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「12月、この月だから?」8.おとなりさんも


 キリッとした顔立ちに、シルバーフレームの眼鏡。後ろできっちりまとめたストレートの黒髪。姿勢のよい立ち姿に、濃いグレーの、きちっとしたつくりのコート。


 数日ぶりに見た、おとなりさんの姿は、いつもどおりと言ってよさそうな感じだ。


 栞は、立ちはしたものの、つい黙っておとなりさんを見つめてしまっていた。

 おとなりさんが、瞳に気遣いの色を浮かべながら口を開く。


「大丈夫? 栞ちゃん。具合悪いの? ……あら? コートで、ルームシューズ?」

「えっ?」


 ルームシューズと聞いて驚いた栞は、視線を動かして自分の足元を見た。

(ほんとだ……)

 室内を歩き回っていろいろ見た流れで、そのまま出てきてしまっていたらしい。


 おとなりさんが顔を近づけてきたので、目線を上げる。

「……もしかして、お部屋の中でなにかあった?」

 玄関ドアのほうも窺いつつ、ひそひそ声で、おとなりさんが訊いてきた。


「あ、えっと、危険が迫ってるとかはないよ。しゃがんでたのも、具合が悪いわけじゃなくて。あせらせちゃってごめんね」

 遅くなってしまった説明を、急いでする。


「それならよかったけれど……でも、なにかはあった、感じ?」


 訊かれて、スノードームが……と栞は話し始めたくなった。

 けれど。

(誰が聞いてるかわからないし、ここで話しだすのはまずいよね。……そもそも、話して、いいのかな)


 栞の住居スペースに、おとなりさんは、これまでに何度か来たことがある。

 スノードームそのものも、おとなりさんは何度か目にしている。

 でも、中の物が動いたところを、おとなりさんは見たことがないと思う。


 栞も、おとなりさんの前で、スノードームに挨拶したり話しかけたりしたことはない。

 スノードームに誰か、なにか、いると思うと、おとなりさんに話してみたこともない。


 話してみたとして、おとなりさんなら、柔軟に受けとめてくれそうな気はするものの。

 話して巻き込んだら、負担をかけてしまうのではないだろうか。


「――栞ちゃん。詮索したいわけじゃないからね。無理に話さなくてもいいのよ? 私がこのまま、自分の部屋に戻ったほうがよければ、遠慮なく、そう言ってね。別に気を悪くしないから」


 悩む栞に、おとなりさんが言った。


 栞はあわてて口を開く。


「あっ、違うの。気にしてもらえて嬉しくて、話したいとも思ったけど……内容が、その、場合によっては重く感じるかもっていうか……時間もかかるかもしれないし……おとなりさんに負担をかけちゃうかもしれなくて」


「そうなのね。――負担になるかどうかは、実際に聞いてみないと、なんとも言えないけれど……。少なくとも今の時点では、栞ちゃんになら、ある程度は負担をかけられても、かまわないと思ってるわよ? 話してみてほしいって思っているわ」


 現時点での自分自身の状態を、なるべくきちんと言い表そうとする、おとなりさんらしい物言い。


「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……えっと、私の部屋で、話せたらと思うんだけど、いいかな」


 スノードームを前にして話したほうがいいかもしれない。

 それに、部屋にあがってドアや窓を閉めておけば、外の人に聞かれてしまうことは、ほぼないはずだ。


「いいわよ。おじゃまします」

「ありがとう」

 栞は少し動き、ドアノブに手を伸ばした。



 一人で不安になっているのは落ち着かず、手がかりをさがして外にまで出てしまっていた栞だったが、おとなりさんとともに室内へ。


 おとなりさんを先導する形でメインルームに入った栞は、スノードームを見つつ更に足を進めた。

 スノードームの空っぽな雰囲気に変わりはない。


「……あら?」

 訝しげな、おとなりさんの声。

 栞は振り返って、おとなりさんを見る。

 おとなりさんは、部屋に少し入ったところで足を止めていた。スノードームも置いてある低い棚のほうに顔を向けている。


「おとなりさん?」

 栞の声に、おとなりさんが栞に顔を向け直して口を開く。

「おじゃまして早々にごめんね。……あのスノードーム、これまでと感じが違う気がして、つい声を」


「えっと、どんな風に?」

 はやく聞きたいけれど問いつめる感じにならないよう、注意して抑えて訊いてみる。


「なんて言うのかしら……ひえびえ? さむざむ? いえ、ドーム内は雪景色だから、それでいいのかもしれないけれど……でも、これまでに見たときは、なんだかあたたかい感じがしたのよ。たとえるなら、そうね……」


