「11月、秋、いろいろ」8.夏の夜の
行とともにバスに乗り、佐々木と、箱に入れられた風鈴状態の佐風がやってきたのは、珠水村から、わりと近い位置にある市。
今夜これから、打ち上げ花火を見るのだ。
湖近くの道にあるバス停で、行と佐々木を含む何人かがバスを降りた。
宿泊施設や飲食店があるほうへ向かう者たち、湖畔のほうへ向かう者たち。
佐々木は行の案内で、湖畔へ。
佐風である風鈴入りの箱はまだ、佐々木が肩にかけたカバンの中だ。
湖畔の広場で、打ち上げ開始を待っているのであろう人々。
それなりな人数に見えるが、自分たちのいる場所に悩むほど空きがないわけではなさそうだ。
なるべく打ち上げ場所の近くで見られるよう、水際のほうへ。
スペースに少し余裕がありそうなところを見つけたので、行と相談して、そこで見ることにした。
佐風は花火柄の風鈴だけど、佐風も佐々木も、外で近くで生で打ち上げ花火を見たことがない。
面談ルームに行が迎えに来てくれたあたりで、ふとした流れから花火の話になり、佐風と佐々木はそう話した。
自分たちの現状を認識したら、佐々木としては、今後もそれでは、なんだかもったいないような気がしてきた。
二人とも見たことないね、より、二人で見たね、のほうがいいなと思ったのだ。
「二人で見てみたいね」
(とはいえ……)
「外で近くで生でとなると……」
佐々木にとって、花火大会のような大規模イベントの、大勢の人の中で数時間というのは。
「なかなかに、体力的にも気力的にも厳しいような……。でも、花火大会……近くで見るため頑張ってみる……か……? 佐風も一緒に……僕が風鈴、手で持って……混んでたりで見えないかな、持ち上げて……? まず、腕の筋トレから……? 道のり長い……?」
意欲がないわけではないものの、実際のところは……という感じで小声になっていく佐々木。その耳に通知音が届く。
〈佐風さん『えっと、気持ちは嬉しいし、俺も一緒に見れたら楽しそうだとは思うけどな』〉
〈佐風さん『周りに人がいっぱいいる中で一人、打ち上げ花火に向けて持ち上げ花火風鈴って、行動に気づかれた場合、ちょい微妙じゃないか? ってとこも、俺としては気になるぞ』〉
「あっ……。確かに……微妙な感じかも」
佐々木としては、佐風の言葉の選び方に、一部気になるところがなくはないが、言っている内容としては理解できる。
ううむ、ではどうする……となった佐々木。
すると行が、今夜、近くの市に打ち上げ花火を見に行くのはどうか、と提案してくれた。よければ案内する、とも言ってくれる。
行がしてくれた説明によると、大きな花火大会も開催されるその市では、夏の間ほぼ毎日、約十分ほどではあるが、打ち上げ花火が見られるとのこと。
近くで見るにしても事前にチケットを用意しなくていいし、ものすごい人の数とはならない中で見られるという。
大会で見られる花火は、もちろんすごい。
ただ、毎日のは、前々から予定を決めておかなくてもいいし、当日も、さあ行くぞ! と頑張らなくていい。
行きたいな、都合がついたから行こうかなという感じに、ある程度気軽に見に行くことができるそうだ。
初鑑賞にあたって、スケールやシチュエーションにこだわるなら、ゆっくり考えて準備して、どこかで見る、その機会を待つのもいいと思う。
けれど、今夜のは今夜ので、気持ちや体力的にも余裕を持って見ることができると思うので、そういう点でもおすすめ。
そういったことも言ってから、行が加える。
「佐々木さんと佐風さんのところにお邪魔する形になってしまいますが、ご案内したまま私もそこにいれば、風鈴を出していても、こう……買った風鈴を見せているとか、風鈴好きたちが風鈴を見ながら話をしているとか、そしてそのまま花火鑑賞とか、そういった感じで通せないこともないかな、と思うのですが」
〈佐風さん『それなら微妙度減るかも! ありがたいです! 佐々木、今夜どうだ?』〉
「うん。行きたいね。行さん、提案してくださり、ありがとうございます。一緒に行っていただけると助かります」
「かしこまりました」
笑顔で引き受けてくれた行が、今夜のスケジュールの調整を、各所に依頼し始めてくれた。
〈トキ『行さん、花火ナビ』〉
いろいろ入力をしているらしいトキが、合間に言う。
〈佐風さん『なび、ナビ!』〉
佐風が元気な風鈴の音を響かせながら、合いの手を入れた。
そういった経緯で打ち上げ花火を見に湖畔に来た、行、佐々木、佐風である風鈴、である。
雨は降っていないし、今のところ降りだしそうな感じもない。予定どおり花火を見ることができそうだ。
見る位置も決まったので、佐風である風鈴を箱から出す。カラビナ経由でカバンにつけた。
