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「11月、秋、いろいろ」2.各パート


 穂風すいふうとともに文を書き、ひっつーは満ち足りた雰囲気だ。穂風も嬉しそうにしている。

 テーブル周りの者たちも笑顔で、文や絵を見たり、穂風たちと話したり。


 先日、短時間ではあるものの家族全員そろうときがあったので、穂風たちはみんなで、秋の木々を見ながら近所を散歩したそうだ。

 穂風と風実ふうみと、娘のけいと、景のパートナーのマサジ。そしてもちろん、ひっつーも。


 ひっつーは、モノではなく物の、ぬいぐるみとして散歩に参加。

 四人ともひっつーを抱っこしたかったため、順番決めの真剣なじゃんけん大会が、急きょ開かれたそうだ。


 そう話す穂風の横で、ひっつーはちょっと照れた様子。けれど、嬉しそうでもある。


 みんなでわいわい散歩を楽しみ、帰ってきて、動くひっつーだったら、こんなことをしそうだねと、みんなで話した。

 その内容を、風実が絵にしたのだという。


 明るく楽しい秋の日々。

 佐風さふうが軽やかな、きらきらとした風鈴の音を空間にまく。



 テーブルと絵を別室に運んだ者たちが、部屋に戻ってきた。


 次は、梅幸うめゆきによるバンドネオンの、そしてリョクによるクラシックギターの演奏だ。


 梅幸は、ゆで卵のようなつやっとした顔に、こちらまで思わず笑顔になるような、気持ちのよい笑みを浮かべていることが多い。

 四十代の男性で、今日はブラウンのスーツ姿だ。


 梅幸とリョク、それぞれで演奏したり、二人で一つの曲を演奏したり。

 梅幸とリョクの演奏も、空間をさまざまな雰囲気にしていく。


 ときには、秋色をまとった、きめの細かいベールが、たゆたうような。

 ときには、こっくりとした深みのある秋色に染め上げられ、芳醇といった言葉も浮かんでくるような。


 演奏後の拍手の中、「この方面の大人な感じも、魅力すごい……」というきょうの感想が聞こえてきた。

 佐風が、落ち着きと艶のある音で風鈴を鳴らす。



 次にステージ部分に来たのは、やまびこー。


 やまびこーは、やまびこ現象に適した、ある場所から生じた存在だ。

 驚かせてしまうことなく話ができる相手と場所を求め、やまびこーは現象が起こる場に自分の一部を残し旅に出て、テイクと出会った。

 テイクとはそれ以来のつきあいで、やまびこーはよく、村にも来る。


 やまびこーの声は、人間やモノにも聞こえるし、やまびこーも、人間やモノの声を聞くことができる。


 ただし、やまびこーの姿は、基本的に見えない。

 今、ステージ部分にやまびこーが来たと優月たちがわかったのは、やまびこー自身がそう言ったからだ。


 ステージ部分の、椅子のところにいるとのこと。

 梅幸とリョクの演奏後、ステージ部分に一脚残してあった椅子のところにいる、ということである。


 やまびこーがまず披露するのは、一人輪唱。


 これは、何種類かの声を、自分の意図したタイミングでずらしたり重ねたりして、いくつか出し続けられるという、やまびこーの能力を活かしたものだそうだ。


 普段よく聞くやまびこーの声で歌いだし、少しして、少し違う声音のやまびこーの声で、同じ歌を追いかけるように歌い始め、更に少しして、更に少し違う声で歌を重ねていき――。


 少しずつ違うやまびこーの声で、少しずつずらして同じ歌を歌っていく。

 空間内で、声が声を追いかけ重なり、ぐるぐるぐるぐる。

 優月は不思議な心地で聞いた。


 やまびこーが一回歌い終えたところで、ステージ部分に、紫穂しほ、杏、しずくが出てきた。

 やまびこーがいる椅子の真後ろに紫穂が立ち、紫穂の右に杏、紫穂の左に雫が立つ。


 杏色のブラウスに白のスラックス姿の杏は、黒髪ショート、長身でしなやかな体つきだ。

 活発な感じと、フレンドリーな態度。けれど、ぐいぐいいきすぎることはないように思える。


 杏の母親である紫穂は、薄紫のブラウスにベージュのスラックス姿。長めの黒髪を丁寧にまとめている。

 背は低いほうではない。細身。全体的に、和の雰囲気が優勢な人だ。思考や精神が柔軟な人だとも思う。


 雫は杏たちの友人でもある。

 今日は水色の襟付きシャツに黒のスラックス姿。小柄なほうではあるが、バランスのとれた体つきをしている。

 冷めていすぎず、ほどよく落ち着いた感じの人だ。学ぶことに熱心でもある。


 杏と雫は同じ年度の生まれで、二人とも現在は単位制の高校に在籍している。


 紫穂、杏、雫の三人とも、モノが発する声を聞くことができる能力の持ち主で、そういった面でもテイクと関わりがある。


 やまびこーとともに、三人が歌い始めた。


 あるときは、三人は一緒のタイミングで、やまびこーの各声たちとはずらして。

 あるときは、あるやまびこーの声と杏という感じに、三人それぞれが、ある声音のやまびこーと一緒のタイミングで。

 あるときは、やまびこーのいくつかの声と三人、全員が別のタイミングで。


 同じ歌を何回か歌ったりもしたが、同じ歌でも組み合わせが違うといろいろな印象になって、多彩だ。優月も集中して聞いていた。


 歌い終えて杏たちがお辞儀をすると、拍手の音にまじり、佐風の風鈴の音。少しずつ音色を変えて、短い間にいろいろな音を鳴らしていく。こちらも多彩だ。


 佐風は、音や鳴り方をそのたびに変えているが、毎回、相手への敬意とか、しっかり味わっていることとか、この場にいることへのわくわくとか、そういったものがたっぷりと込められていることも、ちゃんと伝わってくる。



