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「9月、月乃とネコで」2.自宅でお茶を飲みながら


 花山はなやま家の三人との顔合わせを無事におこない、その後も勤務を続け、その日の勤務を予定どおり終え、夜中、月乃つきのは家に帰ってきた。さんネコも一緒だ。


 夕はんは、帰りに買い物がてら食堂で食べてきた。やきとり丼温玉添え。

 たまごが使われている料理を選んだとき、候補に挙げたまま頭の中に残っていたので、食べたかったのだ。

 おいしかった。それにネギの食感も好みだった。


 夜遅くにその食事? と思うなかれ。月乃にとっては、この時間が夕はんだ。

 花山家の三人と会っていた夕食時というのは、時間を基に言い表しただけで、月乃の勤務時間と生活リズム的には、遅めではあるがまだ昼食の範囲、という位置づけだった。


 結界内にあるアパート的な建物。月乃たちはそこに住んでいる。


 物としてカバンの中に一時的にいた三ネコは、結界内に入ったあたりで、月乃がいつもどおりカバンから出したところ、モノとして月乃の各位置に移動し始めた。


 玄関ドアを開けたときには、ヴァンは月乃の頭の上、トキは月乃の右肩の上、サーは月乃の左肩の上にいるという状態だった。日付が変わる少し前のことである。


 帰宅後のあれやこれやを済ませたのち、麦茶を入れたグラスを手に、ローテーブル付近に腰をおろす。


 月乃の着替え時などには別行動をしていた三ネコが、再び月乃のそばに来た。そばにいるだけでなく、頭とか足とかしっぽとか、どこかを月乃にくっつけている。


 月乃に触れていれば、入力せずに月乃の端末画面に言葉を表示できる。三ネコの能力だ。

 そのため、くっついているほうがスムーズに話をしやすい。そういった理由からの行動でもあるものの、和む。


 それに、それだけが理由ではなく、もとから三ネコは、月乃に触れるのも、月乃に触れられるのも好きだ。

 ネコの置物を本体とする前の、最初の本体のときの気持ちも関係している。


 三ネコ、すっかりネコネコしくすごしているが、実は、湯のみに精神が生じたモノである。三人に分かれてはいなくて、一つの湯のみだった。


 職場での休憩時、湯のみを持ち、お茶を飲みながら、気分をやわらげる。

 月乃が大事にしていたその時間を、今は三ネコである湯のみも、大切だと感じていた。

 それに、月乃の手で持たれる、月乃の手で包まれる、その感触を心地よいと感じ、気に入っていた。


 その気持ちを知っているから、三ネコとなってからも、月乃は、それぞれをなでたり、手で包むように抱っこしたりといったことも多めにする。

 少々ひんやりとしているが、すべすべした、よい感触だ。


 ちなみに季節によっては、汗が、とか、ひやっとして寒いとかあるので、お互いが気分よく触れ合えるよう、それぞれがシチュエーションやタイミングを気遣ったりもする。


 なでたり抱き上げたり麦茶を飲んだりもしながら、大きなクッションに体をあずけ、帰宅後のリラックスタイムをすごす。もちろん会話もする。

 花山家の三人と会ったときの話になり。


〈サー『楽しくおいしいお食事会だったね』〉

 ローテーブル上のスタンドにセットしてある端末の画面に、サーの言葉が表示された。


「うん。私もそう思った」

 月乃に寄りかかるようにしているサーを見ながら返した。


 ちなみに、触れることによって入力せずに画面に言葉が直接表示された場合でも、誰の発言かというのも出る。わかりやすい。


〈トキ『無事に顔合わせをおこなうことができ、よかった』〉

「同感。……それに、直接会って話したことで、今後、気兼ねなくいろいろ話せるって思ってもらえるといいな」


 トキはシュルンシュルンとしっぽを動かし、しっぽで月乃に触れている。それを見ながら月乃は話した。


 ラビィ関連の対応は優月ゆづきがメインだが、タイミングやスケジュールや内容などによっては、ほかのメンバーもけっこう深いところまで対応する。


 今後、月乃が対応したとき、いつもの相手と違って緊張するな、やりづらいな、より、いつもの相手ではないけれど、この相手とも気軽にいい感じのやりとりができた、と思ってもらえれば。


