27.あわよくば、穀物頂き作戦開始
それは襟ぐりを大きく開いて肩を露出させるダークグリーンのドレスだ。裾と袖が長く、床を引きずる。
ウエストの位置を高く見せようと胸の下で太めのベルトを締めている。そのベルトの豪華さときたら思わず息を呑むほどで、ところどころに小さな宝石を縫い付けながら施された金刺繍が華やかだ。
白糸刺繍を施されたヴェールを頭から被り、そのヴェールを押さえるようにサークレットを着ける。
首元や耳、手首には装飾品で飾り立てられて重たいが、靴はヒールのない革靴で、ホッとする。
(しかし、ドレスか。走りにくそうだなぁ。――まあ、なんとかなるか)
着替えている最中もカイムに対して、自分が人間であることを話し続けて、はいはいと適当な返事を貰い続けている。
「――それでさ、兄貴がつくったゲームっていうのが、乙女ゲームなんだけど、オセとかべリスとかシャックスを攻略するゲームなんだ」
「攻略というと?」
「好きですって告白して、好きだって言って貰えたらハッピーエンドだから、それを目指して、お目当てのキャラに好きになって貰えるように頑張るんだよ」
「だが、皆、既にあなたのことが好きだ。攻略する必要がない」
「そうなんだよ! 私も今、自分で言ってて気付いたんだけど、誰ひとり攻略する必要がないんだ!」
なんだかんだカイムは話に付き合ってくれて、疑問を抱けばそれに対して尋ねてくれる。
「強いて言えば、今、カイムを攻略している」
「はっ、俺をか?」
「強いて言えば?」
兄のゲームを最後までクリアしていないので確かではないのだが、少なくとも自分がプレイしたところまでのストーリーにカイムは登場していない。
だが、思い出せば、キラキラしたタイトル画面にカイムらしき金髪のキャラクターの絵が描いてあったような気がする。
とすると、カイムもちゃんと攻略キャラクターなのだ。
「それで? どうやって俺を攻略するんだ?」
「さっぱり分からない。攻略本が欲しい!」
「おいおい」
ヴェールを揺らして地団太を踏みながら言えば、カイムがくくくっと笑った。
カイムの機嫌の良さを見て、ところで、と話題を変えた。
「穀物を安く売る条件は、私がしばらくこの館に滞在することだったよね? しばらくっていう曖昧なのはやめよう」
「日数をはっきりさせたいのか?」
「――というより、私の迎えが来るまでにしよう」
「ほう?」
「ただし、迎えが来ているのに来ていないと嘘をつくのはなし。迎えに来た者たちに対しても、私はいないと偽るのもなし」
「いいだろう。その条件をのもう」
おそらくカイムには自信がある。誰にもシトリーの居場所を知られるばずがないと。
カイムが戦場からシトリーを連れ去ったことが知られたとしても、『囁きの森』のどこにシトリーを連れ去ったのかまでは知られるはずがないと思っている。
おそらく、ここはカイムが普段から使用している館ではない。いくつか所持している館のうちのひとつだと考えられる。
すると、カイムの言う通り、オセたちがこの場所を探し出すには時間がかかるだろう。
「――さて。俺は用事を済ませて来る。この部屋で好きに過ごしてくれ」
「うん」
カイムが椅子から立ち上がるのに合わせて自分も腰を上げる。
すると、カイムがじっと視線を向けて来て、やはり、と不吉な言葉を言った。
「エナン 《円錐形の帽子》にしよう」
「はぁ?」
言うや否や、衣装タンスへと足早に向かい、30cmほどの高さがあるエナンを抱えて戻って来る。サークレットを外され、代わりにドレスと同じ色のエナンを頭の上に乗せられた。
顔を覆うヴェールとは別に、エナンの先端につけられたヴェールが床まで届くほど長く流れるように全身を覆った。
確認する視線が上から下に往復して、満足したのかカイムが頷く。ようやく部屋を出て行く気になったらしく、食器を乗せたトレイを持って扉に足を向けた。
「ああ、そういえば」
ドアノブに手をかけながらカイムが振り返る。
「あなたが人間だとして――」
「うん?」
「人間さん、名前はなんて言うんだ?」
「え……。私の、なまえ?」
「あなたが本当に人間で、『ふたつ月の王』でないのなら、あなたの名前を呼びたい。教えてくれるか?」
「あー、う、うん」
カイムが自分の話を信じていないのは分かっている。それでも、こちらの話に合わせて、自分たち二人だけで通じる名前で呼びたいと言っているのだ。
悪魔は基本的に目上の者の名前を口にすることができない。カイムには『シトリー』と呼ぶことができないから、そんなことを言い出したのだろう。
「ええっと……」
カイムの想いが分かって応えてやりたい気持ちはあるのだが、どうしたことだろう。自分の名前がすぐに出て来ない。
(あれ? 私、なんて名前だっけ?)
