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16.魔王の軍団とは、いかに?


 大広間に詰め込めるだけ詰めた。さながらそんな感じに悪魔たちが集まっていた。

 その大広間は『玉座の間』と呼ばれ、名前の通り大広間の最奥に魔王の玉座がある。

 重厚な扉からずっと奥まで敷き詰められた赤い絨毯の上を進み、数段上がった先に置かれた高い背もたれの椅子が玉座だ。


 オセと共に玉座の前まで歩き進むと、オセに促されてそこに腰を下ろした。オセは玉座の右側に立つ。

 玉座から大広間を見渡すと、赤い絨毯の左右に悪魔たちが立ち並んでいる。ラウムやグイドの姿もそこにあった。


「報告します」


 玉座の正面で傅いた兵士姿の悪魔が声を張り上げた。


「本日午前九時、人間界潜伏部隊から梯子が現れたとの報告があり、確認したところ、大公領において空間の歪みを発見致しました」


 この国で大公と言ったら、それはハウレスのことだ。

 ハウレスは自分の領地の危機を知るや、シトリーの部屋にベリスと共に駆け込んで来た。



 ▲▽



「陛下、鐘の音を聞きましたか? 天使が攻めて来ますぞ」


 部屋ではラウムの手を借りながら防具を身に付けているところだった。

 ハウレスも鎧を纏い、腰から剣を下げている。


「天使どもは、じいの領地に降り立つとのこと。じいはこれよりすぐに領地に戻らせて頂きます」

「ハウレスも戦うの?」

「無論です。すでにじいの軍は領地で天使どもを迎え撃つ準備を整え、じいの号令を待っております」

「俺もじいと一緒に行く」


 ベリスはゲームのアバターそっくりな赤い鎧を身に付けている。

 なぜベリスも? という思いが顔に出たのだろう。ラウムがこそっと耳打ちしてきた。


「ベリス公は大公と領地を接しているのです」


 つまりはお隣さんなので、自分の領地に飛び火する前に救援を出して片を付けたいということか。

 納得して頷き、ベリスを見上げた。


(――っていうか、こいつ、昨晩のことがあったのによく普通の顔してやって来られたよな)


 いや、違うのかもしれない。

 ひとりだと気まずいからハウレスと一緒にやって来たのかも……?

 

(――だとしたら、さっさと謝ってくれたら良いのに!)


 憤りを感じなくもないが、今はそれどころではなさそうなので、ぐっと気持ちを抑え込んでベリスに向き直った。


「既に俺の領地に伝令を出して出陣を命じている。ここをじいと一緒に出発して、途中で俺の軍と合流してから、じいの領地に向かう」

「うん、分かった」


 陛下、とハウレスが手を差し伸べてくる。

 その手を両手で握ると、ハウレスはにっこり微笑んだ。


「陛下のお越しをお待ちしております。それまで、なんとしてでも、じいは持ち堪えてみせます」


 そう言うと、ハウレスは懐から例の飴玉を3つ出して、孫の手のひらに乗せるかのように手渡してきた。


「ひとつは戦いの前に。もうひとつは疲れた時に。最後のひとつは、頑張ったご褒美ですぞ」

「ハウレス……」

「戦場でお会いしましょう、陛下」


 灰色のマントを翻し、ハウレスはベリスと共に足早に去っていった。

 部屋の扉が閉まり、ラウムと自分だけが取り残されると、どっと不安感が押し寄せてきた。


 天使軍が魔界を攻めてきた。

 そういうことが定期的にあるのだとラウムから聞いていたとはいえ、まさか自分が魔王の振りをしている数日間で起こるとは思ってもいなかった。


 敵襲?

 出陣?

 戦争?


(私、本当に戦うことになるの?)


 武具を身に付けて? 剣を持って?

 そんなこと、女子高生ができるわけがない!


