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「10月、目指すところへ」1.とうふ料理を、ぜひどうぞ


 十月中旬、夜中。

 麦茶を飲もうと優月ゆづきが自宅のキッチンに行ったところ、先客がいた。


 茶系のマニッシュショート。はっきりとしたつくりながら、派手さは感じない顔。

 すらっとした長身。白系の半袖カットソーにベージュ系のボトムス。


 同居人のコトハだ。


 コトハは物に精神が生じたモノで、普段は人の姿ですごしている。

 優月が初めて会ったときは、その当時優月が住んでいた部屋のキッチンスペースが本体だったが、現在の本体は別の物だ。


 コトハは耳に優しく響く中音で、とうにゅうをとうにゅうー、と言いながら、グラス内のコーヒーに静かに豆乳を注いでいる。

 言葉と違って動作には、まったく、投入、といった感じはない。


こうさんとりつさん、限定とうふ料理、食べることができてよかったね」

 注ぎ終えるのを待ってから、優月はコトハに声をかけた。


 その日の勤務を終えたあと、夕はんを食べたり買い物をしたりした優月たちが帰宅したあたりで、行から、ごちそうさまとメッセージが来た。

 そのときにもこの話をしたが、豆乳を見ていたら再び口にしたくなった。


「ええ。よかったわ。嬉しい」

 優月に顔を向け、コトハが華やかに笑う。


 それからコトハは、残りの豆乳を冷蔵庫に戻し、グラスをトレイに置いた。

 すでにトレイ上にあるお皿には、名月ボール。


 名月ボールは、一口サイズの球形のもの。種類としては、ドーナツになるだろうか。

 さつまいも味、マロン味、おからを使ったものの三個セット。

 芋名月、栗名月と豆名月。

 九月、十月あたりを中心として、村内のお店で売られている。


「楽しい作品タイムをすごしてね」

「ありがとう。ふふっ、優月もいい感じの睡眠と目覚めを。またね」

「うん。またね」


 キッチンを出ていくコトハを見送る。

 コトハは今日休みなので、このあと、好きな作品をまとめて鑑賞するのだそう。



 行と律が食べた、限定とうふ料理。

 予約権利を得ていたコトハが、行と律に、と予約した。

 話は、コトハと優月が、特別とうふ料理を味わったことから始まる。



 十月二日、夜。

 コトハと優月は、村内にある、和食がメインのお店に来ていた。


「ふふふふふふふふふふ。叶ったわ。十月二日に特別なおとうふ料理、食べてみたかったの」


 ふを十回。

 優月は思わず数えていたそれを頭の中だけで振り返ってから、コトハには、おめでとう、と言った。

 そして、誘ってくれてありがとうと、あらためて口にする。


「優月こそ、応募からつきあってくれてありがとう」

 コトハが微笑む。


 こちらのお店が始めた企画。

 十月二日に、特別とうふ料理を食べよう!


 これは、ぜひっ! とコトハは前のめりに抽選に応募。

 当たったらコトハと行こう、と優月も応募。

 結果、コトハが当選し、優月を誘ってくれた。


「それにしても、素晴らしいわ。いえ、おいしいのは予想していたわよ? このお店、普段からおいしいもの。でも……豊富よねぇ、とうふ料理」

 次々と出てくる、とうふ料理を味わいながらコトハが言う。

 優月もおいしく食べつつ頷いた。


 そして、来店者対象の抽選に、デザートのあたりで挑戦。

 優月が当てたのは、今日から使える割引券。

 コトハがゲットしたのは、十月限定とうふ料理の予約権利だ。


「まあ! 十二日に食べようかしら。あ、でもこの権利、私が予約すれば、食べに来るのは私じゃなくてもいいのね……だったら、しばらく律さんを待ってみるのもいいかもしれないわね。行さんが律さんを誘って……」

 詳細が表示されたスマホ画面を見ながら話していたコトハが、顔を上げて優月を見た。


「うん。期間内に帰ってくることができるかもしれないし。行さんも、特別とうふ料理、応募だけでもしてみようか迷ってたから。限定とうふ料理に律さんを誘えたら、嬉しいんじゃないかと思う」


