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「9月、月乃とネコで」4.いろいろな方法で


 その日の勤務を終えた月乃つきのは、なるべく急いで家に帰った。


 欠片と立体たちが入っている予定の袋をカバンから出し、キッチンの流し横、台の上に置く。

 袋の結び目を解いて口を広げ、上から袋の中を見た。


 欠片三つとも袋の中にあるし、立体三体も変わらず、一つの欠片の上にまとまって、袋の中にいる。


 立体たちが体の向きを変えた。たぶん月乃がいるほうに前面がくるよう、動いたのだと思う。

 そして一度、体を後ろに傾ける。体を反らして上を見るかのような動き。

 そのあと体をまっすぐに戻す。


 月乃がそこにいること、上から袋の中を見たこと。

 それらを認識していると、立体たちが月乃に伝えるための行動。

 そう、月乃は感じた。


 月乃は立体たちに声をかける。

「お待たせしました。大丈夫ですか?」

 月乃の問いに、立体たちは前傾姿勢。そして戻る。


 ちなみに立体たち、見た目としては、顔と言えるような部分があるわけではない。


 どちらが前で後ろで、どこを向いているか。

 静止している状態の立体たちの場合、実際のところ、見ただけでは月乃にはわからない。


 ただ、立体たちは、とっとこ移動する前に方向転換するような動作をしていたり、月乃がいる位置に合わせるように向きを変えたりしている。


 だからたぶん、立体たちにとっての正面がちゃんとあって、移動時には前を向き、月乃がいれば月乃のほうを向き、としているのではないだろうか。


 立体たちは月乃のほうを向いている。そう思って、前傾、体を後ろに、といった行動だと月乃は判断している。


 でもこれ、一度確認しておいたほうがいいよね?

