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28.ストーカーになりましたっていう話

 

 さっと顔色が変わったのが見て明らかだった。

 カイムは呆然と立ち尽くし、扉を閉めることさえ忘れている。


(今の隙に逃げられるじゃん)


 だが、逃げるだけなら今でなくとも、いつでもできた。シャックスの存在がバレることを承知で、シャックスにカイムの結界を破って貰い、二人で逃げ出せば良いのだ。

 だけど、穀物が欲しい。

 逃げた後で『ふたつ月の国』と『囁きの森』が険悪になることも避けたい。悪魔同士の戦争だなんて嫌すぎる!

 なので、逃げるのはシャックスだけだ。


(私は逃げない)


 パタンと音を立てて扉が閉められた。

 どうやらカイムが我に返ったようだ。だが、彼の表情からは抑えきれない苛立ちが透けて見える。


「あんた、やってくれたな」


 口の中を満たす飴の甘さに集中して恐怖心や焦りを払い除けながら言い返した。


「この部屋の物は自由に使って良くて、好きに過ごして良いって言ったのは、カイムだ」

「――なるほど」


 すぅと翡翠色の瞳が細められる。彼がその言葉通りに納得してくれたとは思えなかった。


「この部屋、私には狭いと思うんだ。別の部屋に変えるか、1日2回は散歩に出たい」

「……部屋を変えよう。少し待っていろ」


 吐き捨てるように言うと、カイムはいったん部屋を出ていった。


(散歩、断固拒否ーっ!!)


 そこまで部屋に閉じ込めておきたいのかと脱力する思いがした。だけど、想定通りの回答だ。勝負は、部屋を移るために廊下に出る、その一瞬だ。

 飴玉が口の中で小さく溶けて、すっかりなくなってしまった頃、カイムが戻ってきた。

 移動先の部屋の用意ができたらしい。

 他にも、シトリーを移動させるにあたって、館の使用人たちに部屋の周囲から遠ざかるよう命じてきたのかもしれない。

 戻ってきたカイムは慌てた様子で、冷静さを欠いているように見えた。


(そりゃあ、そうだ。シトリーのこんな有り様を見たら焦るよね)


 所詮、カイムはシトリーのうわべの美しさしか知らない。ビジュアルが天使でも、その中身まで天使とは限らないのだ。


 カイムがシトリーのためにと用意した部屋は見るも無惨な有り様だ。

 そのめちゃくちゃな光景の中で佇むシトリー自身もズタズタなドレスを纏い、カイムが彼好みに飾り立てた装飾品などひとつも身に着けていなかった。


 自分は人間なのだとおかしな話を始めたと思ったとたんの出来事だったことも、カイムにとって衝撃が大きかったことだろう。

 きっと彼はシトリーの正気を疑っている。


「新しい部屋に案内する。こちらに来い」


 言われるままにカイムに歩み寄ると、左腕を掴まれた。この部屋を出たとしても、そう簡単には自由を与えるつもりはないらしい。

 カイムに腕を引かれながら開け放たれた扉を抜けようとした時だった。ガンッとベッドの方から音が響く。――シャックスがベッドの天板を蹴ったのだ。


 音に反応してカイムが振り返る。その隙をついて力いっぱいカイムの手を振り払った。

 部屋の外は長い廊下だった。一瞬の判断で右手の廊下を駆ける。


 チッと舌打ちの音が聞こえて、カイムが追って来た。左手にピアスの石の硬さを感じながら、後ろを振り返ることなく前に前にと走り続けた。


 廊下の先は曲がり角だ。迷わず角を曲がると、すぐに手前の部屋の扉の中に飛び込んだ。

 部屋の中には誰もいない。扉に鍵が掛かっていなかったことも運がいい!


