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20.目を合わせて5秒後にキスが欲しい


 天使と悪魔の戦いでは、火薬は使用されない。

 そのため、鉄砲や大砲、爆弾などといった武器も使用されない。

 使用されないだけで、存在しないわけではないので、銃を愛用している悪魔もいないわけではない。


 火薬が使われない理由としては、悪魔には魔法があるからだ。天使にも悪魔の魔法に匹敵する彼ら独自の神秘的な力があるため火薬を必要としない。


 ところで、人間は『魔法』と聞くと、何でもかんでも思い通りにできる力だと思いがちだが、この魔界においては、何でもかんでもできるというわけではない。

 まず第一に、魔法には様々な制約がある。条件がそろってこそ使える力なのだ。

 そして第二に、『魔法』の効果、または、威力はピンキリである。つまり、それを行う者の魔力の大きさによって異なってくる。


 下級悪魔が魔法で敵を攻撃しようとすれば、そのほとんどが猫だまし程度にしかならないだろう。

 それでも悪魔たちにとって魔法は、火薬よりも馴染みの深いものであることに違いないので、彼らは戦争に火薬を必要としないのである。


 シトリーの軍団には、魔法部隊と呼ばれる魔力の強い者だけを集めた部隊はないが、ハウレスの領地では魔力が強い者が生まれやすいようで、ハウレス軍には魔法部隊が編制されている。

 魔法部隊の中でも特に回復魔法を得意としている者たちを集めた救護班が忙しそうに軍営を駆け回っている。


「酷なようですが、明日も戦える者の治療が優先されます」


 負傷者をひとつの場所に集める過程で、負傷の程度で天幕を分けられる。

 まだ戦える者。

 もはや戦えない者。後者はさらに分類される。


 もはや戦えないが、命には関わらない者。

 もはや戦えないし、緊急に治療を受けなければ命に関わる者。

 そして、治療を受けても助かる見込みがない者。

 彼らは救護班に余力があれば治療を受けられるが、ほとんどの者は治療を受けることなく、戦争が終わるまでひとまず天幕に寝かされ、軍団が帰還する時には荷車に乗せられて運ばれることになる。


「オセはなんで私に捕虜を見て来いなんて言ったの?」


 救護班の天幕の横を抜けて歩き進みながら、一歩後ろをついて来るラウムに話しかける。

 ラウムは、たぶん、と言いながら人差し指の腹を自身の顎に押し当てた。


「我が君には、天使たちから恐れられている能力があるんです」

「何それ!? 知りたい! 何々?」

「我が君と5秒以上目を合わせた天使は堕天します」

「は?」


 めちゃくちゃかっこいい能力を期待してしまった自分が残念すぎる。

 いや、よく考えたら、天使たちにとっては、めちゃくちゃ恐ろしい能力なのかもしれない。そう思い直したところに、ラウムの次の言葉が続いた。


「ちなみに、我が君のその能力は悪魔にも有効なんですよ。悪魔も天使も我が君の能力で性欲が沸き起こります」

「は?」

「我が君のふたつ名をお教えしましたよね。『男女の愛欲を燃え上がらせる美しき者』とか『愛と性を支配し、高らかに嘲笑する美しき者』とかですよ。つまり、我が君はそちらの方面で特化された方なのです」

「そちらの方面で特化って……。えー。それ、ちっとも嬉しくないじゃん」

「でも、天使たちにとって、ものすごい脅威なんですよ。だって、と目を合わせて5秒以上経つと、天使でさえ性欲が沸くので、彼らは色欲の大罪を犯すことになります」

「んで、堕天するってことか」

「オセ様は、負傷者による欠員を補填するために天使を堕天させて欲しいとおっしゃったのではないでしょうか」

「えー、そういうことなの!? どうりで戦場で倒れている天使を大量に運んでくるなぁと思ったら、自分たちの味方に加えるつもりだったのね」

「そうですね、それができたら理想的なんです。――以前、お話しましたけど、魔界の空気が天使には合わず、遅かれ早かれ堕天してしまうと。でも、天使の皆さん、なかなかしぶといので数日は粘るんですよ。翼を切り落としても絶望した顔して三日は頑張りますからね。その点、我が君の能力で愛欲を知ってしまった天使は早いですよ。ものの1時間ほどで堕天使の完成です。しかも、とっても幸せそうな顔で堕天してくださいます」

