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21.あの風を断つために馬を駆けさせるんだ


 ふたつの月は、ほとんど同時に東の空に姿を現す。

 ところが、空を昇っていく速度がそれぞれ異なり、特に一方の月は正午を境に速度を変えるため、ふたつの月はまるで追いかけっこをしているように見えた。

 実に謎めいた月の動きであり、もし『ふたつ月の国』に人間界の天文学者が訪れたのなら、頭を抱えながら命尽きることになるだろう。


 南の空に能天使たちが舞う。その北側に悪魔たちが布陣を終えて、天使軍と睨み合った。

 オセとラウムの軍団は未だ到着していない。彼らが到着するまで、数の上では圧倒的に不利な戦いを強いられることになる。

 ラッパの音が鳴り響いた。天使たちが吹き鳴らしているラッパだ。

 その音を合図に天使軍の歩兵部隊がゆっくりと前進してくるのが見えた。


「両翼に前進命令を」


 オセの指示を受けて、左翼と右翼に向かって伝令が馬を駆けさせる。


「ガルバ将軍、今日はプロブスと足並みを揃えてください。我々も前進します」

「承知!」


 ガルバとプロブスはオセの支持を受けて己の軍団の先頭へと馬を駆けさせていった。

 シトリーの軍団は、ガルバ軍とプロブス軍を前方に配置し、その後方にフォルマ軍を控えさせている。

 オセとフォルマはフォルマ軍の先頭で馬を並べており、自分もラウムと共にオセの隣で馬に跨っていた。


 ガルバ軍とプロブス軍が前進したのに合わせて、フォルマ軍もゆっくりと前進していく。

 アリスを歩かせながら、どきどきと胸が騒ぐ。どうやら今日は高みの見物というわけにはいかないらしい。

 昨日自分でも口走ってしまったような総大将も戦場に出ての総力戦を行うようだ。


「緊張されていますか?」


 手綱を握り締める手に汗が滲むのを感じていると、ラウムが身を寄せて来て、こそっと耳もとで囁くように言った。


「するでしょ、普通に。初陣だよ。――っていうか、戦い方も知らないのにどうしろと? もう膝がガクガクだよ。天使が目の前に現れたらどうしたらいいの!? 剣なんて渡されても使ったことないし。切れないよ。怖いもん、切ったら血が出るじゃん。痛そうじゃん。無理だし!」

「陛下、落ち着いてください。なんとかなります」

「いや、無理。なんとかならない気がする!」


 ガンガン、ガンガン、音が鳴り響いている。重装歩兵たちが剣や槍の柄で盾を打ち鳴らしている音だ。

 その音にますます追い詰められているような気がして、不安感で心臓が胸を突き破って飛び出て来そうである。

 ラウムが片眉を歪めて、仕方がありませんね、と苦々しく言った。


「ハウレス大公から頂いた飴をお持ちですか?」

「うん、ポケットに入っているけど?」

「舐めてください」

「え、いいの?」

「……はい」


 甘いものを口にすると気分が落ち着くので、とラウムはぼそぼそとどこか不本意そうに言った。

 毒である可能性はあるが、飴の他に甘いものが今は手元にないという意味だろうか。

 何にせよ許可が出たのでポケットから飴玉を取り出すと、ラウムの前で堂々と包み紙を開き、黄色くてまん丸の飴玉を口の中に放り込んだ


(レモンかな? パインかな? うーん、これはレモン味だな)


 ザラメを舌で擦り取るように舐めながら飴の甘さを楽しんでいると、恐怖も不安も遠ざかって、気持ちが落ち着いてくる。


(よーし、大丈夫な気がしてきた)


 自分には魔王城を出てからずっと四人の近衛兵がついている。彼らが護ってくれている限り、たとえ目の前に天使が現れたとしても、自分が剣を持って戦う機会なんて訪れないかもしれないかもしれない。


(それに隣にはラウムもいることだし)