拳を口元に運び、親指の腹を唇に押し当てながら考えてみる。
だが、考えても考えても、空っぽの箱を振るかのように、何も思い付かない。
情けない思いで眉を下げ、カイムを見上げる。
「ごめん。名前が分からない。自分の名前なのに……。たぶん、召喚された後遺症なんじゃないかなぁ。いろいろと忘れちゃったみたいだ」
そんな後遺症があるのかどうかは知らないが、そうとしか考えられない。
申し訳ない気持ちいっぱいでカイムを見れば、彼は少し残念そうに、仕方がないと言って苦笑を漏らす。
「気にするな」
そう言い残し、カイムは部屋を出て行った。
カイムの気配が完全に消えると、ズズッと体を引きずりながらシャックスがベッドの下から這い出て来る。
両腕を上げて、幼い体を伸ばす。随分と長い間ベッドの下でじっとしていたので、体が硬くなってしまっているのだろう。
それからシャックスはおもむろに床にしゃがむと、上着のポケットから包みを取り出した。
なんだろうかと見守っていると、シャックスは包みを開いて中からクッキーのような食べ物を手に握る。それをリスのように両手で持ってモソモソと食べ始めた。
(だよねー。お腹すいたよね)
シャックスの正面に移動すると、腰を下ろしてしゃがみ込む。
「シャックス、私、自分の名前が分からないみたいだ」
「シトリーだ」
即答されて眉を顰めた。
「私には人間だという記憶があって、シトリーの記憶がないんだ。でも、シャックスやカイムと話していて、人間だという記憶も穴だらけなんだってことが分かった」
モソモソと咀嚼しながらシャックスの灰色の瞳が自分を見上げてくる。
「シャックスの言う通り、私がシトリーなのだとしても、私にはシトリーだという実感がない。たぶん、シトリーの記憶がない限り、実感はずっとないままだと思う。だから、せめて確証が欲しい」
「確証とな」
シャックスは口の中のものを呑み込むと、口元を手の甲で拭ってから言った。
「アリスは賢い馬で、シトリーかべリスしかその背に乗せない」
「シャックスでも乗れないの?」
「我は乗れない」
「私がシトリーそっくりだから乗れたんじゃない?」
「獣は姿形だけで相手を判断しない。匂いや気配、その者の仕草や声。賢い獣を騙すことは容易ではない」
シトリーの服を着ていれば匂いは同じになるかもしれない。
容姿は似ていても声はまったくの別人だということもあるだろうが、容姿も声も同じということもきっとあるはずだ。
仕草は努力次第でそっくりに真似ることができる。
だけど、気配だけは、そのものが曖昧すぎて真似ることができない。
(気配もだけど、私の場合、シトリーをまったく知らないから、仕草を真似しようにも無理だ)
シトリーの振りをしなくてはと思いつつも、シトリーを知らないので、自分自身が感じたままに話して、思うがままに行動していた。
それなのに、皆、自分のことをシトリーだと信じて接してきて、一瞬べリスが怪しんできた時もあったけど、それ以外は誰ひとり疑ってこなかった。アリスさえもだ。
アリスにとって自分はシトリーと同じ気配がしていたのだろうか。それとも――。
「――私がシトリーだから?」
「記憶を取り戻そう」
