「4月、うさぎさんの行動理由」6.ドレスコードについて知識があるのも、楽しいかもしれない
改稿については後書きで説明しております。
「今回、ラビィさまに機能の組み込みをさせていただく、ヨクと申します。よろしくお願いいたします」
ノックののち入室したヨクはテーブルに近づき、右手を胸に当ててお辞儀をしてみせた。
それだけで、この場が一気に、優雅な雰囲気に変わる。
礼服が、ヨクやヨクの父親の活動時の衣装で、今もその格好だ。薄手の手袋やデザイン性の高い帽子を、セットで身に着けていることもある。
礼服にもいろいろとあるため、時間帯などで使い分けているそうだが、ベースカラーは、親子でそれぞれ一貫している。
父親のほうは、光沢のある銀色と黒を、うまく合わせたようなもの。
ヨクのほうは、銀色に白や水色を淡く混ぜ込んだような、少し不思議な印象のもの。
ただ、いずれにしても、舞台やパーティー会場などにいるほうが、逆に目立たないであろう類の服装だ。
戸惑う様子の花山家の面々は、よろしくお願いしますとそろってお辞儀をし、体を起こしたあとは、ヨクの出方待ちといった感じである。
一応、ヨクが来る前に、名前とどういう表記かに加え、ヨクの特徴も、花山家の面々に説明してはおいたのだが、実際に目にすると、なかなかのインパクトなのだろう。
驚くかもしれないが、腕は確かだし心配いらない、という説明を覚えていてくれるといいなと優月は心の中で思う。
ちなみにヨクは、本来の名前は漢字で、翼だが、ヨクというカタカナ表記で活動している。
年齢は優月とほぼ同じ。けれど、テイクと関わっている期間は、ヨクのほうがとても長い。
ヨクだけでなく、ヨクの父親も付与能力者だ。ヨクが生まれる前から、ヨクの父親はテイクで活動しているそうだし、最初は父親につく形で、ヨク自身も小さい頃から活動を開始しているという。
優雅な微笑みを浮かべ、ヨクが花山家の面々に話し始める。
「わたくしが担当する種類の付与には、人目につく場での作業となるものも多くありまして。行動や結果を見られた際に、奇術の練習や実演と説明いたしますと、わりあいスムーズに納得していただけるのです」
「あ、だからその格好……」
育生の返しに頷くヨク。
「さようでございます。また、カモフラージュのためにも、この格好で実際に、奇術メインのショーなども行っております。機会がございましたら、ご覧いただけますと幸いです」
優雅さに満ちたお辞儀を、ヨクが再びしてみせる。
「アニメとか漫画にいそう……」
ゆかりが呟く。
優月が最初に、ヨクやヨクの父親を見たときも、同じようなことを思った。その感想を抱く人は、一定数いるらしい。
また、ファンも多数いて、珠水村でのショーに定期的に通う人も多い。ファンの人たちいわく、ヨクもヨクの父親も、それぞれに味わい深い魅力があるそうだ。
けれど、どれだけ人気でも、本人たちは、奇術はあくまでもカモフラージュのため、本業は付与、とぶれない。
そもそも、付与能力でいろいろとしてみせているだけなのだから、得意になっては本当の奇術師に失礼だ、という考えのようだ。
とはいえ、付与によるものだと表明しては、カモフラージュにならないとわかっているため、凄腕の奇術師という姿を、ヨクもヨクの父親も完璧に演じている。
「では早速、準備を始めさせていただきます。テーブル上の物を、いったんお手元へ」
ヨクに言われて、育生がスマホを手にし、優月と奏が、それぞれ自分のタブレットを持ち上げる。
「では、その場を動かれませんよう。――失礼」
ヨクは言い、右手の指を鍵盤をたたくようにすばやく動かす。途端、テーブルが消えた。
「「『えええー!』」」
花山家の面々の、驚きにあふれる声が響く。
それまでテーブルのあったスペースに進んだヨクが、ラビィたちの前で片膝をついた。
優月と奏は、花山家の面々とヨク、どの顔も見ることができる位置に移動する。
「では、これからいたします付与作業について、いくつかご説明を」
ヨクの言葉に、お願いしますと言いながら、ラビィや育生やゆかりが小さくお辞儀をする。
「付与の際には、ラビィさまに触れさせていただきます。五つすべて付与するのにかかる時間は、十秒前後です。気をつけていただくことはございません。動く、なにか考える、声を出す、といったようなことを、ラビィさまを含むどなたかがなさっても、付与具合に影響いたしません」
花山家の面々が頷くのを待ってから、ヨクは続ける。