 伯爵であるラウムだって、本気を出せば強いに違いない。魔界図鑑によると、ラウムには都市を破壊する能力があるらしい。

 それにラウムがみすみす自分を死なせるはずがない。彼女がまだ本物のシトリーの身代わりとして自分を必要としてくれている限り、全力で自分を守ってくれるはずだ。


 雄叫びと共にガルバ軍が剣を握り締めて己の正面にいる天使に向かって突進していく。

 プロブス軍も遅れを取るまいと、槍を前へ前へと突き立てる。その後方から、フォルマの弓兵が矢を空高く放った。


 能天使たちは器用に矢を避けるか、もしくは、剣で叩き切っていたが、弓兵の狙いはそもそも彼らではない。

 高く遠くに放たれた矢はガルバ軍もプロブス軍も超えて下級天使の歩兵部隊に向かって次々と降り注いだ。

 バタバタと倒れて数を減らしていく天使たちだったが、元々の数が多すぎる。彼らは倒れた仲間を踏みつけるようにして前進を続け、津波のように続々と押し寄せて来る。


「ルヒエルの姿が見えます」

「え、どこ?」

「中央です。ちょっと小柄な少女っぽい面持ちの天使です。たぶん陛下の好みですよ」

「何それ? ないから」


 言いながら双眼鏡を覗き込めば、ラウムの言った通りに可愛い感じの天使がいる。

 ふわふわしたオリーブアッシュの髪が綿菓子みたいだし、随分と華奢な身体をしている。


「あの子がルヒエルなのかぁ」

「お気に召したのなら、捕まえて堕天させちゃいます? 」

「そういうのいいから……。それより、ラファエルは?」

「まだ姿を見せませんね。カマエルは右手の方ですね。天使軍の左翼を率いています」


 不意に、俺の雄姿を見ろ、という空耳が聞こえたような気がして自軍右翼の方に視線を向けた。

 べリスの姿を捜せば、天使軍の奥深くまで単身で突っ込み、馬を乗り捨てて大剣を振り回していた。ゲームとまるで同じ戦い方だ。べリスの一振りで、数人の天使が吹き飛ばされている。

 しかし、ゲームほど簡単にはカマエルに近付けない様子だ。


 ハウレスは自軍の後方で魔力を練り固め、それを時折、空に向かって放っている。

 それはハウレスの両手から離れた直後はサッカーボールほどの大きさの黒い塊なのだが、空高く上っていく間にみるみると大きく膨れ上がって、空を舞う能天使の頭上で激しく弾け、石礫のような塊が銃弾のスピードで天使たちの体を貫く。

 べリス軍もハウレス軍も各々の戦い方で天使軍と戦っていた。


 視線を左に転じると、自軍の遥か後方でシャックスが気だるそうに馬に跨っていて、今日も鎧ではなく、彼の普段着である軍服をアレンジしたような服を着ている。

 シャックス軍の騎兵が天使軍の間を駆け抜けながら剣を振り下ろし、薙ぎ払い、前に刺して引いて、そして、再び馬を駆けさせていた。

 騎兵が討ち漏らした天使に軽装歩兵が、わっと集まって、一瞬でその首元に短剣を滑らせて走り去る。彼らの動きは舞うように軽やかで素早かった。


 自軍の後方で副官と馬を並べて大あくびをしていたシャックスが、不意に背筋を伸ばした。

 そして、シャックスは馬から身を乗り出すように戦場を見渡した。――その時だ。


 天使軍を左右に分けるようにして、その奥から悠々と歩いて来る天使の姿がある。

 全身を覆い隠せるほどの大きくて白い翼。片手に大剣を握り、その剣先を引きずって地面に長い長い線を描きながら近付いて来る。


 異様な気配を感じてシャックス軍が動きを乱す。騎兵は馬の歩みを止め、弓兵は矢を放すことを忘れた。

 天使の大剣が振りかざされる。はっと息を呑んだ瞬間、稲妻のような光が地面に沿って真っ直ぐに走った。

 見やれば、振り下ろされた大剣の直線上の地面がぱっくりと割れ、運悪く、その直線上にいた悪魔たちは体を真っ二つにされて絶命している。


「何あれ……?」


 ぞっとして声を震わせながらラウムに聞くと、ラウムも体を竦ませて答えた。


「主天使ザカラエルです」

「主天使……ええっと…?」


 べリスに教えて貰ったはずの天使の階級が思い出せない!


