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10.む、ね、も、み、ま、す、か?

※GL要素あり。


 本当にオセはよく働く。

 途中のランチタイムでさえ、カスクート《バゲットにハムやチーズをはさんだ物》を片手に書類を読んでいた。


 執務室には、どでかい本棚があって、オセは時折その本棚の前に移動すると、そこから過去の事案を探し出し、目前の事案の参考にしているようだった。

 他にも本棚には、魔界の決まり事――法律みたいなものが書かれている分厚い本や、この国独自の法が書かれている、これまた分厚い本があって、オセはそれらを照らし合わせながら書類の内容を確認することもあった。


 ランチタイム直前に一度、それから更に四時間後くらいにグイドが執務室の扉を叩いて入ってきた。


 グイドは柔和な顔をした初老の男性で、『初老』なんて字面で、おじいさんになりかけみたいなイメージをしてしまうかもしれないが、彼は背筋の伸びたダンディーな男だ。

 身のこなしも優雅に見えるし、どことなく身に付けている物が洒落ている。そして何より全身からバリバリの現役感が溢れ出ていて、例えるのなら、日焼けしたイタリア人といった感じだ。


(グイドは攻略対象キャラじゃなかったはず……)


 その事実を知れば、きっと全日本のおじ専女子が嘆くに違いない色気だ。

 グイドは、こちらに向かって深々と一礼すると、オセに向き直って彼と二言、三言、言葉を交わし、書類を受け取って退室していった。


 ハウレスはそのすぐ後にやって来た。

 こちらも全日本のおじ専女子が心揺さぶられる風貌をしている。


 きっと若かれし頃は美男子だったのだろうと思わせる顔立ちに、清潔感のある身なりで、いかにも育ちが良さそうな雰囲気が漂っている。

 ただし、色気むんむんのダンディー・グイドに対して、ハウレスはまさに初老のイメージ通りで、色をまったく感じさせない。例えるのなら、英国紳士といったところか。

 透明感のある声と態度は、潔癖さすら感じさせる。


(枯れオジ?)


 おじさんの分類に詳しくはないので違うのかもしれないが、こういう落ち着いた雰囲気のおじさんを『枯れオジ』と言うのではなかろうか。――よう知らんが。

 ハウレスはオセに書類を手渡すと、執務机に大人しく座っている魔王の姿に視線を向けて来た。


「おやおや、このような時刻まで陛下が政務をされているとは珍しい」


 彼はにこにこしながら歩み寄って来て、コツンと何かを執務机の上に置いた。


「そんな陛下にご褒美です」


 それは、ひねり包装された菓子だった。包み紙を開くと、表面に白ザラメがたっぷりついた大玉の飴が出てくる。


「これ、好きなやつ!」

「存じ上げています。ですから、常に懐に入れて、いつでも陛下にご褒美として差し上げられるようにしております。――なのに、陛下がその機会をなかなか下さらなくて、じいは悲しいですぞ」

「あはははは」


 『おじいさん』というほどの老いた見た目でもないのに自分で自分のことを『じい』だなんて言っている彼に、空笑いを響かせる。だって、なんて返せば正解なのか分からない。

 自分のことを自分で『おばさん』と言っちゃうアラサー女子に『そうですね、おばさん』だなんて口が裂けても言えないのと同じような気分だ。

 ハウレスは目を細めて、ふふっと笑った。


「じいの懐の飴が足りなくなる日が早く来てくださることを祈ってますぞ」


 そう言うと、ハウレスは孫を相手にでもするように偽物の魔王の頭をぽんぽんと軽く撫でてから執務室を去って行った。


 そんな感じにハウレスはご褒美をくれたが、実はご褒美を貰えるほど頑張っていたわけではない。

 特にランチ後は眠気に負けた。カスクートが美味しすぎたせいだ。


 バゲットに塩気の効いた生ハムとチーズだと思われるものをはさんだだけでも十分に美味しいが、魔王にと出されたカスクートには、スライストマトとシャキシャキのレタスっぽい野菜がたっぷり加えられていた。

 バゲットには、たぶんバターだと思うんだけど、コクのあるものが塗られていて、酸味のあるマヨネーズ系のドレッシングが野菜にかけられている。

 噛み応えのあるバゲットをぐっと噛み締める度にバゲットの香ばしさと具材の旨みが口の中に広がって、パクパクとたくさん食べてしまった。


 食べている時は夢中でいくら食べても物足りないくらいだったのに、食べる物がなくなってしばらく経つと腹が膨れた気がして満足感を覚える。すると、襲ってきたのが、眠気だ。

