「10月、目指すところへ」7.事前にしておく、お話から。となります
『行から雫さんの魂を出す方法について、事前にお話ししておく必要のあることが』
少ししてから、リョクがそう前置きをして話し始めた。
テイクの能力者が、雫の魂を連れ出す形。
その際、毬香炉の外側から干渉した場合、雫にも行にも、かなりの苦痛と負担がある。
よって、毬香炉が開いている状態でおこなうのがよいと考えている。
『それでですね、普通に毬香炉を開けられれば、一番穏やかな展開なのですが』
(あー、それは……無理、だよなぁ。たぶん)
リョクの言葉に、行は心の中で言う。
声に出して言わないのは、リョクもわかっているはずだと考えているからだ。
なのですが、という言い方からも、そう思える。
『おそらく、普通に開けるというのは難しいと思われます』
行の予想どおり、リョクはそう続けた。
『これは別に、雫さんが入ったからというわけではなく、前からのことです』
雫が気にしてしまわないよう、リョクが言い足す。
『明日、まず一応最初に、普通に開けることを試してはみます。それで開かなかった場合は、怖い思いをさせてしまいますが、毬香炉を壁か床かどこかに投げつけて開けるという方法を、とらせていただきたいと考えています』
『えっ、壊れちゃうのでは?』
雫が動揺したような声を出す。
『いえ。もともと、投げつけなければ開かない状態なのですが、投げつけても開くだけで、追加で壊れることはありません。閉めればまた閉まりますし。その後もそれまでのようにすごせます』
リョクが説明する。
『行さん大丈夫なんですか? 今後、状態を変えることとかにも影響はないですか?』
『大丈夫です。影響もありません。それと、投げつけられてぶつかっても、雫さんにも行にも痛みはありません。ただ、それなりの勢いで投げつけられるので、怖さは感じてしまうかと……』
『えっと……投げつけられて、壁か床かなにかがすごい勢いで迫ってくる感じがして、最終的にぶつかる、ってことですよね……』
『そうです……俺の事情に巻き込んでしまうことになり、大変申し訳ありません』
行が声を出して雫に答え、謝罪をした。
仮に、開けないままいろいろしても、苦痛や負担が行だけにあるというのなら、詳しく内容と程度を聞いて、そちらの方法を選ぶことを検討し始めたいところだ。
開ける必要がなければ、雫に怖い思いをさせずに済むし、開けようとすることによって生じる、いろいろなリスクを避けることもできるのだから。
だが、開けないままおこなうと、雫にもかなりの苦痛や負担があるとのこと。
投げつけて怖い思いをさせても、それでも開けないままよりはまだ、投げつけるほうがましということなのだろう。
そうなると、開けないままという方法は、よほどでなければ選べない。
『本当に申し訳ありません。こんなことをお願いするのは心苦しいのですが、でもどうか』
『あっ、大丈夫です。ごめんなさい、ちゃんと返事してなかった』
行が話し始めるとすぐに、雫があわてたように声を出した。
雫が続ける。
『確かに、知らずにいきなりだったら、驚くし怖いし心配で動揺するし、ってなりそうですけど、先に聞きましたし。謝ってもいただきましたし。心の準備をして臨みますから、大丈夫です』
しっかりとした声で、雫はそう言ってくれた。
『ありがとうございます……』
『どういたしまして』
行のお礼に、雫が少しくすぐったそうな声で返す。
『あ、えっとあとは……? 投げつけられるかもということへの心の準備のほかに、僕がなにかしたり、気をつけたりとかは……』
『いえ、特にありません』
雫の疑問にリョクが答え、わかりましたと雫が穏やかに返す。
(雫さんの心がありがたい……。あとは俺自身だ……。投げるのは誰が……あとでお詫びとお礼を。それに、攻撃してしまわないように、平静保って、抑えて……)
『行』
気負って、自分の思考に進んでいきかけたタイミングで、リョクの声が聞こえた。
『はい』
返事のため出した声が、我ながら硬い。
『ちょうどこのあと説明しようと思っていた』
リョクは言い、続ける。
今回、投げつける役として、リスクも危険もほぼないという候補者を見つけることができた。
思いきり投げつけるという、気分的に抵抗のあることをおこなう、というハードルはあるが、おこなっても被害という面での影響は、ほぼないだろうと予測される者。
そしてその者が、事情を聞いたうえで引き受けてくれた。
また、投げつけられたことで、万が一、行が攻撃しようとしてしまったとしても、攻撃が向かう先を誘導し対処しやすいよう、対策をすでに考えている。
更に、投げつける役の者や誘導に携わる者が、本番、もし都合がつかなかったとしても、その場合はという候補者もいるし、その者も引き受けてくれている。
そしてその場合も、その者も周りも守れるよう、考え、計画している。
『以前に検討したときより、今回、とれる手は多い。それにいずれにしても、いろいろしっかり対処する。自分を追い込みすぎるな。大丈夫だから』
どっしりとかまえて、リョクが言う。
『はい……ありがとうございます』
『あの……口出しすみません。投げつけられると、行さんは攻撃しちゃうかもしれないんですか?』
遠慮がちに雫が問う。
『したくないとは思っているんですが……しないとは言いきれず……』
行がそう答えると、リョクが続いて話し始めた。
『実際に行が攻撃したことはありません。ただ、そうしてしまったら、そうしないように、と本人がかなり自分自身に対して警戒しています。テイクとしても、万が一のときに、被害が残る結果になってしまわないよう、行が一人で背負わなくてよいよう、予防のため動いています』
『そうなんですね……。僕も……少しでも一緒に背負えればいいのに……なにかできることがあるといいんですけど……』
聞いた雫がそう言ってくれる。
伝えそびれないように。行は声を出す。