 やまびこーたちが移動し椅子が片づけられ、ステージ部分に折りたたみマットが広げられた。


 マット上に来たのは、ラビィ。


 ラビィは薄いピンク色をした、うさぎのぬいぐるみだ。モノである。

 毛足が長くふわっとした見た目で、ロップイヤー。耳を抜かした部分は高さ二十センチほどといったところ。


 ラビィの家族は人間で、三十代前半の育生いくおとゆかり。

 ナチュラルベーシックな服装に柔和な顔立ちという、よく似た印象の二人だ。二人とも音楽関係の仕事をしている。

 二人にとってラビィは娘である。


 そして、育生とゆかりのもう一人の娘である、ゆな。人間で六歳だ。

 ゆなにはまだラビィの正体は明かされていない。

 今この時間ゆなは、村内の保育センターで友人と一緒にすごしている。前から希望して楽しみにしていたイベントに参加中だ。


 ラビィがマットの上で準備運動のように軽く手足を動かした。その後、気をつけの姿勢になり、浅く、お辞儀のような動作をする。深いお辞儀は、バランス的に難しいらしい。


 ゆかりが、室内のテーブル上に置かれたロールピアノを使って演奏を始めた。

 リズミカルで、かっこよさとかわいさをあわせ持ったような曲が聞こえだす。


 ラビィが手足を動かしたり、歩いたり走ったりジャンプしたりを、曲に合わせてしていく。メリハリのある、キリッピシッとした動きだ。


 前方宙返りをおこなったラビィ。一度だけでなく二度三度と連続して成功させる。

 大きな拍手の中、続いてラビィは後方宙返りを成功させた。

 ますます大きくなる拍手の音。


 ラビィが高く高く跳び上がり、着地とともに演奏が終わる。

 ラビィ、ゆかり、ゆかりの近くにいた育生が、そろってお辞儀をした。


 佐風が、華やかな中に重厚さも感じられるような音を鳴らす。

 聞いていて優月は、表彰式の会場にいるような気分になった。


 ラビィがゆかりたちのもとへ向かい、折りたたみマットが片づけられる。



 次にステージ部分に来たのは、高砂人形。この二人も、モノである。


 二人が開始したのは、あやとり。


 私たちは、高砂コンビという名にしようと思うのですよ。

 そうそう、ここはシンプルに。


 にこにこと楽しそうに言っていた二人が、今、披露しているあやとりの技の数々は、シンプルなものもあるが、とても複雑そうなものも多くある。


 しかも、みんなが見やすいようにと、室内を移動しながらである。


 あやとりの次に二人が開始したのは、お手玉。


 まず手に持っているのはそれぞれ二つずつだが、途中で増やしていくために、室内の各所に追加のお手玉が用意されている。


 二人はそれぞれ室内を移動しながら、お手玉を投げ上げ、手に受け、何回かしたあとでお手玉の数を増やし、また少しして増やし。


 先ほどは、やまびこーたちの声がぐるぐるし、次はラビィがぐるぐるし、そして今はお手玉がぐるぐる。

 見ながら思わず、円を描くように顔をぐるぐると動かしている者もいる。


 次第に二人は、相手が投げ上げたお手玉を受けとったりと、お互いのお手玉をやりとりし始めた。

 少々複雑な軌道で、両者間をお手玉がぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。


 続いて二人は、お手玉をしたままステップを踏み始めた。

 近づいたり、離れたり、向き合ったり、ターンをしたり、ポーズをとったり、ときには手を取り合ったり。舞踏会の会場にいるようだ。

 華麗に踊りながら、お手玉をやりとり。二人によって、お手玉も空中を華麗にダンス。


 お手玉の舞踏会、と開始前に高砂コンビは言っていた。

 見ているほうの心も、気持ちよくダンスをしている気がする。


 二人が言うには、お手玉の舞、というバージョンもあるそうで、そちらもいずれ見ることができたら嬉しいと優月は思った。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、6/14(土)夕方~6/15(日)朝あたりを予定しています【2025年6/8(日)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


――――

【改稿について(2025年6/8(日)現在)】


・プロローグでの優月についての説明ですが、当初考えていた内容より減らして、以下のように文を追加しました。


グレーのパンツスーツを着た優月。→グレーのパンツスーツを着た、シンプルなつくりの顔の、優月。


・8月5は以下の変更もしました。


 いちとせは会釈を返したあとで、まず、テイクに連絡をした。

 そして、風鈴の近くに行く。

 いちとせは会釈を返したあとで、テイクとやりとりなどもしてから、風鈴の近くに行く。



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