 書類を手に、こくり、こくりと、船を漕ぐ。そして、また、このウトウトとした眠りが堪らなく心地良いのだ。


「陛下」


 呼び掛けられ、はっと目を開くと、口元に仄かな笑みを称えたオセが優しい声で言った。


「お昼寝してもいいですよ」

「いいの? 本当に? ……じゃあ、ちょっとだけ寝るね」

「はい」


 承諾を得たので、堂々と机に突っ伏して瞼を閉じる。すると、執務室の静けさが耳をくすぐって、オセの気配を伝えてくる。

 ぱらりと書類をめくる音。

 カリカリと羽ペンでサインを書く音。

 身じろいだ時の布音と息遣い。

 目を開けていた時よりもはっきりと、そして、とても近くにオセを感じる。

 そして、それが心地よくて、なんだかとっても安心できて、眠れ、眠れ、と誰かに囁かれているみたいに、すうすうと寝入ってしまったのだ。


 ――これが午後の真実である。


 グイドが扉をノックする音で目が覚めて、いかにもやっていました風に羽ペンを握り締めたが、顔に突っ伏していた跡が付いていたかもしれない。――付いてなかったことを祈ろう。


「そろそろ終わりにしましょう」


 ハウレスが持ってきた書類に目を通し終えたオセがそう言って席を立った。


「陛下のおかげで今日はとても仕事がはかどりました」


 にこーっとしてオセが言うので、昼寝していた身としてはちょっぴり気恥ずかしい。

 恥ずかしさを誤魔化すように視線を執務机の上に流すと、ハウレスから貰った飴玉が視界に入る。せっかく貰ったご褒美なので、大玉の飴を口の中に放り込んでから席を立った。


 まだ魔王城のひとり歩きには自信がないので、なんだかんだ理由をつけてオセに魔王の部屋の前まで送って貰った。

 オセの背を見送ってから扉を開けると、部屋の中でラウムが待っていて、彼女は座っていたソファからぴょんと跳ねるように立ち上がって笑顔を浮かべた。


「おかえりなさい、陛下。お疲れ様です。胸もみますか?」

「今なんて?」

「む、ね、も、み、ま、す、か?」

「ぎゃあああああああーっ。聞き間違えじゃなかった!」


 慌てて部屋の中に入ると、扉を後ろ手で閉める。ぴょんぴょん跳ねるように近付いて来たラウムにたじろぎながら、念のためもう一度聞き返してみた。


「なんで胸? 揉むって、なんで?」

「えー、だってぇ、疲れた時は胸もみません?」

「揉みません」

「我が君は揉んでましたよ」

「うそっ」

「ほんとですぅ」

「まじかー」


 衝撃的なことを耳にした。あり得ない。

 そう思っていても、本物(シトリー)がやっていたと聞くと、ちょっぴり興味がわいてくる。


「ええっと。ちなみに、それは、どの胸を揉むの?」

「もちろんわたくしの胸です」

「うわっ」


 浴場で目撃したラウムの肉まんおっぱいを思い出して、思わず声が出る。

 あのデカおっぱいを揉んでOKと言われたら、揉まずにいられようか。――否、揉まずにはいられまい。


 おっぱいの前では、男とか、女とか、関係がないのだ。おっぱいは、おっぱいだ。近くにデカおっぱいがあれば、ついつい目が行ってしまうのは、女とて同じ。

 そして女故に、実は男よりも他人のおっぱいを揉む機会なんぞほとんどないのだ。

 せっかく本人の許可が出ているのだから、このチャンスを逃すこともないだろう。


「うん、揉もう」

「はい!」


 もはや、いったい自分たちはなんの会話をしているんだろうか。しかも、どうしてこうなった? という謎の状況だが、とりあえず、おっぱいを揉もう。

 ラウムと向き合って両手を上げ、その両手をゆっくりとラウムの胸へ近付けた。

 ぺたり。

 まずは両手を胸に触れさせてみる。ぐっと力を入れると、指の形に胸が凹んで……。


(うわー。柔らかい)