シャックスは両手を床に着いて下から顔を覗き込んでくる。無意識に俯いていた顔を上げて、シャックスに向かって頷いた。
シャックスの短い人差し指が近付いてきて、ぴとっと額に押し当てられる。
「魔力の封印も解かなければならない。少し体に触れる。シトリーの魔力の状態を調べる」
そう言ってシャックスは子供の手で頬に触れ、首筋に触れ、肩、脇腹、そして、お腹のへその辺りに触れてきた
「何か分かった?」
シャックスは無言のまま、手をへそのさらに下に移動させる。ちょっと、そこから下は障りがあるのでやめて欲しいと焦ったが、小さな子供の手なので振り払うようなことはせずに堪えた。
「核が損傷している。封印されているのではなかったのか……」
ようやくシャックスが口を開いた。その表情からは動揺が見て取れる。
「核?」
「へその下あたりだ。人間はその場所を丹田と呼ぶが、ちょうどその辺りに我らは魔力の核を持つ。魔力は核から生み出される。また、魔力を核に溜めておくこともできる」
「核が損傷しているって? 何かの間違いなんじゃないの? 私、人間なんだから核なんてないよ」
「核の欠片の存在が感じられる。おそらく、シトリーは核を砕かれ、その大部分を奪われている。――シトリーの魔力は強力だ。核も強く、大きい。シトリーから核を奪おうとした者は、完全に奪い取ることができなかったのだろう」
「待って。待って。信じられない。だって、私からは魔力を感じられないんでしょ? カイムも言ってたよ。ちっとも魔力が回復してない、って」
「たしかに、シトリーの本来の魔力量を考えれば、まったく回復していないように見える。しかし、ゼロではない。僅かにだが感じられる。あまりにも微々たるもので、無いに等しいが……。核の欠片が残されているからだろう。昨日よりも今日の方が僅かに強く、少しずつ回復しているように感じる」
「そんな、まさか。あり得ないよ」
「体内に毒の痕跡がある。おそらく核を奪われてから今まで魔力の回復を妨げる毒を盛られていたのではないか?」
「毒!? そんなの飲んだ覚えなんてない‼」
「密かに盛られていたのだろう。――魔力と記憶は深く結びついている。どちらも精神に関わるからだ。魔力が戻るにつれて記憶も戻る。記憶が戻ると、魔力も戻る。魔力が目的か、或いは、記憶が目的か……。おそらく記憶の方だろう。魔力が目的なら、魔力だけを奪うこともできる」
「記憶だけ奪うって、できないの?」
「奪っても魔力によって、すぐに回復してしまう。魔力も記憶も取り戻さないように飲まされていた毒を飲まなくなったため、魔力が回復し始めたのではないだろうか。今後、記憶も少しずつ戻っていくはずだ」
「ほんと?」
「ただし、奪われてしまった核が自然に戻ることはない。奪われずに済んだ核の欠片が溜めることのできる量の魔力のみ、毒さえ口にしなければ回復するだろう。そして、その分だけの記憶は戻る」
「それって、どのくらい?」
「わからない」
二人して口を閉ざすと、重たい空気が部屋の中にずっしりと降りて来る。
シャックスの話は、自分がシトリーであるという前提の話だ。
そのため、シャックスの話を聞いていると、自分の話なのに自分のことではないような気がした。
(私は悪魔なんかじゃない!)
