表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/91

「9月、月乃とネコで」3.前の職場で


 テイクで働き始める前、月乃つきのは別のところで働いていた。事務職だ。



 前職時代。

 九月の、ある休憩時。大きめの休憩ルーム。


 月乃のように、一人で椅子に座ってお茶を飲みながらリラックスしている人もいれば、何人かで話をしつつ、すごしている人もいる。


 大きめの声で話している人たちの会話内容は、自然と月乃の耳にも入ってくる。

 話している人たちも、ほかに聞こえることを知っていて話しているそうなので、耳に入ってきても大丈夫だ。


「えっ、ぼたもちは春で牡丹の花からで、おはぎは秋で萩の花からっていうのは聞いたことありますけど、夏と冬も呼び名あるんですか?」

「ああ。たしか前読んだ漫画で……なんだったかな。その話にしか出てないってことはないと思うんだが……」


「あっ、いろいろ検索結果が。へー、夏は夜船、冬は北窓、ってありますね。つきしらず? から、だとか」

「そうそう! そんな感じの。もうちょい詳しく」

「はーい。どのページがいいかな……」

 その人は少しして、内容を声に出して読み始めた。


「おもしろいですねー。そういえば、おはぎとかって、お米の粒の残り具合での呼び方もあるじゃないですか。ちょっとサスペンスチックの」

 内容をだいたい読み終えたあたりで、別の声が話に参加した。


「あ、なんか、言葉頭に浮かんだ」

「浮かびました? うちは小さい頃から家族がその呼び方をしているのを聞いてたので、そういうものかーと思ってたんですけど、ある漫画をきっかけに調べて、全国的な呼び方じゃないって知って驚きました」


「あーあるよなそういうの。ちっちゃい頃から日常的に使ってきた言葉が、自分がすごしてるあたりでだけのものだったーとか」


「ちっちゃい頃っていえば……白や緑の餡を初めて見たとき、ちょっとびっくりしました。どれもおいしくて、今ではいろいろ好きですけど」

 と、更に別の人も会話に参加する。


「豆系もおいしいですけど、芋餡、栗餡とかも好きだなぁ」

「ってなんか、餡って聞いてるうちに餃子が食べたくなってきた」

「あーそっちもうまいよなー」


「あんかけのお料理もいいですよねー」

「あの、あんも、同じ漢字書くのかな」

「あ、どうなんでしょう」

「調べてくれてる間に話させてもらうぞー。あんかけといえば――」


 盛り上がる人たちとは別の場所で話している人たちの会話内容も、ふいに耳に入ってくる。


「んっ? その湯のみ、新顔ですね!」

「そう! 萩焼! 山口県に住んでる人と友だちになってさ。いろいろ話聞いて」


「いいですねー。……この職場、飲み物用として湯のみを各自用意することって……マグカップとかも使いたいって思ったりもするんですけど……。ただ、せっかく湯のみ用意するならって、いろいろこだわってるうちに、はまっちゃったり……」


 その人は、少し非難するような内容のあたりで、ちょっと小声になった。だが、まだ聞こえる大きさだ。


「いろんな湯のみ使ってみたくなってきたりとかな」

「ですです。今、気になってるのは――」


 湯のみ話に熱中しだす人たちの声を聞きながら、月乃は手に持っている自分の湯のみに視線を向けた。


 明るめの灰色。縦長すぎず浅すぎず、立方体の中にバランスよく収まりそうな形状。やや厚め、少し丸みをおびて、若干ぽてっとしたフォルム。


 ここで働くことが決まって、自分用の湯のみを用意するようにと言われた。

 職場近くの、生活用品を扱っている店で、売られている中から、見た目と持った感じが一番気に入ったものを買った。


 ひとまず、という思いも込みで手に入れたものだが、口をつけたときの感じも気に入ったし、ということで、今もそのまま使っている。


 さてと。

 残っていたお茶を飲み、月乃は席を立つ。

 リラックスしてエネルギー充電できたし、もうひと頑張り。湯のみを洗って、仕事の続きを。月乃は明日から連休だ。


 各地のお菓子、おみやげについての会話も耳にしたりしながら移動し、じゃぐちが複数並ぶ、流しスペースへ。


 ブラウスにスカート姿の小柄な人が流しを使っている。月乃はじゃぐち一つ分のスペースを空けて使い始めた。


 前の台に湯のみを置き、まず手を洗いながら見るともなしに見たところ、一つ隣を使用中のその人は、包丁を洗っているようだ。

 調理スペースにいくつか用意されているから、使ったのだろう。


 視界の端でなんとなく動きを見つつ、手を洗い終えた月乃は湯のみに手を伸ばそうとする。

 けれど、一つ隣の人がよろけたことに驚き、月乃は思わず停止した。


 その人がよろけたのは、前の台に置かれたカゴに、洗剤を落とし終えた包丁を入れようとしたときだ。

 結果、変な位置で包丁を手放してしまった。


 カゴのふちに包丁が当たる。

 包丁が、月乃のほうに飛んできた。

 そこに飛び込んでくる、かたまり。


 動体視力いいわけじゃないのに、こういうときってなぜかよく見えるんだな。でも、とっさに動いて避けるとかは無理なのか。

 そんなことを妙に冷静に考えつつ、月乃はその場で動きを止めたままになっていた。


 ゴンとカンの中間的な音が聞こえ、月乃は目を動かす。

 流しの中に、包丁が刺さった状態の、月乃の湯のみ。


 えっ? 湯のみに包丁って刺さるもの?