「でもさ、私、シトリーじゃないじゃん。そんな能力ないじゃん。人間だもん」

「そうなんですよねぇ」


 それでも、とりあえず行けと言われた場所に足を運ぶ。そこは松明の灯りに白々と照らされた簡易的な檻だった。

 驚くほど乱雑に作られていて、閉じ込めておきたいという気持ちがまったく感じられない奇妙な檻である。

 だいたい翼を持つ天使に対して、上空を覆っていない時点で、閉じ込める気がない。

 そうラウムに言うと、ラウムがにこにこして答えた。


「だから言ったじゃないですかぁ。わたくしたちは仕方がなく捕虜にしているんです、って。できることなら天界に帰してあげたいんですよ。でも、わたくしたちの力ではどうすることもできないので、せめていつでも逃げられるような檻に入れてあげているんですぅ」

「捕虜を養うのが面倒なだけじゃん?」

「それもあります」


 瞳をキラリとさせてラウムが言った。


 いつでも逃げることができるはずの檻には、傷ついた天使たちが顔を俯かせて座り込んでいる。

 いつでも逃げ出せるはずの檻から逃げ出せずにいるというのは、却って屈辱的なのではないかと、その姿を見て思う。

 檻の広さを見やって天使の捕虜の数を問えば、1軍団くらいだとラウムは答えた。


「オセはさ、六千人の天使たち全員と5秒以上目を合わせろって言うの? 無茶苦茶じゃん」

「大丈夫ですよ、数人で。欲情した数人が他の天使を襲うので、それだけで倍の数が堕天します。さらに彼らの行為を目にして触発された天使が堕天するので、どんどん堕天しますよ」

「こわっ‼ 今ようやくシトリーの能力の怖さが分かった!」

「分かったところで、そろそろ天幕に戻りましょう。オセ様にはうまくいかなかったと言えばいいんです。ハウレス大公とべリス公がいらしている頃かと思いますよ」

「そっか! オセが軍議を開くとかなんちゃら言ってたっけ!」


 天使軍が退却して、こちらも軍を引いたのは、ひとつ目の月が西の地平線に沈んだ頃だった。それは、人間界でいうところの夕方ごろである。

 両軍が引き上げた戦場を、戦闘に加わっていなかった部隊が駆け回って身動きの取れない負傷者を軍営に連れ帰って来た。その時に、負傷した天使たちも一緒に連れ帰って来る。


 一方、天使たちは捕虜をとらない。彼らには悪魔を生かしておく理由がなく、そもそも彼らは悪魔を殺すために魔界に来たからだ。

 そして、天使たちは傷ついた仲間を救うこともない。傷ついた天使の多くはその苦痛から堕天してしまうからだ。

 自力で自軍に、もしくは天界に帰って来られない者は見捨てられる。それを聞くと、天使よりも悪魔の方がよほど情があるように思えた。


「シトリー!」


 天幕に入ろうとしたところで、背後から呼び止められた。

 振り返ると、ベリスがこちらに向かって歩いてくる。その横にハウレスの姿を見付けて、思わず笑顔になった。


「ハウレス!」

「陛下、お怪我はありませんか?」

「ハウレスこそ大丈夫なの?」

「じいはこの通りですぞ」


 両腕を広げて無傷を主張するハウレスに、にっこりと笑顔を見せると、ベリスの顔があからさまに不機嫌そうになった。


「おい、じい! シトリーと俺の再会を邪魔すんな。なあ、シトリー。俺の雄姿を見てくれたか?」

「雄姿?」

「タグリエルを討っただろ。惚れ直しただろう?」


 ニカッと笑い掛けられて、うーんと眉を寄せながら首を傾げる。


「2秒くらい見た。ベリスがタグリエルを首を持って走ってるところを」

「おいっ! それは討った後だろう! そこじゃねぇ!!」

「じゃあ、見逃しちゃった。ごめん」


 くわぁーっと血の気が頭に上ったベリスの腕が伸びてきたので、慌てて天幕の中に逃げ込んだ。

 おそらく運んできたものの中で一番大きな天幕なのだろう。テニスコートくらいの広さがありそうだ。

 ここまで大きいと、どうやって運んできたのか気になる。


「陛下、こちらに」


 天幕の一番奥からオセに呼ばれて、左右に分かれて立っている悪魔たちの間を歩いてオセのもとに行く。

 奥には椅子がひとつだけ置かれていて、そこに座るように言われ、おとなしく腰を下ろした。

 少し離れて右側にオセが立つ。左側にハウレスが立って、その隣にベリスが立った。

 ラウムはオセの隣に並び、さらにその隣にはガルバたちが並ぶ。それから、見覚えのある顔や見知らぬ顔の者たちが並び、どうやら天幕にはそれぞれの副官と将軍、そして、軍団長が集められているようだ。