 むにゅっとした感触が手のひらに伝わってくる。布越しの感触だが、想像以上に柔らかくて、ふわふわしている。

 両手に力を入れたり、力を抜いたりして、その柔らかさをもっともっと確かめようと揉み揉みしていると、ラウムの眉が顰められた。


「ちょっと痛いです」

「え、ごめん」

「もっと優しくしてください」

「うん」


(――うん? いや、待て。だから、なんなんだ、この状況は。そして、私はいつまでラウムのおっぱいを揉んでいるんだ。やめ時がわからん)


 そして気になるのは、自分の胸とまったく違うということ。


(デカイおっぱいって、手の中におさまった時の質量がヤバいな。ずっしりしているし、掴んだ時に指と指の間から、むにっと肉が押し出てくる感じがすごい)


 自分のぺたんこ胸ではこうはならない。

 残念なことに、人よりも生育の悪い自分の体は、身長もさることながら、胸もまったく育っていないのだ。

 高校生だっていうのに未だ小学生に間違えられることも多々ある。

 そんな自分だからこそ、デカイ胸は憧れの対象である。

 とにかくスタイルの面で、胸は大きい方が格好良いなぁと思う。だって、タイトな服を着た時のシルエットがぜんぜん違う!

 そして、今、揉む立場になってみて、別角度でデカイ胸いいなぁと思ってしまった。


(いや、でもね。歳を取ると、デカイおっぱいは垂れるから。めちゃくちゃ垂れるから! ぺたんこでもそれなりに垂れるけど、垂れる次元が違うからね!)


 などと、ぺちゃぱいの負け惜しみを心の中で精いっぱい叫びながらラウムのおっぱいを揉む。

 不意にラウムが小首を傾げて言った。


「ところで、陛下。お口の中に何か入れてらっしゃいます?」

「あー、うん、飴もらった」

「え、どなたからです?」

「ハウレス」

「ハウレス大公!? ダメです。すぐに出してください!」


 さっと顔色を変えてラウムが片手を口元に差し出してくる。その手のひらに飴を吐き出せと言うのだ。


「えー、やだよ。この飴、好きだし。懐かしい味がするんだよね」

「毒だったらどうするんですかっ! 出してください! はい、ぺっ!」


 毒と言われたら仕方がない。ハウレスにそのつもりはなくとも人間には毒ということもあるかもしれない。

 そう思い、渋々、飴を舌の上に乗せてから、ころんとラウムの手のひらの上に出した。口の中に取り残された甘さが物足りなさを訴える。


「口寂しいですか? 何か飲み物でもお持ちしましょうか? それとも、キスしましょうか?」

「……今、胸揉んでるからいい」

「分かりました。揉んでいてください」


 飴玉を握り締めてラウムがにっこりと笑う。そして、じっと動かず、揉まれ続けている。

 口は寂しくなったが、手から伝わる柔らかさと温かさに癒されて、これはなかなか悪くないぞと思っていた、その時――。


「シトリー、仕事終わったか? 俺は終わったぜー!」


 がちゃりと背後で扉が開いた。


「は?」

「はぁ?」


 揉み揉み揉み……。


 勢い良く扉を開けた格好のまま固まるべリスと、未だ揉まれ続けているラウム。その二人に挟まれている自分。


「おまっ、……おまえら、何やってんだよ!」

「胸もんでますぅ。あっ、わたくしは揉まれている立場です。揉まれまくってますぅ」

「てめぇには聞いてねぇんだよ、クソ女!」

「べリス公、ノックくらいなさってください。こういうこともあるんですよ。見られて気まずい思いをするのは、陛下ですよ」

「えっ、私?」

「だから黙れ、クソ烏がっ! ――シトリーもいつまで揉んでんだよ。そんなに揉みたいなら、俺の胸を揉め!」

「固そう。無理」


 これはついにやめ時が来たなと、ラウムの胸から手を放してべリスに振り向く。

 うん、確かに少し気まずいが、胸を揉んでた以上のことは何もなく、後ろめたい気持ちもないので、平然とした顔をべリスに向けた。


「何か用?」

「せっかく遊びに来てんだから、一緒に遊ぼうと思ってさ。昼間は仕事をしていたんだろ? 俺もそうでさ。俺んところの家令がここに俺がいると聞き付けて、たんまりと仕事を持ってきたんだ」

「へぇ」

「んで、さっき、やっと解放されたとこ」


 なるほどと頷きながら、べリスに気付かれないように低く唸った。 

 べリスを避けたくてずっと執務室にいたのに、政務を終えて部屋に戻ってきたとたんにべリスがやって来るだなんて、これではまったく意味がない! こんなのゲームではあり得ない展開だ。