「シャックス!」


 ピアスの赤い石を親指と人差し指で押し潰すように砕くと、すぐに空中に浮かぶように魔方陣が現れる。

 シャックスが幼い姿のまま現れて、魔方陣から床に着地すると、シトリーの方に視線を向ける余裕もなく空中に向かって声を放った。


「べリス、我を喚べ!」


 廊下からカイムの気配が近付いて来る。足音が角を曲がり、部屋の前にたどり着いた。

 ぱっとシャックスの姿が消える。ホッと息をついたのも束の間、カイムが部屋の扉を開いた。

 バンッとカイムが拳を扉に叩き付けながら、どすの利いた声を響かせる。


「どういうつもりだ!」


 さっと部屋の中を見渡すと、どうやらこの部屋も客室らしい。広さは監禁されていた部屋の方が広いが、こちらの部屋にはちゃんと窓がある。

 血のついた左手を背中の後ろに隠しながら、そっとカイムに歩み寄りながら、へらりと笑みを浮かべた。


「運動不足を解消しなきゃと思って。あと、私この部屋でいいよ。窓があるから気に入った」

「この部屋は駄目だ」

「なんで? 窓があるから?」

「……狭いからだ」


 来い、と短く言ってカイムに腕を掴まれた。当然、カイムは警戒していて、再び振り払われることのないようにしっかりと握ってくる。

 勝手に入り込んだ部屋を出て、引っ張られるようにして廊下を進むと、同じ階に並んだ別の部屋の前でカイムが足を止めた。

 扉を開くと、予想していた通りの窓のない部屋だった。ため息しか出ない。


(まあ、あと少しの辛抱だからいいけど)


 カイムに押し込められるように部屋の中に入ると、カイムがさっと片手を天井に向かって振ったのが横目に見えた。結界を張ったのだろう。


「まずは着替えだな。それから、昼食だ」


 先ほどの部屋で衣装タンスの中の物をすべてズタズタに裂いてしまった罪悪感もあって、言われるままに着替えてあげようと心に決める。

 まず、カイムに差し出された白絹のワンピースを頭から被った。

 襟ぐりが広く開いた長袖のワンピースで、腰から下のスカート部分が大きく広がっている。

 そして、スカートは白糸刺繍がとても華やかで、袖と裾にはフリルが施されている。


 白いワンピースの上にコバルトグリーンのローブを着る。ローブの襟元は大きくV字に裂けていて、そのV字に沿って白い毛皮の襟が付いている。

 毛皮は袖と裾にも付けられており、その下からワンピースのフリルが身動きを取るたびに見え隠れする。

 カイムの両手でヴェールの付いたヘッドドレスを頭に着けられて、あとは彼の気が済むまで装飾品を着けたり外したりを繰り返した。


 そんなことで、ようやく昼食にありつけたのは、着替え始めてから二時間後だった。

 カイムがトレイに料理を乗せて運んでくる。部屋の中央に置かれたテーブルに並んだ料理を眺めて、ごくりと喉が鳴った。

 もうすぐ迎えが来るはずだという安心感から空腹を強く感じる。


(これはグラタンなのかなぁ。……あっ、違った)


 フォークで突っついてみると、カリカリの焦げ目がつくようにオーブンで焼いたチーズの下から、トマトソースがたっぷり絡んだペンネが出てきた。

 それから、野菜たっぷりのコンソメスープ。サイコロ状にカットされたジャガイモや赤パプリカ、ニンジン、ナスなどが入っている。

 そして、最後のお皿には魚料理が盛り付けられている。下味をつけた魚の切り身にオリーブオイルをかけて香草と一緒にオーブンで焼いた一品だ。


「美味しい」

「それは良かった」


 カイムは一緒には食べない。テーブルを挟んで向かい合うように座るが、ひたすらシトリーが食事をしている様子を眺めている。

 もうすぐお別れだと思えばこそ、カイムのことが気になってきていた。

 彼がぽろりと溢した言葉が耳から離れない。


 ――あんたのせいで堕天したからかな。


 たった今、吐かれた言葉のようにさえ感じる。

 だけど、分からない。


(もしシトリーのせいで堕天することになったのなら、シトリーのことを恨んでいて当然なのに)


 監禁されていることを省いたら、自分の待遇はそう悪いものではない。

 どうして彼はこんなにも自分をもてなしてくれて、自らの手で世話まで焼いてくれるのだろう。

 部屋も、彼が集めただろう衣装も装飾品も、自分がめちゃくちゃにしたというのに、怒りを見せたのはほんの一時で、今はすっかり忘れてしまったかのような穏やかな顔をしている。