 言葉をさがすように少し黙ったおとなりさんが、再び口を開く。

「暖かな部屋で温かな飲み物とかを用意して、おかえりって迎えてくれているような、そういう感じ。でも今は、誰もいないシンと冷えきったところに帰ってきたときのような……」


(おとなりさん、そういう風に感じてたんだ。そしてやっぱり、今は違う感じって思うんだ……)


 嬉しさとせつなさがまざって、栞の表情は、複雑なものになってしまっている気がする。

 ただ、スノードームについて、おとなりさんに、より話しやすくなったとは思う。


「おとなりさん、話してくれてありがとう。あのね、私が話したかったのも、スノードームの様子のことで……」


 そう言って、栞は説明を始めた。


 中の物が動くこともある、スノードーム。普段の様子、雰囲気。

 栞のほうから挨拶をしたり話しかけたり。聞こえているか、内容が伝わっているかは、わからない。

 今回、泊まりで仕事で、帰るのは翌日夜ということも、言ってみてはある。


 今日、予定が変わって、はやく帰ってきて、スノードームがいつもと違う雰囲気だと気づいた。

 みんなどこかに行ってしまったかのような、空っぽな感じ。こんな感じは、栞としては初めて。


 栞の予定を把握したうえでの通常の外出かも。そう思いつつも、不安や悪い想像も次々に浮かんできてしまう。

 なにか兆候はなかったかと振り返っても、最近は自分のことに意識が多く向かっていたから、よくわからない。


 おとなりさんにそう説明はするけれど、おとなりさんじゃなくなるかもという、おとなりさんの発言が気になっていて、とは口にしない。

 おとなりさんがまだ詳しく話せない段階で、話すことを栞の側から求めるつもりはないから、気になっているとアピールすることはしたくない。


 そうやって抑えているから、よけいに自分の部屋では、反動でそればかりになっていたのだろうけれど。


 それらは心の中で思いつつ、おとなりさんへの説明のほうは、なぜあのような体勢と格好で外にいたのかという部分の説明に向けて進めていく。


 一人でじっとしていると落ち着かなくて、手がかりはないかと窓の外や室内をいろいろ見てみたけれど、なにもわからない。

 外は、と思い見始めて、下のほうを見ようとしたところを、おとなりさんが見て、心配して来てくれた。

 ルームシューズのまま出ていたことは、言われて初めて気づいて、自分でも驚いた。


「というわけだったの。まぎらわしい体勢で、あせらせちゃってごめんね。心配してくれてありがとう」


「そういう状況だったのね……。どんどん不安になる気持ち、わかる気がするわ。スノードーム、あまりに違う雰囲気なんだもの」


 おとなりさんの言葉に、栞は泣きそうな気持ちになりながら、大きく頷く仕草をした。

 共感してもらえた喜びと、様変わりしたスノードームに対する不安で、感情がいっぱいになり、涙が出そうになる。


「……あら? でもそうすると私、外を見ようとしていた栞ちゃんを、今、ひきとめてる感じよね。今から、見に行く? つきあえるわよ?」


「あっ、えっと……」

 おとなりさんに訊かれて、栞の中で、感情より思考が優勢になる。

「……つきあってもらえるのは、ありがたいけど……どうしようかな」


 なにしろ、なにをさがせばいいのやら、実のところわからない。

 それに、なにかに気づけるかもと、いろいろな場所を見てみるにしても……。


(さっきは追いつめられてて気にする余裕なかったけど)

 よくよく考えたら、外でいろいろな体勢でさがしていたら、周りは何事かと思うだろう。


 そこまで人通りがあるわけではないにしても、知り合いだって通りかかるかもしれないのだ。

 状況説明を求められたり、一緒にさがすよ、なにさがしているのと訊かれたりしたら……。

 具体的には話さないほうがいいかも、という相手に、詳しい説明を求められた場合、難しいことになる。


 そこまで頭の中で考えて、かいつまんで、おとなりさんにも説明をした。


「そうねぇ。お気遣いなく……で全部切り抜けられるかは、わからないものね……」

「うん。……そう考えると、最初におとなりさんに見られたのは、私にとってはよかったのかも……」


「私も、栞ちゃんの様子に、あせりはしたけど、困っている栞ちゃんに気づけないまま……ってならなくて、よかったと思ってるわ」

「ありがとう」

 ちょっとはにかみつつ、栞はお礼を口にした。


 おとなりさんが微笑んだあとで、口を開く。

「どういたしまして。でもじゃあ……どうしましょうか。このまま、このスノードームを前にして様子見……だけじゃ不安よね。どこかに相談……? でも、どこに……」


「あ、それなら」

 栞はおとなりさんにテイクのことを説明した。

 一緒にテイクのサイトも見て、相談についての説明ページ等も読む。おとなりさんは、おそらく初めて。栞は、あらためて。


 ひととおり見たあたりで、栞は口を開く。

「もし相談するなら、まずはここにかなって思ってはいるんだけど、実際に相談してみたとして、どういう反応が返ってくるかわからないし……それに、もともと私が帰る予定だった明日夜まで、様子を見てからのがいいのかなって思ったり……」