 思って月乃は声を出す。


「私がいるほうに正面を向けてくださっていると思っているのですが、合っていますか?」

 立体たち、前傾姿勢。そして戻る。


「では、私と向き合っている面が前、あなた方の前面ということでいいですか?」

 再び前傾姿勢、戻る。


「わかりました」

 月乃が考えている感じで合っているようだ。


 あと、そうだ。これも急いで確認しないと。

 本当は袋の口を閉じる前に訊いたほうがよかったことなのだが、あの時点では思いつかなかった。


「みなさんは、なにか食べたり飲んだりする必要がありますか?」

 立体たちは、左右にゆらゆら、真ん中で止まる。


 いいえという返答に、月乃はほっとした。

 自分の夕はんの買い物のとき、立体たちの飲食のことに思い至った。

 なにも用意しないまま数時間待たせてしまったと気にしていたのだ。


 では次は。

「みなさん、声を出すことはできますか?」

 前傾姿勢、戻る。


 できるんだ。


「私が聞くことができるか試したいので、声を出してみていただけますか?」

 前傾姿勢、戻る。


 流れる、静かな時間。


「えっと、もう、声を出してくださいました?」

 前傾姿勢、戻る。


 そっか……聞こえなかった……。


「残念ながら、私には聞こえないようです。ごめんなさい。今は引き続き、はい、いいえの動作でお願いします」

 前傾姿勢、戻る。


 次は。

「欠片を洗って拭いてもかまいませんか?」

 はいの動作。


 許可が出たので、月乃は洗ったりするための行動に移る。

 台の上などの物をいろいろと動かしてスペースをつくり、キッチンペーパーを数枚広げた。


「まず、ペーパーの上に欠片を出しますね」

 立体たち、はい。


 月乃は、三体が上にいる欠片をそっと持ち上げ、台の上のキッチンペーパー上へ。残り二つの欠片も出して、同じく、台の上のキッチンペーパー上へ。

 これで全部出し終えたことになる。


 職場で流しから拾い上げてくる際に気をつけて見たが、欠片は綺麗に三つだけで、ほかの細かい欠片がなにもなかった。


 月乃は、キッチンペーパー上に出した三つの欠片を、あらためて見る。


 三つの欠片は、三つとも同じ形というわけではない。


 一つは、湯のみの、下三分の一あたりで輪切りにした結果、というような形の欠片。底メインといった感じだ。


 そして湯のみの残った三分の二部分を、縦に割ったというか、左右にパカリと割ったというか、そういった感じの欠片二つ。側面二つと表現しようか。


 うまく言い表せた気はしないが、月乃の中ではそれらの表現でいくことにする。

 湯のみ各部の正式名称もとっさには出てこないので、正確な呼び名での表現もひとまずは目指さない。


 しかし、それはそうとして。いずれにしても、自然な割れ方という表現はできそうにない、きっちりぱっきりした割れ具合な気がする。


 包丁が刺さったのは、側面のどこか。それが原因で割れたのではと思うのだが。


 割れるときってもっとこう、欠片の形や大きさが、かなりまちまちになったりとかするのではないだろうか。


 とはいえ、そもそも、湯のみに包丁が刺さるという不思議な出来事からスタートしているのだから、不思議や不自然が増えてもおかしくはない気もする。


 それ以前に、湯のみが自分で動くという出来事もあったと思うし。あれも、そうそうないだろう。


 そして不思議というなら、こちら、半透明の立体たち。


 現在、立体たちは、欠片の上にいない。欠片が置かれたキッチンペーパー上の、流しから遠い端のほうに並んでいる。


 ……って、眺めたり考えたりだけじゃなくて、洗わなきゃ。


 思った月乃は、まずは立体たちに、洗うのは欠片そのものだけでいいのか訊く。

 立体たちは、はいの動作。

 月乃は欠片を洗い始めた。


 これも不思議だと思っていることの一つなのだが、割れた欠片のはずなのに、三つともなぜか断面がなめらかだ。それに、とがっていそうな部分にも鋭さがない。


 割れ物を扱うときの、怪我をしないようにという注意がほとんどいらないくらい、危なそうな箇所がないように思える。


 気をつけずに触ったりできるのは、ありがたくもあるが。

 これもやはり、自然にこうはならないだろうな、とも思う。


 あれこれ考えつつ、欠片を三つとも洗い終えた。


 湯のみの内側と外側、どちらの面を上にして欠片を置くのがいいか。

 欠片を拭きながら、何回かの質問にわけて立体たちに訊いたところ、こだわりはないとのこと。


 月乃は、側面二つは外側を上に、底メインは内側を上にして、キッチンペーパー上に置いた。

 月乃としては、その置き方が安定していると感じるからだ。


 欠片たちを台の上に置いたまま、トレイを棚から出す。いつも使っているトレイとは別のものだ。


 月乃がトレイに新たなキッチンペーパーを敷いたところで、さあ移動の準備だ、というかのように、三体が底メインの欠片の上というか中というかに、とことことっと集まった。


 なんとなく、いる場所や状況などに合わせて、各立体、大きさをそのときどきで変えている気がする。月乃にはそう見える。


 三体アンド底メインの欠片と、側面二つの欠片をトレイ上へ。

 部屋に運び、トレイをローテーブルに置く。

 月乃もローテーブル前に腰をおろした。


 月乃が座ったほうに向いてくれた立体たちに訊いてみる。

「ひらがなやカタカナ、アルファベットなどを使って、文をつくることはできますか?」

 はい、と立体たちは答えた。


「では、間に合わせですが、紙にひらがなやカタカナ、アルファベットなどを書いて、表のようなものをつくります。目当ての文字上へ移動していっていただくことで文になって、私にもみなさんのおっしゃりたいことが言葉でわかるのではと思うのですが、協力してくださいますか?」


