「10月、目指すところへ」6.まったり待ったり? ではないようです
『事務的というか、必要事項並べてます、って感じのデザインだと思ってたけど、必要な内容を決まった形式できっちり載せるのって、想像以上に神経使うんだ……』
『だな。全体の形やサイズが違う物にでもうまく配置して、ルールを守りつつ、見た目も見やすさもよい感じに……か。今度からは、これはこういう感じに工夫しているんだなと、実物それぞれをしっかり見たくなりそうだ』
『力の入れ具合は同じでも、方向性が違うと、こんなに出来上がりの雰囲気が違うんですねぇ。でも工夫たっぷりで……』
動画を見終えた雫、行、秋桜はんが順番に感想を言う。
同時進行で秋桜はんがそれを入力し、文にしていく。
ハンカチの右上角あたりを巻き付けタッチペンを持ち、タブレットを扱う秋桜はん。
その作業は、すばやくスムーズ、かつ正確。地に足がついたしっかり具合、という言葉を行は思いつく。
秋桜はんであるハンカチそのものは、若干浮いていることが多いが。
今三人が見ていた動画は、あるところが担っている、ある系統の製品のパッケージづくりについて説明したもの。
どういう難しさがあり、どういう工夫をし、どういったものをつくっている、というような内容がまとめられたものだ。
なぜそれを見て各自感想を言い、秋桜はんが入力しているのかというと、三人でそういった仕事をしている最中だからである。
あるものに対して、いろいろな感想や意見をもらいたい。
そういった依頼もテイクは受け付けている。
動画やサイト、配布物、なんらかの作品、オンライン講座などへの感想や意見。
年齢や性別、現在の環境など、感想や意見を求める相手への条件が細かいものもあるし、テイク内外問わず多数といった希望のものもある。
テイクメンバーや協力者たちも、うまく自分たちのスケジュールに組み込んで、条件に合うものを積極的に見たりして、感想や意見を提出している。
テイクが依頼することで、メンバーや協力者以外の者も、それらのことをおこなう場合もある。報酬も出る。
というわけで今この時間は、雫と行、秋桜はんの三人で、条件に合うものを見ているところだ。
待っている間、なにか役に立てることができるとすごしやすい、という雫の気持ちに応える形で、お仕事タイムとなった。
雫の魂が行に入ってしまった日。
リョクと面談し、夜、秋桜はんに、この部屋に案内してもらった。
その日、雫は早々に寝た。いろいろな出来事の連続で疲れていたのだろう。
同じタイミングで休んだほうが効率がいいので、行も睡眠モードに移行することにした。雫が起きるときにまた起きる予定だ。
睡眠モードに移行する少し前に、連絡が一件来た。
行の額にぶつかったハロウィン飾りは、テイクの者によって、すでに無事、木の枝に再び飾られているとのこと。
飾りはモノではなく物なため、飾り自身がなにかを認識しているわけではないが。
それでも、石碑陰で一つぽつんとハロウィン飾りという光景は、想像するとなんだか寂しく感じたので、飾り一つだけで夜をすごす、とならなくてよかったと行は思った。
翌日、雫は遅めに起きた。
目覚めたその時点で雫は、自身の今の氏名や今の両親の名前、住所、学年などを思い出していた。
現在、中学一年生。
現住所は、雫と行が会ったあの公園付近からは、かなり距離のある場所のものだ。
魂の状態で紫穂に続いて建物を出たあとのことも、雫は思い出した。
途中で犬にすごい勢いで吠えられて驚いた雫は、車道に飛び出てしまったらしい。
本人的には少し避けただけのつもりが、一気にかなり移動してしまったそう。
次々に車が自分に向かってくることに動揺し、どうにか再び歩道には戻ったものの、精神が許容量オーバーといった状態になって記憶が飛び、でも移動はし、という感じのようだ。
実際には、雫の魂に車による被害はなかったのだが、気持ちとして非常に怖かったことが影響したと思われる。
でも今思い返すと、魂状態の僕が見えて、とっさに避けようとする車はなかったと思うから、それはよかった、といったことを雫は言った。
雫が思い出した情報たちは、さっそくテイクで共有された。
一方、テイクのほうも、紫穂ルートから、雫の体があると思われる病院にたどり着いていた。
公園のあるあたりから、まあまあ離れた場所にある、総合病院だ。
テイクがやりとりする際には、紫穂たちに雫について話す予定だということを、雫も事前に聞いていた。
また、紫穂たちがすでにテイクと関わりがあることが、雫に明かされた。
やりとりの過程で、紫穂が病院にいた理由も本人から聞けた。話す許可も得たので、雫たちにも伝えられた。
紫穂は病院に飾る和小物について、打ち合わせのために来院したのだという。
雫が思い出した情報も利用し、病院内の誰が、どこにいるのが雫なのか、しっかりわかった。
今は、状況を詳しく調べつつ、戻すのに適した状態づくりへ向けて、テイクがいろいろと動いているところだ。