「無理!」

「陛下?」

「無理無理無理無理!」

「陛下、しっかり」

「無理だってば! 戦争に巻き込まれるなんて聞いてない!」

「大丈夫ですよ、陛下。落ち着いてください。陛下はただ剣を持って立っているだけでいいんです」

「いやいやいや、そんなこと言っておいて、いざとなったら、背中どんっと押して激戦地にぶっ込むつもりでしょ!」

「まさか、そんなこと致しませんよ」

「――っていうか、本当に天使が攻めてきたの? 何かの間違いでしたってことはない?」


 一縷の望みにかけて聞いてみたが、ラウムはあっさりと首を横に振った。


「鐘が鳴ったということは、人間界に潜伏していた者たちが梯子を見たということです」

「梯子? え、潜伏? 悪魔って人間界に潜伏しているの!?」


 いや、待て。今そこを突っ込んでいたら話が進まない。

 潜伏については聞き逃すことにして、梯子についてラウムに問う。


「梯子とは、天界から魔界に天使たちが攻め入ってくる時に掛ける梯子のことです。雲の合間から差した陽の光が筋となって見えます。確か人間たちの間では、薄明光線と呼ばれている現象です」

「いや、それ、人間たちも『天使の梯子』って呼んだりするよ。えー、あれって、魔界を攻める時のためのものなの?」

「そうなんですよ、ふふっ」


 けして笑い事ではないはずなのに、人間も同じように呼んでいると聞いてラウムは面白く思ったようだ。笑みをこぼしてから、真面目な表情を作り直して説明を続けた。


「梯子が掛かってから約半日後に天使軍は魔界に到着するので、梯子を確認した者は直ちに己の主に報告しなければなりません。そして、報告を受けたら広く報せ、同時に時空の歪みを探します」

「時空の歪み?」

「天使たちが魔界の空に穴を空けようとして歪みができるのです。穴が空けば、そこから天使の大軍がぞくぞくと降り立って来ます」

「歪みは、ハウレスの領地にあったんだよね?」

「はい。大公の領地は歪みができやすいみたいで、昔からよく天使軍の襲来に逢うんです。なので、大公はご自身の領地を護って貰うことを条件に、我が君に臣従されているのですよ」

「なるほど」


 ハウレスの軍団数は、確か20だ。天使軍の兵数がどれくらいか知らないが、己だけの武力では些か心もとないのだろう。

 ハウレスから貰った飴玉を一度ぎゅっと力を込めて握り締めてからブレーのポケットにしまい込んだ。


「陛下、その飴は……」

「分かってる。毒かもしれないんでしょ。大丈夫、食べない。持ってるだけ」

「そうですか。それなら、いいです」


 ラウムはそう言うと、ハウレスとベリスが来たことで中断していた身支度を再び手伝ってくれる。

 シトリーの装備は、ベリスに比べて軽装で、なめした獸の皮で作られた革鎧レザーアーマーだ。

 胸当ての紐をラウムに結んで貰い、甲手こてに腕を通すと、これもラウムに紐を結んで貰った。


「ベリスは金属の鎧じゃん? なんで私は革なの?」


 なんならハウレスも板金鎧プレートアーマーである。


「重いですよ。着たら最後、動けなくなります。ほら、わたくしも革鎧なんですからいいじゃないですか」


 確かにラウムも革鎧を身に付けている。

 後から分かったことだが、女悪魔や年若い悪魔、または年老いた悪魔は革鎧が多いようだ。

 板金鎧に比べたら防御力は下がるが、動きやすさは格段に上なので、まあ良しとすることにした。


 すね当ての紐は自分で結べそうだったので、片膝をついて左右とも順番に結び、ラウムのチェックを受ける。

 どうにか合格だったようで、最後にと剣を手渡された。

 それは、ゲームで見たシトリーの剣だった。

 黄金の柄を握り、細やかな金細工の施された鞘から剣身を引き抜くと、まるで水晶のような輝きが姿を現す。


(綺麗)


 透き通った剣身は、そこに何もないかのようだ。


「危ないので鞘にしまってくださいね」


 ラウムが正面から両腕で腰に抱きつくようにして剣帯ソードベルトを装着させてくれたので、剣身を鞘にしまって剣帯に下げた。

 その後しばらくしてオセが迎えに来て、玉座の間に向かうことになった。そして、始まったのが出陣式とかいうものだ。



 ▲▽



 報告を終えた兵士が下がると、代わって、三人の悪魔が玉座の正面に進み出てくる。

 三人とも漆黒のマントの下に板金鎧を身に付けている。彼らは片膝をついて傅く。


「ガルバ将軍、プロブス将軍、フォルマ将軍。それぞれ10の軍団を率いて戦地に向かって下さい。ガルバ将軍が先行し、その後ろをプロブス将軍が続き、フォルマ将軍は陛下と共に進軍します」


