「9月、月乃とネコで」10.いろいろな上で
「わわわ、落ちない? だいじょぶ? 私、落とさない自信はないよ!」
月乃はなるべく動かないよう、一本の棒になった気で、口だけ動かし言葉を発した。
精神体も一時宿りの物もとても丈夫とか、元本体の湯のみ的に落ちるのも通常の範囲内でもあるとか。
そういったことを聞いてはいても、積極的に振り落としたいとは思わない。
がちっと固まった月乃。けれど月乃の頭と両肩上にいる三ネコは、向きを変えるためか動いているようだ。
「大丈夫だから月乃も気にせず動いて。気にせず話も。とのことですよ」
梅幸から朗らかな声で三ネコの言葉を伝えられ、月乃は目の動きで梅幸に応えた。
とりあえずちょっとだけ、緊張をゆるめる。
「では、お話のほうを。四人みなさん、現時点では一つめを選ぶ、ということでよろしいですか?」
笑顔の梅幸に訊かれ、月乃は、はいと声で答える。
梅幸から、三ネコも声ではいと答えたことを教えてもらった。
「テイクが今後も対応し、関わっていくことを、許可していただけますか?」
「はい。お願いします。……あっ」
「あっ……お見事!」
梅幸の問いに答えてから、月乃はついお辞儀をした。三ネコが上にいるのに、大きく上体を傾けてしまった。
あせった月乃の、あっ、に合わせるように声を出した梅幸が、その直後に賞賛の言葉を口にした。
梅幸がしているらしき拍手の音も、月乃の耳に届く。
「体起こすよー」
念のため予告してから月乃は頭を上げた。
三ネコは落っこちることなく、依然として月乃の上にいるもよう。
「三人のネコさんにも、とっても丁寧なお辞儀をいただきました」
拍手を止めた梅幸が、少し詳しく説明してくれた。
三ネコは月乃の上でうまくバランスをとりつつ、お辞儀もしたとのことだ。
聞いて月乃も小さく拍手する。
月乃が拍手を止めてから、梅幸が再び口を開く。
「対応や関わりに対して許可をくださり、ありがとうございます。そして、こちらこそどうぞ、末ながくよろしくお願いいたします」
梅幸が深々とお辞儀をする。
梅幸の隣で、裕もお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
月乃は言い、こちらも再びお辞儀をする。
三ネコなら大丈夫そうかもと思い、予告はせずに動いてみた。
三ネコは落ちてこない。
今度もうまくバランスをとりつつ、みんなでそろってお辞儀をしているのかなと、月乃は想像した。
そして、梅幸との一度目の面談から、数時間後の今。
〈第一回、本体決め会議開始!〉
〈わーわー、どんどん、ぱふぱふー〉
〈拍手〉
にぎやかである。ノートパソコンの画面上が。
キーボードを使い、青ネコ、紫ネコ、水色ネコの順で、三ネコが文を入力した。
月乃と三ネコが今いるのは、珠水村の結界内にある、ホテルのような建物の中の一室だ。
今日はこの部屋に宿泊予定である。泊まりの準備はしてきたので問題はない。
ローテーブル上にテイクから借りたノートパソコン、その周囲に三ネコ、近くのソファに月乃、というのが現在の状況である。
休憩もはさんでおこなわれた梅幸との面談が、いったん区切りとなったあと、月乃たちは結界内に案内された。
次の面談は、明日午前におこなわれる予定だ。
ホテルの部屋に案内された月乃がしばらく休んでいる間、三ネコはモノハウスというところで、すごしていた。
そこで、モノが使える状態にしてあるノートパソコンの使用を試し、はやくも使いこなすようになった、とのことである。
〈こちら、借りてきたネコたちと、借りてきたパソコンでございます〉
モノハウスの担当者に案内され、少し前に、月乃のいる部屋に来た三ネコ。
担当者が月乃の許可を得てローテーブル上にノートパソコンを置くと、三ネコもそこに集い、水色ネコが入力してみせた。
いくつかのやりとりののちモノハウスに戻っていく担当者を、お礼の言葉とともに月乃たちは見送り。
その後、青ネコが、第一回、本体決め会議開始! と入力し。
というのがここまでの流れだ。
〈実は、モノハウスでひととおり、本体の物の候補リストを拝見しまして〉
水色ネコが入力し、話を進めた。
「あっ、そうなんだ。それぞれ、惹かれるのあった?」
〈あったが、それを伝える前に月乃もリストを見るか?〉
「んー……それぞれが惹かれた物を優先したいから、惹かれたのを先に教えてもらおうかな。それがもし、私的にちょっと苦手とか、同じ部屋で一緒にすごすのは難しそうとかで、ほかのを選んでもらわなきゃいけないようなら、私がリストを見て大丈夫そうなのを分けるとか」
〈同じ部屋で一緒にすごすのは難しそうなのって、どういう物なの?〉
「大規模な噴水とか、巨大なオブジェとか、壁が鏡の迷路とか?」