雫や行は、追加のチェックや調査のためなどによるメンバーの訪問を受けたりもしつつ、ひとまず待つ、という状況である。
ゆったりくつろいでいてかまわないと言われたものの。
なにか自分にもできれば、そのほうが落ち着くと雫。
その気持ちを受け、この状況でできることを、となった。
そういう気持ちになる考え方もわかる気がするし、行自身もなにか具体的に仕事関係のことをしているほうが、すごしやすい気もする。
そんなこんなで、雫と初めて会った日の翌々日午後である現在、三人で仕事中なのである。
雫の記憶のほうは、まだ全部戻ってはいないが、徐々にいろいろと思い出してはきているようだ。
続けていくつか三人で動画を見て、それぞれに対して感想や意見を述べ、秋桜はんが入力していく。
『おしゃれにかっこよくまとめてあるから雰囲気的に難しいかもしれないけど、最後のほうにまとめてでもいいから、各アクティビティの値段も見せてほしいな……。どれくらいかかるかわからないまま、これやってみたいって親とかに言うのハードル高い……どれも魅力的だから、具体的に考えたいし』
ある案内動画を見て、雫はそう言った。
『うーん……知られざる魅力を、しめにバーンと種明かし的に見せたい気持ちもわかるんだが。俺としては、どうせならもう最初に要点だけでも明かしちゃってほしいかな。そのほうがそのあとの数分、興味深く感じて、説明を集中して見れる気がする。……それにしてもこの魅力、すごいな。知られざるのままじゃもったいない。いろんな人に知ってもらえるといいな』
これはあるPR動画を見たときの、行の意見と感想だ。
『すごいです! 綺麗です。マジックアワーは確かに美しく見えやすいですけど、それにしたって、この景色素敵すぎです。みんなと行く次の旅行先候補に提案しようかなっ』
ある紹介動画を見て、興奮しつつ秋桜はん。
みんなというのはおそらく、持ち主とハンカチーズのことだろう。
同じ人物を持ち主とするハンカチたちの集まり、ハンカチーズ。
持ち主が使っていた独自の呼び方を用いているため正しい複数形ではないこと、けれど対象言語に対して失礼な態度をとる意図はないことを明言している。
ハンカチーズの面々は、ほとんどがテイクメンバーでもある。
今回は、秋桜はん含むハンカチーズ第一班が、雫と行のサポートを、ローテーションを組んでしてくれている。
第一班は、たんぽぽはん、露草はん、秋桜はん、もみの木はん、の四人だ。
動画を見進めていた秋桜はんが、再び声を出す。
『お目当てのシーンが見づらいお天気のときの、屋内で楽しめる系の案が充実してるのもいいですね。近くに住んでいていつでも行けるとかでない場合、どうしても、来てはみたもののお天気が……ってなっちゃうときありますもん。そういうときでも、こちらの案も素敵、って楽しめると嬉しいですし』
なお、感想を述べている者たちがそれぞれ思い思いの口調なのは、雫の希望かつ提案によるものだ。
雫も、行やハンカチーズ第一班含むテイクの面々も、みんなそれぞれ話しやすい感じで、という風になった。
と、そこにアラーム音。
『おっ、時間か』
『ですです。じゃちょっとここでいったんキリにしましょ。お片づけー座布団用意ー』
『ありがとうございます』
『ありがとな』
『どういたしましてー』
リョクが訪ねてくる予定の時間が近づき、秋桜はんが準備に動く。
行もお礼を言いながら長座布団上で動き、毬香炉の向きを調整する。リョクが座った際に正面を向ける角度にした。
『雫さんの状態について詳しくわかったのと、今後の予定についておおまかにですが決まったので、いろいろと説明に来ました。質問等、気になった時点でいつでも自由にしてください』
そういったことを先に言ってから、リョクが具体的な話に入る。
雫は母親とともに出かけた先で、あるアクシデントによって、階段から落ちてしまったそうだ。
雫が行と会う数日前の出来事とのこと。
体は無事だが、それ以来、目覚めない、自分で呼吸をして静かに寝ている、といった状態らしい。
おそらく、階段から落ちた際にまず、ショックで魂が出てしまった。
雫の魂が自発的に移動するまでは、出入りしつつも自分の体のそばにいたと思われる。
ただ、突発的に出てしまった魂は、戻っても目覚めるための回路を自分でうまくつなげないことが多い。
戻っても目覚めることができなかったのは、それが理由。
テイクが戻す際は、介入してきちんと目覚めさせるので、その点は心配いらない。
目覚めたあとは、また前のように生活できる。
もしまた出てしまったときのことなどを考えると、今後について、雫が目覚めてからゆっくり話をし、必要な対応をさせてもらいたいと考えている。
雫の両親や病院とのやりとりがうまくいったので、明日には雫の体をこちらに運び、戻すための実際の行動をする予定。
雫の両親には、雫の現在の状態を話した。
そのうえで、テイクが対応することに対して許可を得ることができた。