そう思うのに! それなのに! 答えはひとつしか示されていないことを思い知らされる。
――シトリなのだ。自分が。
思い返せば、鏡の中に金髪金眼の姿が映し出された瞬間に『自分だ!』と直感した。あの直感は正しかったのだ。
オセに偽者だとバレているのか、いないのか、まったく分からなかったのも、そもそも自分が本物だったからだ。
そう思って振り返ると、納得できることが多い。
オセの印は、最初からシトリーだけにつけられていた。そして、オセは一貫して自分をシトリーとして扱っていた。ただそれだけだ。
(最初こちらの文字が読めなかったのも記憶を失っていたからで、思い出したから読めるようになったのかも)
戦場でのあの動きも、いくらゲームでイメージトレーニングができていたからとはいえ、一度も剣を持ったことのない者ができるものではない。
そして、いくら運動能力に自信があったとしても人間には無理だ。
(私、天使を殺した)
思い返せば次々と人間には到底できるはずのないことばかりが思い起こされる。
瀕死のルヒエルの胸に剣を突き立てて、とどめを刺した。
(あんなこと、悪魔でなければできない。――私、悪魔なんだ)
あの時の感触に今更ながら恐れを抱いて指先が小刻み震え出す。胸がドキドキと騒いで、今にも張り裂けそうだ。
よほど酷い顔をしていたのか、目の前でシャックスの眉が潜められた。
心配げな幼い顔がそっと近付いてきて、羽根が触れるような優しい口付けを受ける。
「シトリー、大丈夫だ。我がいる」
不意を突かれたように驚いてシャックスの顔を見つめると、彼は両手を伸ばして、幼い頃にそうしていたようにシトリーの両手を握り締めた。
ただそれだけ。それだけで、何がどう大丈夫なのか、ぜんぜん分からなかったけれど、そんなことはどうでも良くて、とにかく安心して気持ちがスッと落ち着いた。
「シャックス、作戦を聞いてくれる?」
「無論」
共に悪さをする。そんな時の悪童のような表情を浮かべて、二人で唇の端を上げてニヤリと笑い合う。
「あわよくば、穀物頂き作戦だよ。――シャックス、ピアスをもうひとつ作れる?」
「無理だ。作るのに魔力を使う。この部屋の中で魔力を使えば、カイム殿に気付かれる」
「じゃあ、チャンスは一度きりだね」
「ピアスを使うのか」
「まず、どうにかして私がこの部屋から出る。当然、カイムの見張り付きだ。でも、どうにかしてカイムの目を盗んで、ピアスを使ってシャックスを部屋の外に喚ぶ。そしたら、シャックスはすぐにこの館から逃げて」
「シトリーをおいて逃げろと?」
「たぶん、この館には使用人が最低限にしかいないと思う。私が部屋から出ることになれば、さらに遠ざけるはず。シャックスなら簡単に逃げられると思うんだ」
シャックスは不服そうに幼い顔のしかめた。納得させるためには言葉を選ばなければならない。
だけど、シトリーとシャックスの間にそんな気遣いなんて必要あるだろうか?
ただ真っ直ぐに、求めていることを告げればいいのだ。
「オセかベリスを呼んできて欲しいんだ」
シャックスは、ぐっと目をつぶって、ひとつふたつ言葉を呑み込むと、実は、と口を開いた。
「先程ベリスに喚ばれた。応えるためには魔力を使うため、応えられずにいる」
「ベリスにもピアスを渡してるの?」
「腕輪だ。このくらいの大きな石にしてくれと頼まれて、血を大量に使った。二度と作らない」
「でも、使うには石を砕くんでしょ?」
「砕く。既に砕かれた。その血が乾き切るまでならベリスのもとに移動できる」
「瞬間移動できるんだね! それって、連続してできる?」
「できる」
「いいね! 完璧じゃん!」
だが、シャックスは首を横に振る。
「シトリーの作戦は『どうにかして』が多い。どうにもならなかったら、どうするのだ?」
「その時は簡単だよ。シャックスと私でカイムを殴って逃げよう! その場合、穀物は諦めなきゃいけないのが残念だけど」
「シトリー……」
「ぶっちゃけ、シャックスとカイムって、一対一ならどちらが強いの?」
悪魔の爵位は、その悪魔個人の実力とは関係がないことは分かっている。
魔力が強くて、大きな魔法がバンバン使えるからって、王や公爵になれるわけではないのだ。
統率力があって軍団数が多くてもダメで、――それなら、何が決め手なのかっていうと、堕天する以前の天使の階級だったりする。
他には、どんな能力を持っているのか、どんな罪を司っているのか、どのくらい人間に恐れられているのか、そんなことで爵位を与えられたり、奪われたりするようだ。
シャックスは侯爵だが、線が細く、いかにもインドアな体つきをしている。あの戦場においても、彼は剣を持たず、鎧すら身に付けていなかった。
おそらくシャックスは戦闘に向かないタイプの悪魔なのだ。
対して、カイムは戦場でしっかりと板金鎧を身に着け、遠くから投げ付けてラファエルの胸を貫いた槍は、とても重そうに見えた。
シャックスが、はぁっとため息をついた。
「我に肉弾戦をさせるつもりなら、勝ち目は微塵もない」
「そんな気がしてた。分かった。その時が来たら、私がカイムを殴るよ」
任せてと笑って立ち上がると、シャックスの視線が訝しげに追ってきた。
「では、さっそく、この部屋をぶち壊します!」
「……?」
首を傾げるシャックスを横目に丸テーブルの椅子の脚を両手で握ると、頭上に椅子を振り上げて思いっきりテーブルに叩き付けた。
バキバキバキッ!!
