち直ったとは思えないのに、その反応の速さときたら驚愕に値する。

 たぶん、ほとんど条件反射なのだろう。オセとラウムは仲が良いとは言い難い。

 様々な要因があるのだろうが、二人の領地は接しており、その領境ではお互いに兵士を配置しているのだという。

 ラウムの名前だけで却下された可能性があった。

 こうなったら、オセには冷静になって貰わなくてはならない。腹の前に回されたオセの左手に、そっと自分の手を重ねた。


「オセはさ、ここ最近の私のこと、変だなぁって思わなかったの?」

「思っていました。髪も瞳も黒いですし、急に勤勉になって……。それに、いくら魔力を注いでも、その魔力が陛下の体内に溜まっていかないのを疑問に思っていました」

「なぜ髪や瞳が黒いのかって、聞いてくれたら良かったのに」


 そしたら、もっと早い段階でラウムに疑問を抱いていたかもしれない。

 そう言うと、オセはため息をついた。


「今まで散々、陛下には驚かされてきたので、それくらいの些細なことは、いちいち気にしていられなくなりました」

「スルースキルを磨くのはやめて」

「耐性がついてしまったのですよ。また、しょうもないことをしているな、と思っていました」


 しょうもないと言われて、かちんと急激な怒りが湧き上がってきた。だって、オセはちっとも分かってない。


(しょうもなくなんかない! オセにとってしょうもないことなのかもしれないけれど、シトリーにとっては違うんだ!)


 だって、シトリーはオセに振り向いて欲しかったんだ!

 オセが忙しいのは知っているけれど、もうちょっと構って欲しいし、気にして欲しい。


 ――びっくりするようなことをしたら、政務の手を止めてくれるかな?


 ――悪戯したら怒ってくれるかな? 怒ってくれている間は、オセの視線を独り占めにできるよね?


 そんなことを思いながらやってきたことをしょうもないと言われて、ムカムカとした怒りが込み上げてきて――、だけど、すぐにストンと気分が落っこちて、悲しくなってしまった。

 シトリーの気持ちは痛いほど分かるのに、オセの気持ちが分からない。

 結局、オセはシトリーをどう思っているのだろうか。

 

(それに、私がもし本物のシトリーではなかったとしたら……)


 未だ自分が悪魔だなんて信じられずにいた。

 それなのに、オセを好きになってしまって、もしも不滅だという本物シトリーが現れてしまったら、自分はいったいどうなってしまうのだろう。

 目頭が熱くなるのを、ぐっと拳を握り締めて耐えて、俯きながらポツリと言った。


「もっと気にしてくれなきゃ、いやだ。――好きなんだ、オセが。だから、もっとちゃんと私を見てくれなきゃ、いやだ。……悲しい。つらい。……もう…しんどい……」

「陛下……」


 もっと彼がシトリーを見てくれていたら、すぐに偽者だと指摘することだってできたはずだ。早々に偽者だとバレていたら、自分だって、こんなにもオセを好きになんてならなかった。

 こんなにも彼を好きになってしまって、それでやっぱり偽者でしたとなったら、つらいすぎる。


(私が本当に本物のシトリーかどうか分からないけど、もうどうしようもなくオセが好きなんだよ! だから、ちゃんと見て! 私をちゃんと!)


 こんなにも怒っていて、こんなにも悲しんでいるのだから、すみませんとか、申し訳ございませんとか、とにかく謝ってくれるんじゃないかなと待っている。

 これだけ自分の気持ちを吐露したんだもん。オセもオセの気持ちを言葉にするべきだ、そう思っていると、ふっと、オセの吐息が首の後ろにかかった。


「……っ!?」


 えっ、と思った時には既に柔らかい感触がそこにあって、皮膚が引っ張られるピリッとした痛みが首の後ろに走った。

 べろりと湿った感触が同じ場所に重なって、それから、オセの口が、かばっと開く気配がする。


(う、あぁーっ!?)


 がぶっ、と噛まれたのだと理解するまでに、若干の間が必要だった。

 かぁっと顔が熱を持って、耳の後ろまで真っ赤に染まる。


「なっ!!」


 何をするの?

 なんで噛んだの?

 何を考えているの?