「付与ごとに、しるしが浮かびます。ラビィさまの場合は、左のお耳に、ピンク色のチューリップをご希望とのことですので、五本のチューリップによる花束柄の刺繍といった見た目になります」
付与担当者が来る前に、花山家の面々に決めてもらったことがこれだ。
しるしは、意味を知っている人にとっては、機能が無事働いているというお知らせのようなもの。知らない人にとっては、控えめな刺繍。
柄を変えたくなった場合は、付与のつけ外しをしなくても、柄だけ変えることができる。
ちなみに、どこでどうやってその刺繍を、と誰かに質問されたら、テイクの受付センターで依頼して、ぬいぐるみへの装飾として、してもらったと答えてかまわない。
そう、花山家の面々に伝えてある。
「付与の際、なんらかの温度の風や、空気の変化を感じられる方もいらっしゃいます。もしなにか、不快や負担に感じられるようなことがございましたら、遠慮なくアピールしてくださいますよう」
頷くラビィに、ヨクが説明を続ける。
「機能が組み込まれましたのち、もし、なんらかの不調を感じられましたら、いつでもかまいませんので、おっしゃってください。今この場でではなくても、後日でも。場合によっては通報機能などもご利用ください。把握機能でテイクでもチェックいたしますが、ラビィさまも、どんなに小さなことでもかまいませんので、気にかかる状態がございましたら、ご遠慮なく。長い期間組み込み続ける機能でございます、我慢はなさいませんよう。――ここまでで、なにか質問等ございますか?」
ヨクの問いかけに、花山家の面々は一様に首を横に振る。
「では、実行いたします。右手を私にお預けください」
右手の平を上に向け、ヨクがラビィに手を差し出す。
ラビィがちょこんと右手をそこに載せた。
「――取り返しはつきます。お気軽にっ!」
今までの優雅な雰囲気から一転、いたずらっ子のような笑みを浮かべてヨクが言う。
『えっ?』
ラビィが驚いて声をあげている間に、ヨクはラビィの手をとったまま、二度ほど縦に振った。
「これからの日々も、素敵な毎日となりますよう」
優雅な雰囲気に戻してヨクは言い、ラビィの手を、ラビィの体のそばに優しく戻した。
「ご気分のほうはいかがですか」
『えっと……たぶん、調子が悪いという感じは、今のところないみたいです』
ヨクの質問に答えるラビィの言葉を、優月がヨクに伝える。
「それはなによりです。もし今後なにかございましたら、いつでもおっしゃってください。そうそう、お耳のしるしは、このような感じでございます」
ヨクが空間から、文庫本ほどのサイズの鏡を取り出す。
空間からの物の出し入れも、付与能力によって行っているそうだ。空間に機能付与をして、収納スペースをつくっていると聞いたことがある。
付与能力者はテイクに何人もいる。なにに、どんな機能を付与できるか、何種類の機能付与ができるかは、能力者によりさまざまだ。
お耳を失礼いたします、とヨクは言ってから、ラビィの左のロップイヤーを持ち上げた。
ロップイヤーの、普段は下を向いている側に、いろいろなピンク色の糸による、チューリップの花束柄刺繍。
ふわふわの毛があるにもかかわらず、刺繍が埋もれていない不思議具合だ。大きさは、よく見るとわかる、といったところ。
普段上になっている側と下になっている側、どちらにしるしをつけるかを決めたのも、花山家の面々である。
けっこう凝った見た目ね、おしゃれ、と、のぞき込んだゆかりが感想を述べた。
ラビィが嬉しそうに笑ったので、優月はその場のみんなに伝える。
ラビィのロップイヤーをそっと戻し、鏡を空間にしまったヨクが立ち上がる。
「お気に召していただけたようで、なによりでございます。それでは、機能の動作確認を、優月とともにどうぞ。私も控えておりますので、なにかございましたら」
一礼したのち、ヨクは花山家の面々から距離をとる。
そして部屋の空いているスペースに、先ほど消したテーブルを出現させた。あとは手動で動かしている。
けっこう重いテーブルなのだが、ヨクは手こずる様子もなく、優月たちが手伝う前に、スムーズに位置調整を済ませた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
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【改稿について】
【2024年7/8(月)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。
【2024年7/8(月)空白行関係以外の変更】
・花山、優月、にルビを振りました。