激しく音を立てて砕けたのは椅子の方で、背もたれが割れ、両手で握っていた脚が取れてしまった。
しかし、丸テーブルの方も無傷ではない。四つあるうちの一つの脚が折れて、大きく傾いて倒れている。
天板にも良い具合にヒビが走っていて、これはこれで良しと、無事なもう一脚の椅子の背もたれを掴んだ。
「シトリー、いったい何を始めた?」
「監禁されたストレスが爆発して大暴れしてる。ほら見てないで、シャックスも手伝ってよ」
言って、背もたれを掴んだ椅子をソファに叩き付けた。
それから衣装タンスの中をすべて出して、申し訳ないけど、衣装をビリビリに裂いて、タンスもガンガン蹴りまくって、仕上げに引き倒した。
化粧台のガラスに剣の鞘を叩き付けて割り、こちらも引き倒す。
もちろん本棚も倒して、本をめちゃくちゃに散らかしてやった。でも、本のページは破けなかった。折り目が付いてしまったことさえ残念に感じるくらい自分もかなりの本好きなのだ。
(あとはベッドか)
シャックスが隠れられなくなったら困るが、まったく手を出さないのも不自然なので、真ん中を叩き折るだけにしておこう。
ベッドの上で何回かジャンプを繰り返してみる。この程度ではダメだと分かって、ベッドから降りると剣を握った。
「シトリー?」
嫌な予感しかしない、そうシャックスの顔に書いてある。
そんなシャックスのためにやはり真ん中ではなく、足元寄りの場所を狙おう。そう思って、5歩、6歩と後ろに下がった。
剣を頭上で構え、助走をつけて大きくジャンプする。
「ていっ!」
掛け声と共に剣を思いっ切り振り下ろした。
まるで豆腐を切ったかのような感触だ。なんという切れ味の良さだろう。しばらくベッドは切られたことに気が付いていないようだった。
仕方がなく足を上げて、踵からベッドに足を下ろした。
ドゴンッ!
大きく音を響かせてベッドが不格好な『V』の字をつくる。
「シトリー。その剣を使うと、結界が傷つく」
「なら、急がないと」
くるりと体を回転させて剣を振り回す。石壁に亀裂が入る。シトリーの剣は石まで切れて、尚且つ、刃こぼれを起こさない。
水晶のように透き通った剣身は、ひたすら美しく、ただの飾り物のように見えたが、ちゃんと実戦的な剣だ。しかも、本当にすごい魔剣であった。
くるくる回りながら剣を振るい、時々ジャンプして壁を切り付け、天井まで届く跡をつける。
「シトリー、カイムが来る」
シャックスの声に動きを止めると、シャックスがベッドの下に急ぐのを横目にダークグリーンのドレスの裾を乱暴に掴み上げた。
サッと剣を横に払って、膝の高さでドレスを切り裂いた。長すぎる袖も雑に切り捨てると、エナンを頭から掴み取って遠くに投げ捨てる。
それから視線を素早く巡らせて丸テーブルから転がった小箱を捜して手に取った。
中にはシャックスから貰ったピアスと、ハウレスから貰った飴が入っている。
(最後のひとつは、頑張ったご褒美って言われたけど、今から頑張るから舐めるね)
心の中でハウレスに断ってから包みを開くと、中から真っ青な飴玉がころんと出てきた。
(すごい青。まるでオセの瞳の色みたいだ)
こんな青い飴を舐めたら着色料で舌が青くなりそうだ。だけど、今はその青さが嬉しい。
(めちゃくちゃ元気でた!)
ぱくんと口の中に飴玉を放り込んで、左手でピアスを握り締めた。
――そして、その時、扉が開いた。
【メモ】
1着目…白絹のチュニック。グラディエーターサンダル。ベルト。古代ローマなイメージ。
2着目…裾と袖が長いハイウエストのドレス(ウプランド)。エナン 《円錐形の帽子》。14世紀くらいのイメージ。
3着目…白い毛皮の襟が付いたローブ。ヴェールの付いたヘッドドレス。ルネサンス後期くらいのイメージ。