「いえ、はやめに相談してもいいんじゃないかしら。栞ちゃんの帰宅予定時間がどの程度関係しているかわからないし、どういう反応が返ってくるか、正式に相談相手として考えていいかわからないからこそ、はやめに相談してみたほうが。場合によっては、ほかの相談先をさがさないといけないかもしれないし」


「たしかに……」


「相談後にスノードームがいつもの雰囲気に戻ったら、戻ったみたいです、お手数おかけしました、って文を送りましょう」


「うん」


「ただね、栞ちゃん。――本当にテイクがこういった系統のことへの対応もしていた場合、相談して関わりを持ったら、今回の件が解決しても、それではこれで、とは、ならないかもしれないわ。なるべく関わりを開始したくないなら、ギリギリまで相談は待ったほうがいいと思う」


「うーん……対応してもらえるなら、今回のこと以外にも相談してみたいことがあるから……その、無事、またいてくれる感じになったら、スノードームがすごしやすい環境とかも考えたいし。だから、関わりを始めてみてもいいかなぁ。……テイクの、どんな感じの相手と、やりとりするのかなって緊張するけど」


「どんな感じかしらね……お互いの受けとり方の違いや、合う合わないとかもあるから……。でも、このサイトを見て、私はけっこういい印象を持ったわ」


「それは、うん。私も」


「じゃあ相談……」


「あっ、あのね。――ごめん、さえぎっちゃって。あのね、スノードームが不思議な物だとして、取り上げられちゃわないかなとか、引き離されちゃわないかなとか……」


「……どうかしら……。さすがに、問答無用で取り上げたり、無理やり引き離したりとかは……。あっ、そうだわ。まずそのことを訊いてみたらどうかしら」


「そっか。そうしてみよう」



 最初は、日本在住という広い範囲だけを明かし、栞に使われるという発想から、花びら、という名で相談文を送ってみることにした。


 本当に、不思議なことについて相談してもいいのか。

 不思議な存在について相談したとして、引き離されないか、一緒にいることができなくならないか、心配。


 相談文には、そういった内容のことを、丁寧な文にして書いた。


「送ってみるね」

「ええ。送ってみましょう」



「あっ、もう返事来た」

 送信して数分後。通知音を耳にし、栞は声を出した。

 相談文を読みましたよという、お知らせ的返事かもと思いつつ、表示する。


 そこに書かれていたのは。


 文を送ってくださり、ありがとう。

 不思議なことについても、ぜひご相談を。テイクの対応分野です。相談先に選んでいただけたらありがたい。


 今にも危険が迫っている、不思議な存在が危険な状態の存在となっている。

 そういったような場合は、強引な行動に出ることもないとは言えない。


 しかし基本的には、不思議な存在の方や、関わる方たちの意向を聞いて、どういう対応をしていくか、一緒に考えていく。

 一方的に強引に進めることは、できるだけしたくないという思いで動いている。

 テイクが関わることを許可していただけると、とてもありがたい。


 そういった内容のことが、丁寧な言葉遣いの文で書かれていた。


 読み終えて栞は、ほっとした。

 不安や疑問が薄まったというのもあるし、不思議なことに対して、実際のこととして答えていると感じたから。

 テイクにとって、本当に対応分野なのだろうな、現実のこととして対応しているのだろうなと思えて、心強く感じた。


 読んだ感想をおとなりさんに話す。


 栞の感想を聞いて、おとなりさんが頷いた。

「そうね。不思議に対して、必要以上に特別視している感じがなくて、めったにない内容の相談に大騒ぎ、という感じでもないし、頼れそう。続いて相談、してみましょうか」


「うん。そうしよう」


 栞はおとなりさんと一緒に、相談文を考え始めた。




お読みくださり、ありがとうございます。


次の投稿は、10/25(土)夕方~10/26(日)朝あたりを予定しています【2025年10/19(日)現在】

(状況によっては、それよりあとの、(土)夕方~(日)朝あたりになるかもしれません)


今後もどうぞよろしくお願いいたします。



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