「9月、月乃とネコで」9.誰の物で、誰のもとで
弾んでいた立体たちが、少ししてその動きを止めた。
そしてすばやく、それぞれ形を変える。
「あ、直方体、立方体、平行六面体だ」
「――どうも、それぞれこの形が一番落ち着くようですね――」
「――なんでこの形なのかは、はっきりしないけど――」
「――三人違う形になるようには、なんらかの調整がかかるようだが――」
「そうなんだ」
「――ではでは、またネコに入るよー――」
「うん。違う形も見せてくれてありがとね」
月乃のお礼に、立体たちはぴょんとジャンプで返事をしてから、それぞれのネコのところに歩いていく。
直方体は紫ネコへ、立方体は青ネコへ、平行六面体は水色ネコへ。
三人、それぞれネコの中に入っていった。
「――お待たせしました――」
水色ネコが文をつくったあとで、三ネコが梅幸と裕のほうに体を向け、一礼する。
「形が見えないのは残念ですが、楽しそうな雰囲気で、こちらとしても楽しかったですよ」
梅幸が明るい声で話す。
「それではみなさんの、今後の本体についての話に入りましょうか」
梅幸がそう続け、その言葉を受けて三ネコが再び一礼する。月乃もあらためて姿勢を正した。
「湯のみとのつながりが切れてしまっているので、欠片を本体とすることはできません。なにか新たな物を用意して、そちらを本体とする形になります。一つの物に三人一緒にではなく、三つ用意して、それぞれの本体とするのがいいと思われます」
本体について話し始めた梅幸が、説明を加えていく。
テイクが用途を把握したうえで新たにつくった物を本体としてもらえると、いろいろとスムーズな面も多いため、できればそうしてもらえるようお願いしたい。
どういった物をつくるかは、希望を聞きつつ、可能な範囲で対応する。
これまで本体だった湯のみと同じような物をつくるという選択肢もなくはない。
しかし、いろいろとクリアしなければいけない点があるので、どこまで実現可能か、現時点では、はっきりとしたことは言えない。
湯のみとまったく関係ない物を本体とすることも可能。
また、三人の物に関連性がなくても問題ないので、三人それぞれ、全然別の系統の物を選ぶことも可能。
のちほど、候補の物のリストなども見られるようにするので、そういったものも参考にして、考えてみてほしい。
用意して、本体としてみて、どうにも違うとなった場合、変更も可能。
ただ、その場合、次の本体に移ったら、前の本体にまた戻ることはできないので、その点は注意。
「といった感じです。この面談中に決めなければいけないわけではないので、なにを本体にするかは、のちほどゆっくり考えていただくとしまして……今後について、精神体のみなさんと月乃さんに、この時点で伺っておかなければいけないことが」
梅幸が朗らかさの彩度を少し落とした。
「ここに三つの選択肢があります」
ソフトな感じは保ちつつも、真剣な顔と口調で梅幸が言う。
「一つめ。次の本体の持ち主は月乃さん、月乃さんとともにすごしていく」
「二つめ。次の本体の持ち主は月乃さん、月乃さんとは別の場所ですごすことにする」
「三つめ。次の本体の持ち主はテイク、もしくはテイクがつなげる新たな相手。どうすごしていくかは、新たな持ち主と考える」
「細かいパターンはほかにもいろいろとありますが、大きく分けて考えた場合です。あと、三人それぞれで考えるか、三人は一緒にいる前提で考えるか、という点もありますね」
「現時点で、どういうお気持ちでいるか。内容が内容ですので、どのタイミングで伺うか難しいのですが、この点が曖昧なままでは、いろいろと決めかねることが多くなってきますし」
「それぞれの方に別々の場で話してお訊きする方法をとっていたときもあるのですが、かえってこじれてしまうことも多かったため、一緒にいらっしゃる場で率直にお伺いする方法をとりました」
「お返事は個別の場でしていただく形でもかまいません。希望が一致しない場合は、どういう方向に進んでいくか、そこから考えていくことになると思います」
室内に梅幸の声だけが流れていった。
そしてその梅幸も口を閉じる。
この話題についてひとまず必要なことは話した、あとは三ネコや月乃の反応待ち、といったところだろう。
三ネコは梅幸のほうに体を向けたまま、静止している。
月乃は、といえば。
心の一部がどこかにいってしまったような、妙な感じだ。
体が強張るような、逆に、気が抜けて脱力するような、よくわからない、心地。
「そっか、そうだよね。選べるんだ……」
少しして、月乃はそう声に出した。自分でも驚くくらい、声から感情も力も抜けている。
自分が使っていた湯のみで。
精神体が見えて、出会って、それがまだ昨日の出来事とはいえ、それでもここまで一緒に進んできて。
これからも一緒にいられると、一方的に思ってしまっていた。
三人に意思があり、選択できるのに。