〈いや、さすがに選ばないぞ、それは。リストにもないしな〉
「うん。私もみんながほんとに選ぶとは思わないよ。これ、さっきちょっとだけ寝た間に見た夢の中で、それぞれが選ぼうとした物」
紫ネコが噴水、青ネコがオブジェ、水色ネコが迷路だ。
ノリノリで選ぼうとする三ネコに、せめてミニチュアにして、と月乃が言ったところで目が覚めた。
そういったことを追加で話すと、水色ネコが心なしか遠慮がちにキーボードを操作する。
〈現実のワタクシたちが選ぼうとしている物では、インパクトに欠けるかもしれません。スケールもわりあいコンパクト……〉
「そこ競わなくて大丈夫だから! 惹かれた物、教えて」
〈では、発表させてもらうぞ。惹かれた物は、三人とも同じだ〉
青ネコが文を入力したあとで、リストのファイルが開かれ、ある画像が表示される。
「んっ? これは……今のネコとわりと同じ感じ?」
〈ええ。サイズ的にも好きですし、動き具合もよいので。実際に入って試しているため、違和感もあまりないかと〉
「なるほどなるほど。私としても大丈夫だよ。あっ、素材は違うんだ」
〈陶磁器っぽい見た目なんだってー。ガラスも綺麗だけど、湯のみの名残を感じられるほうが、よりいいかなって〉
「陶磁器っぽい見た目、私としても大丈夫だよ。名残……一時宿りの物の希望を言うときも、湯のみに通じる大きさを希望してたね」
〈あっ、あれはねー〉
〈月乃に両手で〉
〈包むように持ってもらうのが〉
〈好きだからです〉
紫ネコ、青ネコ、水色ネコが順に入力し、一つの文をつくった。
〈あの時点では、いつまで一緒にいれるかわからなかったけど、せめてもう一度だけでも持ってもらえたらと思って、大きさの希望を言ったんだー〉
〈そして、一緒にいられるとわかった今は、今後、持ったりしてもらえたらと思い、このサイズを継続でと考えました〉
「そういう風に思ってくれてるんだ……」
〈ただ、オレたちのほうは今後、湯のみの姿ではないとなると、湯のみを手にほっとひと息というひとときを、月乃に届けられなくなってしまうから……こちらが心地よさをもらう一方になってしまうが〉
「そんなことないよ。みんなが湯のみの姿でなくなったあとも、みんなからいろんな形で、あたたかい気持ちをもらえているから、大丈夫」
しっかりそれを口にしてから、あっでも、と月乃は続けた。
「職場用に、新しい湯のみ用意してもいいよね?」
〈それはもちろんだよー〉
〈湯のみに対抗心を持ったりしないから大丈夫だ〉
〈ワタクシたちだった湯のみと同じ品でも、まったく別の品でも気にせず選んでください〉
〈月乃が気に入るの見つかるといいなー〉
「ありがとう。湯のみは湯のみで大事にするけど、みんなとの時間も大事にするよ。あとでゆっくり、持ったり、なでたり? するね。それにこれからも、そういう機会も多くつくろうと思う」
〈やったー!〉
紫ネコが入力し終えた直後、三ネコがいっせいジャンプで月乃の頭と両肩に来た。
目だけ動かして両肩を見ると、紫ネコが右に、青ネコが左に。ということは頭のところは水色ネコだから、いる場所は前回と同じであるようだ。
月乃もこの状態に少し慣れた。初回よりは、自然な感じでいることができていると思う。
少しして、水色ネコがキーボードへ。
〈では、次回のふれあいタイムを楽しみにしつつ、本体決めの続きをしましょうか〉
紫ネコ、青ネコも再びノートパソコン付近へ。
〈次は色決めだな。一応それぞれ希望する色を考えたが〉
「うん、聞かせて」
〈オレは薄茶色だ〉
〈ワタクシは薄緑色です〉
〈ボクはねー、白なんだけど……〉
「三色とも大丈夫だよ。それぞれ、湯のみに関連ある色って印象でいいのかな。茶、緑はお茶の色で、白は、白湯?」
〈三色ともそうだよー! でも、文字が書かれた白い紙の上を、白色の体で動くのって、どうなんだろう。見づらいかな?〉
「えー……でも、平面の上で立体が動くわけだし、白に白っていっても、けっこうわかると思うけど」
月乃は頭の中で情景を思い浮かべつつ答え、それに、と続ける。
「紙の色を変えたっていいし、紙じゃなくて、家でもこうやって、パソコンとかを使ってのやりとりがメインになるかもだし」
今借りているこのパソコンだけでなく、ほかも三ネコが使える状態にできるというようなことを、モノハウスの担当者が先ほど言っていた。
「いずれにしても、希望する色って点を優先して、それを基に、ほかの対応のほうをいろいろ考えていこう?」
〈うん! ありがとう! 希望は白のままにするね!〉
紫ネコが軽やかに入力した。
お読みくださり、ありがとうございます。
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