 だが、シャックスの姿が見えなくて、誰ともなしに問いかけた。


「シャックスは?」


 申し訳ございませんとすぐに反応を示したのは、シャックスの副官だった。マスピエルを投槍ピルムで貫いた者だ。

 彼は素早く謝罪の言葉を口にしたものの、それっきり言葉を詰まらせてしまう。困り果てた様子にべリスが助け舟を出した。


「シャックスは寝てる。あいつ、インドアだろ。久しぶりに城から出たもんで、疲れ果てたらしい」

「申し訳ございません!」


 もう一度、シャックスの副官が深々と頭を下げた。


「仕方がありません。軍議を始めさせて頂きます。まずは各軍の損害ですが――」


 オセが事前に用意していた報告書に沿って各軍の死傷者数を読み上げる。

 損失が一番多かったのは、べリス軍だ。ハウレスの魔法部隊は接近戦に向かないため、彼らの盾となるべく奮闘した結果だ。

 その次がシトリー軍で、その大半はガルバの軍団だった。それを覚悟した作戦だったので、当然の結果である。

 そして、残った兵力を考慮して明日の布陣を告げられる。

 中央に総大将であるシトリーの軍。右翼はハウレス軍とべリス軍で、左翼はほぼ無傷のシャックス軍だ。


「ラウム伯とわたしの軍団は、現在ここから半日ほどの場所で野営をしています。明日の昼前には合流できるでしょう。それから天使軍ですが、ネムスの街の上空に穴をあけたのは陽動でした」

「陽動?」


 つまり、別の目的があって、そちらへの注意を逸らすためにネムスの街をわざと派手に攻撃したということだ。

 呟くようにオセの言葉を繰り返した声をオセは聞き漏らさず、こちらを振り向いて頷いた。


「天使軍の本当の狙いは、166軍団を魔界に送ること。ソルム平野の南に時空の穴があいているとの報告を受けました。しかし、その穴から166軍団すべてを送るとなると、時間がかかり過ぎてしまいます。――そこで、先にネムスの街の上空に穴を開けたと考えられます。そちらの穴からカマエル軍が先行して魔界に降り立ち、街を攻撃することでこちらの注意を惹きつけ、その間にソルム平野の穴から大軍を送り込む作戦だったのでしょう」


 そして、まんまと送り込まれてしまったというわけだ。

 やられ尽くされてから敵の狙いに気が付くとは、後手に回り過ぎる。なんたる失態だ!

 しかし、天使と悪魔の戦いは、常に天使の方から天使の都合で攻め込んでくるもので、悪魔から天界に攻め入ることはできない。悪魔たちは常に後手に回ることを強いられる。


「幸い、時空の穴はソルムの街から距離のある場所にあいているため、街は無事とのことです。――それから、座天使ラファエルについてです。目撃情報は未だありませんが、魔界に来ている、もしくは、来ると考えて間違いないでしょう。先ほど周辺諸侯たちに向けて援軍要請の信号を打ち上げました」