(どうあがいても、この世界ではべリスと会う展開が強制されるのか……)


 仕方がないと覚悟を決めてべリスを部屋の中に招き入れた。

 受け答えに気を付けて、偽者だとバレないようにしないと。さもないと、即行で殺されてしまう。


「一緒に遊ぶって、何して遊ぶの?」

「ゲームしようぜ。――でも、その前にクソ女は出て行け。邪魔だから」

「ひどいですぅ。陛下、べリス公がわたくしのことを邪険にしますぅ」

「うぜぇ」

「べリス、ラウムも一緒じゃあダメなの?」


 二人の様子を見る限り、無理だろうなと思いつつも念のため聞いてみると、べリスの顔色がみるみると変わって、いかにも嫌そうな、今にも吐きそうな表情をしている。


「……うん、わかった。ラウム、ごめん。後でまた話そう」

「分かりました。陛下がそうおっしゃるのなら出て行きますね。しょんぼりですぅ」


 言葉通りにしょんぼりと肩を落としてラウムは部屋を出て行く。その可哀そうな後ろ姿を見送ってから、両手を腰に当ててべリスを見やる。


「――で?」

「久しぶりにあれやろうぜ」


 ラウムという邪魔者がいなくなってべリスは見るからにウキウキと上機嫌そうだ。こちらはラウムが可哀想で、少し怒っているのだが、ちっとも気付いている様子がない。

 こっちだと手首を掴まれて、引っ張られるように寝室に移動させられる。


(なんで寝室? 寝室でするようなゲーム? なんの?)


 ほんのりと嫌な予感がよぎる。寝室で、しかも二人っきりだなんて、まさか如何わしい遊びではなかろうか。

 どきどき――いやいや、ハラハラしながらべリスの一挙一動を見守っていると、べリスはちょうど隠し通路の入口が隠された壁とは反対側の石壁の前に立つと、下の方で一か所だけ僅かに浮き出ている石をブーツの爪先でガツンと蹴った。


 ガガガ……ガコンーッ!


(わぉ!)


 べリスが蹴った石よりも数十センチ上の石壁が、縦に60センチ、横に1メートルの長方形の形で手前に押し出て来たと思ったら、くるりと回転して、その長方形サイズの液晶テレビが現れた。

 続いてべリスはテレビの正面にしゃがむと、テレビの下の方の石壁を両手でぐぐっと押すと、その部分が反発するかのように手前に押し出て来た。

 どう見ても石壁に見えたそこは大きな引き出しになっていて、中にゲーム機らしき物が収納されている。


(すっご!)


 感心している間に、べリスは引き出しからコントローラーを二つ取り出すと、片方を差し出して来た。

 受け取ってそれを観察すると、人間界で遊んだことのあるゲーム機のコントローラーにとてもよく似ている。これなら遊べそうだが、それにしても、まさかのテレビゲームである。

 カードゲームとか、ボードゲームとか、もっとアナログなゲームで遊ぶのかと思っていたから驚く。


(魔界にもテレビってあるんだなぁ。なんか不思議)


 テレビがあるっていうことは、テレビ局もあるのだろうか。電波はどう飛ばしているのか、そもそも電気はどうしているのか。いろいろと謎だ。

 べリスは引き出しにいれたままゲーム機の本体らしき四角い物のスイッチを押して、引き出しを閉めた。

 ぱっとテレビの画面が明るくなる。オルゴールの音色が流れてきて白い画面に文字が浮き出て来る。文字は『魔天大戦』と読める。


「久しぶりだな。ぜってぇー腕にぶってる」


 楽しそうに言ってべリスはもふもふの白いラグの上に腰を下ろした。

 なるほど。天蓋ベッドの手前にスペースがあると思っていたら、このためのスペースだったのか。

 おそらくシトリーはこんな風にここでべリスと何度もゲームをして遊んだことがあるのだ。そんなことを思いながら自分もコントローラーを握り締めてラグの上に座った。


「私も久しぶりだから下手になっていると思う」

「本当かよ。ひとりで遊んでたんじゃねぇーの?」

「いや、やってない」


 やってないことに嘘はないので、平然とした顔で答える。


(だって、久しぶりどころか初めてだし。そもそもどんなゲームなのかも知らん)