 月乃は驚いて湯のみを見つめた。

 月乃に見つめられる中、パカリ、と三つに割れる湯のみ。カタンッ、と包丁が流しの中に落ちる。


 湯のみの三つの欠片それぞれの上に、白っぽい灰色をした、半透明の四角い立体があるのに気づき、月乃は更に見つめる。


 立体たちがちょっと動いた。ある、より、いる、のほうかもしれない。


 一つは縦長の直方体。

 一つは立方体。

 一つは――平行四辺形で構成されたものは、なんと言うのだったか――とりあえず、横長気味の、平行四辺形の立体。


「あっあの、あの、大丈夫ですか? 本当にごめんなさい、お怪我とかは」

 近くでした声に、月乃はあわてて横を見る。包丁を飛ばしてしまった人が、早口ながら遠慮がちに、月乃に話しかけていた。


「怪我はないです。当たらなかったですし、大丈夫です」

「よかった……」

 答えた月乃に、ほっとした様子で返したその人が、流しの中に目を向けた。


「ごめんなさい! 湯のみ割れちゃったんですね。どうしよ……。えっと、重ね重ねごめんなさい。お詫びとか弁償とか、お時間いただいて話させていただければと思うんですけど、お客さまとの約束の時間が迫っていて……。後日、必ず連絡しますので。あの、私――」


 その人が名乗る。流れで、月乃も名乗った。明日から連休だということも言い添える。


「では余裕を持って、一週間後くらいを目安に連絡します。――ごめんなさい、今はこれで」

 そう言ったその人がお辞儀をしたので、月乃は、はいと返す。


 その人は体を起こすと、流しから包丁を拾い上げた。

 刃が立体たちに当たりそうで月乃はあせったが、立体たちはうまく動いて避けた。


 その人は包丁を持って、だいぶ離れた位置のじゃぐちのところまで行ってから、再度洗いだした。

 結局その人は、立体についてはなにも言わなかった。反応しなかった。見えていない、気づいていない、といった感じだ。


 少し考えた末、月乃は、ある程度自由に使えるようにと用意されているところから、キッチンペーパー数枚と透明なビニール袋を持ってきた。


 ビニール袋の中にキッチンペーパーを敷き、片手にそれを持つ。

 もう片方の手で、欠片を慎重に持ち上げようと、手を伸ばす。


 だがその段階になってから、欠片を重ねてよいのか、欠片ごとに袋を用意するほうがよいのか、迷いが生まれた。


 立体たちは、察しがよかった。まるで歩いているかのようにとっとこ移動し、一つの欠片の上にまとまった。


 内心、驚き、感心し、感謝しつつ、月乃は立体が上にいない欠片から拾いだす。

 そして三番目に、三体が上にいる状態の欠片を、そっと拾い上げ、そっと袋に入れた。

 袋の口を開けた状態を保つため、両手でビニール袋を持つ。


 たぶんあの場所なら、今日も誰もいないはず。

 足早に移動し、普段から人気のない廊下の一画を目指す。


 見えてきたその場所には、思ったとおり誰もいない。月乃はその場所まで行って立ち止まった。

 開けてある口のところから袋の中を見つつ、立体たちに声をかけてみる。


「聞こえますか?」

 立体たちが、一度前傾姿勢になり、戻る。

「それは、はい、という意味の動きですか?」

 再び同じ動き。


「いいえの場合は、どんな動きですか?」

 立体たちが、ゆらゆらと体を左右に揺らしてから、真ん中で止まる。


「刺さったし割れましたけど、痛いですか?」

 左右にゆらゆら、真ん中で停止。

「苦しいですか?」

 再び、いいえの動き。


「あと数時間で家に帰るんですが、詳しくはそれからでもいいですか?」

 前傾姿勢、そして戻る。

「袋の上を結んで、カバンに入れておいても大丈夫ですか?」

 再度、はいの動き。


「わかりました。ではまた家で」

 はいの動き。


 そうだ。大事なことを言ってない。


「助けてくださったこと、ありがとうございます」

 月乃がお礼を言うと、立体たちは、ぴょんっと一度ジャンプした。

 そして着地後、立体同士で体を少し強めに触れ合わせる。


 ハイタッチしてるみたい。

 見ながら、月乃は思った。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、1/4(土)夕方~1/5(日)朝あたりを予定しています【2024年12/28(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


【急ですが、2024年12/28(土)午前に、短編を投稿しました】

「プールって聞くと浮かぶのは……」

というタイトルの作品です。

読んでいただけましたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


読んでくださった方、評価してくださった方、ありがとうございます。


【2024年、年末のご挨拶】

今年、私の作品に出会って、読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

来年も、おつきあいいただけましたら嬉しいです。

よいお年をお迎えください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