 その心の底を覗いてみたくなって、口の中の物を呑み込むと、フォークを食器の上に置いた。


「話したくなかったら話さなくてもいいんだけど……」

「なんだ?」

「私のこと嫌いでしょ?」


 はっとカイムが目を見張った。

 その表情の変化がいかにも不意を突かれたようだったので、彼の顔から目を反らして自分の左手に視線を落とす。

 親指と人差し指の腹にシャックスの血がこびりついている。この血が乾く前だったのなら、もう一度シャックスを喚べたのだろうか。

 指の腹を擦り合わせるとパラパラと剥がれ落ちるくらいに乾いてしまった今となっては、分からない。

 しばしの沈黙後、カイムも視線を己の手元に落として、ポツリと言った。


「知るか」

「え……」

「分からないから、それを確かめたくて、ずっと会いたかったのかもな。――けど、嫌っていようと、恨んでいていようと、あなたがこの魔界においてたったひとりの特別であることには変わらない」

「それは、私のせいで堕天したから?」


 針のような鋭い視線を受けて、口にしてしまったことを悔いるほどに背筋がヒヤリと冷たくなる。

 だけど、結局、カイムという悪魔を攻略するためには避けては通れない質問がそれなのである。


「聞かせて欲しい。カイムは私の話を聞いてくれたから。――あの話、冗談だと思っているでしょう? くだらない嘘話だって。違うよ。私にとっては本当のことで、本当に本当に真剣に話したんだ」


 だから、と言って、ぺこりと軽く頭を下げた。


「聞いてくれて、ありがとう」

「……」

「話を聞いて貰えて、実は、 ますますモヤモヤしたところあるんだけど、でも、ちょっぴり前進できたんだ。――と言っても、私が考えていた方向とまったく違う方向に進み出しちゃって、ああ、もう、どうしよう、って感じなんだけど」


 カイムの表情から怒気が薄れていくのが見て取れる。


「分かるかなぁ。分かんないだろうなぁ。とにかくね、自分がこうだと思っていたすっごい最初の根っこのところが、ウソで~すって、ひっくり返っちゃったんだ」


 脳内ではラウム音声で『ウソで~す』と流れる。しかも、『す』の後ろにはハートマークがつく。細かいがここは大事なところだ。

 不意にカイムは額を両手で抑え、顔を俯かせた。そして、そのまま動かなくなってしまう。


(え? 何? 気分が悪いの?)


 どうしたのか不安になって彼の顔を覗き込もうとした時、その背中が震え出した。


「くくっ。ふっ。ははははっ!」


(えー!?)


 突然、笑い出したカイムにパニックである。なぜ急に笑い出したのか、さっぱり分からない。

 あたふたと両手を動かし、動揺をまったく隠そうとしていないシトリーの姿を見て、カイムはますます笑った。バカ笑いしていると言ってもいい。


「なんなの、もうっ!」


 しつこいほど笑い続ける彼についに怒りを覚えてテーブルをバンバン叩くと、カイムは滲んだ涙を己の指先で拭いながら、ようやくこちらに視線を向けた。


「いやぁ、久しぶりに笑った。久しぶりというか、生まれて初めてこんなに笑ったかもな」

「だから、なんなんだ。カイムの笑うポイントが分かんないよ。なんで笑ったのさ」


 自分としては一貫して真面目な話しかしていない。それなのにバカ笑いされるなんて心外である。


「悪い。礼を言われるとは思わなくて。それが妙におかしくて、笑えてしまった」

「失礼だぞ」


 むーっと頬を膨らませれば、カイムは、はははっと再び軽やかに笑った。


「お詫びに、つまらない話を聞かせてやろう」

「つまらない話?」


 何かと思って眉を顰めてから、あっと思い至って姿勢を正した。

 つまらない話なんてとんでもない。ついにカイムが自分自身について語ろうとしてくれているのだ。


「聞かせて。最後までちゃんと聞くから」

「クソみたいな話だ。飽きたら言え。いつでもやめてやる。――あれは二千年? いや、三千年前のことだ。地上では人間が鉄器を発明して、それをうまく使いこなすことのできた国が周辺諸国を征服し、帝国を築き上げていた。人間同士は殺し合い、そこから生じた恨み、憎しみ、悲しみ、苦痛、あらゆる負の感情が地上を満たし、悪魔たちの糧となっていた。これを憂いた神が天使軍を魔界に派遣した。――俺は智天使イオフィエルが率いる503の軍団のうちの一兵士だった」

