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「11月、秋、いろいろ」5.夏の面談ルームにて


 風鈴の状態チェックの結果は、問題なし、状態良好とのこと。


 梅幸うめゆきという、モノの声が聞こえ、モノ対応担当もしているメンバーから聞いて、佐々木(ささき)は、よかった……と言いながら軽く肩の力を抜いた。


 そこに、ごく短い通知音が鳴る。

 トキの入力によって、佐々木のスマホの画面に言葉が表示された、ということだ。


 梅幸の隣、座面が高めの椅子の上。今日この場には、トキが同席してくれている。

 風鈴の言葉を聞いて入力し、佐々木含む、モノの声が聞こえない相手に、風鈴の言葉を伝えるためだ。


 トキは、薄茶色の陶磁器っぽい見た目のネコで、縦長の形で座ると高さ十五センチくらい。


 ネコの見た目をした存在が近くにいたり、ネコの動きを近くでされても平気か、今回、佐々木と風鈴は事前に訊かれた。

 トキが同席しても大丈夫かの確認だったようだ。


 トキはテイクで働くモノで、ヴァンとサーもあわせた三人とも、持ち主は、モノ対応担当もしている月乃つきのとのこと。


 佐々木は自分のスマホ画面を見る。


〈風鈴さん『ありがとな!』〉


 表示されている字を読み、佐々木は隣の椅子上の風鈴に、どういたしましてと微笑んだ。


 テーブルをはさんで向かいに座る梅幸に視線を戻すと、よかったですね、と、梅幸が朗らかに言ってくれる。

 佐々木は笑みを浮かべたままお礼を言って会釈をした。


 では続いて、風鈴にいろいろと機能組み込みをということで、どこにどういうしるしを、という話になった。


 しるしは、機能が無事組み込まれていますよーという、お知らせのようなものらしい。


 細い筆で描いたような模様を、風鈴の白と紺基調の短冊裏、上の端あたりに。

 梅幸やトキにも相談に乗ってもらいつつ、佐々木と風鈴は話し合ってそう決めた。


 さてではどんな模様に、という話になった際、風鈴が挙げたのは。


〈風鈴さん『笹の葉とか、雪の結晶とか、そういう系はどうだ?』〉


「ん? なんか、浅からぬ縁を感じる言葉の響き……」


〈風鈴さん『おう! ――佐々木が、名前的にも佐々木って感じと思う経緯もわかるし、佐々木呼びされてる佐々木に違和感もないし、俺もこれからも佐々木って呼ぶだろうけど』〉


「うん」


〈風鈴さん『けど、ささゆき、ってのも、どっかに入れときたいと思ってさ。勝手に漢字にしちゃったけどな』〉


「んーでもまぁ実際、僕の名前を決めた人がイメージしたのも、笹の葉とか雪とかだったって聞いたことあるし」


 それに。


「あんまり詳しくないけど、笹の葉とか雪の結晶とかって、着物とかの和風の柄としてもありそう。風鈴の、和の感じに合う気がする」


 そういったやりとりを経て検索したりもし、笹の葉や雪輪文様を、しるしに使ってもらうことにした。色は緑や青系をメインにしてもらう感じだ。


 そしていよいよ機能組み込み、ちょっと緊張、だったのだが。


 能力者で、今回の組み込み担当者である、ヨクというメンバー。

 薄い水色っぽさもあるシルバー系の礼服を身にまとった、二十代前半に見える青年。


 このヨクの、格好や雰囲気や言動や能力などに、現実味がちょっとどこかに出かけた気分になっているうちに、組み込みも組み込み状態のチェックも無事にできていた。


 いつの間に、という感覚も若干あるものの、言われたことや起きた出来事などをちゃんと覚えてもいるから、そちらの点でも大丈夫だと思われる。


〈風鈴さん『なんか俺、舞台にあがったような気分味わった! ちょい夢見心地だったけど、いろいろ内容はちゃんと覚えてるから大丈夫だと思うぞ』〉


 風鈴のほうも、佐々木と似た感じのようだ。


 端末を操作していた梅幸が顔を上げ、口を開く。

「面談の記録文に残しますし、あとでそちらをご覧になって振り返ることもできますから、安心してくださいね」

 笑顔で力強く言ってくれた。


 佐々木はお礼の気持ちで会釈をし、目の端で、風鈴もガラス部分を動かして会釈のような仕草をしたのを見る。


 梅幸が会釈を返してから切り出した。

「えーっとでは次は……、風鈴さんの名前を決めるため、言葉での細かいやりとりをご希望……とのことですので、そちらをしましょうか」


「はい。お願いします」

 梅幸とトキに言い、佐々木は風鈴のほうを見る。


「僕としては……、あまりに呼びにくい名前を希望された場合は、考え直してってお願いするかもしれないけど、基本的には、風鈴が呼ばれたい名前で呼びたいと思ってる。風鈴呼びに慣れてはいるけど、新しい名前になったとしても、そちらにもおいおい慣れると思うから」


 風鈴が相づち的な音を鳴らすのを聞いてから、佐々木は続ける。


「もし風鈴が今後も、風鈴、って呼ばれるのがよければそれでもいい、とも思う。同じ風鈴の方がいるかもと思ったけど、仮に同名だとしても、モノに限らず、同名とか、すごしていく中であり得ることだし。同名でわかりにくかったら、そのときはそのときだけ、花火柄の風鈴、とか、佐々木の風鈴、とか、そういう言い方をするのもありかなって」