 玉座の隣でオセが大広間に声を響かせると、三将軍は下を向いたまま、はっ、と返事をした。


「ガルバ将軍はこのまま直ちにって下さい。戦況に応じて戦闘を開始して構いません。その際は大公の指示に従うように」

「承りました」


 三将軍のうち、玉座に向かって左で傅いたガルバが、ふっと視線を上げた。

 がっしりとした体躯の男で、顔の大半を濃い髭で覆われている。

 大きな熊みたいだと思っていると、ガルバの栗色の瞳と目が合った。そのとたん、ガルバは、にかっと大きく笑みを浮かべて割れるような大きな声で言った。


「我が王のため、天使どもを八つ裂きにしてみせます! 一匹たりとも天界に逃してなるものか。皆殺しだーっ!!」


 ウオオオオオーッと歓声が響き渡る。

 同時に剣の鞘を盾に打ち付ける音が、ガンガン鳴り響いた。

 皆殺しだ! 皆殺しだ! とガルバの言葉を繰り返して雄叫びを上げる。


 ガルバはもう一度、玉座に向かって礼を取ると、立ち上がり、マントを翻して颯爽と赤い絨毯の上を進んでいく。

 おそらく彼の部下たちなのだろう。ガルバが彼らの前を過ぎると、各々雄叫びを上げ、盾を鳴らしながらガルバの後ろに従って、大広間を出ていった。


 ガルバと彼の麾下の者たちが去った後も大広間は狂ったような熱気にうなされていたが、そんな中でもオセは、聞いた者の心の底に沈むような落ち着いた声で残った二人の将軍に命じる。


「プロブス将軍、準備が整い次第、出発を。フォルマ将軍は、グイド長官と共に兵糧の確認を」

「承りました」


 二人の将軍が声を揃えて応じ、出陣式とやらが終わる。

 オセに促されて玉座から立ち上がると、赤い絨毯の上を大扉に向かって歩く。

 すぐ後ろをオセが追ってくるのを感じながら大広間から出ると、オセが城壁に上るようにと言った。

 城壁の上からガルバと彼が率いる兵士たちを見送らなければならないと言うのだ。


 息を切らせながら狭い螺旋階段をぐるぐると昇り、城壁の上に出る。

 魔界の空は、どこから見上げようと、太陽が昇らないため昼間だろうと薄暗い。そして、『ふたつ月の国』では、マゼンタ色の鬱々とした空が広がっている。

 その空に、この国の象徴とも言える赤と青の二つの月が空にぼんやりと浮かんでいるのが見えた。


 シトリーの城は崖の上に立っている。城までの道は草の生えない岩地で、緩やかな上り坂となっていた。

 崖の南側に、城から見下ろされるように街がある。街のあるところだけが色付いて見え、そのカラフルな街並みは、そこの住まう者たちの暮らしの灯りそのものだった。

 『ふたつ月の都』あるいは『王都』と呼ばれるその街は、街壁に囲まれ、そのさらに外を、崖を含めてぐるりと外壁が囲んでいる。


  ガルバは城門から出て坂を下り、街壁には入らずにその西側の平地に隊列を組ませていた。

 城壁から眺めると、距離がかなりあるため、点の集合のように見える。もしくは、黒く長いおびだ。

 その軍団は、板金鎧を身に付けた騎兵と、革鎧を身に付けた歩兵と弩兵で編成されている。

 先に騎兵が馬を歩かせて進軍し、その後ろを歩兵と弩兵が駆け足で追う。進軍速度を考慮した軍編成だ。


 ガルバの姿を捜すのは容易ではなく、おそらく彼の方からも城壁の魔王の姿など確認できるわけがないのに、黒い帯の先頭の一点が、城壁に向かって高く剣を掲げたような気がした。

 わぁー、と遠くの方で歓声が響く。そして、ゆっくりと這う黒い大蛇のように、点の集合が西へと移動していった。


「進軍を開始したようですね。次はプロブス将軍を見送りに参りましょう」

「かなりの数がいたけど、ひとつの軍団って何人くらいいるの?」


 昨夜から気になっていたことをオセに尋ねながら、城壁の上を北へと歩く。

 プロブスは城門を出て坂を下り、北側の平地に隊列を組んでいた。


「ひとつの軍団レギオは、10の大隊コホルスからなります。ひとつの大隊は3つの中隊マニプルスからなり、ひとつの中隊は2つの小隊ケントゥリアからなります。小隊の人数は百人なので、中隊は二百人、大隊は六百人」