 直接会うという機会をそういう効果につなげられれば、と月乃は思っていた。


「私が直接会ったことで逆効果には……ならなかったと思いたいところ」


 必要なことを訊いたり説明したりといった場と違って、交流がメインとなる場は、月乃にとって難しいと感じる場だ。


 とはいえ、じゃあそういう場はなしで、と切り捨てたいとは思わないし、そういう場をつくらないほうがどう考えてもいい、というほどの状態でもない、とも思っている。


 得られた交流の機会を大事に。その機会が、相手にとってもよいものであれば嬉しい。

 実際によい結果になるかは別として、そういう気持ちでいる。


 おそらく、三ネコのほうが、相手にいい感じに対応できるだろうなとも思う。月乃が一人で会うよりも、いい雰囲気になることも多いし、それに助けられていることも多い。


 だからといって、じゃあ三ネコよろしくね、ではなく月乃自身も、いい感じ、いい雰囲気、の仲間に自分で入れるように相手と交流できれば……と思う。結果がどうかはともかくとして。


〈ヴァン『物事のプラスの面を多く見てくださる方々のように感じました。月乃と直接会ったということに対しても、よい方向に受けとめてくださるのでは?』〉


 月乃の腕を伝って、左肩上に来ながらヴァン。

 日付が変わって、今日はそこが居場所だ。

 三ネコは、月乃の左右の肩の上、頭の上を順番に居場所にしている。


「そうだね。そう思わせてもらっちゃおうかな……」

 月乃が言っているうちに、トキが月乃の頭の上に、サーが右肩の上に来た。


 左右の肩と頭の上、どこを始点とし、どう移るかの順は、くじで決めたそうだ。

 体のどこの部位の価値が高いとか優れているとか、そういう考えでもって順番を決めたわけではないですよ、とヴァンが代表して言っていた。


 それに。

 グラスに残っている麦茶を見ながら、月乃は思い返す。


 勝負ー! と仲よく、よくやっている、文字書き人形のぶんと、茶運び人形のちゃの、文茶ぶんちゃコンビ。


 そのコンビが、どちらが食べ物を、どちらが飲み物をとしていたときも。

 勝ったらなにを運ぶかは、くじで決めています! 食べ物と飲み物、どちらが上という考え方ではありません! と説明していた。


 そして、茶は、ほかの物を運んでみるのも楽しいですが、お茶を運ぶのも好きです! とも。


 以前、三ネコの最初の本体が湯のみだったと知ったときも、運ばせていただきたかったです! と茶は言ってくれた。


 ちなみに、三ネコが前は湯のみだったことを、相手に知らせるかどうかは、きっちりとは決めていない。


 湯のみの頃から変わらない気持ちなどの面も持ってはいるけれど、本人たちは今は、ネコの置物を本体とするモノとしてすごしている。

 だから相手にも、ネコの置物のモノだとまずは話す。


 とはいえ隠しているわけではないから、記録を見ればわかるし、話の流れで話すこともあるし、ずっとその本体かと訊かれれば説明もするしという感じである。


 いろいろ思い返していたが、画面に字が現れだして、月乃は意識をそちらに向けた。


〈サー『カレーなん? の案を出した方たちという面でもお会いするのを楽しみにしていました、って、花山家の方たちがキラッキラッとした雰囲気で言ってくださって……ちょっとくすぐったい気分だったけど、嬉しかったなぁ』〉