〈風鈴さん『佐々木の風鈴! いいなそれ』〉


「ん? そう?」


〈風鈴さん『でも毎回呼ぶにはちょい長いか。んー』〉


〈風鈴さん『おっ!』〉


「ん?」


〈風鈴さん『さふう、ってどうだ? 佐々木の佐に、風鈴の風で、佐風』〉


「和で、ちょい渋な感じで、かっこいい気がする……けど」


〈風鈴さん『けど?』〉


「しるしのときも思ったけど、僕の氏名っていうか、僕の存在を入れることを強要する気はないよ? 全然関係ないのにしてもいいんだよ?」


〈風鈴さん『んー、俺としては、入れたいんだよなー。重いか?』〉


 問われて、意味はわかりつつも、なんだか少し気恥ずかしく、佐々木は思わずスタンドごと風鈴を持ち上げた。


〈風鈴さん『ちがーう! その重いじゃなーい! 考え方とか、気持ちとかってこと!』〉


 風鈴が、律儀にツッコミを入れる。


「ごめんごめん。わかってるよ。照れちゃって、つい。ちゃんと答えるね」


〈風鈴さん『よろしく』〉


 風鈴のかかったスタンドを、椅子の上に置き直してから、佐々木は話しだす。


「心地よい重みかな。嬉しいとも思うし。でもちょっと責任も感じるかな。――風鈴のことを大事にしようと思うし、風鈴との日々も大事にしようと思うし……長く、ともに楽しく、日々をすごしていけるよう、僕自身のことにも、ちゃんと気を払わなきゃなぁという……」


〈風鈴さん『そうだぞ! 佐々木自身も元気で無事でいてくれよ』〉


「そう願うよ。えっとじゃあ、名前、佐風でいってみる?」


〈風鈴さん『おう!』〉


「ではこれからは、佐風でよろしくお願いします」


 佐々木は言って梅幸とトキにお辞儀をし、体を起こした。

 佐風もガラス部分で、お辞儀のような動きをしていたようだ。


 かしこまりました、と笑顔で梅幸。トキも、お辞儀のような仕草をしてくれた。


「ではこのあとは……おっと、失礼」


 話し始めつつ動いた梅幸の手に当たって、テーブルの上に出してあったペンが落ちる。

 トキが身軽に椅子から床へ。


 少しして椅子の上に戻ったトキが、しっぽを梅幸のほうに向ける。しっぽに巻き付けるようにしてペンを持っている。


「助かりました。ありがとう」


 梅幸がお礼を言いながら、トキからペンを受けとった。


 佐風が興奮したように風鈴を鳴らす。


〈佐風さん『すごいな! しっぽでシュルって、こんな風に! ……ん?』〉


「あれ。短冊が」


 風鈴の短冊部分が、下のほうから上のほうに向かってくるくると、巻物を巻くように巻かれている。


「短冊動かせたんだ」


〈佐風さん『らしいな! 自分でも今初めて知った』〉


「わお」


〈トキ『タッチペン、巻けるのでは』〉


 はっとした表情になる梅幸。

「かもしれない! とりあえずペンで試してみましょう。こちらを佐風さんの短冊あたりに」

 梅幸がペンを佐々木に差し出す。


 佐々木は受けとり、佐風がいったんまっすぐに戻した短冊の下端あたりに、ペンを横にした形で当ててみた。


 佐風が短冊の下端を丸め、ペンを一周巻いたあたりで、佐々木は声をかけペンから指を離す。


 佐風はそのまま何周か短冊を巻いて、ペンをしっかり持つような感じにした。

 短冊でペンをホールドしたまま、斜め上や左右に動かしてみたりもしている。


〈佐風さん『持てた! で、とりあえず返すから佐々木受けとって』〉


「はいな」


 短冊から出ているペンの端っこを、佐々木はつまむようにして支える。

 すると、佐風がペンの位置は動かさないまま、器用に短冊をスルルーっとまっすぐにした。

 佐々木だけがペンを持っている状態になる。


「短冊に巻き癖とかつかないんだ」


〈佐風さん『らしい!』〉


 紙を丸めていたあとのように、端が反っているような様子はない。


「えっとこちら、ありがとうございました」

 佐々木は梅幸にペンを返す。


「どういたしまして。この感じですと、タッチペンも持てそうですね。必要に応じて機能付与もしますし、スマホやタブレットの操作を試してみませんか? 佐風さんご自身でも入力できれば、佐々木さんとのやりとりの幅が広がると思いますよ。佐風さんがモノだと知らない相手に見られないよう、場を選ぶ必要はありますが」


 佐風と佐々木に視線を向けながら、梅幸が提案する。


〈佐風さん『入力していただけるのもありがたいけど、俺自身でもできるといいな。佐々木がよければ試したい!』〉


「もちろんいいよ。お願いします」

 佐々木は佐風に返事をし、梅幸に頼んだ。


「かしこまりました。ではさっそく、今日このあとのスケジュールに組み込みましょうか。このあとまずどうなさいますか、という話をしようと思っていましたが、決まりましたね」


 笑みを浮かべる梅幸。佐々木も微笑んで頷いた。




お読みくださり、ありがとうございます。


次の投稿は、7/5(土)夕方~7/6(日)朝あたりを予定していますが、

もしかしたら、7/8(火)夕方~7/9(水)朝あたりか、7/12(土)夕方~7/13(日)朝あたりでの投稿になるかもしれません。【2025年6/29(日)現在】


7月から生活のスケジュールが変わる予定なため、少々はっきりしない投稿日程で申し訳ありませんが、次回もどうぞよろしくお願いいたします。


――――

【投稿のお知らせ(2025年6/29(日)現在)】

エブリスタでも橘 薫羽の名で投稿を始めました。

超短編を月二作ほど、という感じになると思います。


テイク関係の面々が、はっきりと出ているわけではありませんが、もしよろしければ、読んでみていただけますと嬉しいです。



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