「イオ……エル……」


(――う、うん。また言えなかったけど、その天使の名前はラウムから聞いた覚えがある。その天使が魔界に攻め込んできたせいで、あのラウムが『頭イカれてるぅ!!』と思ったくらいの魔界の危機だったらしい)


 カイムは、ぽつり、ぽつり、と言葉をそっと置いていくように話を続けた。


「その頃の俺は下級天使で、数合わせの捨て駒のようなちっぽけで非力な存在だった。下級天使っていうのは、自分の意思とは関係なく、上からの命令で魔界に連れて来られて、血と泥にまみれながら戦わされるんだ。天界と比べたら魔界は暗くて、ひどく渇いていて、どこもかしこも飢えていた。俺たち下級天使は天界に帰りたい一心で死に物狂いで悪魔たちと戦った」


 カイムの話を聞きながら脳裏に浮かぶのは、自分の目で確かに見つめた戦場の光景だ。

 べリスと遊んだゲームと同じで、下級天使は悪魔の攻撃を喰らうと容易く死ぬ。

 シトリーの軽い攻撃でさえ一撃で倒せてしまうし、べリスの大剣ならば一度に数人の命を狩れる。じつに儚い存在だ。


「上級・中級天使はたとえ魔界で死んでも天界で復活できる。だが、下級天使の命は一度きりだ」

「えっ。天使も復活するの? じゃあ、私が殺したルヒエルも復活する?」

「するはずだ。安心したか?」


 うーんと低く唸ってから両腕を広げて肩を竦めた。


「せっかく倒したのに、っていう思いの方が強いかな。――悪魔も復活するんだよね?」

「上級悪魔はな。上級悪魔は不老不死。中級悪魔は不老。下級悪魔は老いるし、死んだらそれっきりだ」

「なんて世知辛い。上級だの、下級だの、なんてそんなのあるんだろう?」

「人間が抱く悪意に大小や強弱があるからだと思うが、俺もよくは知らない。とある人間の心に長年棲みついた邪悪さは、善なる人間の魔が差した一瞬の心とは大きく異なるのと同様に、上級悪魔と下級悪魔はそもそも異なる存在なのかもしれない」

「それを言ったら、上級天使も下級天使とはそもそも異なる存在なのかな?」

「そうなのかもしれない。だから、やつらは平然と下級天使を見捨てる。元から道具としか見ていないのだから当然だな」


 吐き捨てるように言って、カイムは表情を歪めた。いったい誰に対して憤っているのか、彼の翡翠の瞳は己の過去を睨み付けている。


「カイムも見捨てられた下級天使のひとりだったの?」

「翼を片方、切られていたからな。翼に傷を負った天使は天界に自力で帰ることができない。――迂闊だったんだ。目の前の敵が見えなくなるくらいに見惚れてしまった」


 すっとカイムが椅子から立ち上がって、テーブルの周りを回って歩み寄ってくる。

 椅子に座ったままカイムの動きを目で追えば、彼は目の前で立膝をついた。自分より僅かに低いカイムの視線を受け止めて、ああ、そうなのか、と腑に落ちる。


「私もその戦場にいたんだね?」


 503の軍団だ。魔界の悪魔たちは総力戦で挑んだことだろう。

 とすれば、子供だろうと武器さえ扱えれば戦場に駆り出されたはずだ。

 シトリーがその当時いくつくらいだったのかは分からないが、おそらくストラス軍の一員として出陣していたのだろう。


「血生臭い戦場を舞うように戦っていた。風に吹かれる木の葉か、花々の間を飛び回る蝶か、さもなくば、冬雲から降る雪かと思った。天界で踏ん反り返っているどんな上級天使よりも輝いて見えた。だから、戦場だということをすっかり忘れて、ずっと、ずっと、その姿を目で追ってしまったんだ」

「それで翼を切られたの?」

「痛みで気を失い、意識を取り戻した時には捕虜になっていた」


 では、あの閉じ込めておくつもりがまったく感じられない檻に入れられたのだろう。


「捕虜になった中級以上の天使は、他の天使に胸を貫かせて命を絶つ。死んでも天界で復活できるからな。だが、俺たち下級天使は死んだら終わりだ。天使は神によって自ら命を絶つことを禁じられている。だから、他の者に殺して貰えば禁忌を犯さずに済むという話なんだが、その時に感じる恐怖で下級天使は堕天する。――分かるか? 下級天使は生を選んでも天界には帰れず堕天し、死を選んでも自ら死ねば禁忌を犯したことになり堕天し、他の者に殺して貰おうと望めば、殺される恐怖で堕天する。どうあがいても堕天する道しかないんだ」