『今もすでに、一緒に背負ってくれています。俺の事情に巻き込んでしまうのに、ありがたい心を向けてくれました』
それに、と行は続ける。
『投げつけられると聞いて、俺が大丈夫なのかと心配してくれて……その気持ちもありがたくて、あたたかくて』
『そう思って、言っていただけると……よかった』
嬉しそうに、雫が言う。
だがふいに、雫の気配が弱くなった。
『雫さん? どうしました?』
心配になり、行は訊く。
少しして聞こえてきた、雫の小さな声。
『……なんか勝手ながら、あっという間に、行さんたちの存在を近いものに感じちゃってて、一緒に……って思ったりもして、でも。……解決後、僕はまた、行さんたちと会えるんでしょうか。行さんや、リョクさんや、秋桜はんさんたち、ハンカチーズ第一班の方たちと……これからも会いたい……』
『会いたい、と俺も思います』
『私もお会いしたいですね』
『私も! そしてきっと私たちも! です。代表してお返事します!』
行とリョクと秋桜はんがそれぞれ、ほとんど間を置かず、力強く答えた。
『ありがとうございます。そう言ってくださった行さんとリョクさんと秋桜はんさんのお気持ち、大事にします』
大切に抱えるように、雫が言う。
『それと、実際の面としてですが。はやめに話してもよいと許可は出ているので、もうお話しします』
リョクが話し始めた。
雫に、今後もテイクと関わってもらえるよう、お願いすることになっている。また、今後もテイクが関わっていくことへの許可も求めることになっている。
雫の同意を得て関わっていく担当の範囲には、リョクも行もハンカチーズ第一班も含まれている。
個人的な気持ちとしてだけでなく、テイクメンバーとしてという方向からも、つながりを保っていくことができる。
自分たちに会えるということを盾に、どう返事をするかを強要したいわけではないが、そういう状況である。
『あ、じゃあ、会いたい気持ちだけでなく、会える理由のほうもあるということですか?』
雫の声が少し弾んだ。
『そう言えるかと』
『それは、嬉しいに心強いも加わります。よかった』
小さいながらも、雫の笑い声がする。
『目覚めてからこれからのこと、しっかり聞きます。ちゃんとした返事はそれからにしますけど、これからもみなさんと、つながりを保っていけたら嬉しいです』
『そうなったら嬉しく思います』
『俺もです』
『私も、きっと私たちもです!』
リョクと行と秋桜はんが、次々と雫に返事をした。
翌日午後。
雫入りの毬香炉である行は、結界内の、ある部屋に案内された。
今回は、空飛ぶ秋桜はんによってではなく、リョクに毬香炉を持ってもらっての移動である。
案内されたのは広めの洋室だ。
奥のベッドに寝ている人物がいる。
雫の両親は、別室で待機していると聞いている。
『あちらのベッドにいらっしゃるのが雫さんの体です。戻る前に、ご覧になりますか?』
リョクが雫に訊く。
『そうですね……記憶にある姿と違ったらあれなので、一応先に見てみたいです』
『かしこまりました』
毬香炉を持ったまま、リョクがベッドの枕元に近づく。
ベッドで眠る人物の顔が、行にも見えた。
目を閉じた、綺麗な輪郭の人。少しあどけない雰囲気があるようにも思える。
『寝顔を撮られて写真を見たことがあるんですが、それと大きく違わない感じですね。体から出ていると病院で気づいたときに見た顔とも同じだと思いますし』
落ち着いた声で雫が言う。
(この人が雫さんなんだな……起きて、本人の体で話したり動いたりするところ、無事に見たい)
行が思っていると、ノックの音がした。
ノックは、廊下側のドアからではなく、隣室に続くドアからのようだ。
この部屋は、廊下に通じるドアだけでなく、この部屋からそのまま隣の部屋にも出入りできるよう、そのためのドアもある。
「タカマサです。入りますよ」
低めだが、雰囲気は明るい声がする。
「どうぞ」
リョクが言うと、ドアが開いた。
リョクが体ごとそちらを向く。
部屋に入ってきたのは、そこまで背は高くはないが、しっかりめの体格の人物だ。
丸顔と四角い顔の中間のような輪郭、はっきりとした目元に意志の強そうな口元。
アロハシャツとかライダースジャケットとか、姿を見かけるたびにいろいろな方向性の服装をしているタカマサは、今日はシンプルなダークグレーのスーツを着用している。
タカマサの視線が、毬香炉に向かう。
「私には今の状態の雫さんと行の声が聞こえないので、一方的な挨拶になってしまいますが」
タカマサがまずそう言い、続ける。
「今回、雫さんの魂に関わらせていただく、タカマサと申します。雫さんが無事目覚めるよう、責任を持っておこないますので、安心しておまかせください」
『お願いしますと、お伝えください』
『俺からも、お願いしますと』
雫と行が言い、リョクがタカマサに伝えると、力強くタカマサが頷いた。
「さて、始めますか」
「ではまずは、通常の方法で開けられるか試してみますね。失礼」
開始を提案するタカマサに続いてリョク。
言ってからリョクが、毬香炉を開けてみようとする。
開かない。
「開きませんね」
リョクが言い、タカマサが隣室へのドアに向かう。
「開かなかった。よろしく」
軽くノックしてからドアを少し開け、タカマサが隣室に向かって言った。
言い終えたタカマサがベッド近くに戻る。
ドアがもう少し大きく開けられて、二人の人物がこちらの部屋に入ってきた。
そのうちの一人は、優月だ。
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次の投稿は、4/26(土)夕方~4/27(日)朝あたりを予定しています【2025年4/20(日)現在】
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【初投稿(2024年4/17)から一年以上が経ちました】
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