(べリス、ごめーん! もう一回教えてーっ!)


 心の中で叫んでみたが、どう考えても今は無理なので、ラウムに尋ねる。


熾天使セラフィム智天使ケルビム座天使スローンズ主天使ドミニオンズ力天使ヴァーチュース能天使パワーズ権天使プリンシパリティーズですよ。あとは、 大天使 《アークエンジェル》と天使エンジェルですね」

「早口言葉かなんか?」

「違います」

「天使図鑑も欲しい」

「捜しておきます」

「それで、ザ……エル…うん、彼は主天使なんだね。っていうことは、上から4番目だ」

「ザカラエルです。中級天使の中では一番上の位です。戦闘慣れしているのは能天使なのですが、主天使は個体能力が高くて、ヤバいです」

「シャックス、大丈夫かなぁ」


 そうこう言っている間に、ザカラエルの第二破が繰り出される。上から下に大剣を振り下ろしただけなのに、振り下ろした剣先の200m先まで地面が割れる。


「あの剣がヤバいってことない?」

「あの剣もヤバいと思いますが、普通の剣でしたら、おそらくザカラエルの力に耐え切れないのでは?」

「そうすると、やっぱりザカラエルの力がヤバいっていう結論になるね」


 自軍の兵士たちを次々に真っ二つにされて、ついにシャックスが動いた。副官と共に馬を走らせ、自軍の兵士たちの中を突き進むと、副官に向かって何か大声で叫んだ。

 副官が投槍ピルムを放つと、追うようにシャックスも魔力を放つ。投槍が光の速度でザカラエルめがけて一直線に飛んでいく。


 ザカラエルが大剣を振り上げた。

 それを見てシャックスが馬上から再び両手を前に尽き出すようにして魔力を放つ。黒い羽が辺りに舞いながら、それは空気砲のようにザカラエルに向かっていった。


 ザカラエルの大剣が振り下ろされた。投槍は真っ二つに割れ、大地もヒビ割れる。

 ――と、その瞬間、シャックスが後から放った魔力の塊がザカラエルの体に当たった。

 大きな体をよろけさせたザカラエルの左肩に投槍が突き刺さる。シャックスの副官が間を置かずに次の投槍を投げていたのだ。


 ギラリと、ザカラエルの瞳が赤く光ったように見えた。

 まるで炎が灯ったような輝きに寒気を覚える。


 シャックスが片手を上げて後退の合図を出すと、自らもすぐに馬首を返した。

 シャックス軍が後退を始める。戦場から逃げ出すその背に向かって大剣が振り下ろされた。それも、上から下ではなく、薙ぎ払うように右上から左下へ。

 大剣は大気を斜めに切り裂いて、同時に大勢の悪魔たちの体を次々に切り裂いた。


「戦況が思わしくありませんね」


 オセとフォルマの会話が聞こえてきて、はっとして彼らを振り返る。

 てっきりオセたちもシャックス軍の奮闘ぶりを見ているものだと思っていたのだが、彼らは自分とは別の戦況を見守っていたらしい。


「ガルバ軍を下げましょう。ファルマ将軍、出撃してください」

「お任せください」


 どきりとして慌ててガルバの姿を捜す。戦場から下げなければならない事態にガルバは陥っているというのか。

 見ると、ガルバの体に数本の矢が突き刺さっている。


「ガルバ、どうしたの!?」


 驚きすぎて大声を上げると、オセがこちらを振り向いて、大丈夫ですよ、と穏やかな声で言った。


「命には別状ありません。御覧の通り、お元気でいらっしゃいます。ただ、治療が必要なので一度退却して頂こうかと思いまして」

「代わりにわたしが行ってきます。陛下、わたしの雄姿を見ていてくださいね」


 そう言うと、フォルマは自分の軍団の先頭まで馬を駆けさせると、号令を出して軍団を前進させた。

 オセとラウムと自分、そして、4人の近衛兵のみが残される。

 フォルマ軍の前進のタイミングに合わせてガルバ軍が後退して来る。その数は出撃の時に比べて、半数以下に減っているように見えた。


(そう言えば、もう一人、雄姿を見るように頼まれているんだった。――ごめん、べリス。まったく見る余裕がない)