「カイムは、どうしたの?」


 どうあがいても、と嘆いた彼もきっとその時は天界への道を捜して必死にあがいたに違いない。

 俺は、とカイムは右手を伸ばしながら言った。カイムの手がまるで尊い輝きの源に触れるかのように、おそるおそるシトリーの頬に触れる。


「生きたいと願った。もう一度、あなたに会いたかったからだ」


 はっと息を呑んで、そのまま。なんと応えたら良いのか分からなかった。

 彼が必死にあがいて捜していた道は、天界へと続く道ではなかったのだ。


「何の気まぐれか、捕虜の檻の前に『東方の首座』が通りかかった。俺はその方に生を請い、残った翼を切って頂いた」

「東方の首座?」


 自分たちよりも上位悪魔のふたつ名なのだろう。誰のことなのか分からないが、その悪魔がカイムを悪魔として生まれ変わらせたのだ。


「その後、数百年、その方の下で働いて、騎士に取り立てて貰った。あなたに会うために地位を得ようと何でもした。あなたが君主プリンスだと知ったからだ。あなたの隣に立つために相応しい地位が欲しかった」

「……」

「騎士から総裁になるまでにかなり時間がかかったが、ようやく総裁になれて自分の領地を得た時には、あなたは王になっていた。そして、あなたの隣には別の者がいた」


 ふっとカイムの手が頬から離れて、翡翠色の瞳が光を失ったかのようにシトリーの琥珀色の瞳から逸らされる。


「カイム……」


 ぐっと喉に言葉が詰まる。だけど、ダメだ。何か言わなくては。

 きっとカイムは、誰にも話すつもりのなかった話を聞かせてくれたのだ。正直、その想いは自分には抱えきれないくらいに重たくて、しんどい。だって、その想いには応えることができないからだ。

 それなのに、ここで自分が黙ってしまったら、カイムの想いに呑まれてしまいそうになる。

 重たい雰囲気が二人を呑み込もうとしているのを察して、それを吹き飛ばすような明るい声を無理矢理に出して言い放った。


「カイムってば、私のことが好き過ぎるじゃん! なんだ、てっきり天界が恋しくて、私のことを恨んでいるのかと思ってた。ぜんぜん、ちっとも、嫌ってないじゃん。むしろ大好きじゃん!」

「は?」

「私のこと、嫌いなのか、それとも恨んでいるのか分からないって言ってたでしょ? 答え出たじゃん。嫌ってないし、恨んでもない、むしろ好きってことだよね? だって、一目惚れして、魔界まで追いかけてきて、ストーカーになりましたっていう話だから」

「なんて?」

「大丈夫! 気持ちは伝わったから!」

「……」


 はぁ、と重たくため息をついてカイムは立ち上がった。テーブルの上に視線を向けると、無言で空になった食器をトレイに片付け始めた。

 その姿を見守りながら、きゅっとドレスの布地を握り締める。

 カイムは死に物狂いで努力して総裁になった。オセは成人した証として総裁の地位を与えられた。


(それでも、シトリーが隣に立つことを望んだのはオセだ)


 カイムが血を吐くような想いでシトリーを求めていたとしても、シトリーは彼に応えることができない。

 シトリーの心の隙間にカイムを入れてあげられたとしても、それは却って彼を傷付けることになるだろうからだ。




【メモ】


悪魔

 上級悪魔…成長後は不老、もしくは、ゆっくりと老いる。術で若返ることも可能。死んでも復活する。

 中級悪魔…成長後は不老、もしくは、ゆっくりと老いる。術で若返ることも可能。死んだら終わり。

 下級悪魔…ほとんど人間と同じように成長し、老化する。制約はあるが、術で若返ることは可能。死んだら終わり。


天使

 上級天使…成長後は不老。死んでも復活する。めったに天界から降りない。

 中級天使…成長後は不老。死んでも復活する。

 下級天使…成長後は不老。死んだら終わり。



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