これからの月乃の日々を、当たり前のように、三人の存在込みで月乃はすでに思い描いていた。
この、魅力あふれる三人との、今後の日々を。
でもそれは月乃の中でだけだと気づいた。
三人がなにを思い描いているか、しっかりと聞いていない。
三人の思い描く日々に、月乃はいるのだろうか。
月乃の声に反応して、三ネコが体を動かし月乃に顔を向けた。
様子を窺うような雰囲気が、三ネコから伝わってくる気がする。
どことなくためらいがちに三ネコが動き、文字の上へ。
「――気づいちゃった、よね。義務じゃない、選べるって――」
「――もともと月乃が持っていた湯のみだからといって、今後も本体を持ち続けなければいけないわけではないし、オレたちとすごさなければいけないわけではない――」
「――ここまでいろいろしてくれたこと自体、大変ありがたいのですし――」
「――ボクたち月乃と一緒にいたいけど、やっぱり、月乃にとって難しいかな。突然現れた存在と、これから一緒に暮らしていくのって――」
「――乱入するようなものだしな。一時的ならともかく……。こちらの気持ちを押しつけて無理を言うのは――」
「――強制できませんし、したくありませんし……寂しいですし残念ですが。ですがせめてお願いだけでも、だめでしょうか――」
「ん? 待って待って。ちょっと意識の一部がどっかいってた感じで、つくられていく文、ただ声に出してたけど。なんか私の言葉、違う感じで受けとってるっぽい」
三ネコの文の内容がやっと頭に入ってきて、月乃はあわててストップをかける。
三ネコが足の動きを止め、ものすごい勢いで月乃に顔を向けた。
その勢いに月乃が驚いているうちに、とっ、のしっ、しゅっ、と三ネコが月乃の正面に勢ぞろい。
どういうこと、説明を、待っています、と言うかのように、三ネコが首を伸ばし顔を近づけてくる。
若干、気圧されつつ、月乃は口を開く。
「選べるんだ、っていうのは、みんなが誰とどうすごしていくかを選べる、っていう意味で言ったの」
顔を近づけたまま、聞きますよ、態勢の三ネコに月乃は続ける。
「実はね、私、はやくも、みんなとすごしてくこれからを想像してた。楽しそうだなーって思ったりもしてた。でも、選択肢って聞いて、気持ち、希望って聞いて。そうだ、みんな意思があって選べるんだ、って」
「もちろん、意思があって選べることが嫌なわけじゃないよ。ただ、私、あっという間にみんなのこと好きになってて、でも一方的に思い描いてたんだなーって気づいて、すごく心許ない気分になっちゃって、で、あの言葉を口にして」
「――それを、ワタクシたちはあのように解釈した、と――」
文字の上に行った水色ネコが文で言い、月乃は頷く。
紫ネコと青ネコも文字の上へ。
「――えーとつまり月乃は――」
「――オレたちと一緒にいてもいいと――」
「――思ってくださっているということでしょうか――」
三ネコが一つの文を三人でつくる。
「一緒にいたいって思ってるよ。いろいろ、話し合ったり、調整したりとか必要だろうし、スムーズにいかないこととかもあるかもだけど、私も含めみんなで一緒に、楽しくすごしていけるようにしていけたらなって、思ってる」
月乃が言い終えた途端、三ネコが月乃のすぐそばに走り寄ってきた。
そして、あ、と気づいたかのような雰囲気で、また文字の上に向かう。
思わず月乃に声をかけようとして、月乃との会話方法を思い出した、という感じだ。
「――嬉しいよー――」
「――ありがとうな――」
「――どうぞよろしくお願いしますね――」
「こちらこそ、嬉しいよ。ありがとう。どうぞよろしく。……って、この流れでこのうえ訊くのはどうかと思うんだけど」
でも気になるので。
「えっと、本当に私で、いいの?」
「――月乃がいいよー――」
「――オレたちは湯のみの頃から月乃といるんだ。その過程で見てきたいろいろがある――」
「――職場での一部の時間でのつきあいとはいえ、伝わってくるもの、感じられることはあるのですよ――」
「――もともと、湯のみだったときも、できるだけ長くそばにいれたらって思ってたし――」
「――思いがけず精神体の形で会えて、言葉を交わして、そばにいたい想いは強くなった――」
「――ですので、これからも月乃と……おや、月乃、顔が赤いですよ――」
「って、だって照れるよこれ。訊いたのは私とはいえ、自分で声に出して読むの。でも嬉しい。ありがとう」
月乃がお礼を言うと、いっせいに走り寄ってきた三ネコが大きくジャンプ。
紫ネコが月乃の右肩に、青ネコが左肩に、水色ネコが月乃の頭に。
それぞれ見事に着地した。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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