 オセの言う通り、シトリー軍もあまり良い戦況とは言い難かった。シャックスの方も心配だが、今はルヒエルから目が離せない。

 少女のような容貌を持った天使は空を舞いながら風を操り、悪魔軍が放った矢を自分の手前でピタリと止めると、矢の向きを反転させ、悪魔たちへと矢を弾き返す。


 ルヒエルの周囲でハリネズミのように矢が集まった時が、矢の雨が降り注ぐまでのカウントダウンの始まりで、ルヒエルの姿が矢で見えなくなった次の瞬間、弾け飛ぶように矢が悪魔軍に向かって上空から降り注いで来る。

 悪魔たちは盾を頭上に掲げて矢を防ごうとするが、盾では防ぎきれなかった足の脛や太腿、肩などに次々と矢を受けていた。

 しかし、盾を持っている兵士たちはまだ良い。盾を装備していない兵士は、それこそハリネズミだ。


「矢を放つな!」


 フォルマの声が戦場に響く。

 ルヒエルに向かって矢を放つことの無意味さを訴えて、彼は弓兵を下げさせた。


「ルヒエルは捨てて置け。地上の天使を切り捨てろ!」


 フォルマが戦線に加わって、どうにか立て直せそうな兆しを見せた頃、ガルバが残った兵士たちを率いて戻ってきた。

 オセの前で下馬しようとしたので、それをオセが片手を振って止めた。


「またすぐに戻って貰わなければなりません。すぐに治療を受けてください」

「承知した」


 昨夜の野営地には天幕を残しており、ハウレスの救護班が待機している。そちらに向かってガルバと負傷した彼の兵士たちが移動するのを見送って、再び戦場に視線を戻した。

 わぁわぁと東の方が騒がしくなる。シャックスが軍団を下げたので、ザカラエルの標的がシトリー軍に向けられたのだ。プロブスの軍団に大きな亀裂が走る。

 ザカラエルが振り下ろした大剣の直線上にいた悪魔たちが体を真っ二つにされて息絶えた。


「オセ、ど、どうしよう……」


 シャックスと戦っていた時にはまだ距離のあったザカラエルが、目の前まで迫って来ている。あの大剣が自分を捕らえるまで、そう距離がないように思えた。

 その時だ。


「陛下、来ました!」


 ラウムが嬉々とした声を上げ、後方を指差す。見れば、砂塵を巻き上げ、こちらに向かってくる軍影があった。

 北から現れた軍団ならば、それはオセとラウムの軍団しか考えられない。ちょうど、ひとつ目の月が頭の真上に近付いてきた頃だ。

 軍影はみるみる近付いてきて、その姿がはっきりと見えてくる。ぱっと軍旗が掲げられる。

 青地に黒豹が描かれたオセの軍旗と、白地に翼を広げた烏が描かれたラウムの軍旗だ。


「それではわたしも出撃します。大丈夫です。必ず勝ちます」


 ふっと微笑んでオセは手綱を引いた。馬首を返すと、後ろから近付いて来る自分の軍団と合流するために馬を駆けさせる。


「オセ……」

「陛下、ご安心を。わたくしは陛下と一緒にいますから」

「……え?」

「わたくしの副官は優秀なんですぅ」


 いや、一緒にいてくれるのなら、それはそれで心強いのだが、ラウムって自分の領地のことをほったらかしにし過ぎなんじゃないかって心配になる。


 ――まあ、自分が心配することではないけど。


 オセの15軍団とラウムの10軍団は、オセを先頭に迎えると、彼の指示でシトリー軍の左手をぐるりと回るようにしてザカラエルに向かって行く。

 オセの軍団はそのほとんどが騎兵だ。彼らは騎乗したまま弩を構えると、ザカラエルの周囲で飛んでいる能天使たちを次々に撃ち落としていく。


「すごい」


 落ちた能天使にプロブスの重装歩兵部隊が槍を突き刺し、オセの騎兵も弩を剣に持ち替えると地上の天使たちをばっさばっさ切り倒していった。


「オセ様の軍団って、派手ですよねぇ」


 ラウムの指摘通り、オセの軍団はそれだと分かるような青備えだ。

 青ではなく『赤備え』と言えば、井伊直政、真田幸村といった日本の武将の名前が上がるほど有名だが、つまり赤備えとは、その軍団に所属するすべての兵士が、甲冑や旗指物などの武具すべてを赤色に揃えることだ。