 立体たち、はいと返事。

 月乃はお礼を言ってから、紙を数枚用意し、まず一枚ローテーブル上に置き、黒のペンを手にとる。

 立体たちは欠片から降り、トレイ上、端のほう、紙に近いあたりに来た。


 ひとまず、ひらがなカタカナは五十音順で、アルファベットはアルファベット順で書こうかな。


 考えつつ月乃が書き始めた途端、立体たちが伸び上がった。少し高い位置から紙を見て、書かれるものの全体像を把握するためかなと思う。


 形も変われるんだ。


 月乃は手を止めて、立体たちを見つめた。


 縦長の直方体は、細長い縦棒状に。

 立方体は、なぜか縦長気味の円柱に。

 横長気味だった平行四辺形が、縦長気味の平行四辺形に。


 伸び上がって形が変わっても、三体の見分けがつくようにか、それぞれ違う形という点は同じだ。


 おっと、書かないと。

 月乃は紙に視線を戻し、書く手を再び動かし始める。


 ひらがなカタカナは、あア、から、んンを書き、濁音、半濁音、拗音、促音も。

 いくつかの記号も書いておく。

 そして、アルファベットを。


 それらを書きつつ考え、言葉を追加することにした。


 三体とも 二体は 一体は 自分 月乃


 はい いいえ そう 違う 同じ 別 いる いない する しない できる できない


 どちらでもいい どれでもいい どちらでもない たぶん わからない 知らない 決められない 悩み中 迷い中 今のところ ひとまず とりあえず


 いい 悪い 賛成 反対 かまわない 気が進まない 乗り気 嫌だ だめ 無理


 まさか 全然 もちろん いつも 大丈夫 大丈夫そう 気にしない 気にしていない 問題ない


 待って まかせる よろしく お願い ありがとう どういたしまして ごめんなさい いいよ 気にしないで


 悲しい 怒り 困る 嬉しい 楽しい おもしろい


 気持ち 状況 状態 出来事 様子 時間 時 何時 いつ どこ 誰 なに なぜ どうやって どのくらい そして だから でも ところで アンド


 そういった言葉たちを書いてみる。


 立体たちに訊いたら、ある程度は漢字もわかるとのことだったので、漢字も使った。

 書いてから、全部読めるかも訊いた。読めるそうだ。


「この、月乃というのは、私の名前です」

 紙に書いた月乃という字を指差して言うと、立体たちは、はいの動作で返事をしてくれた。


 トレイをローテーブル上の奥のほうに置き、紙たちもローテーブル上に並べる。

 床に並べることも考えたが、スペース的に可能だったので、まずはローテーブル上に。


 いろいろな使い方をするかもと、大きめのローテーブルにしておいてよかった。

 とはいえ、このようなことに使うとは思っていなかったが。


 立体たちは伸び上がった形のままトレイ上、端のほう、紙に近いあたりにいる。若干、前のめりのような。スタートの合図を待つ選手たちのようにも見える。


「ではご協力お願いします。使ってみましょう」

 月乃が言うと、まず縦棒状の立体がトレイから出て、ととととと紙の上を行き、はい、の上に来た。


 って、脚? 足? あしが。


 立体が移動する際、短めのあしっぽいものが二本、立体の底面から出た。それを使って移動していた。

 今までの移動時は、角度の関係とかで見えなかったのかもしれない。


 歩いたり走ったりしているかのように移動していると思っていたが、まさか本当に歩いたり走ったりしていたとは。


 月乃は内心驚きつつも、行動のほうは、はいという言葉をくれたことに対して会釈をする。そして質問をした。


「暑いとか寒いとか不快とか不調とか、なにかとても急いで対応が必要なことはありますか?」


 今は円柱となっている立方体が、とととっと紙へ。今のところ、の上に行った。

 そのすぐあとに、とととーっと、縦長気味状態のままの平行四辺形が、大丈夫そう、の上へ。


 各立体、目指したところに着くと月乃のほうを向くし、伸び上がっていた状態からいったん、最初に見たときの形に戻ってくれるので、わかりやすい。

 そして少しすると、紙を見渡すためか、それぞれまた伸び上がる。


「今のところ大丈夫そうとのことで、よかったです」

 月乃が言うと、三体が軽く一度、ぴょんっと跳ねた。


 では次は、この問いを。


「みなさんは、湯のみ、ということでいいんですよね? 湯のみにまったく関係のない存在というわけではないですよね?」


 今更な質問の気もするが。湯のみ、もしくはそれの関係的存在と思って接しているが。


 三体は、アルファベットが書かれた部分に向かった。

 見つめる月乃の視線の先で、三体は手分けして、てきぱきと動いて文をつくる。


 You know me


 そしてまた、三体で手分けして。


 ユー ノー ミー


 三体とも、心なしか体を反らせて、胸を張るような動きをしているし、得意げな様子。

 どうだ! と言っているかのような感じである。


 まさか、そういう返答の仕方でくるとは。


「前にちょっといろいろとありまして、そういった方向への笑いのスイッチが停止中なんです。そうでなければ、声を出して笑っているのですが。ごめんなさい。おもしろいと思ってはいます」

 おもしろくないと思っていると誤解されたくはないので、月乃は説明する。


 三体が一緒に、気にしないで、の上に移動した。

 月乃はお礼を言う。


 あれ? でも待って。


「――先ほどの英文、わざわざそんなこと訊くなよ、という意味だったりは?」


 しない


 三体ともすばやく、その言葉の上に。


「よかったです。では……あなた方のことをよく知っている存在となれるよう、いろいろ質問させていただきたいと思うのですが、かまいませんか?」


 月乃が訊くと、三体は、かまわない、のところへ。


 月乃はお礼を言ってから、なにをどの順で訊こうかなと、あらためて本格的に考え始めた。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、1/11(土)夕方~1/12(日)朝あたりを予定しています【2025年1/4(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


【新年のご挨拶】

みなさまにとって素敵な年になりますように。

今年もよろしくお願いいたします。



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