 とうふが大好きな律は、香り関係のさまざまな仕事で、国内外、いろいろなところに出かけるいそがしい人だ。村にもなかなか帰ってくることができない。


 けれど、予備期間として空けていたところをそのまま休日にできた、といったようなときに、急に帰ってくることもある。


 今回も、限定とうふ料理が食べられる期間内に、帰ってくることができるかもしれない。

 そしてその場合おそらく、行は律と一緒に食べに行きたいと思うのではないだろうか。



 先ほどから話題に出ている行は、本体が毬香炉のモノだ。

 緻密な透かし彫り、いぶし銀といった感じの物を本体としている。


 普段は人の姿ですごしていて、凜としつつもあたたかみのある低音の声を持つ、三十歳前後の男性という感じの行。


 艶やかな黒髪ショートに、わりとカジュアル系の服装メインという外見なのだが、不思議としばしば、行の和装とか行の背景に茶室とかが、優月の頭の中に浮かぶ。

 所作や雰囲気によるものでは、と優月は思っている。


 行の口調や仕草は、よそ行きモードから、かなりくだけた感じまで、いくつかバージョンがあり、その端と端の差はかなりのもの。

 だが、相当くだけた感じでも、きちんと感や丁寧感が消えずに残っている気がする。


 そして、毬香炉を本体とするからか、どことなく常に、和の気配をまとっているような感じがある。


 行は、コトハや優月と同じく、テイクのメンバーだ。モノ対応担当をメインの仕事としている。


 コトハと優月がメンバーになる前から、行はテイクで働いていて、あとから働き始めた優月たちのことも、なにかと気にかけてくれる。


 こまめに気遣ってくれるし、ある程度積極的に気さくにきてくれたりもして、接しやすい振る舞いをしてくれる。


 そして、律。


 律は一時期、一時的に、行の本体である毬香炉の持ち主だったことがある。

 律と行のテイクとの関係は、その頃始まった。


 現在、毬香炉の持ち主は、テイクということになっている。

 律は、テイクの協力者という立ち位置だ。


 律は、そっと相手に寄り添えるような、控えめながらあたたかみのある人だと、感じる人が多い人物だ。


 国内外をいそがしく移動して仕事をして、というよりも、ひとところでじっくりなにかを究めていそう、と思われることも多いらしい。


 四十代に入った人間の男性だが、だいたいの場合において、年齢より若く見られるのだという。


 けれど、若く見える外見と違って、細やかな気遣いや思慮深い言動、静かで落ち着いた口調や雰囲気などから、とても大人な人物と思われることも、たびたびあるのだそう。


「まっ、実際そうなんだけどな。でも、好きなの食べてるときとか、けっこうテンション高めなときもあるぞ? あの感じもけっこういいんだ。もちろん、香りに関することと向き合ってるときとかの、真摯な感じもすごくいいんだけどさ」


 そう、行が前に語っていた。



 さて、その律の好物、とうふ。


 律に限定とうふ料理を食べる機会を、行に律を誘う機会を、とコトハと優月だけで考えていても話は進まない。

 そこで、コトハが行に、状況とこちらの考えを説明した。


 コトハが、好きな物やおいしい物を食べるのも好きだが、誰かにその機会を渡すのも好きなこと。

 その行動を、基本的にはコトハ自身の心に無理のない範囲でおこなうことにしているから、ほしいなら気にせず受けとってかまわないこと。

 気を悪くしないので、いらない場合は断っても問題ないこと。


 行はそれらをわかっているし、そのことをコトハも知っている。

 そのため、変な遠慮も過度の気遣いも無理や押しつけもなくシンプルに話は進み、律に限定とうふ料理を、という方向で動くことを行は決めた。


 十月二日だけという、一日しかないチャンスなら、知らせても残念がらせるだけかもしれないと、行は律に特別とうふ料理の件は知らせなかった。


 けれど今回は、十月中のどこかなら。

 それなら知らせておいたほうが、律の側も行動しやすいかも。

 そう考えた行は律に連絡。


 律は、できたわずかな予定の空きを活かして村に帰ってきて、めでたく行と限定とうふ料理を食べに行った、ということなのである。


 行から来た連絡によると、来店者対象の抽選で、行と律は同じものをゲットしたそう。

 当選日からひとつき有効の、とうふ料理お弁当、注文権利。譲渡可能。


 各所とのやりとりの結果、行が当てた分は月乃つきのさんネコに、となった。


 三ネコも、特別とうふ料理の企画に興味を持っていた。

 場所を選んで食べられるお弁当なら、たとえば結界内など、モノである三ネコが、物の姿のままで気にせず食べられる場所で、食べることができる。


 十月二十何日とかなら、とうふ、と読めないこともない、ということで、月乃と三ネコは、さっそく注文日の検討を開始したそうだ。よかった。


 コトハも、機能付与はまかせて! と準備万端モードだ。

 コトハは、モノが物の姿のままで飲食できるよう、機能付与することができる。



 夜が明け、昼前、律は村外に行くバスに乗り、次の仕事先に向かったそうだ。

 その前に、行とともに、とうふ料理お弁当を食べてから。

 行に、また時間を見つけて村に帰ってくることと、行との再会を約束して。


 優月はその日の勤務終了後、行からその話を聞いた。

 話していいと言っていたから大丈夫だ、という言葉もついていた。



 ともにすごす時間をつくろうとする、行と律。

 けれど、二人が出会ってから今までの間、ずっとそうだったというわけではない。

 四年前の秋に起きた、ある出来事がきっかけとなり、今のような感じになった。


 帰る準備をしつつ優月は、優月自身も関わったその出来事について、思い返し始める。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、3/15(土)夕方~3/16(日)朝あたりを予定しています【2025年3/9(日)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


――――

【改稿について追加です。よろしくお願いいたします】


〈6月5は、以下のように変更しました〉

・私と一緒にすごしている子たちを紹介

・うちの子たちと同じ

子たち、うちの子たち→三ネコ


〈9月2は、以下の変更もしました〉

・夕食は、帰りに→夕はんは、帰りに


・月乃の勤務時間と生活リズム的には昼食の位置づけ

月乃の勤務時間と生活リズム的には、遅めではあるがまだ昼食の範囲、という位置づけ



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