 すべて言葉にならなくて、オセの口がそこから離れるのを待ってから、噛まれた首の後ろを右手で押さえて、体を捻るようにしてオセを振り返った。

 オセの顔を仰ぎ見ると、その顔が思いがけず近くて、心臓が大きく跳び跳ねる。


「あ」


 言葉も息もオセに呑み込まれてしまう。口を覆う彼の感触に瞼を閉じれば、オセの匂いに包まれて、もうどうでもいいや、と思った。

 首の後ろから手を離し、その手でオセの襟元を掴んでもっと彼を自分の方へと引き寄せる。

 ドキドキと胸が激しく暴れ狂う。

 ヤバい、ヤバいとも思うし、もっとこのまま、もっとくっついていたいとも思った。

 欲しかったご褒美を与えられた、そんな心地だった。


「ふっ、あっ」


 呼吸が下手くそな赤ん坊みたいに声と息を漏らして、離れていく唇を目で追い続ける。

 追って、追って、ふと視線を上げると、瑠璃色の瞳がこちらを見下ろしている。


「消された印をつけ直しておきました」

「あ」


 首の後ろのことかと、一瞬遅れて気が付いた。


「……うん」

「いつだって気に掛けています」

「うん」

「常に、あなただけを想っています」

「うん」


 頷いて、頷いて、オセの手を借りながら体の向きを変える。

 オセの太股に乗り上げて、向かい合うように座り直すと、彼の瞳を見上げた。そして、薄く唇を開いて閉じて、もう一度、開いて、小さく舌を出す。


「オセ」

「はい」

「私が好き?」

「わたしが欲しているのは、あなただけです」

「じゃあ、もう一回しよ。今度は舌を絡めてぐちゃぐちゃなやつ」


 オセの耳元に唇を寄せて囁くように言えば、オセが僅かに笑みを唇の端に浮かべて、それから、覆いかぶさるようにして口づけてきた。



 ▼△



 一刻も早くカイムの領地から出たいというのが、オセやべリスたちの共通の想いだったようだ。

 休むことなく馬を駆けさせて、ようやく休息地を定めたのは、正午をかなり過ぎてしまってからだった。

 前日の昼食を最後に何も口にしていない身としては、はらぺこである。


 一回、空腹が強すぎて空腹の向こう側に行ってしまい、満腹のような錯覚を起こしたり、胃が痛くなったりしたが、今は再び空腹が帰ってきている。


 兵士たちが次々と火を起こし、食事の支度を始める様子を用意して貰った椅子に座りながら眺めていた。

 椅子は折り畳んで運べる簡単な物だ。姿勢が悪いと、ぐらぐらと傾いて倒れそうになる。それを嫌って、シャックスは地べたに胡坐をかいている。


「ここは、どの辺り?」

「我の領地だ」


 シャックスは自分のために用意された椅子に肘を乗せて頬杖をついている。

 なんだかんだ育ちの良いべリスは、姿勢良く椅子に座っており、シトリーの横の位置を確保していた。


「今、俺たちはシャックスの領地の東の端にいるから、ここから北西に進んでシトリーの領地に入る。『ふたつ月』の王都までは、馬で二日くらいだ」

「もう少し北に行くと、ミニムムの街がある。今夜はそこで休むといい」

「待てよ。街に寄ってたら二日じゃあ着かなくなるだろ」

「シトリーをベッドで眠らせたい」


 シャックスの言葉に、あー、とべリスは低く唸る。


「それにミニムムに我の軍団を待機させている。領境までシトリーを護衛する」

「ありがとう、シャックス」


 にこっとして言うと、べリスは面白くなさそうにムッとした表情を浮かべる。そして、人差し指を立てて、シトリーの首の後ろを指差した。


「見ないようにしてたけど、見えるからな、それ。やべぇことになってるから」

「痛々しい」


 べリスの言葉に被せるようにシャックスもぼそりと言う。


「シトリーが喰い殺されるのではないかと、我は心配だ」

「俺は別の意味で喰われるんじゃないかって、イラつく!」

「はははは……」


 空笑いを浮かべながら首の後ろを手で触れると、ズキズキと痛い。腫れてきているのかもしれない。

 自分では見えないので定かではないが、思いっきり噛まれたので、オセの歯形に内出血を引き起こしているに違いない。


 そこに四人分の食事を運ばせながらオセが戻ってきた。兵士から木製の椀をひとつ受け取ると、まずシトリーに差し出す。

 椀の中身は、肉がゴロゴロ入った熱々のスープである。

 気を付けながら両手で受け取ると、次にオセはべリスとシャックスにも食事を渡すようにと兵士たちに目配せをした。

 受け取った順に椀に口をつける三人を見て、オセは兵士たちを遠ざけ、自分も椅子に腰を下ろして食事を始める。


「陛下、食べながらで構わないので、先ほどの話をして頂けますか?」


 言いながら、オセは三人に硬いパンを配る。拳ほどの大きさのそれを受け取ると、すぐにスープの中に入れてしまい、びしゃびしゃに浸しながらスープの肉と共に食べた。


「話って?」


 べリスもパンをスープに浸しながら、こちらに視線を向けて首を傾げる。


「シトリーの記憶と魔力の核の話だ」

「なんだ、それ?」


 答えたのはシャックスで、彼がすべてを承知しているかのように言ったので、べリスの眉間に深い皺が寄った。


「いったい何の話だ。シトリーの魔力があのクソ烏に封じられているっていう話なら聞いたが、記憶っていうのはなんだ?」


 そう言えば、ゲームで遊んだ時に魔力の少なさを指摘されて、誤魔化すために人間ごっこをしているとべリスに答えたのだ。

 ラウムに魔力を封じられているとまでは言っていないが、べリスはシトリーの反応を見て、そのように判断したらしい。

 