 ――であるので、『青備え』とは武具を青色で揃えることであり、オセの軍団もオセを含めて皆で青い鎧を身に纏っている。

 ちなみに、日本の武将で言えば、北条五色備の青担当の富永直勝が青備えだったらしい。


「オセ様の副官のアイディアらしく、その方がかなりの派手好きらしいんです。なんでも、ちょっと変わった方で、オセ様が普段領地にいらっしゃらないのを良いことに、好き勝手なさっているらしいです」

「好き勝手、って?」

「オセ様の館を改造しまくっているみたいです。聞いた話では、館の中はスポーツジムみたいで、庭はアスレチックパークみたいになっているとか」

「え、楽しそう」

「今、庭だけに焦点をあてて言いましたね? 館の中は地獄ですよ。スポーツジムエリアはまだマシな方で、廊下は障害物だらけと聞きます。まるでリアル・アクションゲームのように障害物を乗り越えて進まないと、食堂にも寝室にもたどり着けないらしいです」

「住むには、めんどくさそうだね」

「オセ様のマッチョな部下たちが住み着いているらしいです」

「マッチョ?」

「筋肉大好きな方々ですよ。いいですか、陛下。オセ様がご自分の館に帰りたがらないのは、マッチョ軍団に館を占拠されているからなのです。そして、オセ様の軍団が異様に強いのは、とにかく体を鍛えるのが大好きな方々がいっぱいいて、日々、鍛練に明け暮れているからです。ぶっちゃけ、ヤバい集団なんですよ」


 近付いちゃダメですよ、とラウムが真剣な顔をして言った。


「いや、でも、強いのは良いことじゃん。すごく頼もしいよ。ほら!」


 なんだかんだでオセの軍団がザカラエルを追い詰めている。騎兵もさることながら、筋肉ムキムキの重装歩兵部隊もまるでひとりひとりがガルバのようで、天使たちをバシバシ吹き飛ばしながら戦っている。

 そして、シャックスも軍団を立て直して、再び前線に戻ってきていた。オセとシャックス、それからプロブス軍で囲い込むようにザカラエルの周辺の天使たちを打ち倒していく。


 一方、ラウムの軍団は上空を移動している。

 ラウムの領地は北方にあり、そのほとんどが山地なのだという。そうした場所は有翼種が生まれやすいらしく、ラウムの軍団は戦場に着くなり馬を乗り捨てると、己の翼で戦場を飛び回っていた。


 悪魔の翼は、天使と異なり、様々な色を持つ。基本的に暗い色が多いのだが、黒だけではなく、茶色だったり、灰色だったり、まだら模様があったりする。

 そして、鳥のような翼ではなく、蝙蝠のような羽を持つ悪魔もいる。彼らの羽の色も黒だけではなく、紫の者もいて、有翼種が飛んでいる姿を見上げるのは、なかなか面白い。


 ラウムの軍団は空を飛べるものの、さほど力がないので、三人組をつくって、ひとりの敵に一斉に襲い掛かるようにして戦う。

 まったく派手さはないし、どことなく卑劣な感じすらする戦い方だ。でも、これも特性を考えた作戦のうちなので、否定するつもりはない。


 中央と左翼はひとまず安心できたところで、視点を右翼に移す。ここいらでベリスの雄姿とやらを見るかと赤い姿を探していると、ベリス軍の頭上に無数の矢が降り注いできた。


 ――ルヒエルである。


 ルヒエルこそ中央の軍団を率いる指揮官かと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 まさに風のように気ままに戦場を飛び回るルヒエルは、じつに自由で、中央から西方へと単独で移動してきたようだ。


(ルヒエル相手に矢を射てはダメなのに!)