「んなら、きっとシトリーの兄ちゃんが来てくれるはずだ」


 べリスが口を挟むと、ラウムが表情を顰めて言った。


「でも、兄君の領地はわたくしの領地よりも北ですよ。来てくださるとしても間に合うかどうか」

「うるせぇな、くそカラス! お前は黙ってろ!」

「しかし、べリス公。ラウム伯の言っていることは正しい。ストラス殿下よりも近い者が援軍を出してくれることを願おう」


 ハウレスに諭されてべリスは押し黙る。

 ハウレスはシトリーにとって祖父的な立ち位置だが、シトリーの幼馴染であるべリスにとっても祖父のような存在らしい。


「――それにしても、166軍団って、ヤバくない?」


 1軍団がおよそ6千人なので、単純に掛算をすると、99万6千人だ。


「陛下、ご安心を。確かに数は多いですが、歩兵がほとんどでした。つまり、下級天使で編成された軍団です」


 どういうことなのかと聞き返そうとして、ふとべリスと遊んだゲームのことを思い出した。


 ――下級天使は飛ぶのが下手だ。


 それはゲームで遊びながら学んだことだった。

 下級天使も白い翼を持っているが、体に対してやや小さいため、ゆっくりとした上下移動にしか適していないのだ。

 横の移動もできなくはないのだが、ゲームの画面で、よたよたしながら飛んでいた下級天使たちの姿を思い出して、オセを見上げて頷いた。


「それに166軍団のうち、カマエル軍24軍団は半数に、マスピエルの16軍団とタグリエルの16軍団は壊滅しています」

「つまり、残りは122軍団ですね。こちらは、まだ63軍団ほど健在ですし、オセ様とわたくしの軍団が到着すれば、88軍団になります。陛下、いけます!」


 自ら戦場に立つ気など、さらさらないラウムがにこにこして言ったので、場の空気がピシリと殺気立った。

 重苦しい沈黙後、オセが軍議の終わりを口にしたので解散となる。


 ハウレスとべリス、ラウム、将軍たちが去ってから、それより下位の者たちが天幕を出て行く。陛下、とオセに呼び止められたので、その様子を最後まで見守ると、天幕にはオセと二人きりになった。

 話があると言われたが、何の話だろうか。まさかひとりの天使も堕天させられなかったことだろうか。


(だって、仕方がないじゃないか。人間だもの)


 それはオセも承知していることではないか。それとも、承知していないのか?

 未だオセが自分を偽者だと分かっているのかどうかが謎である。

 もしかしたらバレていないのかもと思う時もあるが、GPSのことを考えると、バレていないはずがないとも思うのだ。


「オセ、話って?」


 自分だけが椅子に腰掛けていたら話しづらいだろうと思い、立ち上がると、とたんオセに腕を引かれた。

 抵抗する隙もなく、あっという間にオセの腕の中である。


「陛下」


 耳元で穏やかに響くオセの声。


「明日、わたしの軍団が合流しましたら、陛下の側を離れます」


 それはつまり、オセ自ら軍を率いて戦場を駆けるということだ。

 てっきり総指揮官としてシトリー軍を含めた全軍を指揮してくれるものだと思っていたので、驚きである。


「オセが戦いに出たら、いったい誰が全軍の指揮を取るの?」

「陛下が総大将です。フォルマ将軍が補佐致しますので、全体をよく見て判断してください」

「無理だよ!」


 両手でオセの胸元を押し退けて体を離すと、その両手で拳を握る。

 やはりオセには偽物だとバレていないのかもしれない。バレていたら、ただの人間に――それも女子高生に、63軍団だか、88軍団だかの悪魔たちの命を預けるようなことを言うわけがない。


「陛下、大丈夫です。我々が勝ちます」

「でも……」

「陛下」


 オセの胸元に押し当てた拳を、オセの大きな手がそっと包み込む。


「口づけても良いですか?」

「は?」


 思いがけない問いかけに怪訝顔になって彼の顔を仰ぎ見た。しかも、ものすごい不意打ちで、なんと言うか、唐突すぎる!!


「いつも勝手にするじゃん! なんで聞くの!?」

「そうなのですが、この数日、嫌がられている気がしまして」

「う……」


 嫌か、嫌じゃないかっていうと、最初はびっくりしたし、正直、悪魔とキスするなんてあり得ないって思ってた。

 だって、悪魔だ。天使や妖精とのキスとは訳が違う。


(どう違うかって、説明が難しいんだけど、本能的に悪魔はダメっていうか。人間の倫理観が悪魔に対して拒絶反応を出すんだよ。例えるのなら、警官とは結婚できても、ヤクザとは結婚できない……みたいな?)