〈トキ『だな』〉


〈ヴァン『ワタクシたちも楽しみにしていましたし、お会いできてよかったですね』〉


「だね」


 月乃たちだけでなく、優月とコトハも、月乃と三ネコが、花山家の三人と会って話す機会が来るのを、楽しみにしてくれていたし、その機会が来たのを喜んでくれた。


 カレーなん? は、手のひらにおさまるサイズの焼き菓子で、茶系、ナンの形をイメージしてつくられている。

 味の種類は、カレー味もあるし、カレーから茶色、黄色ということで、マロンやパイナップル、バナナ、さつまいも、たまご、など、いろいろとある。


 三ネコは、アイデア面でかなり深く関わっている。

 また、コトハが、モノも飲食可能なよう機能付与できるようになってからは、カレーなん? に機能付与してもらって、三ネコもカレーなん? を実際に食べてもみている。


 花山家の人たちもアイデアや味を気に入ってくれて、お礼を伝えたい相手への贈り物にカレーなん? もいくつか入れてくれた。

 贈った相手も気に入ってくれて、今では自分たちでネット注文してくれているそうだ。

 優月を通してそれを知った三ネコは喜んでいたし、月乃も嬉しく思った。


〈ヴァン『言葉遊び仲間としても、今後、深く交流させていただけましたら嬉しいですね』〉

〈トキ『ああ。新たな呼び名も加わるかもしれないしな』〉


 コトハを、言葉遊びのボスと慕う、花山家の三人。


 カレーなん? の案を出した三ネコに対して、ラビィは。

〈ラビィさん『コトハさんがボスで……、三ネコさんは、ドン……?』〉


「「ドンさん? さんドンさん?」」

 画面でラビィの言葉を見た育生いくおとゆかりが、そう続けた。


 そして、言ってからラビィが顔を、言ってから育生とゆかりが視線を、向けた先にあったのは、どんぶり。

 カツ丼、鶏つくね丼ゆで卵付き、親子丼。三種類。どん三丼さんどん


 月乃は思わず笑った。

 笑いながら、月乃自身の笑いスイッチが故障したままでなくて、笑ってもコントロール可能に戻っていてよかったと思った。

 そうでなければ、しばらく笑いの世界から帰ってこれなくなってしまうところだった。


〈トキ『……それにしても、花山家の方たちのシンクロ具合、みとれるほどだった』〉

〈ヴァン『ええ。伺ってはいましたが、実際の場にいると、想像以上で……』〉

〈サー『もとが一体の精神体であるボクたちよりも一体感あったよ』〉


「私も驚いたよ。でも三ネコも、三人それぞれがそれぞれの行動をして、結果それがちゃんとあわさって一つの成果、みたいなところは前からあるし、それもある意味、一体感なような」


 五十音表などの上を動いて言葉を伝える際、担当文字を三人で分担して、一つの文章を表現したり。

 すごく短い言葉で例を挙げるなら、一人が、お、一人が、ち、一人が、ゃ、の上に行き、おちゃ、とか。


 過去、目にした場面を思い返しながら月乃は言う。


 一体の精神体が、三体に分かれるという、珍しい経験をした三ネコ。


 八年前の九月。

 今は三ネコであるモノたちの精神体を、月乃は初めて見た。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、12/28(土)夕方~12/29(日)朝あたりを予定しています【2024年12/21(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


――――

【2025年1/13(月)に改稿しました。よろしくお願いいたします】

・ひとつの湯のみ茶碗→一つの湯のみ

・〈ヴァン『私たちも楽しみに→〈ヴァン『ワタクシたちも楽しみに


【2025年3/7(金)に改稿しました。よろしくお願いいたします】

・夕食は、帰りに→夕はんは、帰りに


・月乃の勤務時間と生活リズム的には昼食の位置づけ

月乃の勤務時間と生活リズム的には、遅めではあるがまだ昼食の範囲、という位置づけ


・三ネコたち→三ネコ


・三人にわかれてはいなくて

・三体にわかれる

わかれ→分かれ


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