病院側とのやりとりにも、テイクのいろいろなつながりを利用した。あとはテイクで対応するという形に、穏便にもっていった状態。
『……おそらく両親に話すと思うと言われてはいましたけど、やりとり、うまくいったんですね』
雫の口調は静かではあるけれど、驚きが込められているようにも聞こえる。
『えっと……詳しい会話内容って伺うことはできますか?』
『記録の文からわかる範囲で、お話しできる部分であれば、という答え方になってしまいますが』
控えめに訊いた雫に、リョクが応じる。
『あの……母は、なんと言っていましたか? なにか失礼なことを、テイクの方に言わなかったでしょうか』
『ん? えーと……、話をお聞きになったあとで、「現状、ほぼ溺れているようなものなので、つかみます!」とおっしゃったと記録には』
リョクの返事を聞いて、雫が、藁扱いするなんて……と小さな声で言いながら、頭を抱えているような気配をあたりに漂わせた。
『……すみません。母は、別にその、けんかを売っているわけではないのですが……身も蓋もないというか、そのままを言いすぎる人で……気を悪くさせてしまうことも……すみません』
『対応したメンバーは、「岸までみなさんを無事送り届ける、見事な藁になってみせましょう」と、皮肉でなく返事をしたようです。話がはやくて、やりとりしやすい人だという印象を持ったとありますね』
『あ、じゃあ、大丈夫なの、かな……』
『記録を読んだ感じでは大丈夫そうかと……』
不安げな様子を残す雫に、リョクはできる範囲での答え方で返す。
『えっと、では父のほうは、どんな反応を? あまり、不思議な出来事とかを受け入れるタイプではない人って印象で』
『そうですね、今回の出来事やテイクそのものを受け入れてくださったというよりは、信頼している方がテイクの協力者だから、その人物が信用して協力しているところが言ったりおこなったりすることに対して、受け入れがたくても拒絶することはしたくない、という感じのようです』
『そうなんですね。……意外、です。信頼できる相手と受け入れがたいことなら、信頼のほうを、なしにしそうな人かなって』
(そうなのか……。それにしても、ご両親のこと、かなり離れて見てる感じだよな……)
観察力をすごいと思う一方で、なんとなく、雫が一人だけでたたずんでいる気もして、行は勝手に少し寂しくなる。
リョクが静かな口調で声を出す。
『そうしたくないほど、信頼し続けたい相手のようですね。今回テイクは、協力者に助けられた形です。幸い、だますつもりはありませんので、信頼関係や感情にひびを入れることにはならないかと思いますが』
(うん。よかった。しかしすごいな、その協力者。それだけ信頼してもらえるって。俺が知ってる方か? できたらいつかお礼を言いたいが……)
考えている行に、リョクの声が聞こえてくる。
『それと雫さんのお父さまは、病院もパートナーの方も許可したのに、自分が拒んだせいで雫さんが目覚めなかったら申し訳ない、とも考えたそうです』
目覚めてほしいという気持ちも強く伝わってきたと記録にありますよ、とリョクは言い添えた。
少しして、リョクが再び声を出す。
『今の状態の雫さんとお話しするか、ご両親に伺ったのですが。今の状態の雫さんの声が、ご両親には聞こえないかもしれないこと、雫さんがすべて思い出したわけではないことを話したところ、直接じゃなくて、曖昧な部分も多いなら、今の時点で話しても本当の会話と感じにくいかも、積極的には求めない、とのことです。ただ、目覚めてから雫と直接話すことはもちろんしたい、待っている、とも』
(んー……。直接聞こえないなら、本当に雫本人が言ったことかわからない。細かい内容で本当か判断しようにも、覚えていない部分もあるなら難しいし、ってことか? そりゃ、そうだろうけど……)
『あ、大丈夫ですよ。合理的で効率的すぎる気はしますけど。話したい、待っていると思ってくれている。その気持ちも、本物のはずなので』
行とリョクの微妙な雰囲気に気づいたらしく、雫が言う。
冷静ではあるけれど、雫の声音は穏やかだ。
(離れた位置にいても、一人きりとは違うのかもな……)
雫の声や様子に、行は今度はそう思った。
『では目覚めてから直接、と、できたら伝えてください』
雫が穏やかかつあっさりめに言い、リョクが頷く。
『かしこまりました。それとですね、紫穂さん、杏さん、あんずさんから、メッセージを預かっています。また会えそうで、とても嬉しい。ぜひまた一緒にゆっくり話しましょう、と』
『はい! ぜひ。楽しみにしていますと、お伝えください』
『かしこまりました』
雫が、ここ最近で一番といった感じに声を弾ませ、リョクが笑顔で応じた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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