 それにオセときたら、いきなり舌を突っ込んでくるし、唾液を飲ませてくるし。ホントないわーと思ったのだ。

 だけど、キスって、慣れてくると、ちょっぴり楽しい。

 ラウムとしていて気付いたのだが、こちらがこうしたら相手がこう反応して、だったらこうしてみたらどうかなぁって考えながらすると、ちょっとした遊びみたいだ。

 そんでもって、その後、オセがくれるキスの心地良さに気付いて、悪くないじゃんと思ったのが数日前のこと。


(だから、べつに嫌ってわけじゃないし。――っていうか、オセはなんでキスしてくるの?)


 ここで再燃してくる『オセはシトリーをどう思っているのか』問題である。

 ラウムの言う通りなら、オセからのキスは自分を手の内に引き込むための演技だ。いかにも好意を抱いていますっていう振りをしているのだ。


(でも、そうだとしたら、あの時のオセの胸のドキドキは、どう説明するんだ?)


 オセの膝に乗って、オセの体をべたべた触っていたら、オセの胸がドキドキ鳴っていたことを思い出す。

 あれも演技だったと言うのだろうか。そんな演技できる? 悪魔だからできるのかなぁ。――分からない。

 分からないことをずーっと考えているのは苦手だ。ここはオセ本人に聞くしかない。

 

「オセって、どうしてキスしたいの?」

「どうして……?」


 オセが瞳を瞬かせた。予想もしない問いかけに驚き、呆気に取られている様子を見せる。

 そして、僅かに首を傾けて、さも当然のことのように言った。


「陛下に欲情するからです」

「は?」


 ――欲情。


 一瞬、意味を捉え損ねて、ぽかんと口を開いて固まってしまう。

 オセの口から出てきた言葉とは到底思えない言葉を聞いてしまった。おそらく兄のゲームの中のオセだったら、絶対に言わないはずだ。


「欲情したらキスするの? 誰とでも?」

「まさか。わたしの欲情対象は、陛下だけです」

「はぁ⁉」

「何か、おかしなことでも言いましたか?」


 怪訝顔を浮かべるオセに返す言葉を失う。だって、おかしなことしか言っていない!

 こうなると、ますます分からない。


「オセ、私のこと何だと思ってるの⁉」


 思わず大きな声を上げると、オセは驚いたように僅かに瞳を見開いて、口を塞ぐように人差し指を立てて唇に押し当ててきた。

 すぅっと瑠璃色の瞳を細めて、薄く淡くその瞳に笑みを浮かべる。


「陛下こそ、わたしのこと何だと思っているんですか? 仕事を片付けてくれるロボットだと思っているのではないですか?」

「そんなこと思ってないよ」

「でしたら、口づけても良いですか?」


 唇に押し当てられた人差し指が、まるで舌で舐めとった時の動きのように唇をなぞった。

 かあっと赤面してオセの顔を仰ぎ見る。彼の唇を凝視して、もう少しで言ってしまいそうになった。

 そして、オセは言わせたいのだ。

 キスしてもいい。

 キスして欲しい。

 キスがしたい。

 このどれかの言葉を自分に言わせたい気持ちがオセの瞳から溢れている。

 瑠璃色の瞳を見つめる。長い睫毛に縁取られた宝石のような瞳。


(1、2、3……)


 オセの瞳を見つめたまま、心の中で数を数える。


(4)


 拳を解いて、オセの背中に両腕を回した。


(……5)


 その瞬間、オセの右手で後頭部を掬い上げるように支えられ、噛みつくような口づけを受ける。

 ふっと瞼を閉じると、欲情をぶつけられている感覚に溺れた。


(これは、私のせいじゃない)


 なぜなら自分にはシトリーのような能力なんてないからだ。

 だから、たぶんこれはオセがしたいからしているだけ。そんなことを考えながら、オセの舌に自分の舌を絡めた。




【メモ】


『ふたつ月の国』

 シトリーの領地の中心に王都がある。

 王都から見て北西にオセの領地があり、西にハウレスの領地がある。


べリス公爵領

 『ふたつ月の国』の王都から見て、南。

 ハウレスの領地と接している。


ラウム伯爵領

 『ふたつ月の国』の王都から見て、北。

 オセの領地と接している。


シャックス侯爵領。

 『ふたつ月の国』の王都から見て、南東。

 べリスの領地と接している。


『囁きの森』

 『ふたつ月の国』の王都から見て、東。

 シャックスの領地と接している。


ストラス君主国

 ラウムの領地よりも北。



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