行がいる側の肩にカバンをかけ、二人で見やすいようにしていますよ、という理由で通せなくもない感じにする。
まさか本当に、ストラップよろしく風鈴をカバンにつけるときが来るとは思わなかったが。
スタンドを使わなくても風鈴をそれなりの高さに保てるし、佐々木が、風鈴やスタンドを直接持つのではなく、カバンを肩になら、佐々木の筋力でも対応しやすい。
(けっこう、いいのでは)
少々、いや、だいぶ? 目立つ点は気になるが、なんらかの理由で押し通すことが可能そうな場でなら、多用したくなる方法かもと、ちょっと思ってしまう。
湖に、建物のあかり。綺麗だなと眺めているうちに花火が始まり、綺麗な光と色が一気に増えた。
佐風のほうにかがむ行の動きを、佐々木は視界の端でとらえる。
始まったら訊いてみてくれると言っていたから、花火がちゃんと見えているか、佐風に訊いてくれているのだろう。
問題ないです、と姿勢を戻した行が教えてくれたので、お礼を言う。
佐々木は安心して、更に花火に集中した。
色を変え、位置を変え、目の前で次々と展開されていく、光たちの舞。
スケールの大きな眺めのはずなのだが、花火だけに意識が向かうからか、ぎゅっと凝縮された光景にも思える。
(綺麗だな……。それにこの、音が体に響く感じ)
体全体を花火に向け、佐々木は音ごと花火を感じる。
長いのか短いのかよくわからない時間が経ち、光の数が減って、静けさに気づいて、花火が終わったとわかった。
少し景色を眺めたあとで、風鈴を箱にしまい、行とともにバス停へと向かい始める。
花火について話すのは、結界内に戻ってから、佐風も一緒に、だ。
結界内の和室に戻り、置いたままにしておいてもらったスタンドに、風鈴を箱から出してかける。
操作説明をしたときのまま、台などを残してくれてあったので、タブレットを出してそこに置いた。
さっそく佐風がタッチペンを用いて、タブレットを使い始める。
〈佐風『綺麗だったし、音! 音っていうか衝撃? 体全体に、生の打ち上げ花火って感じだった! それに終わったときの静寂? あの感じ〉
スタンド近くに置かれた座布団に座った佐々木は、スマホの画面で文を読み、頷いた。
「うん、綺麗だった。それに、そう。音が体に、ドンとくる感じと、終わったときの、あの感じ」
一瞬、周りから音がすべて消えたかのような。なにかを惜しみたくなるような。
それらすべて、確かに全身で、生で、味わったと感じた。
〈佐風『行さん、すすめてくれて、つきあってくれて、ありがとうございます! おかげで佐々木とも素敵な体験ができた!』〉
ガラス部分を前に倒す佐風。
「行さん、ありがとうございます。佐風と、一緒に見て同じ感じを味わったねと、振り返ることができるのも嬉しいです」
佐々木も頭を下げる。
佐風と佐々木が姿勢を戻すと、よかったです。どういたしまして、と言って微笑んだ行が、とても綺麗なお辞儀を返してくれた。
そのあと、「薬味たっぷり冷たいおそば」を、ちょっと遅めの夕はんとして、結界内の和室で行と食べた。
花火後、バスの中で選んで注文しておいたものだ。
行も、おそばも薬味も好きだし、食べたくなったから自分もそれに、と注文していた。
おいしく味わったのち、行の案内で佐々木は佐風とともに、今夜泊まる場所となる、結界内のホテル的な建物へ。
使用する洋室への案内や必要事項の説明も、行がしてくれた。
風鈴のスタンドや、タブレットを置く台なども、行と手分けして、部屋に持ってきている。
それでは、ゆっくりとおすごしください。
そう言って部屋をあとにする行を、佐々木と佐風は、お礼の言葉をしっかりと言って見送った。
その後、たくさんの自動販売機が並ぶ飲食スペースに行って、気になるのを買ってみたりもしたあとで、寝る前のいろいろをしてからベッドに入り、朝までぐっすり。
翌朝。
届けてもらった朝ごはんを受けとり、部屋で食べる。
トースト、オムレツ、ソーセージ、フルーツの盛り合わせ。
昨夜のうちに注文しておいたものだ。
プラス、飲食スペースで買ってきた、コーヒー系の飲み物。
優雅な朝、という言葉が、佐々木の頭に浮かんだ。
食べ終えたら、佐風と一緒に、昨日使っていた和室に行く予定だ。
タブレット操作説明、昨日の続きから、である。
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次の投稿は、7/26(土)夕方~7/27(日)朝あたりを予定しています【2025年7/20(日)現在】
(状況によっては、7/29(火)夕方~7/30(水)朝あたりか、8/2(土)夕方~8/3(日)朝あたりになるかもしれません)
今後もどうぞよろしくお願いいたします。