「ちょっと待って。無理! 覚えられない。もっと簡単に言って。つまり、ひとつの軍団は何人なの?」

「ひとつの軍団は、六千人ですね」

「六千人!」


 ガルバは10の軍団を率いて出発したから、つまり六万の兵士を引き連れて行ったということだ。

 六万という数が多いのかどうなのかっていうと、例えば日本最大の戦――関ヶ原の戦いでは、諸説あるが、東軍十万と西軍八万が戦ったのだという。

 とすると、安土桃山時代の終わりに、日本中の武士たちが頑張って集まった人数よりは少ない数が10の軍団だというイメージで良いのではないだろうか。


「ところで、なんで30なの? 私、60の軍団を持っているはずだよね?」


 三将軍にそれぞれ10の軍団なので、30の軍団しか戦場に向かわせないことになる。

 どういうことなのかと尋ねれば、オセは穏やかな口調で丁寧に説明をしてくれる。


「全領土から掻き集めれば、確かに陛下の軍団は60ありますが、常に王都にある軍団は10です。王都の周辺の街や砦などに配置している軍団を王都に召集してようやく、すぐに戦地に送れる数が30になるのです」


 戦時以外の兵士の存在意義は、治安維持である。そのため、各々、街に配属され、その街で人間界で言うところの警察官のような役割を果たす。

 また、土木工事も軍部の仕事であるため、道を整備したり、橋を造ったりなんてこともする。


「しかし、30もの軍団を送ってしまうと、王都の警備が手薄となり、その隙に善からぬ事をする者も出てくるので、モンターナ区、セプテントリオ区、カンプス区からそれぞれ1軍団を王都に呼び、王都の警備にあたらせます」

「そっか。みんなで戦争に行っちゃって、留守の間に何かあったら大変だもんね。なんだかいろいろ考えなきゃならないことがあるんだね。もっとすぐに出陣するものなのかと思った」

「戦いというのは、準備次第で勝敗が決まると言っても過言ではないのですよ」


 城壁の上をかなりの距離を歩き進むと、遠くの方に、ほとんど点の集合体のような軍影が見えてきた。

 ――プロブスの軍団だ。

 彼の軍団は、騎兵も数百ほどいるが、そのほとんどが重装歩兵だ。板金鎧を身に着け、長い突槍と頑丈そうな円い盾を持って整列している。

 そして、騎兵と言っても、プロブスの軍団の騎兵は重騎兵だ。乗り手も馬も重武装している。


 城壁の上から軍団を眺めていると、長い黒い帯のような軍列の先頭の一点が剣を高く掲げて檄を飛ばす。言葉は聞き取れなかったが、こちらに視線を向けたような気がした。

 わぁー、と歓声が上がり、ゆっくり軍団が進軍を開始した。

 しばらく間、身を乗り出すようにして岩地を這う黒い蛇のような軍団の動きを眺めていたが、オセに言われて視線を外した。


「さあ、次はわたしたちの番です。下に参りましょう」


 オセと共に螺旋階段をぐるぐると下り、城壁から降りると、その足で城門へと向かった。

 大勢の兵士たちが行き来し、慌ただしい雰囲気の中、グイドが歩み寄ってくる。


「陛下、くれぐれもお気を付けてくださいね」


 魔王が留守の間、官吏の長としてグイドが留守を預かることになっている。その下にペトルスという武官がつき、彼は周辺の街から掻き集めた3軍団で王都の治安維持に努める。


「オセ殿、兵糧の準備が整いました。荷車二十台で、五日分です。明日、五十台を追加で送ります」

「輸送部隊の護衛も必要だろう。わたしの軍団が直に王都に到着する。到着したら、1大隊を護衛に回すよう命じておく」

「お願い致します」


 こういった案件は魔王シトリーに指示を仰ぐよりもオセに指示を仰いだ方が早いとグイドは心得ている。すぐ隣にシトリーがいるというのに、グイドはオセばかりに顔を向けて話していた。