 べリス軍もハウレス軍も上空を飛ぶルヒエルを撃ち落とそうと、必死に矢を射ている。

 ルヒエルは矢を射られれば射られるほど、己の周りに射られた矢を集め、次の己の攻撃に備えている。


(どうにかしなきゃ!)


 べリス軍もハウレス軍も今日で三日も連戦が続いている。どの軍団よりも疲労が溜まっているはずである。

 事実、べリス軍の死傷者は多く、ハウレス軍の魔力も尽きかけている。魔法部隊の中には魔力を使い尽くして座り込んでいる者がちらほら見えた。


「陛下」


 応急処置を済ませたガルバが戻ってきた。彼の軍団は半数以下に減っていて、ガルバ自身も満身創痍だ。

 それなのに彼らは武器を握り締めて言うのだ。


「出撃命令を出してください。我々はどこに突撃しましょうか?」

「どこって……」


 言葉を詰まらせてガルバの顔を見上げると、彼は熊のような顔をニコニコとさせて命令を待ち望んでいる。


(どうしよう。何か言わないと。……でも、なんて? 普通に考えたら、もとの戦場に戻すべきだよね? じゃあ、ザカラエルを討てと言うべき?)


 だけど、そちらの戦場にはプロブスもいて、フォルマもいて、オセもシャックスもラウムの軍団もいる。

 一方、西方に視線を向ければ、ルヒエルがべリス軍とハウレス軍を翻弄していた。


(そもそも、傷だらけのガルバを戦場に戻していいのだろうか? ちゃんと治療を受けさせて、休ませるべきでは?)


 どうしよう、どうしよう、と焦るほどに胸がドキドキと高鳴った。


(考えろ。考えて決断しなきゃ!)


 まず、東の戦場は心配がいらない。ガルバを出撃させるのなら西だ。ルヒエルを討たせに向かわせるべきである。

 だけど、ガルバ軍の多くは傷だらけだ。そんな彼らだけで行かせるなんてできない!

 ごくんと生唾を呑み込んでから、ガルバに問いかける。


「ガルバ、戦えるの?」

「無論です! まだまだ戦えます!」

「それならついて来て欲しい」

「どこへともお供します!」


 陛下? とラウムが怪訝そうに呼び掛けてくるのを無視してポケットから飴玉を取り出す。

 ラウムに止められる前に、さっと包み紙を開くと、口の中に飴玉を放り込んだ。

 じわりと甘さが口の中に広がる。ザラメを舌で舐め取りながら思う。


(色なんて見てなかったけど、たぶん、この味はブドウだ)


 一番好きな味である。このタイミングで好きな味を楽しめるなんてラッキーだと思って、何やら自信が湧き起こってくる。

 アリスの脇腹を蹴って駆けさせた。

 慌てたようにラウムも馬を走らせ、そのすぐ後ろをガルバが己の軍団を率いながらついて来る。


 ――目指すは、ルヒエル。

 あの風を断ち切って、べリスとハウレスを救うのだ!




【メモ】


軍団数

 シトリー…60軍団。うち30軍団が出陣⇒18万

 ハウレス…20軍団。うち15軍団が出陣⇒9万

 べリス …26軍団。うち15軍団が出陣⇒9万

 シャックス…30軍団。うち15軍団が出陣⇒9万

 ラウム …30軍団。うち10軍団が出陣⇒6万

 オセ …30軍団。うち15軍団が出陣⇒9万

 

天使軍の兵士の数……指揮官が能天使ならおよそ10万、座天使ならおよそ100万

 カマエル…能天使の指揮官。24軍団。⇒14万4千。

 マスピエル・タグリエル…それぞれ16軍団で32軍団。⇒19万2千


天使の階級

・上級天使

 熾天使セラフィム智天使ケルビム座天使スローンズ

・中級天使

 主天使ドミニオンズ力天使ヴァーチュース能天使パワーズ

・下級天使

 権天使プリンシパリティーズ大天使 (アークエンジェル)天使エンジェル


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