「――っていうか、やらな過ぎて、やり方、忘れた」

「マジかよ」

「うん」

「じゃあさ、オープニング見る? 俺、久しぶりに見たい」

「うん、いいよ」


 べリスがコントローラーを操作すると、画面が変わってオープニングムービーが始まる。


 真っ白い世界に輝く玉座が現れて、何者かがそこに座っている。玉座の右側に3対6枚の翼を持った天使が立っていたが、不意に天使は玉座に背を向けて歩き出した。

 宮殿と思われる建物の中をどんどん歩き進んで行くうちに、他の天使がひとり、またひとりと合流していく。そして、大広場に行き着くと、そこを埋め尽くさんばかりの天使たちが各々武器を手に集まっていた。

 彼らを見渡して3対6枚の翼を持った天使の演説が始まる。


 ――神は神自身の姿に似せて人間を造った。そして、神は我々に人間のしもべになるよう求めた。我々は長きに渡り神を敬い、忠誠を誓ってきたが、我々はけして神より劣った存在ではない。まして、姿こそ神に似ているが、所詮、下等な生物である人間どものしもべに成り下がることを甘んじてはならない。


(これって、まさか……)


 ムービーを見つめながら、ゲームのタイトルを思い出す。たしか『魔天大戦』と書いてあった。それはつまり……。


(魔界の皇帝ルシファーが神に叛いて起こした天使と悪魔の戦いのことでは?)


 人間界的には『天魔大戦』と言った方が聞こえが良いが、悪魔たちのゲームだから『魔天大戦』なのだろう。


(――ということは、この6枚の翼の天使は、堕天する前のルシファー?)


 めちゃくちゃイケメンである。

 輝くばかりの金髪に、蒼玉(サファイア)の瞳。恐ろしく整った顔に、すらりと伸びた手足。


(ルシファーって、こんな美形なの!?)


「――っていうか、このゲームって、危険じゃないの!?」


 皇帝が登場するゲームで遊んでいて、うっかりその名前を呼んでしまったら……。そしたら、あれだ。地獄耳に届いて殺されてしまうっていうやつだ!

 そう言うと、べリスはすんなりと頷いた。


「今さら何言ってんだよ。すげぇ危険なゲームに決まってんだろ」

「こんな危険なゲーム、魔界で出回ってるの!?」

「はぁ? んなわけねぇーだろ。お前の兄ちゃんがつくったゲームなんだから、俺とお前とお前の兄ちゃんくらいしか遊ばねぇよ」

「はぁ!? 兄ちゃんがつくったの!?」


 べリスにつられて『兄ちゃん』と呼んでしまったが、それはシトリーの兄、ストラスのことだ。


(ストラスがゲームをつくった?)


 はて、と思考が一時停止する。

 ストラス像が行方不明だ。シトリーの兄で、保護者で、シトリーのことを恨んでいるかもしれない悪魔。

 なんとなく、陰険なイメージを抱いていたが、弟とその幼馴染のためにゲームをつくってしまう兄ちゃんなのだ。


(私の兄貴もゲームをつくったけど、世の中の兄という存在は、ゲーム制作の趣味を持っているものなのだろうか。――って、んなわけないよね)


 世の中のすべての兄がゲームをつくるわけがない。つくらない兄の方が多数だ。


(この世界は兄貴がつくったゲームの世界だから、きっとシトリーの兄もゲーム制作の趣味を持っているという兄貴がつくった設定なんだろうなぁ)


 ふんわりと納得して再びゲーム画面に集中しようとしていると、画面から目を離さずにべリスがぽつりと言った。


「親父が言ってたんだけど、この話って、嘘なんだってさ」




【メモ】


ハウレス……『わたし』・『じい』・虎のように大きな豹。『陛下』『オセ』『べリス公』『ラウム伯』『シャックス侯』

 フラウロスとも呼ばれている。直立した大きな豹が描かれた灰色の軍旗。

 王都から見て南西に領地を持つ。大公。

 初老の英国紳士っぽい見た目。ブリティッシュスタイルのスーツ。黒髪、灰色の瞳。

 かつては力を持っていたが、度重なる天使軍からの襲撃により領地も兵力も減り、弱体化。

 自分の領地と民を守るためにシトリーの臣下となり、『ふたつ月の国』の財政を担っている。

 シトリーが幼い頃から交流があり、シトリーにとって祖父のような存在。

 ご褒美の飴玉を常に持ち歩いている。オセを拾って『息子』と定めて養育した。

 シトリーも自分が拾って育てたかったと常々嘆いている。

 オセに対する口調とシトリーに対する口調にかなり差がある。

 

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