「やっぱり、ラウムが怪しいと思う?」


 シャックスに振り向きながら言うと、シャックスは無言で、こくんと頷いた。

 それを見て、べリスが焦れたように言う。


「どういうことだ?」

「私、ずっと自分のことを人間だと思い込んでいたんだ」

「は?」

「ラウムに召喚された人間で、ラウムに頼まれてシトリーの振りをしていたんだ」

「はぁ?」

「シトリーは死んだって聞かされていて、その死を隠さないと大変なことになるからって、そう言われて。無事に身代わりをやり遂げたら、ちゃんと人間界に帰してくれるって言うから、シトリーの振りをすることにしたんだ」

「振りも何も、シトリーだろう!」


 ミシリと、べリスが掴んだ椀が悲鳴を上げた。今にも砕け散りそうで心配になる。

 シトリーの視線に気付いてべリスは一度深呼吸をすると、それで、と話を促してきた。


「それで……ええっと、数日間シトリーの振りをして過ごしていたんだけど、天使が攻めて来て、カイムに攫われて……」


 カイムの名前を口にすると、オセもべリスも、さっと顔色を変えて冷ややかな目付きになる。だけど、カイムとのやり取りで自覚したことは、この話を続けていく上で避けては通れないことだ。

 できるだけ二人の強張った顔は視界に入れないようにして話を続けた。


「――それで、カイムに自分の名前を聞かれた時に、私、答えられなかったんだ。親の顔も分からないし、自分が人間界でどうやって暮らしていたのか、どんな風に生きて来たのか、まったく分からないんだ。その上、シャックスにあれこれ指摘されて、私、人間じゃないかもって」

「人間ではない。シトリーだ」

「うん、シャックスは何度もそう言ってくれたんだ。だけど、記憶がないから実感もなくて、私がシトリーである確証が欲しいって言ったら、アリスはシトリーしか背に乗せないって。――でも、私やっぱり……」


 がんっと大きな音が鳴る。べリスが椅子を後ろに倒して立ち上がったのだ。

 表情を無くした顔でシトリーを一瞥すると、無言で歩き去っていく。

 その背に不安と寂しさを感じながらべリスの姿を目で追うと、彼は自分の馬へと真っ直ぐ向かい、馬の背に括り付けた荷物の中から一本の剣を取り出した。

 黄金の柄に、水晶のような剣身。――それはシトリーの剣だった。

 てっきりカイムの屋敷に置き忘れたと思っていたそれをべリスがちゃんと持って来てくれていたのだ。

 大股で戻ってきたべリスが、ぬっと目の前に剣を突き出した。


「抜け」

「え」

「その剣は魔剣だ。シトリーの兄ちゃんが自分とシトリーのために造った剣で、兄ちゃんの剣と一対になっている。その剣は、シトリーにしか抜けない」


 傍らに立ち、見下ろしてくる柘榴石の瞳を下から見上げて、大きく瞬きを繰り返す。


「私にしか抜けない?」


 べリスの言葉を繰り返してから、彼の手から剣を受け取った。

 戦場でも、カイムの館でも、何度も何度も抜いてきた剣だ。自分がそれを抜けることを、既に自分もべリスも知っていた。

 だけど、敢えてそれをここで再び抜いて見せる。

 鞘から現れた剣身の美しさに思わずため息が出た。ほら、とべリスが言って、ニカッと笑みを浮かべた。


「シトリーだろ?」

「うん、シトリーだった。――ありがとう、べリス。すごく不安だったんだ。シャックスに言われてシトリーのつもりになったとたん、本物が現れたらどうしようって」

「ああ? そんなわけねぇだろう。俺がお前を見誤るはずがねぇ。シャックスもそうだし、オセもそうだ。お前じゃないやつをお前だと言ったりはしねぇよ」

「うん」

「――で? どうする? クソ烏をぶっ殺すのか?」


 物騒な言葉を言い放つべリスには頷かず、ぐっと拳を握って言った。


「話がしたい、ラウムと。彼女が何を考えているのか知りたいんだ。どうして嘘をついたのか。本当はどうしたかったのか。いろいろと知りたい。だから……」

「ラウム伯の領地に行きたいと?」


 そこまで静かに聞いていたオセがシトリーの言葉の続きを先に口にする。


「うん、行きたい」

「まずは王都に帰りましょう。しっかりと体を休めて、その話はその後です」


 行って良いとはけして言わずに、オセは食事を終えて立ち上がる。

 食事の後片付けと出発の支度を指示するために、兵士たちが集まって休んでいる場所へと歩いて行ってしまった。




【メモ】


・シトリーの剣

黄金の柄に水晶のような剣身の細身の剣。

軽くて、傘を振り回している感覚で扱える。切れ味は抜群で、骨も肉も豆腐のように切れる。

剣身が透けていて、まるで無いかのように見える。細やかな金細工の施された鞘。


・ストラスの剣

剣身は黒金剛石ブラックダイヤの輝きを放つ。

シトリーの剣同様、柄は黄金で、細身で軽い。


 どちらも魔剣であり、持ち主にしか鞘から抜けず、扱えない。



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