 ちょっぴり面白くないなぁとオセとグイドの横顔を眺めていると、陛下と呼び声が聞こえて、パッと振り向いた。


「陛下の馬を連れて来ました。お乗りください」


 そう言って、ラウムが手綱を引いて連れて来たのは、例のあの肉食の馬だ。

 限りなく馬に近い四つ足の獣なのだが、顔が恐ろしく凶悪で、体毛はなく、鰐のような固い鱗で覆われている。


「エウロパ!」

「おしい! エクウスですぅ」


 まったく惜しくないのに忖度してくれるラウムに、優しさをしみじみと感じる。――いや、だが、それはそれ。


「むりむりむり! 乗れない! 怖すぎる! 絶対に噛まれるじゃん」

「噛みませんよ。アリスちゃんはとってもお利巧さんなんですから」

「アリスちゃん……。っていう顔じゃないじゃん! 私、嚙みますからーっていう顔をしてる!」

「ひどいです! 本人を目の前にしてそこまで言わなくたっていいじゃないですか。アリスちゃんが傷ついていますよ」


 可哀想ですぅとか言うので、ちょっぴり罪悪感がわいてラウムに身を寄せると、声を潜めて耳元で囁く。


「――っていうか、私、そもそも馬に乗れないと思う」


 普通に女子高校生をやっていると、馬に乗る機会なんてほとんどない。

 なんかのイベントで、ふれあい動物園とかいう小規模な移動式動物園が公園にやって来て、そこの乗馬体験コーナーでちょこっと馬に乗せて貰ったことがあるくらいだ。


「もしかして、アリスちゃんに乗って戦場まで移動しなきゃならないの?」

「魔王が徒歩って、あり得ます?」


 逆に聞きますけど、何か? 的な表情でラウムに言い返されて無言になる。


「大丈夫ですから乗ってください。ほら、陛下がうだうだしている間に準備が整ってしまって、もう陛下待ちの状態ですよ」

「えー」


 そんなはずはない。みんなまだ城門辺りでバタバタしているはずだと、辺りを見渡すが、たしかにラウムの言う通りで、みんな城門を出て、坂を下り始めている。

 坂を下った先の西側の平地――ガルバの軍団が去った跡地にフォルマの軍団が隊列を組みつつあった。

 前列に重騎兵、その後ろを重装歩兵、軽装歩兵と続き、兵糧を乗せた荷車とそれを囲む騎兵、最後に再び重装歩兵の列が続く。


 ラウムが言うには、魔王の場所は重装歩兵と軽装歩兵の間で、魔王の四方を騎乗した近衛兵が固めるのだという。

 そんな中、魔王が徒歩とかあり得る? あり得ませんね。乗ってくださいとラウムは言う。


「陛下、騎乗してください」


 グイドとのやり取りを終えたオセが振り向いて、穏やかな表情で言ってきた。

 オセにはラウムとのうだうたしたやり取りが聞こえていなかったようだ。なんの疑問も抱いていないような顔をして、なんなら、にこーと微笑みながら騎乗を促してくる。

 仕方がなく覚悟を決めて、アリスという名前のエクウスに歩み寄った。

 ラウムが手綱を持っていてくれているので、馬の左側に立ち、左足をあぶみに掛け、右手で鞍を掴むと、左足を踏ん張りながら右足を大きく上げて馬体を跨いだ。


(あ)


 馬の高さの分だけ目に映る世界も高くなって見える。


(乗れた)


 案外すんなりと乗れてしまって、自分でも驚く。

 ラウムから手綱を受け取っても、アリスは暴れ出すことがなく、大人しく指示を待っていた。


「お前、本当に良い子だな」


 嬉しくなって、アリスの首筋をぽんぽんと軽く叩いてやる。


「さあ、行きましょう」


 オセもラウムも自分の馬に騎乗して、それぞれ馬の腹を蹴って駆けさせた。

 慌ててアリスを駆けさせる。アリスから振り落とされることなく城門を出て、フォルマが指揮する六万の隊列に加わるために坂を下った。




【メモ】


『天使の梯子』…人間界の空に、雲の合間から差した陽の光が筋となって見える。

 梯子が掛かってから約半日後に天使軍が魔界に到着。

 天使軍は魔界の空に穴を空けて、魔界の大地に降り立つ。

 穴が開く前に時空が歪むので、梯子を見付けた者は素早く上官に報告。報告を受けた者は歪みを探す。


軍団について

 1小隊ケントゥリアは、100人

 2つの小隊で、1中隊マニプルス…200人

 3つの中隊で、1大隊コホルス…600人

 10の大隊で、1軍団レギオ…6000


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